視覚障害を持つ学生への理学療法士国家試験対策 筑波技術大学 保健科学部 保健学科理学療法学専攻1)筑波技術大学 東西医学統合医療センター2) 松井 康1) 石塚 和重1) 薄葉 眞理子1) 渡邊 昌宏1) 佐久間 亨2) 要旨:本稿では視覚障害を有する理学療法学専攻の学生に対する国家試験対策の教育的効果を検討した。各学生の苦手科目を明確にして効率的な学習が行えるように対策を行った。対策の結果、苦手科目は全て有意に改善した。模試の点数は対策初期時では91.4±12.9点、最終時では181.4±23.6点であった。また国家試験本番の自己採点の結果は190.6±16.2点であり、対象者全員が合格した。本対策の成功の要因として、本対策では個々の学生毎に苦手科目を抽出し、学習方法の提案を行うことにより、自己学習力の向上を促し、効率の良い学習を進められたことが考えられる。 キーワード:理学療法士,国家試験対策,視覚障害,学習方法 1.はじめに  理学療法士国家試験の全国合格率は、平成11年度から平成20年度までの10年間の平均が94.8%であったのに対し、平成21年度は92.6%、平成22年度は74.3%と低下しており、試験の難易度は高くなってきている[1]。本学の合格率は、平成21年度は62.5%、平成22年度は50%と全国合格率を下回っており、国家試験の合格率向上が大きな課題となっている。本学の理学療法士国家試験合格率低下の一つの要因として、学生が非常に広い出題範囲から構成される試験問題に対して体系的な学習方法を行えていないことが挙げられる。視覚障害をもつ学生が晴眼者以上に学習における読み書きに多くの努力が必要なことからも広範囲への対策が困難なことが推察される。教員は学生へ物理的な視覚の障害補償を提供することとともに、より効率的な学習方法を学生に定着させる必要がある。  国家試験受験学習に関する調査において、合格するためには模擬試験(以下、模試)を、受験3か月前から週2回、合計10回程度は行うことが望ましいとされており、模試を行うことにより自己の苦手部分を把握できると報告されている[2]。  これらのことを踏まえて、理学療法学専攻では4年生を対象として年間を通して体系的な理学療法士国家試験対策を行った。本稿では今回実施した国家試験対策の教育的効果について模試の結果、国家試験当日の自己採点の結果から検討する。 2.対象ならびに方法  対象は、本学の理学療法学専攻に在籍する4年生7名(年齢:24.4±3.9歳)であった。視力の程度は 裸眼視力0.05±0.04、 矯正視力0.13±0.15であり、視野の程度は中心暗点が1名、 視野狭窄が2名、片眼測定不能が2名であった。 2.1 国家試験対策の計画  今回の国家試験対策では、「模試実施」、「苦手科目の抽出」、「苦手科目の学習」のサイクルを4年次の早期より繰り返し実施することで、各学生が苦手科目を明確にして効率的な学習が行えるように計画した(図1)。模試の実施頻度は、2011年7月から8月の期間では2週間に1回、2011年10月から2012年2月の期間では1週間に1回の頻度で実施した。模試は学内模試と学外模試の2種類を用意した。学内模試は国家試験の過去問を参考に共通問題100問、専門問題100問の合計200問を作成した。学外模試には株式会社三輪書店、株式会社アイペックが実施している模試を使用した。各回の模試実施後は早期に図表等を用いて科目別の正答率などをフィードバックし、低い正答率の問題への解説を行った。また、模試での文字サイズは各学生が国家試験本番で用いるサイズに近いものを用意した。 2.2 模試結果の評価  今回の国家試験対策の教育的効果について検討するために国家試験対策初期時(2011年7月23日)と最終時(2012年2月6日)の模試の結果、および国家試験本番の自己採点結果(2012年2月26日)の3つの結果を比較した。  評価項目として全体の平均点、標準偏差を算出した。国家試験対策初期時と最終時の模試の結果に関しては科目毎の配点数、平均点数、平均正答率をそれぞれ算出した。また、理学療法士国家試験は、配点数が出題科目によって異なるため、科目別の正答率のみでは評価が不十分であると考えられる。そこで、科目毎に配点数から学生の点数を減じた点数を「伸びしろ点数」と定義し、苦手科目の指標とした(図2)。なお国家試験対策初期時の試験は学内模試で、最終時の試験は学外模試である。  効果判定を行う目的で、国家試験対策初期時と最終時の科目別の正答率に対して対応のあるt検定を行った。有意水準は5%未満とした。 図1 国家試験対策における学習のサイクル 図2 伸びしろ点数の計算式 3.結果 3.1 平均点数および標準偏差  表1に国家試験対策初期時と最終時、および国家試験本番の自己採点結果の平均点数、標準偏差を示す。初期時の平均点数および標準偏差は91.4±12.9点で、最終時は181.4±23.6点であった。 3.2 科目別の配点数、平均点数、伸びしろ点数、および平均正答率  表2、3および図3、4に国家試験対策初期時と最終時における科目別の配点、本学の平均点数、伸びしろ点数、本学平均正答率、全国平均正答率を示す。  伸びしろ点数の大きな科目は、初期時の共通分野では順に「解剖学14.0点」、「生理学12.1点」、「運動学7.4点」、「精神医学7.4点」であり、専門分野では順に「整形外科16.7点」、「内部障害15.3点」、「脳血管障害14.9点」、「検査・測定11.9点」であった(表2、3)。  初期時と最終時の科目別の正答率に関して、共通分野では「解剖学」、「生理学」、「運動学」、「リハビリ概論」、「一般内科」、「中枢神経・筋疾患」、「整形外科」、「精神医学」が有意に改善された。また専門分野では「検査・測定」、「整形外科」、「脳血管障害」、「神経・筋」、「頸髄・脊損」、「内部障害」、「臨床運動学」、「運動療法基礎」が有意に改善された(図3、4)。  なお、最終評価時の模試では共通分野の科目において、「人間発達学」が出題されなかったため、配点、本学平均点数、伸びしろ点数が0点となり、本学平均正答率が0%となっている。 表1 国家試験対策初期時と最終時の模試結果、および国家試験自己採点結果 4.考察  定期的な模試の実施により苦手科目の抽出と再学習を繰り返すことで、学生が効率的に学習を進められるよう国家試験対策を計画した。理学療法士国家試験は、配点数が出題分野によって異なるため、試験全体の点数を上げるためには配点数の大きな科目について集中的に学習することが効果的である。そこで科目毎の配点数から平均点数を減じた「伸びしろ点数」を算出して苦手科目の指標として利用した。国家試験対策初期時の2011年7月23日に実施した模試の結果、共通分野、専門分野ともにほとんどの科目の正答率が50%を下回っており、学習を進める上での優先順位をつけるのが困難であった。しかし、伸びしろ点数に着目すると、共通分野では「解剖学」、「生理学」、「運動学」および「精神医学」の点数が大きく、専門分野では「整形外科」、「内部障害」、「脳血管障害」、「検査・測定」の点数が大きかった。このことより、これらの科目が特に改善すべき科目であると考えられた。  この改善すべき科目に着目し、国家試験対策初期時と最終時の正答率を比較すると、すべての科目が有意に改善された。  今回の国家試験対策によって、模試の平均点数は初期時の91.4点から最終時の181.4点まで改善した。本邦の理学療法士国家試験は168点が合格点となっており、最終時の平均点数は合格点数を上回った。また、国家試験本番の自己採点結果の平均点数は190.6点であり、対象者全員が168点を上回っており、本学では100%の合格率を達成することができた。  第47回の理学療法士国家試験の全国合格率は82.4%であり、昭和41年の国家試験開始以降、2番目に低い合格率である。そのような中で、対象者全員が合格できたことは、本対策が効果的であったことを示唆している。  本対策が効果的であった要因として、自己学習力の定着が考えられる。自己学習力の育成は教育の重要な目標の一つである[3]と考えられている。しかし、個別学習相談である認知カウンセリングの事例[4]では、「勉強のやり方がわからない」、「一生懸命に勉強しているものの、成績に結びつかない」と訴える学習者が多く、自己学習力が身についていないと指摘されている。本学の学生においても同様の訴えがあり、自己学習力が十分身についているとは言い難い状況であった。自己学習力を構成する要素としては、学習方法に関する知識やスキルが重要とされている[5]。本対策では、模試の実施後できるだけ早期に学生に対して結果のフィードバックを行い、各学生の苦手科目を抽出し、個々の学生毎に学習方法の提案を行うことができた。この繰り返しにより、学生の自己学習力が向上し、効率良く学習を進めることができたのではないかと考えられる。  本対策は初めての試みであり、対象者も少なかったため、今後も継続して同様の対策を行っていくことにより、本対策の効果判定を行っていく必要があると考えられる。 表2 共通分野の科目別得点 表3 専門分野の科目別得点 図3 共通分野における本学平均正答率 図4 専門分野における本学平均正答率 5.まとめ  本稿では、視覚障害を持つ学生への理学療法士国家試験対策の結果を報告した。本対策は、「模試実施」、「苦手科目の抽出」、「苦手科目の学習」のサイクルを繰り返し実施することで、各学生の苦手科目を明確にして効率的に学習を進められるように実施した。国家試験の受験結果は、学生が全員合格することができ、対策は成功したと考えられる。  本研究は、平成24年度の文部科学省特別経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の支援を受けて実施した。 参考文献 [1] 公共社団法人 日本理学療法士協会 http://www.japanpt.or.jp/ [2] 山本 双一,酒井 寿美,他:国家試験受験学習に関する調査.平成13年度 高知リハビリテーション学院紀要 第3巻 19-24,2002. [3]波多野 誼余夫:自己学習力を育てる―学校の新しい役割,第1版,波多野 誼余夫,東京大学出版会,1980. [4] 市川 伸一:認知カウンセリングから見た学習の相談と指導,第1版,市川伸一,ブレーン出版,1998. [5] 市川 伸一:学ぶ意欲とスキルを育てる ― いま求められる学力向上策,第1版,市川 伸一,小学館,2004. Countermeasures Adopted to Prepare Visually Impaired Students for the National License Examinations for Physical Therapists MATSUI Yasushi1), ISHIZUKA Kazushige1), USUBA Mariko1), WATANABE Masahiro1), SAKUMA Toru2) 1)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology Abstract: In this paper, we studied the effects of an educational program designed to aid visually impaired students to prepare for the National License Examinations for Physical Therapists. We devised measures that revealed the students’ weaknesses and then attempted to help the students learn more effectively. The students’ scores improved significantly in all weak subject areas because of these measures. At the beginning of our program, the average examination grade was 91.4 ± 12.9 points. By the end of our program, the average examination grade was 181.4 ± 23.6 points. In addition, the average grade on the National License Examinations was 190.6 ± 16.2 points. All of the visually impaired students passed the exam. Thus, because all students were able to perform at an efficient level, we believe these measures were successful. Keywords: Physical Therapist, Preparation for national license exams, Visually impaired students, Learning method