筑波技術大学保健科学部学生の健康関連QOL(生活の質) 井口 正樹 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 要旨:本研究では,SF-36を用いて比較的若い年代で視覚障害と健康関連QOLとの関係を明らかにすることを目的とした。SF-36スコアは身体障害者手帳等級間(1種1級(11人)と2級(10人))に有意差は認められなかったものの,日本国民標準値との比較では,1級保持者は活力と日常役割制限(精神)で低値を示した。また,立位バランスと身体的側面のQOLサマリースコア間には,有意な負の相関が見られた(r2=0.31, p<0.01)。これらの結果は,若年者でも,視覚障害が重度であれば健康関連QOLを低下させ,立位バランスの測定で身体的側面のQOLをある程度予測可能であることを示唆する。 キーワード:視覚障害,生活の質,SF-36,身体障害者手帳 1.はじめに  生活の質(quality of life, QOL)のうち,健康に直接関連するものを健康関連QOLと呼び,様々な疾患や障害が健康関連QOLを低下させることがわかっている。視覚障害も,高齢者では,健康関連QOLの低下を及ぼすという報告がある[1]。しかし,大学生のような若者で,視覚障害が健康関連QOLに影響を及ぼすかを調べた研究は少ない。  本研究は,若者を対象として,評価尺度の一つであるSF-36®(MOS 36-Item Short-Form Health Survey)を用いて,健康関連QOLを調査し,またその結果が筋力や立位バランスなどの身体機能に関する測定結果と関係が明らかにすることを目的とした。若者では,高齢者に比べて,体力もあり,また障害を受容できる精神的な柔軟性も期待できることから,若者では,高齢者ほど視覚障害が健康関連QOLの低下を招かないのではないかと仮定した。 2.対象および方法  26人(年齢=平均24.9歳(標準偏差6.1),女性=5人,身体障害者手帳1種1級=11人,1種2級=10人,手帳無し/2種=5人))の筑波技術大学保健科学部の学生が,同意の下,実験に被験者として参加した。実験開始にあたっては,倫理委員会の承認を得てから行われた。  被験者はSF-36の用紙を各自,記入し,後日,提出した。SF-36は,「身体機能」(Physical Functioning, PF),「日常役割機能(身体)」(Role Physical, RF),「体の痛み」(Body Pain, BP),「全体的健康感」(General Health, GH),「活力」(Vitality, VT),「社会生活機能」(Social Functioning, SF),「日常役割制限(精神)」(Role Emotional, RE),「心の健康」(Mental Health, MH)の8つの下位尺度において,35の設問から健康関連QOLを評価する。「健康推移」に関する設問は本研究で除外した。  SF-36に加え,被験者は運動量に関するアンケートにも答えた。方法はLeeら[2]の方法を参考に,一日の平均的なMETs・時間を求めた。また,筋力の評価として利き手の握力測定を,また立位バランスの評価として利き脚での片脚立位を15秒間,1種2級,あるいはそれより障害が軽度の被験者は閉眼で行った際の足圧中心の動揺を記録した。  SF—36の結果は,そのマニュアル[3]に従い,最終的に日本の国民標準値を50点,標準偏差を10点とした国民標準値に基づく点数に変換した。また,被験者のほとんど(85.7%)が男性で平均年齢が25歳であったため,日本国民の20~29歳の男性データ(n=117)[3]も比較対象とした。上記の下位尺度をグループ化した3コンポーネントサマリスコアも算出した(身体的側面のQOL,Physical Component Summary, PCS;精神的側面のQOL,Mental Component Summary, MCS;役割/社会的側面のQOL,Role/Social Component Summary, RCS)。片脚立位時の足圧中心動揺は,前後・左右に分けて,二乗平均平方根を求めた。統計処理は,等級間での比較は対応のないt検定を,また相関関係はピアソンの積率相関係数を求めた。日本国民標準値と被験者の比較は,1サンプルt検定を用いた。全ての処理で,多重比較を考慮し,有意水準を0.01とした。結果は,本文中は平均値と標準偏差(SD)で,グラフで平均値と標準誤差で示した。 3.結果  等級間で握力,片脚立位時の足圧中心動揺,運動量,SF-36 のスコアに差は見られなかったが,1級保持者は,SF-36のRP,RE,VT において,20~29歳男性と比較して低値を示した(p<0.01,図1)。日常役割機能(精神)と活力においては,日本国民(50点)と比較しても低値であった(p<0.01)。  相関関係においては,身体的側面のQOLを示すサマリースコア(PCS)と左右への足圧中心動揺でのみ有意な負の相関が見られた(r2=0.31, p<0.01)(図2)。 4.考察  本研究では,若者では,高齢者とは異なり,視覚障害が健康関連QOLの低下をもたらさないのではないか,という仮説の下,実験が行われた。また健康関連QOL に影響を与える背景因子を探るために,握力,運動量,バランス能力を測定し,相関関係を調べた。主な結果は,1.視覚障害を有する若者の健康関連QOLは,障害が重度であれば,いくつかの尺度で低値を示した,2.立位バランスが身体的側面のQOLと有意に関係していた,である。  湯沢ら[4]は,加齢黄斑部変性症患者のSF-36の下位尺度は全て国民標準値に近い値を示した,と報告した。一方,藤原ら[1]は,等級間での優位な差は認められなかったものの,身体障害者手帳1級保持者は,身体機能,日常役割機能(身体),日常役割機能(精神)の項目で国民標準値(50点)より低値を示した,と報告している。本研究では,1級保持者であっても身体機能(PF)は,同年齢のそれと比較しても劣ることはなかった。一方,本研究と藤原ら[1]の研究の両方で低値を示した日常役割機能(身体・精神)は25歳ほどで既に劣っていることがわかる。  健常高齢者では,立位バランスとSF—36の身体機能が共に若い被験者に比べて劣っていた,という報告もある[5]。立位バランス測定は比較的安全に,かつ容易に行える。本研究の結果は立位バランスから身体的側面QOLを予測できるかもしれないことを示唆するQOLは,どれだけ人間らしい,また自分らしい生活を送り,人生に幸福を見出しているかを尺度としてとらえる概念である。今回の結果より,若者であっても視覚障害が重度であれば,同年齢の標準的な国民と比較すると,健康関連QOLのいくつかの側面で劣っている,ということがわかった。今後,視覚障害者の生活の質や教育機関であれば教育の質などを高めるうえで考慮すべき点であろう。 図1.下位尺度別・身体障害者手帳等級別のSF-36スコア。等級間には差はないが,1級保持者は同年齢の平均的な男性に比べて日常役割機能(身体),日常役割機能(精神),活力において(*),また日本国民の標準値(50)に比べて日常役割機能(精神)と活力において(#)劣っていた(どちらもp<0.01)。 図2.身体的側面のQOL(PCS,国民標準値=50)と片脚立位時の左右への重心動揺(Center of Pressure,COP)の相関関係。データは全被験者。 参考文献 [1] 藤原 篤之, 小石原 淳子, 田淵 昭雄:重度視覚障害の健康関連QOL.眼科臨床紀要1(11):1073-1078,2008. [2] Lee KJ, Inoue M, Otani T, Iwasaki M, Sasazuki S, Tsugane S; JPHC Study Group:Physical activity and risk of colorectal cancer in Japanese men and women: the Japan Public Health Center-based prospective study. Cancer Causes Control 18(2): 199-209, 2007. [3] 福原 俊一, 鈴鴨 よしみ:SF-36v2™日本語版マニュアル,2011年11月版,認定NPO法人 健康医療評価研究機構,2011. [4] 湯沢 美都子, 鈴鴨 よしみ, 他:加齢黄斑変性のquality of life評価. 日眼会誌108:368-374,2003. [5] Madhavan S, Shields RK: Influence of age on dynamic position sense: evidence using a sequential movement task. Exp Brain Res 164: 18–28. 2005.