顔面部における経絡経穴とその周囲構造物との位置関係に関する解剖学的研究 坂本 裕和, 藤井 亮輔 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 キーワード:顔面部,経絡経穴,解剖学 1.はじめに  経絡経穴の形態学的意義を明らかにするため,その周囲構造物との位置関係について検討を進めて来た。今回はその一環として,三叉神経痛や顔面神経痛等の治療部位,あるいは美容鍼灸に活用される顔面部の構成と経絡経穴との位置関係について検討した。 2. 方法  東京医科歯科大学解剖学実習体を使用した。顔面部における経絡経穴に刺鍼を行い,その部位を中心とした局所解剖を行った(また,解剖は法律に基づいて実施された)。 3. 結果と考察  顔面部は鍼灸臨床上,三叉神経痛や顔面神経痛等の疾患を扱うことが多く,また疼痛も神経の経路に一致して発現し圧痛点を伴うこと,また最近では美容鍼灸上,出血を起こさないように細心の注意を要することから,顔面部の経穴と周囲構造物との位置関係を理解することは重要である。  顔面部には,陽明大腸経(禾髎・迎香),陽明胃経(承泣~頭維),太陽小腸経(顴髎・聴宮),太陽膀胱経(晴明~五処),少陽三焦経(翳風~糸竹空),少陽胆経(瞳子髎~曲鬢)が走っている。局所解剖から得られた所見を基に,顔面部の鍼灸臨床に関連した考察を加えることとする。 1)陽明大腸経(禾髎・迎香) ①禾髎:WHOによると2説併記されている。本説は人中溝中点と同じ高さ,鼻孔外縁の下方あるいは人中溝の中点の外方5分に取穴される。別説では人中溝の上から1/3と同じ高さ,鼻孔外縁の下方あるいは人中溝の上から1/3の外方5分に取られるとある。  いずれの説でも,皮下には上顎神経の眼窩下神経が分布し,2~4mm深度で口輪筋に刺鍼される。上唇動脈,顔面神経の頬筋枝が走行する。9mm深度では上唇の口腔粘膜裏面に到達するため,この深度までの刺鍼は避けた方がよいと言われている。また,鼻孔の直下に存在するため衛生的な問題を常に注意すべきである。 ②迎香:当該経穴も2説併記されている。本説は鼻唇溝中,鼻翼外縁中点と同じ高さ,別説は鼻唇溝中,鼻翼下縁の高さとされている。  眼窩下神経が分布し,5mm深度では上唇鼻翼挙筋および上唇挙筋に達する。眼窩下動脈と眼角動脈との吻合,あるいは顔面神経の頬骨枝が認められる。鼻閉塞,鼻出血,嗅覚障害,慢性鼻炎,頭痛などに活用される。 2)陽明胃経(承泣~頭維) ①承泣・②四白:眼窩下神経および動・静脈が走行する。眼輪筋(眼窩部)に刺鍼され,顔面神経頬骨枝が分布する。承泣への深鍼では眼窩脂肪体を貫き,約10mm以上の深度になると眼窩下溝に入り危険性が増大する。四白は上唇挙筋の起始部に達し,眼窩下神経・動静脈や顔面神経頬筋枝が豊富に走行しているため,損傷をきたしやすい経穴でもある。眼窩下孔部に相当すると言われているが,眼窩下孔がより内側に位置することもある。三叉神経痛,顔面神経痙攣・麻痺のほか,上顎洞炎などに活用される。 ③巨髎:眼窩下神経・動静脈が分布し,大・小頬骨筋および口角挙筋に関与する。深鍼では,顔面動脈および頬筋に達する。 ④地倉:口輪筋,大・小頰骨筋,上唇挙筋,口角挙筋,口角下制筋,笑筋が集合する部位で,顔面神経頬筋枝が分布し,上唇・下唇動脈の分岐部近傍となる。口角の歪み,流涎,歯痛,眼瞼痙攣などに活用される。 ⑤大迎:下顎神経のオトガイ神経が分布する。刺鍼尖は広頸筋を貫いて咬筋の前縁で,顔面神経の下顎縁枝および顔面動・静脈の走路に当たるため刺鍼には注意を要する。 ⑥頬車:オトガイ神経が分布する。刺鍼尖は広頚筋を貫き耳下腺の前方で咬筋(厚さ10mm)に刺鍼され,最終的には下顎骨に達する。 ⑦下関:下顎神経の耳介側頭神経,浅側頭動脈が分布し,顔面神経頬骨枝が走行する。頰骨弓から約15~20mmの深度では,咬筋の起始部を貫き側頭筋停止腱の後縁から下顎切痕を通り翼突筋静脈叢そして顎動脈幹に刺さる。さらに約35mmの深度では,外側翼突筋(下腹)を貫き,下顎神経の根部に達する。三叉神経痛,顔面神経の麻痺や痙攣,下歯痛,咀嚼筋障害や顎関節痛等に用いられる。 ⑧頭維:耳介側頭神経が分布し,浅側頭動脈が走行する。深鍼では側頭筋に達する。 3)太陽小腸経(顴髎・聴宮) ①顴髎:眼窩下神経が分布し,大・小頰骨筋に刺鍼される。顔面神経(頰骨枝),動静脈が走行する。深鍼では,20~30mmの頬骨下脂肪体を貫いて,蝶形骨の翼状突起付近で顎動脈の蝶口蓋動脈と眼窩下動脈の分岐部に達する。 ②聴宮:耳介側頭神経および浅側頭動・静脈が走行し,前耳介筋,耳下腺に刺さる。深鍼では顎関節包に達する。耳鳴り,耳の痛み,耳だれ,歯痛などに活用される。 4)太陽膀胱経(晴明~五処) ①睛明・②攅竹:皮膚は約1mm程度で薄く,滑車上神経が分布する。滑車上動・静脈は眼角動・静脈と吻合をする。眼輪筋,皺眉筋,前頭筋に達し,顔面神経(頬骨枝)が走行する。睛明への40mm深度の刺鍼では,内側直筋と眼窩脂肪体とを貫通して篩骨眼窩板に達する。結膜炎や視神経萎縮などの眼疾患に使用されるが,美容鍼灸にも活用するときには血管が豊富なため内出血には注意を要する。 ③眉衝・④曲差・⑤五処:滑車上神経あるいは眼窩上神経内側枝が分布し,前頭筋,帽状腱膜に位置する。顔面神経(側頭枝)が走行する。 5)少陽三焦経(翳風~糸竹空) ①翳風:皮下には大耳介神経が分布し,下顎後静脈の走路に位置する。顎二腹筋(後腹)の上縁より深層に入り,約26mmの深度で顔面神経幹の近傍に達するため当該神経への刺鍼に活用される。 ②耳門:浅側頭動•静脈,耳介側頭神経そして顔面神経の側頭枝が走行しているため,刺鍼では拍動性の出血に注意を要する。浅刺が基本であるが歯痛や顎関節痛などの緩和を狙っての刺鍼では10mm程度が適当とされる。10mm以上の深度では,側頭骨まで達すると言われている。その他に,耳鳴り,難聴,耳の痛み,耳だれ等にも活用される。 ③和髎:耳介側頭神経が分布し,浅側頭動•静脈の走路に位置する。深鍼では側頭筋に達し,筋内の深側頭神経・動静脈に刺鍼される。 ④糸竹空:眼窩上神経,浅側頭動•静脈が走行し,3mm深度で眼輪筋に達する。浅刺を基本とし,顔面神経麻痺や頭痛,眼症状(目の痛み,充血,流涙等)に用いられる。眼周囲は内出血を起こすと美容上問題となる。 6)少陽胆経(瞳子髎~曲鬢) ①瞳子髎:眼窩上神経,浅側頭動•静脈が分布し,眼輪筋に刺鍼される。目の痛みや充血,流涙,近視,視力減退,頭痛などに活用される。 ②聴会:耳介側頭神経,大耳介神経および浅側頭動•静脈が走行し,耳下腺の後部に位置する。10mm深度で耳下腺内に達し,顔面神経が耳下腺神経叢を形成しているため損傷には注意を要する。耳鳴り,難聴,耳の痛み,耳だれ,歯痛,口眼歪斜などに活用される。 ③上関(別名:客主人):皮下には耳介側頭神経が分布し,浅側頭動•静脈が走行する。約8mm程度の脂肪層を貫いて側頭筋に達し,筋内に分布する深側頭神経,動・静脈に刺さる。 ④頷厭・⑤懸顱・⑥懸釐・⑦曲鬢:耳介側頭神経,浅側頭動•静脈が分布し,側頭筋膜を貫いて側頭筋に達する。 4. 成果の今後における教育研究上の活用及び予想される効果  以上の成果および考察を基にして,より具体的かつ明快に学生に対する教育,あるいは鍼灸•手技領域での臨床応用に活用できることが期待される。これまで教科書や解説書あるいは経験等を基にして行って来た講義や実習を,顔面部の構成と経絡経穴との位置関係を考慮しながらの講義あるいは臨床実習が可能なものになると思われる。  成果の一部は雑誌「鍼灸の世界」(桜雲会出版)に寄稿する予定である。 参考文献 [1]図解鍼灸臨床手技マニアル. 尾崎 昭弘. 医歯薬出版. 2003 [2]World Health Organization Western Pacific Region. WHO Standard Acupuncture Point Locations in the Western Pacific Region. WHO Western Pacific Regional Office. Manila. Philipines. 2008 [3]新版 経絡経穴概論. 日本理療科教員連盟,社団法人東洋療法学校協会編. 教科書執筆小委員会著. 医道の日本.2009 [4]詳解・経穴部位完全ガイド 古典からWHO標準まで. 第二次日本経穴委員会編. 医歯薬出版. 2009 [5]臨床経穴局所解剖学カラーアトラス. 白石 尚基,上原 明仁. 文光堂. 2010 [6]危険経穴の断面解剖アトラス. 厳 振国,高橋 研一 他. 医歯薬出版. 2011