マッサージスコアリーダーシステムを利用した母指圧迫法の学習効果 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1) 大礒治療院2) 東條 正典1) 長谷川 尚哉2)藤井 亮輔1)緒方 昭広1)殿山 希1) 要旨:マッサージスコアリーダーシステム(MRS)を利用した母指圧迫法の学習効果について検討した。  母指圧迫法の構成要素を「母指頭圧」、「加圧時間」、「圧保持時間」、「減圧時間」および「刺激間隔時間」の5つに分解し、評価した。熟練者(教員)のモデルデータを合成音に変換し、その合成音を未熟練者(学生)に聴取・練習させ、その前後で母指圧迫法の構成要素がどのように変化したかを検討した。また、MRSでのデータ取得に際し、主観評価者による7つの評価項目(加圧速度・減圧速度・垂直圧・圧の強さ・持続時間・左右差・円滑性)と体重変動についても同時に取得し評価した。  MRSを利用した母指圧迫法の学習は、圧刺激時間または1回刺激時間、あるいはその両方が模範データに近づく改善傾向がみられた。主観評価では特に漸増・漸減速度、円滑性で改善が著しかった。またバランスWiiボードを用いることにより、体重変動を評価することも可能となった。  MRSおよびバランスWiiボードを利用することにより、短い実習時間で、漸増・漸減や体重変動を効率良く学習することができる事が示唆された。 キーワード:マッサージスコアリーダー(MRS),バランスWiiボード,学習効果,評価法 1.はじめに  平成2年のあはき法改正以降、あん摩・マッサージ・指圧技術の評価基準の客観化・標準化と効果的な指導法の開発を検討する議論が活発に行われている[1]。我々はこの議論の1つのモデルとしてマッサージスコアリーダーシステム(以下MRS)を用いた学習指導法を検討している(図1)。先行研究においてMRSを用いることにより、母指圧迫法を構成する要素のうち「加圧時間」、「圧保持時間」、「減圧時間」、「刺激間隔時間」の4つの要素が短時間の訓練で向上する事が示唆された[2]。また、それに伴い重心移動の改善も観察されたが、その評価は困難であった。その他、評価基準の客観化・標準化を検討するため、複数のあマ指養成校での評価を行う必要性もあった。  以上を踏まえ、本研究では、MRSを利用した母指圧迫法の学習効果について検討した。 2.方法  先行研究を踏まえ、本研究では母指圧迫法の構成要素を「母指頭圧」、「加圧時間」、「圧保持時間」、「減圧時間」および「刺激間隔時間」の5つに分解し、評価する。熟練者(教員)のモデルデータを合成音に変換し、その合成音を未熟練者(学生)に聴取・練習させ、その前後で母指圧迫法の構成要素がどのように変化したかを検討する。また、MRSでのデータ取得に際し、主観評価者による7つの評価項目(加圧速度・減圧速度・垂直圧・圧の強さ・持続時間・左右差・円滑性)と体重変動のデータについても同時に取得する。 2.1 被験者  被験者は北海道高等盲学校および沖縄盲学校の1年時生徒のうち、本研究の目的と実験内容に関する説明に同意した合計9名(男性7人、女性2人)の生徒である。実験に先立ち、母指圧に影響を及ぼすと考えられる身長・体重及び握力の情報を収集した(表1)。  実験に利用するモデルデータは、先行研究において面圧曲線が安定した放物線状の軌跡を描き、かつ最大面圧値のバラツキと左右差が最小だった教員のデータを採用した。(図2) 2.2 実験場所 北海道高等盲学校臨床室 沖縄盲学校実習室 2.3 施術部位と手技の方法 ①施術部位:左右の大腸兪(部位:第4腰椎棘突起下 外方約4.5cm) ②手技の方法:両母指同時圧迫法を4回繰り返す。 2.4 主観評価  主観評価者は各盲学校の教員1名とした。主観評価者はあらかじめ模範施術のデータに沿った両母指同時圧迫法を体験し、北海道と沖縄で評価に差が生じないよう配慮した。なお評価項目は「加圧速度」「減圧速度」「垂直圧」「圧の強さ」「持続時間」「左右差」「円滑性」の7項目とした。 2.5 動作分析と評価法  先行研究では、動作分析とその評価をビデオ撮影と映像上で肩峰が移動した距離を測定することで検討したが、この方法では適切な重心移動ができていたかの評価は困難であった[2]。  これを踏まえ、今回我々は重心移動の評価法として任天堂株式会社で販売されているバランスWiiボードを利用した(図3)。バランスWiiボードは、4つのストレインゲージ式フォースセンサが内蔵されている板状のコントローラで、本体との通信はBluetoothによる無線通信を利用している。また、計量法に定められた技術水準で製造されているため、その機能は体重計としても正式に認定されている。また、その機能からリハビリテーションにおける重心動揺計としても利用できるとの報告もあり、一部のリハビリテーション施設ではバランスWiiボードを重心動揺計の代替として利用し、実績を挙げている[3][4]。今回我々はこれらの機能を利用し、被験者が母子圧迫法を行う際の非軸足(右足)の体重変動を計測することで、被験者の重心移動をより客観的に評価しようと試みた。さらに、ビデオ撮影による体動も観察し、その一致がみられるか検討する。 2.6 プロトコール (1)圧センサの装着  主観評価者の左右の大腸兪に圧センサを装着し、無色透明のテープで固定する。なお、視覚障害者にも刺激ポイントがわかりやすいよう赤色のシールを重ね貼りした。 (2)施術者の位置 ①位置:施術者は電動ベッド左側に位置し、左足前、右足後ろの立位を取る。 ②ベッド高の調節:施術者の膝蓋骨底がベッド上面の高さになるよう、ベッド高を調節する。 (3)第1回施術  被験者は、評価者の左右の大腸兪に対し任意の方法により両母指同時圧迫法を4回行う。 (4)模倣練習  第1回施術後、被験者は「模範施術」の再生合成音を聞きながら、音の強弱やリズムを模倣するよう努めつつ、5分間の練習を行う。 (5)休息10分。 (6)第2回施術  被験者は、上記(3)と同様の施術を、今度は「模範施術」の再生合成音を聞かずに行なう。その際、被験者は、上記(4)の模倣練習で学習した音を想起しながら、自らの施術をそれに近づけるように留意する。 図1 MRS一式 表1 被験者の基礎情報 図2 モデルデータ 図3 バランスWiiボードによる体重移動測定装置 3.結果 3.1 MRSによる評価  MRSにより取得した被験者の母指圧迫法の「母指頭圧」、「加圧時間」、「圧保持時間」、「減圧時間」および「刺激間隔時間」は表2のとおりである。なお、圧保持時間は最大圧の90%の圧力を維持できた範囲とし、それ以前を加圧時間、以降を減圧時間とした。MRSの結果から、最大母指頭圧は模倣練習後にやや低下する傾向が認められた。また、「加圧時間」「圧保持時間」「減圧時間」の合計である「圧刺激時間」と圧刺激時間と刺激間隔時間の合計である「1回刺激時間」が模範データに近づく傾向が認められた。 3.2 主観評価 主観評価の結果は表3のとおりである。 本研究の結果では、漸増速度:9例中7例で改善、7例悪化(速くなる)、1例不変 漸減速度:9例中6例で改善、3例悪化(速くなる) 垂直圧:9例中3例で改善、2例悪化、4例不変 圧の強さ:9例中3例で改善、1例悪化、5例不変 持続時間:9例中4例で改善、1例悪化、4例不変 左右差:9例中2例で改善、0例悪化、7例不変 円滑性:9例中5例で改善、2例悪化、2例不変となり、「漸増速度」「漸減速度」「円滑性」の3項目で改善傾向が示された。 3.3 バランスWiiボードによる体重変動の評価  バランスWiiボードによる体重変動の結果は表4のとおりである。モデルデータによる5分間の練習後は過半数の被験者で体重変動の改善が認められた。なお、練習前後での体重変動の一例を示す(図4)。  モデルデータを利用した練習の前後で改善が見られたもの5例、悪化したもの2例、不変2例であった。ただし不変の2例は練習前の時点で比較的体重変動ができていた者であった。 表2 母指圧迫法の各要素 表3 主観評価結果 表4 体重移動結果 図4 体重変動の一例 上段:練習前の施術時体重変動 下段:練習後の施術時体重変動 4.考察 4.1 MRSについて  全体的な傾向として、モデルデータの合成音を聞きながら5分間の練習をした後は、「圧刺激時間」または圧刺激時間と刺激間隔時間の合計である「1回刺激時間」、あるいはその両方が模範データに近づく改善傾向がみられる。これは模範データの合成音を繰り返し聴取することで、そのリズムが記憶されるからではないかと考えられる。一方で、それらを分解した「加圧時間」、「圧保持時間」、「減圧時間」および「刺激間隔時間」についての改善度合いはまちまちであった。これは圧の大きさを合成音のボリュームの大きさで表現しているため、加圧から持続・持続から減圧に移行する際の微妙な音の変化に対応できなかったのではないかと考えられる。  また、模範データでは「加圧時間」と「減圧時間」がほぼ同じ時間であったのに対し、ほとんどの被験者で「減圧時間」がより短かった。練習後は過半数の被験者で「減圧時間」の改善が認められるが、それでもいわゆる「急減」の状態の者が多く、これらの情報を提供できることは、学習指導をより効果的に進められることが期待できる。 4.2 主観評価について  MRSの結果と比較すると主観評価の「漸減速度」の改善とMRSの「減圧時間」の改善がほぼ一致した。一方で、「漸増速度」の改善と「加圧時間」の改善については主観評価でより良い評価がなされている。  主観評価のみで判断すると、MRSを利用した母指圧迫法の学習法は、漸増速度・漸減速度の改善に寄与し、その結果全体の円滑性が向上するのではないかと考えられる。 4.3 体重変動について  悪化した2名のうち1名は、ビデオ画像を見る限り前後ともに体重変動がほとんどなかった。練習前での体重変動もわずか5kgの変化であり、これは1回ごとに指を離したことによるものと考えられる(練習後では指の離れはない)。もう1名については、練習前に比べ練習後のグラフが歪な形になってしまっているが、体重の変化はより大きくなっており、軸足に体重が乗る様になってきた、その過渡期とも見ることができた。  また、MRSのデータとバランスWiiボードで取得したデータを重ねると、体重変動の出来ているものは加圧時に右足(非軸足)の体重が軽くなり、逆に体重変動ができていないものは不変であったり、加圧時に右足の体重が増加したりする例も見られ、併用することでより客観的な学習・評価が可能になることが示唆された(図5)。 4.4 課題・検討事項  本研究では、先行研究の反省を踏まえ、実験を円滑に行うため、評価者の腰部に直接圧センサを取り付け、被験者がセンサ部位を圧迫する手法を選択したが、視覚に障害を持つ被験者においては、圧センサに的確に圧をかける事が困難であったようである。今後母指圧迫を評価する場合には、やはり直接被験者の母指に圧センサを取り付けるのが妥当であると考えられた。  また、本研究では被験者に「MRSの音の強弱」=「圧の強弱」の説明しかしておらず、被験者自身は自己の母指圧迫の音データを聴取することができなかったので、自分の圧と模範データの圧とを比較することができなかった。そのためなのか練習前後での最高圧は若干減少する傾向が見られた。 図5 MRSによる圧曲線と体重移動の関係(一例) 5.まとめ  MRSとバランスWiiボードを利用した母指圧迫法の学習法は、短い実習時間の中で、漸増・漸減や体重変動を効率良く学習するために有用であることが示唆された。 謝辞 本研究は、平成23年度文部科学省特別教育経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。 参考文献 [1] 長谷川 尚哉 あマ指技術指導のモデル・コア・カリキュラムの構築の提案~マッサージスコア®と呼ばれる圧力譜を用いて~日本鍼灸手技療法教育Vol.5, 21-26. 2009. [2] 藤井 亮輔、東條 正典、他 あん摩基礎実習における効果的な学習指導法の検討─手指圧および動作解析による検証─筑波技術大学テクノレポートVol.18(1)Dec. 2010. [3] Ross A, Clark. Adam L, Bryant. et al. Validity and reliability of the Nintendo Wii Balance Board for assessment of standing balance. Gait&posture Vol.31. issue3. Mar. 2010. 307-310. [4] 倉山 太一、渡部 杏奈、他 通所リハビリテーションにおけるCI療法の効果 理学療法科学24(6). 929-933. 2009. Learning effect of thumb pressure method using Massage score leader system. Masanori Tojo1), Naoya Hasegawa2), Ryosuke Hujii1), Akihiro Ogata1), Nozomi Donoyama1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Oiso Clinic of Physiotherapy Abstract: In this report, we evaluate the learning effect of using Massage score leader system (MRS) on the thumb pressure method. The 5 component of the thumb pressure method,"power of thumb pressure," "pressurizing time," "pressure hold time," "decompression time," and "stimulation time of the interval," were evaluated. The expert's (teacher) model data were converted into the composite tone, and the inexperienced person (student) was made to listen and practice to the composite tone, and changes in the 5 components of the thumb pressure method were examined before and after practice. In addition, subjective assessment and weight change were acquired at the same time. In the subjective assessment, the pressurization rate, the depressurization rate, the vertical pressure, and pressure, the strength, duration, right and left difference, smoothness, and 7 smooth items were evaluated. In this study of the thumb pressure method using MRS, the stimulation time or the stimulation time interval approached that of the model data. Improvement was noted especially in the gradual increase, the gradual decrease speed, and smoothness in the subjective assessment. In addition, evaluation of weight changes using a Wii balance board was also possible. Study of a more effective thumb pressure method is possible using MRS and Wii balance board. Keywords: Massage score leader system (MRS), Wii balance board, Learning effect, Evaluation method