LED多重可視光通信による視覚障がい者への情報保障の試み 筑波技術大学保健科学部1) 日本薬科大学薬学部2) 広島工業大学工学部3) 筑波技術大学4) 巽 久行1) 村井 保之2) 荒木 智行3) 宮川 正弘4) 要旨:近年、バリアフリー化が進み、障がい者や高齢者の援助がしやすい社会になってきている。しかし、視覚障がいに対しては点字などの様々な支援は行われているが、全盲のみならず弱視の障がいについても、さらなる支援が必要である。我々の研究目的は、道路を歩行中の視覚障がい者に、安全のための道路上の相対位置を街灯から知らせるシステムを作ることである。本稿では、街灯ポールに設置した複数のLEDから、照射角に応じて異なる光を道路に照射する(重ね合わせ)多重光通信により情報を与える方法と、重ね合された光を受光器で分離して情報を取りだす実験結果の、それぞれを述べる。本手法はユビキタス技術として、街灯だけでなく、交通信号、公共サインなどにも使うことができる。可視光通信については多くの研究があるが、視覚障がいを支援する研究は、まだまだ少ないのが現状である。 キーワード:視覚障がい,可視光通信,LED(発光ダイオード),情報保障,ユビキタス技術 1.はじめに  可視光通信とは、可視光素子として照明や信号に使われているLEDを、高速に点滅させてデータを符号化することにより、視覚では可視色にしか見えない光に情報を付加する技術である[1]。例えば、歩行者用信号機に安全情報を付加することで、受光器を持った視覚障がい者が信号の色や残り時間を知ることができる。  本研究は、可視光通信を利用した視覚障がい補償支援について、どのような情報保障や情報確保が行えるかを、試作機を用いて検討した報告である。使用している試作機は、PSK変調を用いた搬送波周波数40KHz、通信距離3m以内の汎用型装置であり、現在これを使った視覚障がい補償支援についての基礎的な通信実験とその応用を行っている[2,3]。 2.試作機器の開発  我々は可視光通信機器を開発するにあたり、基準信号の位相を、変調または変化させることによってデータを伝達するデジタル変調である、PSK(Phase Shift Keying)という変調方式を採用した。その理由は、雑音に強くて確実な通信を実現できるからである。しかし、PSK変調の回路は一般に複雑になることが知られている。図1に、作成した実験用可視光通信機器を、図2に、可視光通信の実験を行った様子を示す。  図2において、画面左側の赤丸が送信機側(砲弾型LED素子)、画面右側の白四角が受信機側、白四角内の黄丸がフォトダイオードで、約1mの距離で可視光通信を行っている。送信機側からの搬送波周波数は40KHzであり、外乱光としてLED懐中電灯(同色333Hzで点灯)を加えても、搬送波に影響なく可視光通信を行う。  弱視者は夜盲を伴う(夜は見えなくなる)場合が多い。本実験により、LED懐中電灯に可視光通信機能を付加させた場合に、他者が携帯している一般のLED懐中電灯の光が重なっても、問題なく可視光通信が可能であることが分かる。 図1 実験用可視光通信機器 図2 可視光通信の実験 3.データ通信実験  我々は、図1の実験用可視光通信機器をもとに、図3に示すパソコン接続可能なデータ通信実験用の可視光通信機器を試作して(以下、試作機と呼ぶ)、パソコンからRS-332C経由で送ったデータをLEDの高速点滅で符号化し、それが正しく可視光で通信できているかを実験した。  図4に、可視光のデータ通信実験を行った様子を示す。使用した通信ソフトはWindows VISTA用のテラターム(TeraTerm)[4]であり、通信速度を38,400bps、データ長は8bit、パリティはなし、ストップビットは1bit、フロー制御はなし、で通信環境を設定した。可視光通信時の1パケット長は8バイトに制限しているため、TSUKUBAの7バイト文字を16進数表記にしてパソコンから転送したところ、正しいデータ転送が行われているのを確認した。  この装置では、発光器と受光器が正対している場合、信号を常に受信している扱いになる。一般的に無変調と呼ばれる、信号が変調されていない状態であるが、PSK通信の特徴として、1もしくは0を連続受信しているのと等価になる。無変調部分と変調部分の区切りの認識は、プリアンブルと呼ばれる1と0の繰返しを送受信することで行なうが、この装置のファームウェアでは、このプリアンブルが1Byte長と短くなっており、1と0の繰返しが4回続くと“信号を受信”と認識してデータの復調を始める(ファームウェアは簡易な作りのため、PSKの特徴を検証するのに便利である)。  データ通信実験で使用しているLEDは、順電圧3.70[V]、光束80[lumens]、シアン色であり、回路電圧が18[V]なので、LEDに印加する電圧は、計算上は14.3[V]となるが、実際にLEDに印加される電圧は10[Vp-p]程度(実測値)であり、LEDが最も明るく光る瞬間は100[mA]程度の電流が流れていると想定できる。よって、LEDの明るさは11.4[lumens]程度と推測される。また、LEDに付属しているレンズは、視野角20度、指向特性10度である。  実験の結果は、視野角0度では、2m以内はほぼ100%正しく通信可能で、2.5mを超えると通信エラーが目立った。しかし、発光部のLED、または、受光部のフォトダイオードの前に光学レンズを配置した所、3倍の倍率レンズで、3m以内はほぼ100%の正しい通信を確認した。  図5に、通信実験の結果を示す(通信距離の測定実験は、図4に示すように、レーザー距離計にLEDを装着して行なわれた)。図5の横軸は、LEDとフォトダイオードとの間の距離が0.1m間隔で3mまで、縦軸は、視野角±20度を5度間隔で測定した結果であり、色がついている部分が通信可能領域であり、また、色が濃いほど通信精度が高いこと(5段階評価)を示している。 図3 データ通信用の可視光通信試作機 図4 可視光通信のデータ通信実験 図5 データ通信結果 4.可視光通信を行なうLED街路灯  人間の行動や判断の多くが視覚に依存しており、それゆえに、可視できる情報は多彩である。信号や公共サインに見られるサイン光は、それ自身が行動や社会の営みに多大な影響を与えるので、晴眼者のみならず、共に暮らす視覚障がい者にとっても大事な行動規則やランドマークとなる。本研究の目標は、照明、信号、電光掲示、案内表示等の情報を、可視ができない視覚障がい者にも、晴眼者と同等に提供するインフラ社会の構築を技術的に支援することである。  本研究で提案する視覚障がいを配慮した実験用LED街路灯は、可視光通信受光端末を持つ視覚障がい者に対して、安全に歩行が行なえる領域と、そうでない領域の区別を、異なる光で与えることができる。また、歩行領域以外の情報として、現在地情報や道案内、進行先にあるランドマークや横断歩道の情報などを盛り込むこともできる。  図6は、本システムの補償支援の説明であり、黄色領域は歩行可能な領域、赤色領域は歩行不能な領域である。街路灯のLED照射角に応じて異なる光を出すことにより、可視光に危険度情報を付加できることを表している。現在、LED街路灯を設置している自治体は徐々に増えており、5年後には街路灯の約75%がLED街路灯になるとの試算も報告されている。 5.LED街路灯試作機器の開発  可視光通信を利用した実験用LED街路灯システムでは、一灯のLED街路灯から複数の信号を送出することにより、受光した信号から街路灯の角度が判別できるので、現地点での歩道上の位置を知ることができる。例えば、図7に示すように、受光した信号のA、B、Cの違いにより、歩道上のどの辺りを歩行しているかを理解できる。  本研究では、デジタル信号の2値入力(0または1)に対応して光の位相を切り替えるBPSK(Binary Phase Shift Keying)変調方式を採用している。図8に、作成したシステム全体の構成を示す。送信側のBPSK変調に対する受信側の変調波は、更なるデータ復調の精度向上を図らなければならないものの、実験では正しく復調されて動作していることが確認できた。  光は直進性を持つので、光を用いた情報伝達は見通しの良い範囲に設置する必要がある。また、現在主流のLEDは、光の出力が2W程度であり、高性能なレンズの使用といった光学的な工夫を行なっても、情報伝達可能な距離は数メートルから10数メートル程度である。一見すると、この光の直進性と発光出力の制限は、情報伝達の範囲を制限する足かせになりうると思われる。しかし、音や電波を媒体にしたものとは異なり、情報の伝達を限られた範囲に留めたい場合などには、逆に有効に働くと考えられる。本研究においては、光が到達する場所が制限されるこの特徴を利用して、正確な位置情報の把握を目指している。街路灯は、発光量がある程度必要であることと、対象物が万遍なく照らされる必要がある。そのため、街路灯の発光源は複数のLEDを登載し、各々の光軸を微妙に変化させることで、発光される光をオーバラップさせ、光を広範囲かつ安定的に照射することにした。  図9に示すように、オーバラップされた各々のLEDに対して、異なった情報を印加することができ、かつ、混合された情報を受光側で分離できるなら、受光側は光の到達範囲内を移動する限りにおいて、刻々と変化する位置情報を把握することが可能となる。  以下、伝送された可視光の混合と分離を検証する。図9に示すようにLEDを2個用意して、一定距離(ここでは距離を25mmとする)をもって設置する。設置された各々のLEDからは、異なる信号を印加した可視光を発光させる。ここで発光した可視光をα,βとし、αを40kHzのサイン波、βを100kHzのサイン波とする。受光側はフォトダイオードにより、受光した可視光を電気信号として処理する。受信した電気信号は増幅回路で100倍に拡大し、その後α,βが通過するバンドパスフィルタにより、それぞれを分離する。このα,βのサイン波は、BPSK通信の搬送波を想定する。BPSK通信は、伝送するデジタル信号の0/1符号に合わせて搬送波の位相を180度変化させる通信方式のため、受光側でこのα,βの波形が分離できれば、本研究の目的が達せられることとなる。結果は、図10に示すように、2つの異なるLEDから発光されたα,βの信号は、自然と混合されて受光側に到達する。そして受光側において、十分増幅し選択度の高いバンドパスフィルタを通過させることで2つの光を分離できた。図11に、そのときの実験の様子を示す。 図6 LED街路灯による補償支援の例 図7 受光信号による照射角度の検出 図8 実験用LED街路灯システムの構成 図9 光のオーバラップ 図10 オーバラップされた光の分離結果 図11 分離実験の様子 6.おわりに  現在、作成したデータ通信実験用の可視光通信試作機を用いて、視覚障がい補償に向けた基礎的な可視光通信データを収集・検証している。また、視覚障がい支援に適したLED光の調査、特に、弱視者のグレア(視機能低下を起こす光、波長が短い青色光が眼内で散乱を起こすことが多い)を軽減するようなLED光や自動調節も調査中である。  我々は、個々の視覚障がいに配慮した補償、すなわち、可視光通信技術とユビキタスコンピューティング技術の融合による視覚障がい補償の確立を目指している。また、可視光の変調や復調の調査、遠距離の通信を可能とするような光軸の同期、通信時における個人認証セキュリティ、特に、サイドチャネルアタック(漏洩光や消費電力による通信情報解析)の防止など、工学的な問題も検討中である。  また、本研究で得られた成果を室内向けの高精度測位に利用することも考えている。特に、室内向け測位の応用として、弱視者が利用する拡大読書器の照明をLED可視光素子で行うことで、拡大文字位置の検出や位置補正に活用する支援研究に展開する予定である。なお、新潟大学では、蛍光灯による可視光通信が研究されており[5]、視覚障がい者を対象とした応用方面の研究も行なわれている。 謝辞  本研究は、平成21年度国立大学法人筑波技術大学競争的教育研究プロジェクト事業“可視光通信技術を利用した視覚障害補償の検討とその基礎研究”、および、平成22年度同事業“双方向可視光通信を用いた視覚障害補償支援の検討”の助成を受けて行われた。ここに記して謝意を表する。また、本研究で使用した機器を製作いただいた、ビー・スペース社およびキース社に深謝する。 参考文献 [1] 中川 正雄 監修・可視光通信コンソーシアム編:“可視光通信の世界”,ISBN4-7693-1251-2,工業調査会,2006. [2] 巽,河原,村井,荒木,宮川:“視覚障がい者のためのLED可視光通信による情報確保”,FIT2010(第9回情報科学技術フォーラム)講演論文集,K-054,pp.741-742,2010年9月. [3] 巽,村井,荒木,宮川:“可視光通信による視覚障碍を配慮した実験用LED街路灯”,FIT2011(第10回情報科学技術フォーラム)講演論文集,K-061,pp.857-858,2011年9月. [4] http://ttssh2.sourceforge.jp/ [5] 伊藤,牧野,西森,小林:“蛍光灯通信と自律航法による屋内歩行者位置推定手法”,2010年電子情報通信学会総合大会論文集(DVD),B-20-50,pp.634(通信講演論文集2),2010. Information Insurance by the Use of Superposed Multiple LED Visible Light Communication System for the Visually Impaired TATSUMI Hisayuki1), MURAI Yasuyuki2), ARAKI Tomoyuki3), MIYAKAWA Masahiro4) 1)Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)School of Pharmacy, Nihon Pharmaceutical University 3)Faculty of Engineering, Hiroshima Institute of Technology 4)Tsukuba University of Technology Abstract: Recent progress in the development of barrier-free technologies appears encouraging for disabled and aged individuals. The purpose of our study here is to provide a visually-impaired individual with personal positional information based on the use of streetlights. It increases the individual’s safety while traveling the pedestrian walkway. We propose the use of Superposed Multiple Light Communication to provide information. Illumination is provided by the use of LEDs on lampposts. In this system, a number of different lights are employed. Their use depends on radiation angles. User can know his positional information (e.g., in the center or on either edges of the walkway) by the analyzer of lights at his hand. We describe our experimental results that include a detailed description of the separation of two superposed lights. We believe that our LED-based visible light communication system might be used in streetlights, traffic signals, public signs, and so on. It might become a ubiquitous technology. Although many studies have been conducted on visible light communication, only a limited number of studies support the needs of the visually impaired. Keywords: Visually impaired, Visible light communication, LED (Light Emitting Diode), Information insurance, Ubiquitous technology