解剖学用点図のデータベース化に関する経過報告 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1) 筑波技術大学 保健科学部2) 筑波技術大学 視覚障害系支援課技術係 3) 稲葉 妙子1)、野澤 しげみ1)、田中 直子1)、鈴木 志寿香1)、長岡 英司1)、緒方 昭広2)、坂本 裕和2)、笹岡 知子2)、藤井 亮輔2)、小野瀬 正美3)、納田 かがり3) 要旨:文部科学省特別経費プロジェクトにより視覚障害学生の学習環境の向上を目的に、点図のデータベース開発事業を行っている。2011年は『理療科用解剖図譜』改訂第5版(岡山ライトハウス発行)の点図化を本学点訳ネットワークの協力を得て行った。2012年は、より質の高い可用性に優れた点図に改良するために、理療教育の専門家による評価をアンケート方式で実施している。これらの経過を報告する。 キーワード:点図データ,学習環境,視覚障害学生 1.はじめに  本学には、視覚障害学生の専門的職業教育として、鍼灸・理学療法・情報システムの三つの学科・専攻が置かれている。それぞれの授業では、点字使用学生には点字・点図教材、ロービジョン学生には、拡大教材が用意される。授業において使用される図等は、点字使用者の為に立体コピー機による触図化とエーデルソフト[1]を使用しての点図化を行っている。重度の視覚障害学生へ学習資料提供において、学習内容の理解度を深めるための点図は重視されている。 点図作成において作成者は、専門的な知識と熟練の技術があるのが望ましいが、必ずしも専門知識を持つ者が、点図作成に係れるとは限らない。また、原図が複雑であれば作成にも時間を費やさねばならないが、十分な期間をかけて作成することができない場合も考えられる。  そこで予め授業でよく利用される点図をデータとして作成・所蔵し、学習資料を提供する点訳者や教育関係者等が自由に利用できれば、視覚障害学生の学習環境を向上させることができると考え、点図のデータベース化を目指した。 2.点図データベース化の利点  次に点図データベース化の利点を述べる。 2.1 可変性  点図をデータファイルで作成することで、PC上での編集が容易となる。点図作成に使用したエーデルソフトは、フリーソフトであり、入手も容易である。ソフトの扱いも、(わかりやすい点図を描くには習熟が必要だが)お絵かきソフトを扱えれば簡単な修正は可能である。  学習資料を提供する側は、点図を教材や学生個人の触察能力に合わせて、自由に改変・印刷することが可能となる。 2.2 管理性  点図をデータファイルで作成することで、管理も容易となる。あらかじめ点字印刷物で所蔵しておくには、保管場所が必要だが、データベース化しておくことで、必要な時に印刷物を提供できる。  また、点字・点図プリンタ(ESA721[2])があれば、どこでも印刷が可能となる。エーデルブック形式でファイルを統一している為、データでの配布もしやすい。  上記の利点から、点図のデータベース化は学習資料として、応用・発展性があり、視覚障害学生の学習の可能性を広げるものと考える。 3.点図データベース化事業の経緯  昨年度から今年度にかけて素材検討・点図化・評価を行ってきた。以下に時系列で記す。 点図データベース化事業(2011年5月~2012年11月末) 2011年5月 本学点訳ネットワーク内に点図制作専門委員会を設置。 2011年6月 岡山ライトハウスからの原図提供決定。 2011年7月 点図制作専門委員会に点図化正式依頼。 2011年10月 第1回点図制作専門委員会打ち合せ。 2011年10月 点図の制作開始。 2012年3月 点図のデータ化完了。 2012年5月 学内に点図評価委員会を設置。 2012年 7月~9月 評価アンケート質問項目を検討・作成。 2012年8月 岡山ライトハウスとの評価実施についての打ち合わせ。 2012年9月~10月 点図評価依頼の為、協力校・施設を訪問。 3.1 素材検討(2011年5月~2011年6月)  2011年5月に本学点訳ネットワーク内で点図制作専門委員会を設置し、素材の検討を行った。点図データベース化にあたって、素材は視覚障害学生の利用頻度の高いものでなければならない。そこでまず、鍼灸基礎医学に関係する学習資料の点図データベース化を行うこととなった。 同年6月に社会福祉法人岡山ライトハウスのご厚意により、点図化用素材として同法人発行『理療科用解剖図譜』改訂第5版[3]の提供を受けた。 図1 「人体の外形と位置・方向を示す用語」原図 [出典 岡山県立岡山盲学校理療研究会:理療科用解剖図譜、改訂第5版、社会福祉法人岡山ライトハウス、2004.p.1の図1より転載][3] 3.2 点図化の実施(2011年8月~2012年3月)  2011年8月に本学点訳ネットワークに正式に点図のデータ制作を依頼し、原本の購入・配布を行った。  点図化にあたっては、下記の資料を配布した。 (1)『理療科用解剖図譜』(改訂第5版)活字版 (2)『理療科用解剖図譜』(改訂第5版)点字版(立体コピー)  同年10月に点図制作専門委員会の打ち合わせ並びに点図作成の研修会を行った。  点図制作専門委員ならびに点図作成に係るグループの代表者14名が参加し、点図に関して豊富な知識と技術を有する講師を迎え、点図の作成方法において、要点となる事柄と、統一事項を話し合った。また、本学鍼灸学専攻の教員からも有用なアドバイスを受けた。最後に作成を担当する図の配分と調整を行い、制作を開始した。  2012年3月点図のデータの制作が完了し、原図145点が全て点図化された。原図が1枚であっても、点図化にあたって、理解を助けるために、部分的に拡大したり、詳細な図を加えたりと複数枚に分割し、作成された点図は295枚となった。 図2 「人体の外形と位置・方向を示す用語」墨点図[制作 清瀬点訳の会,2012][4] 点訳基準[5](一部省略)を以下に示す。 点図データベース用基礎データの制作に関する点訳統一基準【点図制作の基本】 1.原本に従い、立体コピーを参考に制作する。ただし、必要性がある場合や、やむを得ぬ場合は改編も許容する。 2.1図を1枚に描ききれない場合には必要に応じて分割してもよい。 【ファイル形式】 3.ファイル名は次のとおりにする。 r-001.edlまたは.ebk(001~145の図番号を入れる) 4.エーデルの設定は B5片面設定とする。 【点図レイアウト】 5.ページ行1マス目から図番号とタイトルを入れる。タイトルが書ききれない場合には改行して3マス目から続ける。横書きの図の場合にもタイトルはページ行に書き、2行目の頭に(よこがき)と入れる。タイトルの改行がある場合には、3行目の先頭に(よこがき)と入れる。 6.図を分割した場合にはページ行は次のように記す。(例)図番号1番で、分割図が5枚の3枚目の場合:ページ行1マス目から(数符)001③⑥(数符)(下がり3)(普通の位置の5)□タイトル 7.点図の凡例はなるべく用紙の上側あるいは左側に書く。 8.点訳者注や図の凡例などの文章を書く場合は、「である調」現在形で書く。 9.凡例の書きかた 凡例が多い場合には、改行する。 しかし、少なくてその1行を節約すればすべてがうまくおさまるというような場合には、続けるのも許容とする。 1ページ目が凡例だけになることもよしとする。 10.図を分割して描く場合 順番は、凡例、全体図、詳細図の順にする。 11.引き出し線は極力使わない。 12.輪郭線をなるべく切らない。 【専門用語の読みと分かち書き】 14.専門用語の読みを調べてもわからない場合は立体コピーに従う。 15.医学用語の点字表記については、2011年6月30日発表「日本点字委員会」基準に従う。それでも解決しない場合には立体コピーに準ずる。 3.3 評価依頼の実施 (2012年5月~2012年11月末)  2012年5月に学内にて点図評価委員会を立ち上げ、今年度の方針を決定した。  2011年に完成した点図を実際の教育現場での使用に堪え得る、より優れた点図に改良するため、専門家による監修を受ける必要がある。そこで学内外の専門家による評価の実施方法を計画した。 ◆実施方法 ・学内:本学鍼灸学専攻の教員が授業等で点図を試用し、その結果を集約する。 ・学外:盲学校の理療科教員等の専門家に、各点図の評価を依頼する。 ◆評価期間 ・学内:2012年6月~2013年3月 ・学外:2012年9月中旬~11月末  外部専門家による評価は、日本理療科教員連盟を通じて募ることとした。  7月から評価のための調査票(以下、評価アンケート)をプロジェクト内で検討を重ね、作成した。  8月に評価用資料の準備を開始した。  評価にあったっては、下記の資料を準備した。 (1)評価アンケート(墨字・点字) (2)点図印刷物 (3)原図『理療科用解剖図譜』(改訂第5版)活字版 (4)点図データベース化事業についての趣旨に関する資料 (5)解剖学用点図評価に係る依頼書  9月に協力者が決定し、訪問日時の調整を行った。9月中旬から各協力校・施設を訪問。評価資料の受け渡しと、今回の点図評価の趣旨の説明、質問対応を行った。  評価にあたっては、次の点に留意するよう求めた。 ◆評価方法 ・評価アンケートに回答する。 ・点図1点ごとに評価を行う。 ・原図と比較しての評価、点図のみの評価、どちらでもよい。 ◆回答方法 ・点字、墨字、メールのいずれかで回答する。  2012年11月末現在、順次送られてくる回答の集約を行っている。 評価アンケート(一部省略)を以下に示す。 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 点図評価アンケート(墨字版) ☆点図の評価 (1)点図が適切に表現されているか、次の選択肢から選んで下さい。 (a)適切である (b)改善の余地がある (c)一部修正すべきである (d)作り直しが必要 (2)(1)で、適切以外を選ばれた場合は、その理由を下の中から幾つでも選んで下さい。 1.原図と異なりすぎる 2.全体を理解しにくい 3.要点をとらえにくい 4.複雑過ぎる 5.省略し過ぎている 6.点間隔が近すぎる・遠すぎる 7.輪郭をたどれない 8.点種の判別ができない 9.線種の使い分けが適切でない 10.面の塗り分けが適切でない 11.引出し線との区別がつかない 12.引出し線が多すぎる 13.図のサイズが大きすぎる・小さすぎる 14.点図凡例が適切でない 15.凡例と図本体の位置関係が近すぎる・遠すぎる 16.図中の点字表記が適切でない 17.図中の名称表記の位置が適切でない 18.図の分割が適切でない (3)その他、改善点がございましたら、お書きください。 (自由記述) 4.今後の取り組み  『理療科用解剖図譜』の点図化にあたっては、多数の熟練した技術を持つ点訳者の協力を得た。しかし、原図は高度な専門分野の図であり、複雑に面を塗りつぶして表現している部位や引き出し線の多用など、点図で表現するには困難な部分が多数見受けられた。  今回、専門家によって評価を受けることで、解剖学用点図の作成において有益な意見を多数聞くことができた。  協力校を訪問した際には早速、次のような意見が出た。 ・点図だと点字がはっきりして読みやすい。 ・もし、用紙サイズによる図の拡大・縮小や部分選択印刷が可能になれば、とても便利。 ・点図は触察能力が高くないと独学で読み取るのは難しい。 ・点図は立体コピーに比べて線化できないので、輪郭がわかりにくい。 ・点図は個人の触察能力に左右される。個々の能力に見合った、わかりやすい点図が欲しい、等。  意見を聞いて、原本通りの点図が必ずしもわかりやすいものではないことや、理解の度合いは個々の触察能力に大きく左右されることを改めて学んだ。凡例等にも更なる創意工夫が必要だと感じた。  全ての視覚障害学生の触察能力に合わせた点図を作成することは不可能だが、元となる点図をデータベース化することで、それを活用し、個人の触察能力に合った点図に改変するなど、柔軟な対応が可能となる。  今後の計画としては、専門家による評価を受けて、点訳者による適切な修正を経て、点図の完成版とし、提供サービスを開始することを目標としている。視覚障害学生の学習環境の向上の為、より質の高い点図の完成を目指していきたい。 参考文献 [1] 藤野 稔寛http://www7a.biglobe.ne.jp/~EDEL-plus/,(参照2012-11-26). [2] 株式会社JTR “製品案内|(株)ジェイ・ティー・アール[JTR]” http://www.jtr-tenji.co.jp/seihin.html, (参照2012-11-26). [3] 岡山県立岡山盲学校理療研究会:理療科用解剖図譜,改訂第5版,社会福祉法人岡山ライトハウス,岡山,2004. [4] 清瀬点訳の会:「人体の外形と位置・方向を示す用語」墨点図,2012. [5] 辰巳 公子:点図データベース用基礎データの制作に関する点訳統一基準.筑波技術大学点訳ネットワーク「点図データベース」専門委員会報告書:8-9,2012. *本プロジェクトは、文部科学省特別経費「高度な専門職業人を目指す視覚障害者のための学習資料アクセス円滑化支援事業」により実施した。 Development of a Database of Embossed Dotted Graphics for Anatomy INABA Taeko1), NOZAWA Shigemi1), TANAKA Naoko1), SUZUKI Shizuka1), NAGAOKA Hideji1), OGATA Akihiro2), SAKAMOTO Hirokazu2), SASAOKA Tomoko2), FUJII Ryosuke2), ONOSE Masami3), NODA Kagari3) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 3)Academic Affairs Section for Students with Visual Impairment, Administrative Division, Tsukuba University of Technology Abstract: With the support of the Special Funds of the Ministry of Education, Culture, Sports, Science, and Technology, we have developed a database of embossed dotted graphics as part of a project supporting students with visual impairments. In 2011, anatomical drawings from a textbook published by Okayama Lighthouse were translated to embossed dotted graphics by members of the braille translation network of our university. In 2012, the embossed dotted graphics were evaluated by experts in acupuncture and moxibustion education to improve their readability and availability. Here, we report the progress of those activities. Keywords: Embossed dotted graphics, Learning environment, Students with visual impairments