聴覚障害者からみた鉄道駅の案内サインに関するアンケート調査報告 筑波技術大学 産業技術学部 井上 征矢 要旨:鉄道駅の案内サインにおいて、聴覚障害者に分かりやすく情報提供するための方法を探るため、聴覚障害者学生および健聴者学生に対してアンケート調査を行った。その結果、聴覚障害者は目的の場所にすぐに行けない場合にも、駅員に質問することが難しいためか、自分で解決しようとする傾向が強いこと、アナウンスが聞こえないために、事故や災害などの影響でダイヤが乱れた際の状況把握が難しいこと、路線や施設を探す際に、路線色やピクトグラムではなく、文字を優先しがちな人が健聴者よりも多い可能性があること、などのことが分かった。 キーワード:聴覚障害,案内サイン,駅 1.研究の目的  大規模な拠点駅では、乗り入れる路線が多く、また駅の構造が複雑化しているため、駅の空間構造を把握することや、迷いなく目的の方向を判断することが困難な状況にあり[1, 2]、利用者を誘導する案内サインの役割は重要である。特に聴覚に障害がある利用者の場合、視覚情報に頼る割合が高くなるため、健聴者に対して以上に視覚表示の分かりやすさが求められる。  案内サインに限らず、聴覚障害者に対して情報保障を行う際には、文字などの視覚情報を量的に充実させる形で済まされることが多いが、その分りやすさについて質的な側面を配慮されることは少ない。視覚の認知に関しては健聴者と違いがないと思われがちであるが、そうともいえない。  案内サインでは、瞬時の認知や遠方からの視認が求められるため、文字のみでなく、色やピクトグラムを使用した誘導が行われる。聴覚障害者は、視覚情報を読み取るのが、健聴者よりも速いのではないか、あるいは、聴覚障害者の中には語彙が少ない人や[3]、日本語の正確な読解が困難な人も実在するため[4]、文字よりも色やピクトグラムなどによるコミュニケーションの方が好まれるのではないか、などの仮説をもつこともできる。  以上の理由から本研究の目的は、鉄道駅における案内サインにおいて、聴覚障害者に分かりやすく情報提供するための方法を明らかにするために、聴覚障害者および健聴者に対してアンケートを行い、現在の鉄道駅の情報提供における課題や、聴覚障害者が駅で目的地を探す際の特性などについて探ることである。 2.研究の経過  これまでの研究で、聴覚障害者学生および健聴者学生に対して、駅空間画像を用いた視覚探索実験を行っている。第1画面でターゲットとなる事物(路線、施設、出入口)を、第2画面で案内サインが写った駅空間画像を提示し、被験者は案内サインが示すターゲットの方向を読み取り、キー入力で回答した。第1画面でターゲットを指示する際に、「路線色と文字(路線名)」、「ピクトグラムと文字(施設名)」などのように、目印と文字を併記する形で表示したため、それらを目印にターゲットを探索できる実験条件であったが、聴覚障害者は第2画面の案内サインにおいて、 ターゲットを示す文字が読みにくい場合(写真のコントラストが足りない、照明光がうつりこんでいる、などの場合)に、健聴者よりも誤答率や回答時間の平均が増加し、聴覚障害者は探索の際に文字に依存する傾向が健聴者よりも強いのではないか、との仮説を得ている[5]。 3.調査方法 3.1 アンケートの質問項目  聴覚障害者学生および健聴者学生を対象とし、鉄道駅における情報提供や誘導の問題点、案内サインの見方などに関する質問をアンケート方式で行った。個別の鉄道会社の案内サインに関する質問項目の報告は他報に譲り、本報では駅の案内に共通する課題である以下の質問項目の結果について報告する[6]。 ①駅を利用した際に困ったことや迷った経験の有無とその内容、理由 ②目的の場所にすぐに行けない場合の対処方法 ③駅を利用する際に聴覚に障害があることで困ること(聴覚障害者のみ、自由記述) ④色分けされた路線の探し方と、路線色の認知度 ⑤駅構内における施設の探し方 3.2 調査対象者および回答方法  聴覚障害者学生50名と健聴者学生54名の計104名であった。アンケート用紙は4枚綴とし、回答順や回答時間などについては指定しなかった。 4.調査結果 4.1 駅の利用で困った経験とその対処方法  図1は、駅で困ったり、迷ったりした経験の有無について、両群で比較したものである。「よくある」と「何度かある」を合わせると、大きな差はない。  また図2は、「よくある」と「何度かある」を選択した者に対して、その内容を選択式で質問した結果を比較したものである。両群ともに「目的の場所にすぐに行けなかった」の選択が最も多かったが、聴覚障害者では「ダイヤの乱れの情報が分からなかった」の選択も多かった。これはアナウンスなどの聴覚情報を取得できないことによる影響と考えられ、事故や災害などの突発的に起こる出来事の際の状況把握が難しいことが分かる。  次に図3は、「目的の場所にすぐに行けなかった」を選択した者に対して、その理由を質問した結果であり、図4は、その際の対処方法について質問した結果である。両群ともに、理由は「駅の構造が複雑」であること、また自分が「駅に慣れていない」ことの選択が多かった。またその際の対処方法は、両群ともに「案内表示をたよりに自分で探す」の選択が最も多いが、聴覚障害者は「駅員にたずねる」を選択した者が健聴者よりも少なく、代わりに「適当に探し回る」の選択が多かった。この結果にも、聴覚情報の取得が難しいことによる不自由さが表れている。 4.2 駅を利用する際に聴覚に障害があるために困ること  表1は、聴覚障害者学生のみを対象に、駅を利用する際に、聴覚に障害があるために困ることを自由記述形式で質問した結果である。アナウンスが聞こえないこと、そのために事故や災害などの際に状況が把握できないこと、に関する回答が多かった。遅延情報などは電光掲示板などでも表示されているが、これは特定の場所にしか設置されていないことが多く、また様々な情報が順に表示されるため、自分の旅程に関連のある情報を見落としてしまうことも考えられる。また、事故などの場合は、機器に情報が表示されるまでに一定時間かかるため、トラブルが発生した直後に状況を把握することも難しいと考えられる。  また近年は車内においても字幕が表示されることが一般化しているが、表示場所が限られているため、例えば満員の車内では見えないことも起こり得ると考えられる。  その他、トラブル時などにおいて、駅員とのコミュニケーションが難しいことを回答した者もいた。 図1 駅で困ったり、迷った経験の有無 図2 駅で困ったり、迷った内容(複数選択可) 図3 駅で困ったり、迷った理由(複数選択可) 図4 目的の場所にすぐに行けない場合の対処方法(複数選択可) 表1.聴覚に障害があるために駅で困ること 4.3 路線、施設の探し方  規模の大きな鉄道会社の駅では、路線や施設の誘導する案内サインにおいて、文字のみでなく、色やピクトグラムが使用される。そこで、案内表示や路線図などで、路線ごとに特定の色で表示される場合があることや、トイレやエレベーターなどの施設を誘導する際にピクトグラムが使用される場合があることを知っているかどうかを質問したところ、色、ピクトグラムともに、両群とも9割以上の回答者が「よく知っている」「なんとなく知っている」を選択した。  次に図6は、路線ごとに特定の色で表示されている場合に、色と文字のどちらを手掛かりに探すかについて選択式で質問した結果である。路線が色分けされた鉄道会社の利用頻度や慣れによって差が出る可能性があるため、路線の色分けを行っている近隣の鉄道であるA社の利用頻度について質問し、月に1回以上使用している回答者(聴覚障害者44名、健聴者35名)のみについて比較している。  その結果、両群ともに「路線の文字を探す」が最も多いが、健聴者は次に「まず路線の色を探し、文字も確認する」が多いのに対して、聴覚障害者は「まず路線の文字を探し、色も確認する」が多かった。  これに対して図6は、駅構内においてトイレやエレベーターなどの施設を探す際に、ピクトグラムと文字のどちらを手掛かりに探すかについて、選択式で質問した結果である。路線の場合と同様に、A社を月に1回以上使用している回答者のみを比較している。両群ともに、大多数が「ピクトグラムを探す」または「まずピクトグラムを探し、文字も確認する」を選択し、ピクトグラムを優先して探す割合が高かった。しかし両群で比較すると、「まず文字を探し、ピクトグラムも確認する」を選択した健聴者がいなかったのに対し、聴覚障害者では数名の選択があった点で異なった。  前述のように、これまでに行った実験では、案内サインにおいてターゲットを示す文字が読みにくい場合に、聴覚障害者の誤答率や回答時間の平均が増加した[5]。実験では、第1画面でターゲットを指示する際に、図7に示すように、「路線色と文字(路線名)」や「ピクトグラムと文字(施設名)」など、目印と文字を併記する形で表示したため、それらの関係を確認した上で探索できたのに対し、本調査では、色と路線の関係や、ピクトグラムの意味などが、必ずしも分からない状況での探し方を質問しており、条件が異なっている。しかし本調査においても、有意な差とはいえないが、聴覚障害者は目的地を探す際に文字を優先しがちな人が健聴者よりも多い可能性を示す結果が得られた。このことは聴覚障害者に分かりやすい案内サインのデザインを考える上で重要な問題であるため、今後、調査対象者を増やしてさらに追及する。  最後に図8は、A社が使用している路線色の中から6色を選び、その認知度を選択式で探った結果を、A社を月に1回以上使用している回答者のみで比較したものである。  その結果、利用頻度が高いと考えられる比較的近隣の2線についてはともに正答率が高く、両群で大きな差はなかった。従って路線色に関する認知度では、両群で差はないといえる。 図5.色分けされた路線の探し方 図6.駅構内の施設の探し方 図7.実験における第1画面の例(ターゲットの指示方法) 図8. A社の路線色の認知度 5.まとめと今後の課題  駅の案内サインにおいて、聴覚障害者に分かりやすく、適切に情報提供するための方法について探るために、聴覚障害者学生および健聴者学生に対してアンケート調査を行ったところ、以下のことが明らかになった。 ・聴覚障害者は、駅で目的の場所にすぐに行けない場合にも、駅員に質問することが難しいためか、自分で解決しようとする傾向が強い。そのため、やはり案内サインは聴覚障害者にとってこそ、分かりやすい必要がある。 ・駅を利用する際に、困ったり迷ったりしたことや、聴覚に障害があることで困ること、の質問では、アナウンスが聞こえないことによる不自由に関する回答が多く、特に事故や災害などの突発的事態における状況把握が困難である。 ・聴覚障害者は駅構内で路線や施設を探す際に、文字を優先しがちな人が、健聴者よりも多い可能性がある。しかし、色やピクトグラムによって誘導される場合があることや、個々の路線色に関する認知度では、両群で差がなかったことからも、仮にそのような傾向がある場合は、色やピクトグラムによって誘導されることに自信をもてないことが一因として考えられる。しかし、施設を探す際に、文字を見た後にピクトグラムも確認する、という人がいることから分かるように、文字のみで判断することに自信をもてない人もいるのではないかと考えられる。従って、案内サインにおいて聴覚障害者に分かりやすく情報提示するためには、誘導色やピクトグラムを使用する場合にも文字の可読性に充分に配慮し、各々が好む探し方を選択しやすいサイン計画を行う必要があり、また聴覚障害者に対しても、サイン計画への理解を深め、色やピクトグラムによる誘導にも慣れるための情報提供を行うことが必要といえる。  以上の結果は、学生を対象とした調査で得られた傾向であり、子供や高齢者などでは異なる課題が見いだされる可能性もある。今後は調査対象者の数や対象者の世代を広げて、より詳細な検討を進めて行く。  本研究は筑波技術大学研究倫理委員会の承認済である。 参考文献 [1] 西川 潔,山本 早里:交通施設におけるサインに関する調査研究その1-全体計画とサインデザインの問題点-,日本デザイン学会第50回研究発表大会概要集, 86-87,2003 [2] 山本 早里,西川 潔,穂積 穀重,田中 佐代子:交通施設におけるサインに関する調査研究その3-利用者および職員からみた拠点駅の問題点-,日本デザイン学会第50回研究発表大会概要集,90-91,2003 [3] 井坂 行男:聴覚障害児の階層的概念の獲得における帰納的推論過程の分析,科学研究費補助金研究成果報告書,2009 [4] 我妻 敏博:聴覚障害児の文理解能力の研究,風間書房,1998 [5] 井上 征矢:聴覚障害者に分りやすい案内サインに関する基礎研究,-文字,色,ピクトグラムの有効性-,アジア基礎造形連合学会筑波大会論文集・作品集,9-14,2007 [6] ①,②の質問項目は,注1,2に示す研究で行われた調査を参考に作成した。 Questionnaire Survey Conducted on Hearing Impaired about Guide Signs at Railway Stations INOUE Seiya Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: In order to find an effective guide sign at railway stations that makes information easily ac-cessible to hearing impaired people, we conducted a survey on hearing impaired students as well as on hearing students. The result revealed that, when unable to quickly find the way to his/her goal, hearing impaired people tend to try to find it him/herself, rather than asking station staff, perhaps because of the difficulty of communication. The survey also discovered that it is difficult for them to grasp the situa-tions when an accident or a disaster causes disruption to train service. When looking for a correct line or facility, hearing impaired people are more likely than hearing people to depend on letters rather than the color of the line or pictograms. Keywords: Hearing impaired, Sign, Stations