教材作成におけるEPUB編集ソフトの試用 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1)筑波技術大学 視覚障害系支援課技術係2)筑波技術大学 保健科学部3) 稲葉 妙子1)野澤 しげみ1)田中 直子1)鈴木 志寿香1)小野瀬 正美2)納田 かがり2)藤井 亮輔3)長岡 英司1) 要旨:ロービジョン学生が使用する教材の作成では、文字サイズの変更やレイアウトの修正等が必要である。筑波技術大学では、その多くをMicrosoft Wordによって行っている。だが、各々の学生の障害の度合いを考慮した作業には多くの時間を費やさねばならない。そこでより効率的にアクセシビリティの高い教材を作成し提供できるようにするために、様々な媒体で利用できるEPUBと教育現場において需要の多いPDFを組み合わせる方法に着目した。既存ソフトウェアのJepasspo・FANTaStIKK(XML文書作成およびPDF・EPUBへの組版ソフト)、とFUSEe®(WYSIWYGによる編集機能を持つEPUBオーサリングソフト)を実際に試用し、これらの機能を比較検討した。その結果に基づいて、ロービジョン学生のための教材作成用の新たなツールの開発を提案する。 キーワード:ロービジョン,教材,文字拡大,EPUB,PDF 1.はじめに  本学における視覚障害学生対応の教材は点字使用学生用の点字・点図版とロービジョン学生用の拡大版(以下「拡大教材」とする)が主である。点字版も拡大教材も制作には、長時間かけて取り組まねばならない。拡大教材の制作ツールとしては、主にMicrosoft Wordを使用しているが、文字を一律に拡大するとレイアウトが崩れるという難点がある。そこで、我々は、教材作成場面での多彩なレイアウトの資料を簡便に拡大する方法を求め、検討した。  今日は電子書籍の時代となり、様々な形式の電子書籍が誕生している。中でも米国の標準化団体IDPFが仕様策定を行っているオープンなフォーマットであるEPUBは、画像、音声、リフロー等に対応し、どのような媒体でも閲覧が可能である。  これらのことから、EPUBの活用は、教育現場における教材作成の簡便化、効率化をもたらすものと考え、EPUB形式の電子データを作成・編集するソフトについての情報を収集した。その結果、教材作成の手段として適していると思われる、Jepasspo[1]とFANTaStIKK[2]、そしてFUSEe[3]を選択し、試用することにした。  JepasspoとFANTaStIKKは、XMLコンソーシアムが開発した、XML文書をベースとしたツールである。  FUSEeは、株式会社フューズネットワークが開発販売している、XHTML、HTML、CSSをベースとしたツールである。それぞれのソフトを使って教材を試作し、どちらがより効率的に活用できるかを、その機能と利点・問題点を挙げ、比較検討した。 2.本学におけるロービジョン学生用教材作成の現状  視覚障害系キャンパスにある教材作成室では、各種の学習資料の点字化、点図・触図化、拡大印刷、電子データ化(テキストデータ、PDF等)、DAISY化等を行っている。  本学の視覚障害学生の約8割が拡大教材を利用していることから、拡大印刷や電子データ化の需要は多い。文字サイズは14pt、18pt、24pt等を中心に細かく設定をしている。(表1参照)  拡大教材では、Wordで作成された印刷物と、電子データのPDFが多く利用されている。PDFはPC画面上で文字拡大や白黒反転が容易で、簡便に印刷もできるという利点がある。そのため、PDFの作成方法を自身が習得したいとの相談を学生から受けることもしばしばある。  学生が必要とする資料は、授業の教科書、参考書、レジュメ、試験問題等、多岐にわたる。ロービジョン学生の学習環境を整えるためには、多彩な学習資料に迅速に対応し、より質の高い拡大教材を提供できることが必須であり、これは教材作成における重要な課題といえる。そうした背景の下、EPUBとPDFを組み合わせての活用は極めて有効と考えられる。 3.試用ソフトの選定  試用したEPUB作成・編集ソフトの選定の理由を述べる。  今回の試用の目的は、本学の教材作成者が拡大教材用EPUBを作成する場合を想定しての、既存ソフトウェアの機能の比較検討と改良の必要性の確認である。 3.1 JepasspoとFANTaStIKKの選定  本学における教材作成では、保健科学部情報システム学科への対応等で数式の表示(数式組版)が必要である。現在、日本において入手できる数式対応可能な組版ソフトは4種である。(EdianWing[3]、MC-B2[4]、AVANAS BookStudio[5]、FrameMaker[6])しかし、これらはいずれもDTP(desktop publishing)ソフトであり、今回の利用目的には適さない。  JepasspoはXML文書をひな形に沿って整形でき、FANTaStIKKでプリセットを活用した自動組版も可能である。さらに、数式組版機能を付加できる。以上の理由から、両ソフトを試用の対象とした。 3.2 FUSEeの選定  本学における教材作成者のパソコンスキルは、ほとんどはWordの基本的な機能を使いこなせる程度の一般的なレベルである。それゆえ、文書データの変換において専門的で煩雑な作業が不要であることは、今回の選定における必須条件である。テキストデータやWord文書からの変換の可否等で絞り込んだ結果、FUSEeの他に4種のソフトが候補に挙がった。それらの特徴を以下に述べる。  瞬簡PDF変換7[7] ・Microsoft OfficeからPDF変換する。 ・オンラインによるEPUBファイル生成サービスがある。InDesign[8] ・Microsoft WordからPDF・EPUB変換できる。 ・製品価格が高価である。epubpack[9] ・オンラインによるEPUBファイル生成サービスである。 ・作成したファイルはサイト上で公開されるため、教材作成には適さない。Sigil[10] ・WYSIWYG編集機能で使いやすい。 ・日本語表示には対応しないがunicodeのサポートで日本語のコンテンツも作成できる。(コード編集により表示可能)EPUBオーサリングソフトFUSEeは日本語に対応しており、Microsoft WordからのEPUB変換が可能であり、WYSIWYG編集機能を具備している。以上の理由から、FUSEeを最終的に試用の対象とした。 4.教材作成の試行  2011年の夏から秋にかけて、Jepasspo・FANTaStIKKとFUSEeを用いて教材を試作した。 4.1 試用ソフトウェアの機能 (1)仕様と動作環境 a)EPUB作成・編集ソフトの仕様 Jepasspo 1.0.3 FANTaStIKK 1.0.10 FUSEe 1.2.2 b)EPUBビューアーの仕様 ADOBE DIGITAL EDITIONS[11]1.7.2.1131 c)動作環境 OS Windows7 (2)JepasspoとFANTaStIKKの機能 a)Jepasspoの主な機能フォーマットにしたがって入力し、JepaX形式のXML文書を出力する。(JepaXは日本電子出版協会(JEPA)が策定したスキーマである) b)FANTaStIKKの主な機能 Jepasspoで作成したXML文書を既定の拡大ポイントでPDFやEPUB等に変換出力する。 (3)FUSEeの主な機能 既存のデータ(Word文書、テキストデータ等)をインポートし、WYSIWYG編集機能でEPUB出力する。 表1 平成23年度における拡大教材を利用する学生数 図1 JepasspoのXML作成画面 図2 FANTaStIKKのプリセット 図3 FUSEeのEPUB編集画面 4.2 教材の試作  (社福)岡山ライトハウス発行の理療科用教科書『解剖学』の第1章(39ページ)等をEPUBデータ化した。  本文のテキストデータ、図の画像ファイルを使用しての各ソフトによる変換手順は以下のとおりである。 Jepasspo&FANTaStIKKJepasspo:JepaX形式XML文書を作成する。 ①書誌情報、章タイトル・見出しの入力 ②本文の入力(テキストデータよりコピー&ペーストする。ただし、改行は無効になるので、改行タグを挿入する。) ③画像ファイルを挿入(画像を表示させるタグ内にファイル名を入力する。) ④ファイルの保存 FANTaStIKK:Jepasspoで作成したJepaX形式XML文書を拡大図書_18ptプリセットを使用してPDF変換する。 ①プリセットから作成したい項目を選択 ②Jepasspoで作成したファイルを開き、ファイル名を入力し保存 FUSEe FUSEe:テキストファイルをインポートしてEPUB出力する。 ①書籍情報編集フォームに入力 ②本文の入力(テキストファイルをインポートする。段落ごとに文字サイズを指定又はスタイルシートに記述する。) ③画像ファイルを挿入(画像ファイルを登録し、ドラッグ&ドロップで本文に挿入する。) ④EPUB形式でファイルの保存(紙への印刷も検証した。) 5. 考察 5.1 試用ソフトウェアの機能評価 (1)Jepasspo a)利点 ・ひな形が用意され、JepaX形式のXML文書の作成が容易。 ・XMLの検証機能がある。 b)問題点 ・既存のデータを読み込む機能がないため、一からの入力またはコピー&ペーストが必要となる。 ・階層構造が複雑な文書には適さない。(例、Jepasspoでは、入力フォームが規定されているので、階層構造が簡明で統一性のある文書が望ましい。) ・作成には専門知識(XMLの機能、情報関係の専門用語等)が必要である。 (2)FANTaStIKKa)利点・ JepaX形式のXML文書を読み込んで自動組版する(EPUB、PDF、文字拡大、白黒反転) ・プリセットを切り替えるだけで、紙面レイアウトを変更することができる。 ・CSSをGUIで制御できる。 b)問題点 ・使用可能なデータがJepaX形式のXML文書に限定される。 ・ソフトの動作エラーの回避方法について、フォルダ構造やXMLの知識が必要となる。 (3)FUSEe a)利点 ・WYSIWYG編集機能が使用できる。 ・Word文書、テキストデータのインポートができる。 ・画像をドラック&ドロップで挿入できる。 ・イメージファイルのSVG変換機能を搭載している。(β版) b)問題点 ・WYSIWYG編集機能のサポート対象外のデータについてはコード編集をする必要がある。 ・PDF出力ができない。 ・Word文書インポート後のスタイル一括編集ができない。 5.2 可用性の比較  前出のソフトの利点・問題点を踏まえ、教材作成において重要視する機能を挙げ、各視点から可用性を比較する。(表2参照)  試用の結果、どちらも教材作成のツールとしては改良の余地があることがわかった。当然、EPUB編集ソフトとしてはさきがけの存在であるため、今後の機能追加も期待できる。だが、ロービジョン学生用の教材を効率的に作成するという視点からの積極的な提案も必要であろう。 表2 Jepasspo&FANTaStIKKとFUSEeの可用性の比較 6.今後の取り組み  教材作成においては、効率的な作業で文字拡大、ファイル変換ができることが求められる。また、ロービジョン学生の教材作成には多くの人が関わる為、そのツールは誰もが簡便に利用できることが望ましい。  現時点では、試用したどちらのソフトも専門知識が必要であるが、文書作成からEPUB完成までの仕事量を抑えるという点と、初心者による扱いの容易さという点からは、Word文書の原稿を見たままに変換できるFUSEeがやや有利とも判断できる。  今回の試用で明らかになった、FUSEeに対する付加要望機能を以下に挙げる。 ①PDFファイル出力機能 ②1ボタン1クリックによる文字拡大機能 ③Word文書のインポート時のタグ付け制御機能 ④PDFファイル出力用の目次ページ番号挿入機能 ⑤WYSIWYIG編集機能での表組作成機能 ①、②は、ロービジョン対応教材として需要の多いPDF出力と文字拡大のために必須である。③は、見出し、本文、図の3種類程度のタグ付けが望ましい。④はPDF変換と同時にできると効率的である。⑤の表組は、Wordの様な簡便さが望ましい。  FUSEeが、ロービジョン学生用の教材作成における有用なツールとなるよう、上記機能の実現を働きかけたい。 7.終わりに  教材作成者や利用者にとって最終的には、1つの媒体で拡大表示、印刷、音声で聞くこと、点字を参照することができる、マルチモーダルな教材が理想的である。その基盤の1つとしてEPUBは大きな役割を果たすものと期待する。今後、EPUBと電子書籍の動向を見極めて、教材作成環境を整備し、視覚障害学生の学習環境がより良いものとなるよう努力していきたい。 参考文献 [1] JAGAT XMLパブリッシング準研究会.“Jepasspo/FANTaStIKK” .http://sites.google.com/site/FANTaStIKK2010/home,(参照 2011-11-15). [2] 株式会社フューズネットワーク.“電子制作環境|株式 会社フューズネットワークFUSEe(R)フュージー” http://FUSEe.fusenetwork.co.jp/, ( 参照2011-11-15) [3] キャノンITソリューションズ株式会社.“キャノンITソリューションズ:エディアンウィング”.http://ps.canon-its.jp/ew/indexhtml,(参照 2011-11-28) [4] 株式会社モリサワ“MC-B2.トップ|ビジネス向け製品|株式会社モリサワ”. http://www.morisawa.co.jp/biz/products/main/software/mcb2/, (参照2011-11-28) [5] 大日本スクリーン製造株式会社“.AVANAS Multistudio Officeパッケージ:大日本スクリーン製造株式会社 メディアアンドプレシジョンテクノロジーカンパニー”.http://www.screen.co.jp/ga_dtp/product/avanas/ms/office/, (参照2011-11-28). [6] Adobe Systems Incorporated“. Adobe FrameMaker10”. http://www.adobe.com/jp/products/framemaker.html(, 参照2011-11-28) [7] アンテナハウス株式会社.“PDF変換の必携ソフト!! 瞬簡PDF 変換 7”.http://www.antenna.co.jp/PDF tooffice/, (参照2011-11-28) [8] Adobe Systems Incorporated.“デスクトップパブリッシング:Adobe InDesign CS5.5”. http://www.adobe.com/jp/products/indesign.html, (参照2011-11-28) [9] イースト株式会社.“epubpack”. http://epubpack.cloudapp.net/, (参照2011-11-28) [10] Google.“s igil -A WYSIWYG ebook editor.-Google Project Hosting”. http://code.google.com/p/sigil/, (参照2011-11-28) [11] Adobe Systems Incorporated.“A dobe - Digital Editions”.http://www.adobe.com/jp/products/digitaleditions/, (参照2011-11-15) *本プロジェクトは、文部科学省特別経費「高度な専門職業人を目指す視覚障害者のための学習資料アクセス円滑化支援事業」により実施した。 Experimental Use of EPUB Editing Software in Production of Learning Materials for Students with Low Vision INABA Taeko1), NOZAWA Shigemi1), TANAKA Naoko1), SUZUKI Shizuka1), ONOSE Masami2), NODA Kagari2),FUJII Ryosuke3), NAGAOKA Hideji1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)Academic Affairs Section for Students with Visual Impairment, Administrative Division, Tsukuba University of Technology 3)Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: In the production of learning materials for students with low vision, it is necessary to modify character size, page layout, etc., according to the students’ handicap. At the Tsukuba University of Technology, most of these modifications have been performed with Microsoft Word. However, such tasks cost operators much time and effort because they have to carefully consider the variation of low vision. In order to offer higher-accessibility materials more efficiently, a new method of production for learning materials is required. Therefore, we directed our attention to the combined use of EPUB and PDF. We compared (a) Jepasspo and (b) FANTaStIKK, both of which are software for XML document creation and PDF-EPUB organization, as well as (c) FUSEe, which is an EPUB-authoring software with a WYSIWYG editing system. Based on the results of the experimental use of those software tools, a proposal was issued on the development of a new system. Keywords: Low vision, Learning material, Large print, EPUB, PDF