一般大学に学ぶ聴覚障害者の英語受講時の情報保障に関するアンケート調査─英語科目の受講状況と読解(Reading)における情報保障の実態─ 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 細野 昌子 須藤 正彦 大杉 豊 松藤 みどり 要旨:一般大学や短期大学で学ぶ聴覚障害者は、講義を受ける時は常に情報保障の問題を抱えているのが実情であるが、語学の授業においては、言語モードに起因する語学科目特有の課題があり、情報保障の問題がさらに複雑化している。これを受け、語学教育の中では重要な位置にある英語に特化したアンケート調査を行なった。アンケート調査から、現在の高等教育機関において多様化する英語科目の状況が明らかになった。中でも受講生の最も多かった読解(Reading)の情報保障の実態を把握し課題を明確化させるとともに、その対策を提言する。 キーワード:聴覚障害学生,高等教育機関,英語科目,情報保障支援,支援技術 1.はじめに  聴覚障害者の高等教育機関への進学は継続的に増加し、独立行政法人日本学生支援機構の調査によれば、2011年には1,556人の聴覚障害学生が大学院を含む大学や短期大学に在籍していた。高等教育機関で学ぶ聴覚障害学生数の増加につれ、情報保障を中心とした支援の問題が顕在化してきた。2005年に発足した日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)の働きかけなどにより各大学で支援体制への取り組みが進んできたが[1]、聴覚障害学生は英語などの外国語の受講に最も困難を感じ、いまだに十分な支援が受けられていない状況がある。  こうした状況下、2011年に筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターで「障害者高等教育拠点」事業が開始され、聴覚・視覚障害者のための大学として培ってきたノウハウを一般大学に提供することになった。その事業の一環として、語学科目に関わるアカデミック・アドバイス活動も開始された。  語学の授業では、言語が学習科目であり、日本語以外の言語の存在が、聴覚障害学生の語学科目受講時の情報保障をより困難にしている。語学の授業に対する適切なアドバイスを提供するために、語学科目の中では世界共通語として重要な位置にある英語に関するアンケート調査を行なった。  大学における聴覚障害学生の英語教育に関するアンケート調査としては、斉藤 くるみの2件の先行研究がある。斉藤(1991)の調査回答者33名の内訳は筑波技術短期大学4名(1990年に学生の受け入れを開始し、調査時点では1年生のみ在籍)、聾学校専攻科学生2名、高校3年生4名、その他の大学、短期大学の学生が23名であった。斉藤(2000)では、回答者は筑波技術短期大学を含む大学、短大、専門学校の31名の学生であった[2][3]。  本研究におけるアンケート作成にあたっては斉藤の調査項目を参考にしたが、調査対象には筑波技術大学(2005年に短大から4年制大学へ移行)の学生や専門学校在学者は含まず、一般大学および短大に在籍する学生のみとした。また調査対象をより多く、より広範囲にすることを狙った。 2.目的  本稿では、実施したアンケート調査を通し、現在、高等教育機関に学ぶ聴覚障害者が、どのような英語科目を受講しているのかを調べ、受講科目の特性による問題点も意識しながら、総体的な英語科目の受講状況を把握する事を目的とする。また多くの学生が受講していると回答した読解(Reading)の情報保障の実態を把握し、現存する問題点を明らかにし、対策を考察することにより、より良い情報保障体制について提言する。 3.方法  高等教育機関に在籍する聴覚障害学生を対象に行った英語科目に関するアンケートの質問紙は、表形式を用いて回答しやすく作成したために10ページに及んだ。一部は表1に掲載しているが、全体としては以下のように構成された。  在籍する大学、学部、学年、失聴時期、聴力、教育歴に関する質問項目のあと、学生が受講していると想定される科目を「読解(Reading)」、「英会話(Oral)」、「英語によるプレゼンテーション(Presentation)」、「TOEIC対策(TOEIC)」、「その他」の5項目に分類し、それぞれについて「情報保障の有効性」、「学生の自主性」、「学生の満足度」を把握するための質問項目を作成した。表1に「情報保障の有効性」についての質問項目に対する回答例を示す。情報保障を23項目想定し、1列目には実際に供与されている情報保障手段に○、2列目に効果的だった項目の上位1~5位、2列目に受けたかった支援の上位1~5位を記入してもらった。「学生の自主性」については、授業の理解のため自分自身で工夫したり、要求を出した事があるかどうか、また「学生の満足度」については、授業で楽しかったことは何か、評価方法で満足な点あるいは不満足な点は何かについて尋ね、回答を記述してもらった。  アンケートは、複数の学生懇談会、PEPNet-Japanの連携大学、筑波大学附属聴覚特別支援学校の卒業生、および個人宛にEメール及び郵送で2011年11月に265人に発送し2012年1月までに回答してもらった。 表1 情報保障についてのアンケート回答事例 4.結果  アンケート発送数265人のうち63人から回答を得た。回収率は25%で、39大学、1短期大学に在籍する学生からの回答であった。学生の在籍学部は、教育学部13人、総合福祉学部6人をはじめ理工学部、社会学部、経済学部など33学部であった。学年内訳は1年生20人、2年生12人、3年生20人、4年生11人で、失聴時期は0~3才未満が55人、4歳~小学校が5人、中学校以降が1人、不明が2人であった。  両耳聴力の平均値は、90dB以上が47人、70dB~90dBが7人、70dB以下5人、不明5人で、聾学校在学経験者は50人であった。  受講科目については、「読解」を受講している学生は、63人中57人(90%))、「英会話」は36人(54%)、「プレゼンテーション」10人(17%)、「TOEIC対策」4人(6%)、その他として「Writing」、「Business English」、「現代英語」、「アメリカ手話」、「コミュニケーション」、「工業英語」、「Listening」、「Freshman English」の合計で14人(24%)であった(図1)。主要科目である「読解」と「英会話」を含め英語科目総数は12になった。  アンケートの質問項目に設定した情報保障手段23項目を、A)教員が直接に学生の情報保障を担う形態(14項目)、B)手話通訳者やノートテイカーなど教員と聴覚障害学生の仲介となる人材が必要となる形態(5項目)、C)機器を使用する形態(3項目)、およびD)その他に分類したのが図2である。  受講数が最も多かった「読解」に関してA)、B)、C)、D)の4形態を比較した結果を図3に示す。A)教員から情報保障を受けた学生は、57人からの複数回答で求めた総数216で全体の76%を占めた。同様にB)仲介となる人材による情報保障は、総数59で全体の21%となり、C)機器は総数9で3%という結果となった。D)のその他は総数1で、授業中に教員が少し手話を使うという回答であった。  A)教員が担った情報保障の総数216のうち、板書41(19%)、席の配慮30(14%)、補助プリント22(10%)、聞き取り問題の文字化、伝えの確認は各々21(10%)、説明・指示の文字化 20(9%)、ゆっくり話す16(8%)、対面個別指導9(4%)、英文に振り仮名を付ける8(4%)、パワーポイント使用、個別添削、個別に訳の配布は各々7(3%)、プロジェクター表示4(2%)、発音指導3(1%)となった(図4)。B)仲介的人材を通しての情報保障の内訳は総数59の中、ノートテイク32(55%)、PCテイク12(21%)、字幕付VTR7(12%)、手話通訳5(9%)、テープ起こし2(3%)となった(図5)。C)機器に関してはFMマイク8、音声認識機器1という回答であった。 図1 英語の授業科目(全63人中) 図2 情報保障手段の4形態 図3 4形態の比較(読解) 図4 教員からの情報保障の内訳(読解) 図5 仲介的人材を通しての情報保障の内訳(読解) 5.考察  アンケート調査の結果、聴覚障害学生の英語受講科目の実態が見えてきた。アンケートに回答した学生で一番多く受講しているのは「読解」(57/63人)で次に「英会話」(36/63人)で主要2科目となった。その他も含めた12科目のうち、「英会話」、「プレゼンテーション」、「コミュニケーション」、「Listening」は、聴く・話すことを中心とする科目で、「読解」、「TOEIC対策」、「現代英語」、「Freshman English」は授業の一部に聴く・話す技能を必要とされる科目であり、英語科目総数12の2/3にあたる8科目で聴くか話す、あるいは双方の技能を必要とされることが分かった。  2003年、文部科学省が策定した「英語が使える日本人」の育成の為の行動計画では、大学の英語教育目標として「仕事で英語が使える」を掲げている。その為に中・高等学校から4技能(読む、書く、聴く、話す)を総合的に伸ばしたうえでのコミュニケーション能力育成が、教育方針として打ち立てられた[4]。それに伴い、大学や短期大学でも、多種多様な英語科目が必須および選択科目としてカリキュラムに組み込まれている。今回のアンケート調査でも、聴覚障害学生が受講する英語科目の多様性が見られる。  英語科目の多様性は、聴く、話す両技能に限界を抱える聴覚障害学生に対する情報保障面の問題を更に複雑化し、授業内容に合わせた情報保障手段の必要性を示唆する。  次に「読解」についての情報保障の実態を調べた。「読解」は、今回のアンケート回答の中で受講生数が最も多いうえに「英会話」受講生 36人中4人が、代替科目として受講している。聴覚障害学生には重要な単位取得科目として位置づけられるという理由で、本稿の研究対象とした。  「読解」の情報保障の担い手としての 4形態を比較すると、教員76%、仲介的人材21%、機器3%となり、教員の負担が特に大きく、負担を分散し軽減する必要性が見えてきた。図4で見られる教員による情報保障の内訳を鑑みると、板書、伝えの確認、ゆっくり話すなどは教員にしかできない支援であるが、補助プリント、聞き取り問題の文字化、説明・指示の文字化、英文に振り仮名を付けるなど、音声や発音をテキスト化する事を障害学生支援の一環に組み込むことが対策として考えられる。また対面個別指導、個別添削、発音指導などは聴覚障害教育の専門家との連携体制を作るなど、大学組織としての支援体制を構築する事が必要となっている。それにより、教員はより充実した情報保障環境下で授業を展開できる。  また、1999年に2名の聴覚障害学生をはじめて英語のクラスに迎えた小林 早百合(2001)は、クラスB「読解技能」科目についての振り返りで、授業担当者間の情報交換の重要性を述べている[5]が、多忙を極める担当教員の間での情報交換や議論の場の確保なども課題となってくる。さらに、教員間だけではなく、聴覚障害学生・教員・ノートテイカーなど支援者、三者間にも連携の輪を広げる必要がある。情報保障の質の大幅な向上と効率性の実現に向けて、それぞれの大学に適応した方法の模索が望まれる。  更に機器を使った支援は、現状では「読解」の受講生57人中の総数が9と少ないが、今後は音声認識機器やモバイル型遠隔情報保障システムなどICTを駆使した情報保障の可能性を追求し、情報保障の効率化を図る必要性も顕在化してきた。ノートテイカーや手話通訳者などの仲介的支援者に高い英語能力が求められ、人材不足が顕著な英語科目での情報保障対策として、ICT機器は解決策の重要な鍵となる。アンケートの自由記述欄には14人の学生からノートテイカーやPCテイカーなどの支援者数不足や英語の能力不足の声が上がっているが、その中には英語科目は専門性が高いという理由で、大学から支援の要望を断られた例も含まれている。ICT活用の必要性については、クラスA「読解技能」についての提言として太田 耕軌(2001)にも指摘されている[5]。  これら「読解」についての考察は、聴く・話すことを中心に進む科目では、さらに重要性が増すことが予想される。 6.まとめ  本稿は、「障害者高等教育拠点」事業の中のアカデミック・アドバイス活動をするうえで、高等教育機関に学ぶ聴覚障害学生の英語に関する情報保障の実態を把握する為に行ったアンケート調査研究の一部である。英語科目に特化して行った本調査から、英語科目の多様性と聴く・話すという聴覚障害学生には限界のある技能が求められる科目も多く存在し、英語科目の多様性に考慮した対応策の必要性が明らかになった。また「読解」の情報保障の実態から、教員が担う負担が大きい事が分かった。授業中の音声や発音をテキスト化するための支援や、必要に応じて聴覚障害教育専門家との連携など、大学組織としての支援体制を構築する事が教員の負担軽減につながると分かった。また担当教員間、および聴覚障害学生・教員・支援者の三者間の連携や、機器などを多角的に利用することにより情報保障の充実化が図れることも分かった。  今後は、「読解」の研究で分かったことを基に、聴く・話すことを中心に進む「英会話」への研究を展開する。「英会話」には「読解」にはない代替措置や試験への配慮が関わってくる。研究を進めると共に、成果をアドバイス活動にフィードバックさせていきたい。 7.謝辞  本調査には、アンケート作成にあたり、井上 裕光 准教授(千葉県立保健医療大学)に適切なアドバイスを頂きました。また複数の組織や個人を通じて、高等教育機関で学んでいる63人の聴覚障害学生の方々にアンケート回答のご協力を頂きました。心より感謝申し上げます。 参考文献 [1] 中島 亜紀子,萩原 彩子,他:一般大学における聴覚障害学生支援体制の事例分析.筑波技術大学テクノレポートVol.17(2):149-155, 2010. [2] 斎藤 くるみ : 日本の大学における聴覚障害学生に対する英語教育の問題点とその改善策.日本社会事業大学社会事業研究所年報 Vol.27: 29-50, 1991. [3] 斎藤 くるみ:日本の大学における聴覚障害学生に対する英語教育の問題点とその改善策(2000年).日本社会事業大学社会事業研究所年報 Vol.36: 15-33, 2000. [4] 文部科学省:「英語が使える日本人」の育成のための行動計画,2003. [5] 小林 早百合,太田 耕軌,他:視覚障害学生および聴覚障害学生を含む授業「英語Ⅰ」での取り組み.天理大学人権問題研究室紀要 第4号:41-58, 2001. (本研究は、平成23年筑波技術大学教育関係共同利用拠点における事業「聴覚・視覚障害学生のイコールアクセスを保障する教育支援ハブの構築-情報保障と障害特性に基づく教育方法の協調的開発と資源共有に向けて-」の中に位置づけられた「Ⅳ.アカデミック・アドバイス体制の整備」によって実施した。) Survey on the Provision of Information Support to Hearing Impaired Students Who Attend English Classes at Japanese Universities: Structure of the English Curriculum and the Current Situation of Reading Classes HOSONO Masako, SUTO Masahiko, OSUGI Yutaka, MATSUFUJI Midori Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: The provision of information support in classes has been a controversial topic for hearing impaired students who study at universities and colleges in Japan. In language classes, the target subjects are foreign languages. Therefore, the use of other languages in addition to Japanese in classes can cause complications for the provision of information support. We conducted a survey on the provision of information support for the study of English. We chose English because it is considered the most important international language. Based on the results of the survey, this paper provides a discussion of the current structure of the English curriculum. It also provides a discussion of the current situation with respect to information support provided for Reading Classes at universities and colleges. The goal of this paper is to clarify the issues faced by information support providers and to propose a better information support system. Keywords: Hearing impaired students, Higher educational institutions, English classes, Information assistive measures, Assistive technology