高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅴ) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 石田 久之 天野 和彦 要旨:日本学生支援機構の『大学・短期大学・高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査』に示された障害学生の在籍数、支援率、支援内容などから、我が国における障害学生支援状況を明らかにするとともに、視覚障害学生の授業法の一例を提示した。 キーワード:障害学生支援,情報保障,授業法 1.はじめに  2012年2月、日本学生支援機構は、『平成23年度(2011年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書』[1]を公表した。  本論文は、2005年度から2011年度までの実態調査報告書[1]~[7]より、大学・短期大学・高等専門学校(以下、大学等という)における障害学生修学支援の最新の動向を、障害学生数、受験者数・合格者数、支援率、支援の内容、就職者数から明らかにすることが目的である。石田・天野(2010[8],2011[9],2011[10])は、近年、障害学生数や支援率の増加がみられ、着実に我が国における支援状況は進展しているが、他方で、キャリア教育支援などに課題が現れつつあるとしている。今回の調査内容から更なる課題について考察する。 2.障害学生数  図1は、全国の大学等に在籍している障害学生数を示している。障害学生数は、平成17年度(以下、報告書に合わせ元号による年度を用い、かつ元号は省略する)5,444名で、以降4,937名、5,404名、6,235名、7,103名、8,810名、23年度10,236名となっており、18年度から増加を続け、現在、一万名を超えている。  23年度の大学等で学ぶ全学生数は3,236千人であり、障害学生の在籍率は0.32%となる。この在籍率についても18年度より増加している(18年度0.16%、19年度0.17%、20年度0.20%、21年度0.22%、22年度0.27%)。  一方、支援を受けている学生数は、実態調査開始当初より増え続けている。  これは、石田・天野(2010[8],2011[9],2011[10])が指摘しているように、大学等における障害学生の修学支援が多くの大学で根づいてきていると同時に、障害学生のキャリア形成や就職活動対応など、大学の根幹に触れる領域にまで、支援が求められるようになっているからでもある。このため、増加傾向は今後も続くものと思われる。  しかし他方で、支援率(全障害学生数に対する支援を受けている障害学生数)でみると、23年度のそれは57.6%であり、前年度に比べ2ポイント低下している。支援を必要としない障害学生が増加しているということであるが、これについては、今後の推移を注視したい。  図2は、特別措置により受験した障害者数、合格者数、及び入学者数である。19年度までの受験者数は、毎年1,700名程度であったが、その後、特別措置を利用する受験生は増加し、21年度は2,469名となっている。22年度は、前年度に比し7%減少し2300名、23年度も同程度であるが、20年度までの水準に比べると、高い値である。  これらについて、年度毎に合格率(=合格者数÷受験者数×100)、入学率(=入学者数÷合格者数×100)を求めたものが、図3である。  合格率についてみると、18~20年度は50%近い値を維持していたが、21年度は40.4%と、20年度より6.56ポイント減少している。22年度は42.6%で、前年度に比し増加をしているものの、23年度は21年度と同水準である。20年度までの50%程度から、40%程度に落ちていると言えよう。石田・天野2011[10])は、受験生側の不十分な学力が問題か、大学側の拒否的な受け入れ姿勢・体制が問題かは不明であるとしているが、障害者が比較的入学し易いと考えられるAO入試などの見直しにより、合格率の低下が生じていることが考えられる。  入学率については、調査初年から21年度まで減少傾向が見られたが、22年度は73.5%、23年度は75.0%とわずかな増加となっている。図2から分かるように、合格者数が減少しても、それに対応して入学者数が減少するわけではないことが一因である。石田・天野(2011[9])は、一人が複数校に合格し、その中から一大学を選択する状況であると推測したが、近年は、複数校合格者が減少した結果と考えている。 図1 障害学生在籍状況の分布 図2 特別措置による受験者数、合格者数、入学者数 図3 合格率と入学率 3.障害別学生数  図4は、障害別に大学等に在籍する学生数を示している。  先に障害学生の増加を示したが、その傾向は障害により異なっている。  最も学生数が多い障害は、肢体不自由である。以下、病虚弱、聴覚障害、発達障害、視覚障害となっている。図から明らかなように、病虚弱学生と発達障害学生の増加が顕著である。この二年間で、病虚弱学生数は聴覚障害学生数を抜き、発達障害学生も視覚障害学生を抜いている。しかも両者ともに、緩やかな変化ではなく、かなり急激な変化である。  石田・天野(2011)[10]は、いわゆる“見えにくい障害(外見上は分からない)”学生への受け入れも着実に進んでいることを示しているとしているが、この傾向は一層顕著となっている。 図4 障害別学生数 4.障害別支援率  図5は、障害別の支援率を表している。視覚、聴覚、肢体不自由の各障害の支援率はこの三年間に渡り、ほぼ横ばいである。一方、病虚弱、発達障害学生の支援率は減少している。図4の結果と合わせると、障害学生支援の課題の一つが見えてくる。  図4と5の結果の解釈には二通りある。一つは、病虚弱・発達障害学生の受け入れが進んだが、その中には支援を必要としない学生が多くいる、という解釈。他の一つは、受け入れた病虚弱・発達障害学生への支援が行き届いていないという解釈である。JASSOの実態調査では、支援障害学生を、「学校に支援の申し出があり、それに対して学校が何らかの支援を行なっている」学生と定義している。つまり、申し出があっても支援を行なっていない場合は、支援学生とはカウントされないことになる。  研修会などで障害学生支援担当者の話を聞くと、決して支援の必要のない学生が増えたとは考えられない。増える病虚弱・発達障害学生への支援が追い付いていない、というのが実態であろう。  以上に述べた障害の中で、本学に関係のある視覚障害及び聴覚障害について、学生への支援内容を見ていく。 図5 障害別支援率 5.視覚障害学生への支援内容  23年度において、視覚障害学生への支援として行なわれている内容のうち、実施校数が多い順に10項目を挙げると、(1)教材の拡大、(2)試験時間延長・別室受験、(3)教室内座席配慮、(4)解答方法配慮、(5)実技・実習配慮、(6)教材のテキストデータ化、(7)点訳・墨訳、(8)パソコンの持ち込み使用許可、(9)読み上げソフト使用、(10)講義内容録音許可となる。これらの中で、昨年度報告(石田・天野, 2011[10])を参考に、(1)~(6)の項目について、実施校数の変化を示したものが図6である。支援内容を聞いていない平成17年度を除き、18年度以降に上述の各項目を実施した大学等の数である。  教材の拡大や座席配慮は、主に弱視学生への対応である。  一方、教材のテキストデータ化と点訳・墨訳は、主に盲学生への支援であるが、二つの支援は逆の変化傾向を示している。つまり、データ化の増加と点訳の減少である。パソコンにデータを取り入れて、学習する方法が盲学生の主流となっている。  これらのことから、弱視学生への情報保障の強化と、盲学生(一部、重度の弱視学生も含むと思われる)におけるテキストのデータ化が近年の支援の特徴と考えることができる。  図7は、盲及び弱視学生数と、それぞれの中で支援を受けている学生数を示している。盲については、学生数、支援学生数ともに減少傾向であるが、弱視については、学生数、支援学生数ともに増加の傾向がみられ、上述の支援内容や図6は、このような現状への現実的対応ということである。  さて、上に、教材の拡大など10項目を挙げた。多くの大学で行なわれている支援項目である。しかし、実際に教室で視覚障害学生を前にした時、それらの方法や資料を用いて、教員がどの様に授業を展開すべきかは、これだけでは見えてこない。ただ、拡大資料が学生の前にあれば良いのか、点訳がされていれば良いのかと問われれば、当然、否と答えざるを得ない。更に具体的に論を進めたい。 ・教材の拡大 教材の拡大と言った時、すぐにイメージされるのは拡大コピーである。倍率をセットするだけで簡単に文字を大きくできる。しかし、弱視学生にとってこの方法は、大きな問題を含んでいる。  拡大コピーの場合、文字だけではなく用紙も大きくなる。つまり横幅も長くなる。弱視学生の中には、視野が狭い者がいる。一行を長くすると、途中で行を見失ったり、次の行に移る時に、行を間違えたりすることがある。できるだけ、用紙の大きさ(横幅)を変えずに文字の大きさだけ、つまりポイントだけを大きく(大活字化)すべきである。 ・点訳 しかし、ポイントだけ大きくすると、元の資料と頁数が異なることになる。実は、これは点訳の際にも生じる。テキストや資料を点訳すると、頁数が増え、元の資料と異なるのである。  元の資料で「○頁を開けて」と言っても、大活字資料や点訳資料では、頁数が異なる。そしてこの場合、それぞれの資料で、正しい場所をすぐに開くことは極めて難しい。時間がかかるのである。  ここで、すでに晴眼学生と視覚障害学生との差が出てしまう。頁を追いながら教員の授業を聞くという事だけをとっても、最初からつまずくのである。  視覚障害学生に点訳資料や大活字資料を渡しただけでは、授業はできない。事前に元の資料と点訳資料や大活字資料を見比べ、せめて章や節という見出しの単位で、何頁に変わっているかを調べておく必要がある。「○頁から始めます。点字は△頁です。」という指示をすることによって、視覚障害学生の不安を除くことができる。 図6 視覚障害学生への支援 図7 盲及び弱視学生数と支援を受けている学生数 6.聴覚障害学生への支援内容  “5.視覚障害学生への支援内容”と同様に、23年度の聴覚障害学生への支援を、10項目挙げると、(1)ノートテイク、(2)教室内座席配慮、(3)注意事項等文書伝達、(4)FM補聴器・マイク使用、(5)パソコンテイク、(6)手話通訳(7)、実技・実習配慮(8)、ビデオ教材字幕付け(9)パソコンの持ち込み使用許可、(10)講義内容録音許可となる。ここでは、(1)~(5)の項目について、実施校数の変化を見ていく(図8)。  最も多い情報保障は、18年度より一貫してノートテイクである。しかしピーク時の19年度には、196校で行われていたが、22年度実施校は183校である。  他方、この減少を補うかのように、パソコンテイクの実施校数が増加傾向であり、23年度は95校となっている。パソコンテイクはノートテイクに比し、情報量が多いことが特徴であるが、タッチタイピングなどの支援者の高い技術が求められ、また、システム構成が複雑になるなどの課題もあり、簡単には移行できないのである。 図8 聴覚障害学生への支援 7.卒業・就職状況  図9は、19年度より調査項目に加えられた障害学生の卒業・就職状況である。図中青は、卒業年次に在籍する障害学生数、茶は実際の卒業者数、緑は就職者数である。  19年度報告(つまり18年度の実績)では、卒業年次在籍者数の82.6%が卒業し(=卒業率)、卒業した学生の48.7%(実数は489名)が就職している(=就職率)。20年度(19年度について)報告では、卒業率76.2%、就職率59.8%となっている(就職者実数は、640名)。21年度は990名の卒業者(卒業率85.1%)の中で、529名が就職をしている(就職率53.4%)。22年度では、1180名の卒業者(卒業率77.3%)の中で、548名が就職(就職率46.3%)、23年度は、卒業率76.6%、就職率47.0%で、就職は677名となっている。  図から分かるように、卒業者数(茶)は増加傾向にあるが、就職者数(緑)はそれに伴った増加を示していない。卒業者の進路には、進学や“自宅療養”などもあるので、就職していない者が全て就職希望者ということではないが、それらの割合は1~2割程度であり[1][7]、やはり就職できない卒業者も多く、石田・天野(2011)[10]が指摘しているように、学生の能力向上と同時に、社会が障害学生を受け入れられる体制を更に整備することが重要であろう。 図9 卒業生数と就職者数 参考文献 [1] 日本学生支援機構:平成23年度(2011年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2012. [2] 日本学生支援機構:大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査報告書, 2006. [3] 日本学生支援機構:平成18年度(2006年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2007. [4] 日本学生支援機構:平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2008. [5] 日本学生支援機構:平成20年度(2008年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2009. [6] 日本学生支援機構:平成21年度(2009年度)大学、短期大学、高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2010. [7] 日本学生支援機構:平成22年度(2010年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書, 2011. [8] 石田 久之・天野 和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅱ). 筑波技術大学テクノレポート, 17(2), 61-65, 2010. [9] 石田 久之・天野 和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅲ). 筑波技術大学テクノレポート, 18(2), 77-82, 2011. [10] 石田 久之・天野 和彦:高等教育機関における障害学生支援の動向(Ⅳ). 筑波技術大学テクノレポート, 19(1), 23-28, 2011. Trends in the Provision of Support for Students with Disabilities in Higher Education (V) ISHIDA Hisayuki and AMANO Kazuhiko Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: This article aims to clarify trends in the provision of support for disabled students based on the number of students, the rate of support for students who request support, and so on. These trends were reported in the “Seventh Survey on the Actual Conditions of Support for Students with Disabilities in Higher Education,” a report published by the Japan Student Services Organization. In addition, this paper presents an example of methods used to teach visually impaired students. Keywords: Support for students with disabilities, Information accessibility, Teaching methods