聴覚/視覚障害を持つ学生に対するTOEIC対策 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 太田 智加子1) 松藤 みどり1) 要旨:本論文では、英語の試験を受けるに際して聴覚障害者、視覚障害者が直面する問題をまず指摘する。特に近年、就職、進学対策として需要の高まりを見せるTOEICを受験する際に彼らが抱える困難と、今回、筆者達がそれらをどのように対処しながら本学初のTOEIC団体特別受験実施に至ったかを報告する。そして、まだ聴覚/視覚障害者にとっては十分に門戸が開かれていないTOEICの現状を提示し、解決すべき課題を考察して、今後、聴覚/視覚障害者が本来得られるべき公平な受験機会を得られることをめざす一提言とする。 キーワード:聴覚障害,視覚障害,TOEIC,TOEIC IP,障害者特別措置 1.はじめに  聴覚障害者、視覚障害者の英語試験受験には、英語の試験特有のさまざまな困難がつきまとう。聴覚障害者にとってはリスニング試験の扱いをどうするか、視覚障害者にとっては拡大文字受験の可否、点字受験の可否、時間延長措置の可否、などである。近年、就職、進学対策としてTOEIC(=Test of English for International Communication)の需要が高まり、これを受けて本学でもこのたび、天久保キャンパス、春日キャンパスともに、初の団体特別受験(以下「TOEIC IP」、または「IPテスト」とする)による実施を試みた。本論文は、聴覚/視覚障害者がTOEIC IPを受験するに際して直面する困難と、それらをどのように対処しながら今回のTOEIC IP実施に至ったかを報告する。そして、まだ聴覚/視覚障害者にとっては十分に門戸が開かれていないTOEICの現状を提示し、解決すべき課題を考察し、今後、聴覚/視覚障害者が本来得られるべき公平な受験機会を得られることをめざす一提言としたい。 2.聴覚障害者の英語試験受験の障壁  聴覚障害者が英語の実力を示すために英語の試験を受ける際、聴解問題(リスニング)の部分をどうするかが常に問題になる。実用英語技能検定試験(以下、「英検」とする)は1970年代から聴覚障害の受験者があったが、受験者が次第に増加し、上級の受験者が出てきたことから、聴覚障害者のための特別措置が検討され、いくつかの段階を経て今の措置に至っている[1]。当初、聴解問題の部分は試験官(聾学校の英語教師)が読み上げ、生徒が試験官の口の動きを読み取って質問内容を推測して解答する読話方式がとられた。2次の面接試験は初対面の一般の面接官であるので読話は難しく、なかなか合格者を出すことができなかった。現在はリスニングには音声がすべて文字化されたテロップが流されるようになり、2次面接試験では質問がフラッシュカードに示された文字で提示され、受験者は口頭で答えるか筆記で答えるかをあらかじめ選択できるようになっている。公立高等学校の入学試験にはほとんどの都道府県でリスニングが課される。2006年に実施した全国調査の結果、別室で受験させる、受験者が読話できるように試験管が問題を読み上げる、聴解問題と同一内容の問題を筆記形式で出題する、聴解問題の代わりになる別の筆記形式の問題を出題するなどのさまざまな措置が講じられていることがわかったが、それらの措置はまだ十分とは言えない[2]。2006年度から導入された大学入試センター試験では聴覚障害の受験生のリスニングは「免除」を含めたいくつかの措置が講じられることになった[3]。しかしながら筆記試験には発音やアクセント、イントネーションなどを問う問題が毎年出題され、聴覚障害者の不利な状態は続いている。 3.TOEICの障害者特別措置  TOEICは、1979年に始まった990点満点で英語のリスニング力/リーディング力を測る試験で、年に8回の公開テストがある。2007年からはスピーキング/ライティング試験も始まった。問題を作成しているのは、アメリカの国家試験や資格試験の大半を実施している非営利テスト開発機関ETS(=Educational Testing Service)である。 2011年の統計では、世界約120ヶ国で年間約500万人が受験している。日本で英語の資格試験といえば、1963年に最初の試験が行われて以来、長く英検が主流であったが、特にここ10年ほどの間に、社員採用の条件や内定者に対する入社までの条件、入社後の昇進の条件などとしてTOEICのスコアを求める企業や、TOEICのスコアに応じて英語の単位認定をする大学、短期大学、高等専門学校などが増え、社会的な注目度、認知度が高くなってきた。日本でのTOEICを運営する財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(以下「協会」とする)が最近行ったアンケートによると、「社員採用時にTOEICのスコアを参考にしている」という企業・団体は、アンケート回答企業・団体のうち約52%、「将来は考慮したい」という企業・団体を合わせると約74%であった。すでにTOEICを導入している企業・団体は、日本を代表するメーカー、金融、運輸など1,900社にのぼる[4]。筑波技術短期大学の卒業生が就職先でTOEICの受験を求められていることがわかり、聴覚障害者のための特別措置があるかどうか協会に問い合わせた。医師の診断書のコピーや身体障害者手帳のコピーを提出すれば座席位置の配慮を受けたり特別なイヤフォンを使用したりしてリスニングの受験ができ、希望すればリーディングのみの受験もできるとのことであった。ところが、特別措置によってリーディングのみを受験した卒業生から、受験していないリスニングの得点が0点ではなく5点と記載されていることについて問い合わせて欲しいとの依頼があった。リスニングの得点は5点から495点の間の数字で示されることになっており、0点はないとの回答があった。このことは受験当事者には知らされていなかった。スコアを受け取る企業側も知らないとすれば、聴覚障害者の不利益を招くことになりかねない。TOEICについて良く知り、発言力を高めるためには、聴覚障害の受験者を増やすことが重要である。また学内で実施すれば公開テストと比べて受験料もかなり安くなることがわかったので、学内実施を検討することにした。 4.受験に向けて  筑波技術大学の聴覚障害学生のいる天久保キャンパスと視覚障害学生のいる春日キャンパスでは今まで英検を年3回実施してきた。しかしながら秋に実施する第2回は受験生が少ない状態が続いてきたので、天久保キャンパスでは第2回の英検実施を取りやめて代わりにTOEICを年1回実施することに決め、1年前から学生に予告してきた。折しも、前任校でTOEIC対策指導や実施を数多く経験してきた太田が春日キャンパスに着任し、春日でもTOEICの導入を検討し始めていた。視覚障害者のTOEIC受験は前例を知らなかったので、協会の担当者に大学に来てもらい試験実施に向けた具体策を協議することになった。学内実施のIP(Institutional Program)テストには、聴覚障害者は診断書や手帳のコピーの提出は不要で、筆記試験のみ75分間実施すれば良いこと、リスニングの得点は5点と表示されることなどを確認した。IPテストは公開テストと比べて企業などからの信頼度は80パーセント程度であること(つまり、結果の信頼性に疑いを持つ機関も存在すること)、実施日時は任意であり、実施日の2週間前までにインターネットで申し込めば良いこと、受験できるのは学内の者だけで卒業生などは含まないこと、10名以上の受験者がいることが原則であるが、手数料2,100円を納めれば10名以下でも実施できることなどの新しい情報が得られた。視覚障害者については、公開テストの受験者はいるものの、IPテストは実施例がないことが分かった。  公開テストにおける特別措置は、①2倍の拡大文字の試験問題が準備される。②正答を○で囲むタイプの、文字の大きさが異なる4種類の解答用紙から見やすいものを選択できる。③ルーペ、拡大読書器、携帯型電子ルーペなどの機器は事前に申請すれば使用できる。である。①については、TOEICはもともと問題の文字が非常に小さく、視覚障害者にとっては2倍の拡大文字でも困難を抱えるであろうことが予想される。ただ、それ以上文字を拡大すると問題用紙が非常に大きくなってしまい、紙の扱いに困る。また、文字を拡大すればするほど1ページあたりの文字数が少なくなるため、長文問題などで数ページ前に戻ったりするとそのうちどこを読んでいるのか分からなくなる、という声がよく聞かれる。特に拡大読書器やルーペを用いる視覚障害者は、スクリーン上で読むことのできる文字数、1度に視野に入ってくる文字数がさらに少なくなるため、この困難を抱えやすい。②については、視覚障害者がマークシート用紙で解答するのは困難で、正答できていてもマークミスによって本来の実力より低い点数を取ってしまう可能性が大きいため、このような解答用紙の特別措置があることには安堵した。 公開テストでは現在のところ、点字受験も時間延長措置も行われていないため、全盲の一般受験者は受験の機会を得られず、重度の視覚障害者にとっても実力を出し切れないと思われる状況であることが分かった。視覚障害者のIPテスト実施は、筑波技術大学春日キャンパスが日本で初めての例であり、特別措置についてのさまざまな協議が必要となり、決定までに長時間を要した。協会から示されたのは、医師の診断書を提出したうえでの以下のような特別措置であった。①2倍の拡大文字の試験問題が準備される。②正答を○で囲むタイプの、文字の大きさが異なる4種類の解答用紙から見やすいものを選択できる。③ルーペ、拡大読書器、携帯型電子ルーペなどの機器は事前に申請しなくとも使用できる。④点字受験可能。⑤通常の1.5倍と2倍の2種類の時間延長措置が可能。①、②は公開テストにおける特別措置と同じで、③~⑤がIPテストでのみ認められる特別措置である。①については、公開テストに関して既述の通り、2倍の拡大文字でも視覚障害者にとっては不十分と思われるが、現状ではやむを得ないため、受験申し込み者に試験問題のサンプルを見せたうえで、受験の意志を再確認した。②については、受験者各人に希望する解答用紙を選択してもらい、協会に申請した。もっとも困難をきわめたのは、⑤の時間延長措置についてである。どの受験者が1.5倍/2倍の延長措置に該当するのかを誰がどのような基準で決定するのか、協会も英語教員も知識を持ち合わせていなかった。視覚障害と読解速度に関する研究論文を読んだり、眼科医に照会したり、TOEIC問題の作成機関であるETSに照会したりしたものの、明確な基準を打ち出すことは困難であった。しかし今回は初回のため、まずは試行的に実施することとなった。 5.対策講座の実施  天久保でのTOEIC IPは、学園祭の終わった11月に実施することに決めた。学生にとって新しい試験形式であるので、受験前に対策講座を開くことを考えたが、天久保の教員にはTOEIC対策の経験がない。そこで対策講座は春日の太田が担当することになり、夏休み最後の週に1日2時間、5日間連続講座を開講することになった。こうして視覚障害学生に英語の指導を始めて2年目の教員が、要約筆記の支援を受けて聴覚障害学生の指導もするという、ユニークな特別講義が実施された。  2011年9月26日(月)~30日(金)、太田はこのTOEIC対策講座で、視覚情報に大きく依存する英語指導をはじめて経験した。  普段の春日キャンパスの視覚障害学生に対する指導では、基本的な点として、板書をしない。ホワイトボードに大きく板書すれば見える学生もいるが、重度の弱視や全盲の学生には見えないためである。図示や図解を用いれば効果的に教えることができると思われる事項も、なるべく言葉によって説明を試みる。ホワイトボードに図示する際は、書きながら、どのような図を描いているかをゆっくり説明し、書き終えた後にはどのような図が書き上がったかを説明する。弱視の学生がみずからホワイトボードの横に立ち、全盲の学生に対して説明してくれることもある。  通常の教材は、太字ゴシック体を用い14ポイント、18ポイント、24ポイント、36ポイントで印刷した4種類を準備し、どのポイント数が見やすいかサンプルを回覧し、希望するポイント数を各学生に選んでもらう。全盲の学生には1級点字(フルスペルによる表記)、2級点字(省略形まじりの表記)の2種類の教材を準備し、希望する方を選んでもらう。2級点字の方がボリュームも少なく済み、可能な限り単語が省略形で示されるので読解速度も速くなる利点があるが、2級点字による英文を読みこなすにはある程度の英語の実力や点字への精通が必要条件となる。英語の点字を修得しておらず墨字も見えないという学生には、教材を電子データで提供する。電子データで学ぶ学生は、授業中はイヤフォンで耳から教材を確認しながら教員の説明を聞く。視覚障害とひとくちにいっても、視力障害、視野障害をはじめさまざまな様態があり、学生のニーズも多様であるため、それに応じた教材を準備することになる。  視覚障害を持つ学生にとっては音声情報が重要な意味を持つため、複雑な文法事項や長い文の構造など、本来なら板書するのが有効と思われる事柄について、いかに口頭で理解をうながす説明を行うか、指導力が問われるところである。  天久保でのTOEIC対策講座は、このような春日での普段の指導法とはほぼ正反対の指導法をとる必要があったため、はじめは大きく戸惑ったが、松藤からの助言を得て、以下のような点に留意して行った。 ①説明する内容は要点をすべて講義ノートにして、パソコンからホワイトボードに映し出す。図解などを効果的に活用する。 ②説明に補足が必要となった場合には、パソコン操作で行下げをしてホワイトボードに余白をつくり、そこに板書する。すると、どこが補足事項なのかが一目で分かる。 ③教材は教材提示器に拡大して映し出し、説明しながら余白に書き込みをする。その際、説明を先、書き込みを後、とタイムラグを持たせて、教材への書き込みが何を意味しているのか理解できるような配慮をする。 ④要約筆記が自分の話に追いついているかどうか、常にモニターをチェックしながら話す。(図1参照) ⑤「ここ」「それ」といった指示語を使わない。(→春日キャンパスの学生に対する指導法とも共通する。)  受講学生からは、講座終了後、「品詞や文法についての理解が深まった」などの肯定的な感想を聞くことができたが、「補足説明をする際にもう少し板書の量を増やした方が、要約筆記の人の負担が軽減すると思う」という指摘もあり、反省点となった。  太田は聴覚障害、視覚障害のいずれについても知識や経験はほぼ皆無の状態で筑波技術大学に赴任したため、赴任以来1年半、視覚障害学生への指導において、発見と驚き、勉強、失敗、また勉強と試行錯誤を繰り返し、何よりも現場での経験の重要性を実感する毎日である。そのような中であるからこそ、今回の聴覚障害学生の指導という経験は非常に意義深いものとなった。 図1 要約筆記の学生用モニター 6.試験の実施  天久保キャンパスの初のTOEIC IPテストは11月9日の5時限に実施された。受験者は大学院生を含めて4名で10名に満たなかったために2,100円の手数料として通常の受験料4,040円の他、1人当たり525円徴収することになった。結果は1週間以内にwebで知ることができ、10日以内に郵送されてきた。中には2倍すれば700点近いスコアを獲得した学生もおり、合否ではなく得点で結果の出る試験は、学生の励みになることが窺えた。  春日キャンパスでも初となるTOEIC IPテストは、12月23日(金)の13時~17時30分に実施することが決まった。既述の通り、IPテストでは試験時間延長措置が認められるため、非常に長時間の試験となる。受験者は天久保と同様4名であるが、受験者全員と試験監督の英語教員の空き時間が4時間以上ある日時を調整するところから始まり、受験者の学年がさまざまで空き時間がまちまちであることもあって、平日は昼間、夜間ともに実施が難しく、祝日の実施となった。  春日キャンパスでは、受験者が確定してから実施まで最低1ヶ月を要する。これは、時間延長版CDの作成に1ヶ月を要するためである。  このように視覚障害者のTOEIC受験には、公開テスト、IPテストともにまださまざまな困難が伴うが、今回、春日キャンパスとして全国初のIPテスト実施に辿り着いたことにはまず大きな意義を見いだしたい。 7.むすび  今回、天久保キャンパスと春日キャンパスともに本学初のTOEIC IPテスト実施が実現したことは、大変意義あることである。  しかし、今後の課題も残った。特に視覚障害者のTOEIC IP実施に関しては、以下のようにこれから解決していかねばならない点がまだいくつもある。 ①視覚障害は視力、視野その他さまざまな要素で総合的に判断されるので、受験者が提出する医師の診断書は、視野狭窄の範囲や角度など細部にわたって統一された様式であるべきである(専門家の意見)。 ②進行性の病気で、診断書をとった時と受験時とで障害の程度が変化していた場合はどうするか(同上)。 ③海外諸国の視覚障害者特別措置は一様ではないため、ETSが統一された基準を作るべきではないか。 ④時間延長措置1.5倍/2倍の根拠は何か。 ⑤公開テストでもIPテストのような特別措置が行われるべきではないか(IPテストは学籍のある者でないと受験資格がないため、大学等を卒業した後は受験できない)。 ⑥写真描写問題の扱いに改善が必要(英検では、どのような写真であるのか、解答に支障のない内容で日本語の説明がつくが、TOEICにはこのような措置はない)。 とはいえ、本学のHPに掲載された天久保でのTOEIC講座の記事[5]を見た一般の方から問い合わせがあるなど、今回の試みには思わぬ反響があった。今後さらに各方面へ働きかけ、障害者の環境改善のために尽力していきたいと考えている。  また、センター試験、高校入試なども、天久保キャンパス、春日キャンパスで力を合わせて取り組んでいきたい。 参考文献 [1] 松藤 みどり:英語聴解問題における聴覚障害者に対する措置その2 実用英語技能検定の場合.筑波技術短期大学テクノレポート8:87-91,2001 [2] 松藤 みどり:公立高等学校入試における聴覚障害者の英語聴解問題への対応(その2):日本特殊教育学会第44回大会発表論文集:617,2006 [3] 平成24年度センター試験受験案内(別冊)http://www.dnc.ac.jp/modules/center_exam/content0443.html. [4] Educational Testing Service:TOEIC PROGRAM GUIDE.3-7,2011. [5] 筑波技術大学HP 10月21日付「ニュース」 http://www.tsukuba-tech.ac.jp/news/hi_2011102101.html Preparations for the TOEIC test for Hearing/Visually Impaired Students OTA Chikako1) & MATSUFUJI Midori1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: In this article, we show the difficulties for hearing and visually impaired people in taking Eng-lish tests. We also provide what kinds of difficulties they have especially in taking the TOEIC test. The process of dealing with these difficulties and how we implement TOEIC IP, which is the first attempt at Tsukuba University of Technology, are described. The people with hearing / visual impairment still do not get enough support for taking the TOEIC test, however. Our aim of this article is to propose that they should have fair opportunities when taking the TOEIC test in the near future. Keywords: Hearing Impairment, Visual Impairment, TOEIC, TOEIC IP, Special measures