ゲーム関連ソフトウェアの教育への応用-初音ミクやKinect、WiiFitなど- 筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部(視覚障害系) 村上佳久 要旨:ゲーム関連のソフトウェアの教育への応用について、いくつかの実例を元に検証を行った。特に、『初音ミク』『Miku Miku Dance』『Kinect』『バランスFitボード』などのソフトウェアやハードウェア関連商品などをパソコンとともに活用することにより、東洋医学、理学療法の動作分析、中学校のダンス教育など幅広い教育への活用が期待できることが示唆された。 キーワード:初音ミク,Kinect,WiiFit 1.はじめに  近年、ゲームソフトウェアの発達は極めて急速で、その応用の範囲も多方面に広がっている。コンピュータ機器では、個人でも利用できるパーソナルコンピュータ(以降:パソコンと呼ぶ)の能力向上は飛躍的で、従来では考えられなかった分野での個人利用が可能となってきた。一方、PS3やWiiなどのゲーム専用機の性能も飛躍的に向上しており、そのゲーム専用機に接続する専用機器も多く販売されている。XBox360の『Kinect』やWiiの『WiiFit』に付属する『バランスFitボード』などである。ここでは、様々なゲーム関連機器やソフトウェアを教育に活用することを目的とした幾つかの応用例について説明する。 2.初音ミク  『初音ミク』とは、ヤマハの開発した音声合成システム「VOCALOID2」を採用したボーカル音源の1つで、女性の歌を合成するためのソフトウェアのことである。2007年8月にクリプトン・フューチャー・メディアから販売された。メロディと歌詞を入力することで、合成音声によるボーカルパートやバックコーラスを作成することができる。箱のイラストは、イラストレータKEIによるものでツインテールの長い髪が印象的であった。  この音源を利用した作品が、インターネットに登録されるようになると、多くの人気を得るようになった。このソフトウェアを利用した二次創作について、開発元が寛容な立場をとったために、『初音ミク』のイラストとともに、瞬く間にインターネットユーザに支持され、インターネット投稿動画サイトの1つである「ニコニコ動画」などに、一般のインターネットユーザが作成した多くの作品が登録されるようになると、爆発的な発展をみた。初期のインターネットユーザの作品は、歌声が中心であったが、その後静止画や画像付きの動画がアップロードされるや非常な勢いで、インターネット以外のマスメディアに広がり、新聞社や放送局といった大手マスコミにも登場し、社会現象としての『初音ミク』現象を引き起こした。  『初音ミク』は、本来、歌う合成音声ソフトウェアである。このソフトウェアを利用して教育への応用を考えている時に、本学の鍼灸学専攻の学生から「なかなか経絡経穴が覚えられない」と言った話をよく聞いた。そこで、鍼灸の経絡経穴を覚えるための歌をこのソフトウェアで試作してみた。  経絡経穴は、東洋医学の経験的な知見により見いだされた、所謂「つぼ」と呼ばれるもので、現在では14系統の経絡があり、約360個の経穴がある。今回は、その14系統の経絡のなかで、手の太陰肺経の11穴について、覚え歌のような合成音声の歌を試作した。  手の太陰肺経:中府(ちゅうふ)、雲門(うんもん)、天府(てんぷ)、侠白(きょうはく)、尺沢(しゃくたく)、孔最(こうさい)、列缺(れっけつ)、経渠(けいきょ)、太淵(たいえん)、魚際(ぎょさい)、少商(しょうしょう)  図1は、『初音ミク』「VOCALOID2」ソフトウェアで実際に作業している様子である。左のピアノの鍵盤が音程となっており、音符の代わりに声をひらがなで入力し、音符の長さをバーで表示している。これを合成音声化すると、歌のように聞こえる。  試作された「手の太陰肺経」の合成音声の歌は、学生のみならず、インターネットのサイトにも公開し、多くの批評を得た。覚え歌としての評価よりも、音声だけでなく、文字や解説文などを入れてほしいという要望が非常に多く、ある意味困惑した。本来は、全盲や弱視向けの経絡経穴の覚え歌として試作したからである。やはり『初音ミク』はイラストや動画とともに利用するのが、インターネットユーザの利用方法なのであろう。現在、残りの経絡経穴も含めて、文字を導入した新しいバージョンを試作中である。 3.Miku Miku Dance  『Miku Miku Dance』(ミクミクダンス)は、三次元(3D)のモデルを利用してコンピュータ・グラフィック・アニメーション(CG)を作成するための3D-CGソフトウェアであり、樋口 優 氏によって作成された。このソフトウェアは、デフォルトで『初音ミク』などのキャラクターが3Dモデルとして使用できるため、『初音ミク』がダンスをすることができるという意味を込めて『Miku Miku Dance』(略称:MMD)と名付けられた。フリーウェアであり、インターネットに公開されると大評判を呼び、インターネット動画サイトに非常に多くの作品が公開されるようになった。これも『初音ミク』が前章で述べたように、二次創作についての寛容な態度が大きな要因である。非常に多くの改良がされ、また、インターネットのユーザがこのソフトウェアを支援するための様々なツールを作成しインターネットの公開したため、フリーウェアにもかかわらず、非常に完成度の高い内容となっている。  また、物理演算を取り入れたことにより、例えば体の動きと髪の毛があたかも本物の人物が動いているかのような重力を感じさせる動きも再現するようになった。髪の毛やスカート、腰紐などにこの物理演算を適応すると、極めて自然な動きとなる。  さらに、様々なツール類を取り込むことにより、音楽に合わせて口が動いたり、目や顔の表情を変化させたりすることすら可能となった。3Dモデルは、標準で添付されるもの以外に、様々なツール類で作成されたものが利用可能である。  一方、モデルの動作については、初期段階ではパソコン上でマウスなどを利用して入力していたが、Microsoft社のゲームであるXBox360の付属品である『Kinect』と呼ばれるセンサーを利用することにより、人の動きそのものを取り込むことが可能となった。また、『QUMARION』(クーマリオン)と呼ばれる人型入力デバイスも利用可能である。  このソフトウェアの教育への適応を考えると容易に2つの事が考えられた。1つは中学校の体育において必修となったダンス教育への応用である。もう一つが理学療法などでの動作分析などへの応用である。  図2は、『Miku Miku Dance』の画面での『初音ミク』である。このソフトウェアでは、3Dモデルを6方向の視点から表示させることが可能である。正面、背面、右側、左側、上面そして下面である。この6方向からモデルを操作できることはダンス教育の場面では極めて重要である。実際に中学校の現場では、ビデオや教師がダンスの手本を示し、それを生徒が模倣する。しかし、手本が正面だけでは、細かい動作までが模倣できないため、様々な方向から見せることは教育上必須事項である。そこで、中学校の教員と相談の上、1つのダンスを3Dモデルに取り込み、『Miku Miku Dance』のソフトウェアを中学校の50インチのディスプレイで表示させて生徒に提示し、ダンス教育への適応を考えた。口コミで数校の中学校で試用したが、生徒には細かい動きが覚えやすいと非常に好評であった。また生徒が、自分たちで撮影したビデオ映像を3Dモデル化できないかと言う要望が寄せられている。  次に理学療法への応用として、動作分析を考えた。前述のようにこのソフトウェアは、『Kinect』と呼ばれるモーションセンサーで、動作を取り込むことが可能である。そこで、患者の動きを『Kinect』で取り込み、3Dモデルに動作を模倣させることにより、6方向から動作分析を行うことが可能となるのではないかと考えた。また、下方からの動作分析から重心位置の変動を分析することが可能であるため、その分野への応用も検討した。図3は、作成した骨格の3Dモデルである。実際に何人かの動きを取り込み、この骨格の3Dモデルで操作するとある程度の動作分析が可能であることが判明した。 図1 初音ミク編集画面 図2 Miku Miku Dance 初音ミク 図3 Kinectで動作を取り込んだ骨格モデル 4.WiiFit  『WiiFit』は任天堂が販売するWiiの専用ソフトである。このソフトには『バランスFitボード』が同梱されており、このボードを利用することにより様々な運動などにもゲーム感覚で参画できるように工夫されている。今回はこの『WiiFit』の『バランスFitボード』に注目し、その活用方法を考えた。『WiiFit』はこのボードとともに利用すると、体重や重心バランスなどを活用した様々なフィットネスゲームを楽しむことができる。特に重心バランスは理学療法などにおける重心動揺計としての機能が期待される。  写真1は、『バランスFitボード』であり、図4は、『WiiFit』での重心バランスの様子である。これはWiiから画面出力されているため、画面を撮影した。重心バランス計としては、『バランスFitボード』の性能に依存するが、このボードは予想以上に優れており、単体で利用することが期待される。  実は、この『バランスFitボード』は、Wii本体とは、Bluetoothと呼ばれる近距離通信規格で接続されているため、BlueToothを搭載したパソコンでも認識可能である。そこで、パソコンと『バランスFitボード』を接続し、そのデータをパソコンで取り込んでみた。 実際のデータはX軸とY軸のデータが通信で出力される。そのデータをExcelなどの表計算ソフトで処理すると、X軸方向とY軸方向の変位が処理可能となり重心動揺計として処理可能である。但し、『バランスFitボード』は、数値データしかパソコンに出力できないので、後の処理はすべてパソコン側で行う必要がある。パソコンで処理された重心バランスを図5に示す。 図4 重心バランスの位置 図5 パソコンで取り込んだ重心バランス  この『バランスFitボード』は、誤差は約10%程度とされ、高価な専用機器と比較してもその性能は非常に高い。したがって、このような理学療法への応用はコストパフォーマンスの点で評価できるものである。実際に、この『バランスFitボード』を活用した重心動揺計への応用したいくつかの臨床論文が発表されている。[1] 5.Kinect  『Kinect』(キネクト)は、Microsoft社が販売するゲーム専用機XBox360のゲームデバイスである。近年、Windowsでも利用可能なモデルである「Kinect forWindows」も販売されている。写真2に『Kinect』を示す。  『Kinect』は、可視光カメラと赤外線カメラ、アレイマイクロフォンなどを搭載し、人の動きを感知することが可能な一種の人感センサーである。可視光カメラと赤外線カメラの差異から人の輪郭と動きを抽出し、アレイマイクロフォンで前後の距離を処理することにより、人の動作を取り込むことが可能となる。このためゲーム機としては体験型のゲームに応用されている。初期の頃はXBox360専用であったが、やがてパソコンで利用する人が増加し、前述の『Miku Miku Dance』でも動作入力デバイスとして活用されるようになった。XBox360の販売によらず、単体で発売されるようになり、Windows接続用の専用モデルも販売されるに至って、ユーザが非常に多くなった。また、センサーとして利用するユーザが非常に多く、事実上人感センサーと言っても過言ではない。  パソコンが64bitで処理できるようになると非常に高速で複雑な処理も可能となり、『Miku Miku Dance』でも64bit版の登場とともに、3Dモデルの動きも非常にスムーズとなった。 今回は、前章の『バランスFitボード』による重心動揺計と『Kinect』を利用して『Miku Miku Dance』の画像入力で取り込んだ3Dモデルの重心位置の比較を検証したところ、誤差は25%程度であり、画像認識の方が重心位置の誤差が大きい。しかし、『バランスFitボード』のような重心を測定できる機器と異なり、空間を介した映像から重心位置をある程度測定できることは意義あることと思われる。 写真2 Kinect 6.おわりに  以上のようにゲーム関連の様々なソフトウェアを教育に応用した活用例を示したが、本学でもゲームに拒否反応を示す人が多いのは残念な事である。「ゲームなど学問ではない」「ゲームなどは遊びだ」とあからさまに拒否する人は少なくない。しかし、ここに示した幾つかのソフトウェアが多くの支持者によって利用されまた教育に応用されているのも事実である。このようなゲームの教育への応用はアメリカなどでは非常に盛んで、拒否反応もほとんどない。特に、多くの英語を話せない移民を抱えるアメリカでは、言語の壁を越える1つの手法としてゲームなどが教育の方法の1つとして確立していると思われる。  ゲーム関連のソフトウェアの教育への応用を考える時には、ゲームだからと言うことではなく、有用な部分をどのように活用するかという点について考慮してほしいものである。 参考文献 [1] Paul Marks, Wii board helps physios strike a balance after strokes, New Scientist, 29 March, p 26, 2008. Research on Application of Game Software to Education —Hatsune miku, Kinect, and WiiFit— MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: The application of game software for educational purposes was verified by certain demonstration tests. Applications of software and hardware, including “Hatsune miku,” “Miku Miku Dance,” “Kinect,” and “Balance Fit Board,” were identified for educational uses in such disciplines as Oriental medicine, motion analysis and physical therapy, and junior high dance. Keywords: Hatsune miku, Kinect, WiiFit