学生情報の共有に関する調査研究 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 石田 久之 香田 泰子 天野 和彦 栗原 浩一 要旨:本調査は、高等教育機関に在籍する障害学生の個人に係る情報について、関係者での共有を図る際に、学生自身はどの様な考えや希望を有しているのかを検討するための予備調査である。情報共有のための“正当な理由”について検討し、視覚障害学生における調査結果を示した。 キーワード:障害学生,情報共有,調査研究 1.はじめに  高等教育機関(大学、短大、高専を言うが、以下、大学等と略す)における障害学生支援の課題の一つとして、「情報共有とネットワーク構築」がある。大学によって異なるが、多くの大学では障害学生支援室や学務課・教務課等の支援担当者が障害学生支援を担当している。しかし、学内には他にも様々な学生支援部署がある。学生相談室、カウンセリングセンター、医務室、キャリアセンター、図書館等々である。障害学生支援はこれらの部署が連携して行われるべきものである。  しかし、実際には、“学内でどの様なネットワークを作れば良いのか”、“組織間の情報共有と情報提供はどうあるべきか”、“個人情報の保護との関係は”、等の問題があり(http://forsussd.k.tsukuba-tech.ac.jp/CCP004.html, 2011年11月10日閲覧)、効果的な連携ができていない大学等が少なくないと思われる。  問題や困難を抱えた障害学生は、上述の様々な部署を訪れる。しかし、その部署だけで問題を解決できないことは多々ある。また、学生の行きやすい部署が、問題解決に最も適切な部署というわけでもない。この様なことから学生への適切な指導やアドバイスの提供においては、部署間の連携が重要であり、これに伴い、学生の個人情報の共有、つまり、取り扱いに関するルールも必要である。 1.1 個人情報の保護に関する法律  さて、個人情報の取り扱いに際し、最初に留意しなければならないのは、その法的根拠であるが、これは大きく二つに分けられる。一つは、「個人情報の保護に関する法律(最終改正:平成二十一年六月五日法律第四十九号。以下、個人情報保護法と略す)」であり、他の一つは、守秘義務に関するものである。  個人情報保護法の目的は、第一条に明記されている。 (目的) 第一条 高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ、(中略)個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。  消費者庁のホームページでは、安心してIT社会の便益を享受するための制度的基盤として成立し、個人情報の有用性に配慮しながら、個人の権利利益を保護することを目的として、民間事業者が、個人情報を取り扱う上でのルールを定めている、と解説している。  この法律は、個人情報取扱事業者が、情報を取得、管理、提供する際のルールを決めたものである。また、個人情報によって特定される個人の数の合計が、過去6ヶ月以内のいずれの日においても5,000を超えない事業者は、個人情報取扱事業者から除外される(http://www.caa.go.jp/seikatsu/kojin/gimon-kaitou.html#1_1, 2011年11月10日閲覧)等、個人情報のやり取りを禁止・制限しているものではない。 1.2 個人情報  個人情報の提供禁止等、秘密保持について規定している法律は守秘義務に関するものである。しかしこれについて述べる前に、“個人情報”について明確にしておきたい。  個人情報保護法では、第二条で以下の様に定義している。 (定義) 第二条 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別できるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)(以下、略)  本研究でも、この定義を用いる。また、障害学生を対象としていることから、診断名、障害の状況、学業成績等も当然個人情報に含めている。 1.3 守秘義務  守秘義務について、二つの法律を挙げて、内容を吟味したい。一つは刑法である。刑法では、“秘密漏示”として第134条に罰則を規定している。  一般によく知られている、医師や弁護士等が職務上知り得たことを他者に漏らしてはいけないとする法律である。しかし、“正当な理由がないのに”と条件があり、除外すべき内容も想定されているようであるが、これについて明記はされていない。  例えば、「児童虐待の防止等に関する法律(最終改正:平成二十年十二月三日法律第八十五号)」では、その第六条(児童虐待に係る通告)の3において、通告を守秘義務に優先させている。  他の一つは、筆者が国立大学法人に勤務していることからであるが、国立大学法人法第十八条である。  本研究は、大学等に在籍する障害学生の個人情報を、教員、事務職員等で共有する際に、“正当な理由”をどの様に考えるかという問題を常に意識しつつ、情報が共有されることについて、障害学生自身がどの様に考えているのかを明らかにしようとしている。 1.4 障害学生に係る情報共有の問題点  冒頭、障害学生の支援には、各部の連携が必要であると述べたが、その基礎となるものが、個々の学生の状況についての情報の共有である。  ここでいう、情報の共有とは、“障害学生が学業を全うするために必要な、個々の障害学生に関する教職員の情報交換の場において、情報を提供したり、受け取ったりし、その後、保持すること(その場にいない者への提供はしない)”である。“本当に、全員が情報を同じ程度に理解するという意味での共有はできるのか”という哲学的な視点は、本研究では考慮しない。情報の授受と保持についてのみ考えている。  さて、障害学生に係る情報共有の問題点として、石田は以下の三点を挙げている(http://forsussd.k.tsukuba-tech.ac.jp/99_blank.html, 2011年10月11日閲覧)。 ・個人情報の保護・守秘義務の捉え方 ・組織間の壁 ・当事者の不在  障害学生支援室や支援担当者と、医務室、学生相談室等との情報共有に関する考え方の違いが大きく、そのため部署間・組織間の壁ができ、情報が滞ったり、出てこなかったりする、という構図である。  しかし、この構図に一つ欠けているものがあり、そこにこそ大きな問題があると筆者は考えている。  それは、障害学生の考えである。当事者である学生は、教員や事務職員が自己の個人情報に触れることを、どの様に感じているのであろうか。自らの知らないところで自己について云々されることを拒否するのであろうか、或いは、自己の事を正確に知って欲しいと、多くの職員が知ることを望むのであろうか。 2.目的  “障害者は自己の障害を隠したいと考えている”と、健常者は勝手に思い込んでいないか。筆者は、ここに疑問を持ち、障害学生は自己の個人情報を、どの様に扱って欲しいと考えているのかを明らかにするための予備的調査として、本研究を行った。概括的な意見の収集と調査項目の検討が主な目的である。 3.方法 3.1 調査対象者  調査は、平成23年度一学期に筆者が担当している授業の時間内に行った。調査対象者は、この授業を受講している視覚障害学生31名とした。 3.2 調査方法  調査方法は、アンケート調査とし、次項で述べる調査内容について、可或いは不可での回答を求めた。  具体的には、“雑談の場ではなく、学生指導に関する教員間の意見交換の場において、教員が知り得た学生の個人情報を他の出席者に情報提供しても構わないか否かを教えてください”と、説明し、調査を開始した。  また、調査を行うにあたっては、研究の目的と結果の公開方法、及び目的以外に調査内容を利用しないことを説明し、同意を得た 3.3 調査内容  調査内容は、以下の3項目11事項とした。 ・授業関連 (出席状況、授業中の態度、期末試験や小テストの結果、評価) ・自己の障害 (診断名、現在の状況、将来の見通し) ・家庭や小中高校での状況(家庭の経済状態、小中高校名、小中高校での状況、小中高校での成績や得意科目等) 4.結果 4.1 授業関連  表1は、授業に関連する事項についての調査結果を示している。この項目は、授業態度や評価について質問したものである。  出席状況或いは授業聴講での真剣さや私語等授業中の態度については、他教員への情報提供を1名を除き30名の学生が可としている。しかし、テスト結果や評価については、可とする者が多いものの、4割近くが情報提供不可としている。 4.2 自己の障害 表2は、自己の障害についての項目である。  この項目では、診断名、現在の目の状態や利用している情報保障や障害補償機器等の状況、将来失明する可能性等の将来の見通しについて聞いた。  どの項目も、ほぼ同じ結果で、8割以上の学生が他者への情報提供を可としている。 4.3 家庭や小中高校等での状況  表3は、家庭や大学入学までの小中高校等での状況についての項目である。  この項目は、家庭の経済状況を聞く事項と、小中高校のことを聞く事項の二つに大きく分かれる。  家庭の経済状況については、可と不可の数は等分されている。  他方の小中高校については、学校名、いじめ等を含む学校での人間関係や活動状況、成績等の学習面それぞれにおいて、8割前後が、情報提供可としている。 表1 授業関連の調査結果 表2 自己の障害についての調査結果 表3 家庭や小中高校等での状況 5.考察  本研究は、大学等に在籍する障害学生の個人情報を、学生本人が、どの様に扱って欲しいと考えているのかを明らかにするための予備的調査として、概括的な意見の収集と調査項目の検討を目的とした。  「はじめに」で述べたように、適切な学生指導には部署間の情報共有が必須であるが、複数組織(関係者)の情報の共有は関係者間の相互の情報提供から成り立つものである。しかし、一方でこのことは秘密漏示や守秘義務違反になりかねないが、筆者は異なるものと考えている。以下においてこの様な観点から論を進める。なお、ここでいう主な個人情報は、学生氏名、学生番号、所属、性別、生年月日、住所、電話番号、履修・成績等の情報、保健管理センターが管理する健康状態の情報(筑波技術大学:「学生便覧(保健科学部・技術科学研究科保健科学専攻)平成23年度」を参考とした)等であり、より具体的には結果で示した事項及びそれらに類するものである。 5.1 情報を共有する際の“正当な理由”  刑法第134条の秘密漏示や国立大学法人法第十八条の秘密保持義務に加え、それぞれの大学には、学内規定があり、本学にも、「国立学法人筑波技術学個人情報保護規則(平成17年10月3日規定第3号:以下、本学保護規則という)」があり、個人情報が保護されている。その第8条には、従事者の義務として、“本学の役員若しくは職員又はこれらの職にあった者”は、個人情報をみだりに他人に知らせ、又は不当な目的に使用してはならないと記されている。  ここで情報の共有を考えた場合、刑法にいう“ 正当な理由”、上記本学保護規則にいう不当な目的とは何かが大きな問題となる。筆者は法律家ではないので、専門的な議論はできないが、(a)大学という教育機関の中で、(b)学生指導という場面に限定した時、少なくとも、本人が情報開示を承諾している場合は、教員が知り得た情報の関係者への提供は、正当な理由となるであろう。  本学保護規則では、第9条で、利用及び提供の制限として、本人の同意のある場合、本学が法令の定める業務を遂行する場合、統計作成や学術研究が目的の場合等において、個人情報の目的外利用が可能としている。  例えば、障害学生の学習の場合、情報保障は重要であるが、どの様な種類の情報保障が必要かについては、教員一人一人に個別に説明するのではなく、ある教員或いは情報保障担当者に提供した内容が、同時に他の教員等にも共有される方が学生の負担は少なくて済む。必要な情報保障について、理解してもらえるか否かを心配しながら複数の教員に説明してまわる障害学生の心理的負担は、少なくないであろう。この様な場合、学生の同意があれば、関係教職員の中で積極的に障害や情報保障に関する情報の共有を図るべきである。  また、各種申請の際に必要となる個人情報についても情報共有は不可避である。  例えば、奨学金を申請した場合、その審査において家庭の経済状態等が検討されることになり、これに必要な情報の提供を、学生は行わなければならず、また、審査者の閲覧を拒むことができない。  筆者は、大学における最低限の“正当な”情報共有を以上の範囲で考えている。これを踏まえ、次に、当事者である学生側の意見や考えを調査結果から考察する。 5.2 障害学生の希望  調査結果をまとめると、出席状況はほとんどの学生が情報提供可、成績については6割程度、障害については8割以上が提供可、家計については、半数が提供可とし小中高校の状況は8割程度が提供可としている。  障害学生の授業を担当する教員、支援担当事務職員等、障害学生に関わる職員の中には、学生の障害の状態や支援内容を秘密にする場合が少なくない。障害学生支援の関連部署を集めた会議等において、個人情報の保護から情報提供に同意しない場合もあり、これらが、“支援職員間のコミュニケーション不足”という課題になって表れてきている(http://forsussd.k.tsukuba-tech.ac.jp/CCP030.html, 2011年11月18日閲覧)。  しかし、この様な“個人情報の保護”は、障害学生の希望することであるかという疑問が、本研究の調査結果から生じる。いくつかの項目でのみの調査であるが、情報を他者へ提供して欲しくないという意見は、控え目に言っても、多数派とはなっていない。授業の評価や家計を除いた情報については、8割程度又はそれ以上という高い割合で、障害学生は職員間の情報共有を望んでいると見ることができる。  本学は障害者の大学であり、障害について隠すこともないと考える学生が多いことは推測できる。つまり、一般の大学に在籍する障害学生は自己の障害を隠したいと考えているという推測も成り立つが、そうであっても、全ての障害学生が、個人情報の共有を不可と考えていると頭から決めつけることは、避けるべきであろう。どの様な内容をどの様な範囲に提供すべきかについては、障害学生と詳細な話し合いを持って決めるべきである。本研究の結果は、そうあるべきことを示している。 5.3 今後、どの様な調査項目を加えるか(表4)  本調査では、3項目11事項について聞いたが、3項目目の家計と小中高校の状況とは、内容が異なるため、二つの項目に分けた上で、前者を家族の状況として、学生生活や就職活動についての家庭の支援の可能性を加えたいと考えている。就職活動における家庭の支援は重要だからである[1]。  自己の障害については、“自己の健康と生活”とし、運動や行動の制限、昼夜の行動パターンの違い等の情報も含めるつもりである。  また、障害以外の心身の状態(例えば、疲れやすいか否か)やアルバイトの有無等についても、学生生活全般のアドバイザーとしての職員は知っておく必要がある。深夜のアルバイトのしすぎで、授業中は寝ている等の状況は、授業を担当する者として、見過ごすことができない問題である。  更に、本研究では、状況を“学生指導に関する教員間の意見交換の場”とかなり漠然とした設定にしたが、学習に関する場、就職に関する場、生活に関する場等、細かな状況設定も必要と考えられる。今後の検討課題としたい。 表4 今後の研究における調査事項 6.終わりに  障害学生の個人情報の学内での共有について、秘密の保持や守秘義務と関係させながら、アンケート結果を基に学生自身の意向を示した。調査結果に本学の特殊性はあると思われるものの、一般大学においても、障害に関する情報の関係者間での共有を模索することは、障害学生の意向としても必要であると考えられる。 参考文献 [1] 石田 久之 : 障害学生のキャリア形成支援.ノーマライゼーション 31(10) : 9-11, 2011. Research Study on Information Sharing of Personal Data of Students with Disabilities ISHIDA Hisayuki, KOHDA Yasuko, AMANO Kazuhiko, KURIHARA Kouichi Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: This study is a preliminary one that investigated the needs of students with disabilities in institutions of higher education with regard to information sharing of their personal data by other persons. The “proper reasons” for information sharing were investigated, and the research results of students with visual impairments were presented. Keywords: Students with Disabilities, Information Sharing, Research Study