視覚障害者のための電子黒板 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部(視覚障害系) 村上 佳久 要旨:近年、電子黒板が多くの学校現場に導入されている。特に、初等・中等教育では電子教科書との連携も進み多くの教育上の成果を上げている。一方、児童・生徒の個々の眼の見え方が異なる盲学校や視力障害センターなどでは、一般的な電子黒板は導入しにくいのが現状である。ここでは、視覚障害者のための電子黒板の利用について、実例を交えて検証する。 キーワード:Android,電子黒板,iPa 1.はじめに  昨今、小・中・高等学校をはじめとする学校現場に多くの電子黒板が導入されている。特に50インチ以上の大型の液晶やプラズマディスプレイや100インチ程度のプロジェクタなどを利用したものが中心となり、全国の学校に広がりを見せている。視覚障害者を対象とする盲学校などにも大型ディスプレイやプロジェクタなどの多くの電子黒板が導入されるようになった。しかし、この電子黒板は、視覚障害者が利用するためには注意が必要である。一般的に黒板は、書いたものを見るための道具であるが、視覚障害者の中でも全盲や準盲は、黒板の文字を読むことは極めて困難である。黒板が見えるのは弱視であるが、その弱視でも見え方は様々である。  弱視の見え方は千差万別で、個人個人で全く別物と考えてよい。中心部しか視野のないもの、周辺部しか視野のないもの、中心部の非常に狭い範囲しか視力のないもの、単眼鏡などを併用しないと見えないものなど多岐にわたる。また、黒板の見えない準盲や全盲にとって、黒板の情報をどのように提供したらよいのであろうか。  ここでは、様々な視覚障害者を対象とした場合の電子黒板の利用について、実験的に実践授業などを通じて検証していくこととした。 2.黒板の見え方  本学、保健科学部のような視覚障害学生のみを対象としている場合、黒板はどのように活用されるのであろうか?  学生に教員の黒板の使用方法について直接意見を求める調査を行うと様々な意見があり、『これだけはやめてほしい事』という件について、次のような4つに集約される。 1)ひたすら黒板を書きまくる先生 2)PowerPointと資料のみで黒板を使わない先生 3)プロジェクタを多用し、教室を暗くする先生 4)資料を読み上げて、全く黒板を使わない先生  1)の場合、単眼鏡などで黒板の内容を見ようとしても、黒板の書く速度が速く追いつかない。やたら、チョークの粉が教室に舞う。色チョークを使われても認識できない。等の意見が寄せられた。  2)の場合、受講学生ごとにコンピュータで、PowerPointの画面を見ながら提示するが、合成音声ソフトなどが対応しないため全盲などが利用できない。黒白反転している学生のことを無視している資料を出す。等の意見があった。  3)の場合、授業時間のほとんどでプロジェクタを利用するため、教室が暗く画面が見えない。手元の資料も見えない。見えないと言ったら我慢しろと言われる。等の意見があった。  4)の場合、資料を障害別に用意して、読み上げるのはよいが、それだけ。解説もなく、先生がいる必要があるのか、ビデオで十分。言葉だけの説明では分かりにくい。等の意見が寄せられた。  教員個々の授業に対する取り組みにも問題はあると思われるが、一番の問題は、学生個々の眼の障害が様々であり、それぞれに対応した資料の提示方法や黒板の利用方法などが、授業を行う側にきちんと理解されているかどうかである。しかし、昨今の教育現場へのIT化によって、これらの問題が少しでも解決できないかと考え、電子黒板の利用方法について検討を進めることとした。 3.障害別の電子黒板  視覚障害者が利用する資料を考えると、 1)点字 2)普通文字 3)拡大文字 4)音声 の4種類に大別される。  元々黒板の機能は、情報を学生に伝達するための資料提示の方法であるから、この4つで情報が提供できればよい。これを電子化した場合は、普通文字と拡大文字は、文字や画像の大きさが異なるだけの同一の情報なので、1つにまとめることができる。  点字は文字データから点訳処理で点字データに変換し、音声データは文字データからText to Speechで合成音声により作成することが可能となる。  問題はデータ変換時の変換ミスである。点訳処理や合成音声による音声データはミスが多いため、リアルタイムでの利用には一抹の不安が残る。したがって、あらかじめ教材を用意した上で、電子化データを利用するのが望ましい。  データを受け取るためのメディアとしては、データを受け取るための手段として、Wi-Fi機能を有し、次のような対応となる。 文字データ:Wi-Fi対応の拡大・縮小・黒白反転機能などを有するもの(iPad、Android、PC(パソコン)など) 点字データ:Wi-Fi対応の点字ディスプレイ、点字ディスプレイ+PC 音声データ:Wi-Fi対応の音声再生機(iPod Touch、Walkman、PCなど)  PCは、Wi-Fi機能を備えていれば、様々なデータに対応可能であるが、PCを含めた全体の重量が大きくなるため、小型な専用の機器が実際の利用には有利となる。  つまり、視覚障害者の電子黒板は、個々の視覚障害の状況に合致した電子データを受信できるメディアとなる。したがって、本来は、板書をする必要はないが、すべての教材があらかじめ用意されているわけでもないので、リアルタイムのデータ変換には若干のデータ変換ミスも考えられる。したがって、あらかじめ用意された教材と、リアルタイムに変換されるデータの2種類が授業に必要となる。 4.電子黒板の利用  前章の3つのデータを利用したシステムを検討する。 4.1 文字データの電子黒板  板書用の電子黒板として、70インチのタッチパネル式液晶ディスプレイBigPadを2台導入した。この電子黒板の特徴として次のようなものがある。 1)背景色と文字色を自由選択可能 2)電子ペンによる手書き入力が可能 3)タッチパネルにより画面の拡大縮小が可能 4)PowerPointなどの様々なPCデータが表示可能  これ以外に大型液晶ディスプレイの機能があるため、接続されるPCの性能とともに活用すると様々な電子黒板として活用可能である。  視覚障害者が利用する電子黒板としては、70インチ2台で従来の教室の黒板と大きさが同じため、2台を並べて利用する。  プロジェクタと異なり、教室を暗くする必要がないため、画像や映像の提供方法としても有効であると思われる。  さらに、接続されるPCにWi-Fiルータを接続すると、専用ソフトウェアを利用して、Wi-Fi機能を有するiPadやAndroid等のタブレットなどに画面データを転送可能である。Wi-Fi機能を有するPCには、Windows標準のリモートデスクトップで接続するとタブレットとノートPCに電子黒板データを転送可能となる。実際にiPadやAndroidに画面データを転送した例を示す。図1は、手書き文字を書いた70インチ電子黒板である。図2には、電子黒板上で手書き文字を拡大した様子を示す。  図1、図2ともに電子黒板の背景色は黒色として、文字は白色とした。  図3はAndroid端末に電子黒板データを転送したもの、図4はiPadに電子黒板データを転送したものである。  図5には、iPadのアクセシビリティ機能で、画面を反転させたものである。電子黒板のデータが黒白反転していることがわかる。  このように電子黒板で表示する場合には、利用者の状況を考慮する必要があるため、利用する端末の機能を十分に理解しておく必要がある。 図1 70インチ電子黒板(黒背景に白文字) 図2 電子黒板上での文字拡大 図3 Android端末に電子黒板データを転送 図4 iPad端末に電子黒板データを転送 図5 黒白反転させたiPad端末 4.2 点字データの電子黒板  点字データは、画面の文字データを点字に変換して、Wi-FiやBlueTooth(近距離無線通信規格)などで、携帯型の点字ディスプレイやPC接続された点字ディスプレイに転送される。  したがって、電子黒板などに追加で記述された手書きのデータなどは、点字ディスプレイに転送されない。このことは、リアルタイムで授業を行う場合には、画面の見える学生と比べて、情報不足に陥ることとなる。  一方、一番の問題は、点字ディスプレイに送る情報のタイミングの問題である。点字ディスプレイを利用する点字使用者に黒板の点字データをどのようなタイミングで点字ディスプレイに転送すればよいかを対面で聞き取り調査を行った。 1)講義の点字データを全て一度にダウンロードしたい 2)黒板と同様に一行ずつ点字データを転送してほしい 3)全ての講義の点字データをあらかじめダウンロードして自分で選択したい 4)手書きで追加するデータについては音声データで渡してほしい など、学生各個人によって意見は異なり、一定の方向性が見いだせなかった。全盲の点字使用者は、先天盲や後天盲、点字を使い始めた時期などによって、点字に対する理解度が異なるためか、このような様々な意見になったものと推察される。そこで、その日の講義分の点字データについては、授業が始まる前にWi-FiやBlueTooth等で点字データを転送することとした。 4.3 音声データの電子黒板  音声データに関しては2つの形式があるが、この音声データに関してもWi-Fi等の機能でデータを転送することが可能である。 1)DAISY形式の音声データ 2)MP3形式の音声データ(WMA形式やWAV形式を含む)  この場合、DAISY形式では、Wi-Fi機能に対応した、PTP1/LINK等のDAISY専用機やPCでの再生が対象となる。また、MP3形式などでは、iPod TouchなどのWi-Fi対応音楽再生機器やPCが対象となる。  この場合も点字データと同様にどのようにデータを配信するかが問題となるが、視覚障害者の場合、音声は教員が話す言葉を聞いていればよいので、あらかじめ教材を配布するのが望ましいようである。この辺りは点字データとの差異であろう。  問題としては、音声データの多様化である。様々な形式の音声データがあるため、学生が利用する音声データ全てに対応することは極めて困難である。一般には、MP3形式の音声データが幅広く流通している。また、DAISY形式のデータは作成に時間がかかるが、目次機能を有効に利用すれば、あらかじめ教材を全て配布しても必要な情報を検索することは全盲でも難しい作業ではない。したがって、合成音声によるDAISY形式の音声データとMP3形式のデータが最も汎用性が高いものと思われる。 5.データ配信上の問題点  保健科学部の316教室を利用して、電子黒板の利用検証を実施していると、教室内の窓側上面に構内用の無線LAN発信器が備え付けられている。電子黒板用の無線LANと混信して、著しく速度低下を招き、現状では、iPadやAndroidの併せて10台にデータ転送することは、リアルタイムではかなり困難となる。そこで、構内用の無線LAN配線を一時的に止めると、15台程度は問題なくデータ転送することが可能となる。  このように電子黒板ではデータの配信にWi-Fi機能を利用するため、無線の帯域が重要となる。現状では、文字・点字・音声の3つのデータと画面データのデータ伝送に関しては、構内用の無線LAN機能との棲み分けが必要と考える。 6.おわりに  視覚障害者のための電子黒板を考えるときに、2つの側面があることを考慮する必要がある。1つは、様々なハードウェアを組み合わせて視覚障害を補償するためのシステムの一部としての存在である。もう1つは様々な視覚障害の状況と利用者の障害補償実態の把握とその実態に合わせたデータの配信の仕方の検討である。  また、電子黒板は電子教科書と連携を取ることも考慮しなければならないが、視覚障害者の電子教科書の研究も進めなければならない。[1]  教育現場に様々なIT機器が導入されるようになってきたが、このような機器を活用するためには、利用者の状況をよく把握することが一番重要なことではないだろうか。 7.備考  本研究は、平成24年度科学研究費「生徒と教員の双方向の視覚障害に対応した、電子黒板と電子教科書の活用に関する研究」研究代表者:村上 佳久によるものである。 参考文献 [1] 村上 佳久:黒白反転教材を利用・提供するための電子教科書に関する研究,筑波技術大学テクノレポートVol.20(1):70-74,2012. Digital Media Board for Visually Impaired Students MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Recently, digital media boards have been installed in many schools. In particular, the use of digital textbooks has proved very effective in K–12. However, it is difficult to introduce digital media boards in schools for the blind. This study attempts to develop and test a digital media board for visually impaired students. Keywords: Android, Digital media board, iPad