形状記憶合金による振動子の体表点字への応用の研究 佐々木 信之1),大墳 聡2),石井 一嘉3) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科1),群馬高専 電子情報学科2),石井研究所3) キーワード:形状記憶素子,体表点字,振動子 1.はじめに  筆者らは,振動を通じて体表で点字を読み取る,体表点字システムの開発をこれまで進めてきたが,触覚による情報伝達チャネルとなる振動子について,現状安価に購入できるものは携帯電話用の超小型振動子しかなく,寿命,消費電力,防水性などの問題があったが,最近は新たなデバイスも開発されている。そこで新デバイスの一つである,形状記憶合金による振動子について,体表点字として使用できるかどうかを検討した。 2.形状記憶素子とは  形状記憶素子(以下SMA,Shape Memory Alloy)は,熱エネルギーを力学的なエネルギーに変換する機能材料と考えられる。特にTi-Ni系の形状記憶合金は,安定で電気抵抗が高いため,細線を直接通電過熱で内部発生の熱により駆動する新アクチュエータとしての研究が進められてきた。1) SMAの1種であるバイオメタルは,筋肉のように自己伸縮性があり,通常はナイロンの糸のように柔らかくしなやかだが,電流を流すとピアノ線のように硬くなって強い力で収縮する電流を止めれば再び柔らかくなって,引っ張らなくても元の長さまで伸張する。これを繰り返すことで振動状態を作り出せる。2) 図1.バイオメタル自己伸縮性2) 3.形状記憶素子の調査  一般的な形状記憶合金の応用例としては,温度を感知して何らかのアラームを出すものや,形状を回復する際の力を利用するものなど様々なものがあるが,ここでは連続的な伸長収縮の繰り返しを振動として利用することを考える。現在,Ti-Ni系の糸状形状記憶合金を少量(数cm~数m)で入手しやすいのは,トキ・コーポレーション株式会社のバイオメタルファイバーや株式会社吉見製作所の形状記憶合金などがある。  トキ・コーポレーション株式会社製のSMA線材のBMF(以下BMF,Bio Metal Fiber)はTi-Ni-Cu合金で,5%に及ぶ長さ変化,高い安定性,高速な応答性などの特長を持つ。バイオメタルファイバー4種の仕様を表1に示す。 表1.バイオメタル仕様  糸状の形状記憶合金を振動アクチュエータとして使用した小型の触覚デスプレイを構築して,6点点字やエンターテイメントなどの応用のための様々な触覚感覚を呈示している研究が報告3)されており,著者らも香川大学において触覚デスプレイの振動を実際に体験した。6点点字は,慣れが必要とのことであった。そこで我々の2点式体表点字への応用を検討することにした。 4.形状記憶素子の駆動と実験結果  本研究ではこの糸状に加工したSMAに電流を断続的に流すことによる温度変化で伸縮する特性を利用して小型振動アクチュエータの動作実験を行い,体表点字用の振動子として利用できるかどうかの検討を行った。  電力を調整する方法として,パルス幅変調方式(PWM, Pulse Width Modulation)があり,連続的に電流のONとOFFを繰り返し,それぞれの時間幅の比を繰り返して電力(W)を調整する。PWM制御では,平均電流でSMAを加熱することができる。なお,冷却は放冷や伝導によるので応答性と加熱には寿命を考慮して制御する必要がある。  糸状の形状記憶合金は直径数十μm程度の線径で小さな微振動であるため,形状によって人体が感じる感覚が異なり,人体の触覚は皮膚の表面より少し内部にあるため,振動が触覚に達するように圧力を増幅するバイアスを付加することで,良好な触覚を得る。4) まず,最適なPWM駆動のパラメータを得るため,パルス発生回路により,SMAごとに適度な振動を得られる制御パラメータを調整した。 図2において,それぞれパルス間隔A,パルス幅B,パルス電圧Cの変更が可能となる。 図2.PWM制御パルス  この結果,SMAとしてはバイオメタル(BMF50, BMF100, BMF150)が適当で,特にBMF100を選んで実験していくことにした。BMF100の詳細は,直径:0.1mm,長さ:6mm,実用運動ひずみ率:4%,駆動電圧:2.6V,PWMパラメータ:デューティ1ms/30ms, 2パラ駆動である。  なお,一つの振動子では弱いので,2つの振動子を隣接して設置してパラに駆動して振動を強める,などの工夫をしている。  これまでの振動触知の感想は, ・人によって感じ方が違うが,振動自体はよく分かった。 ・長時間連続して振動触知していると熱くなってくる。 ・SMAを触る角度や押し方で大分振動の感じ方が違う。 振動触知は両手指先および腕,首など体表上数か所で行って感触を確認したが,指先以外は被験者によって感じ方は異なっていた。また点字1マス6点を2点づつ3回触知することで1マスを表現する,「2点式体表点字」については,まだ短時間の実験結果しか積みあがっていないが,現状では,携帯電話用の超小型振動子と遜色なく読み取れている。 5.おわりに  形状記憶素子が新しい振動のデバイスとしてうまく使えれば,解像度向上による読み取り精度改善,低消費電力化による小型化,ワイヤレス化,回転部分がないことから長寿命化,など体表点字の応用範囲をさらに広げることが期待される。今後は,実験を重ねることにより「2点式体表点字」への応用の可能性を探るとともに,体表上の最適な触知場所を探っていきたい。 参考文献 [1] 本間 大,中澤 文雄:機能異方性形状記憶合金の開発と応用,電気製綱,第77巻4号,2006年12月, pp277-283 [2] 金属系人工筋肉バイオメタル・ファイバー,トキ・コーポレーション資料 [3] 水上 陽介,内田 啓治,澤田 秀之:糸状形状記憶合金の振動を利用した高次知覚生起による触覚呈示,情報処理学会論文誌,Vol.48, No12, Dec.2007, pp.3739-3749 [4] 特開2008-262478:形状記憶合金の機会振動を情報伝達手段とする触覚による情報伝達装置