視覚障害者,盲ろう者のための少数点振動子による音楽表現の研究 佐々木 信之1),大墳 聡2),石井 一嘉3),原川 哲美4) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科1),群馬高専 電子情報学科2),石井研究所3),前橋工科大学 工学部4) キーワード:体表点字,楽曲提示 1.はじめに  筆者らはこれまで小型の振動モータによる振動刺激を用いて体表に点字情報を伝える体表点字というシステムの開発を行っており,生活支援や自立支援などの応用を試みてきた。また2009年には少し変わった応用として娯楽を捉え,音楽への応用を考え,9個の振動子による楽譜提示方式を開発した[1]。今回は,9個の振動子を2個に減らして簡易な装置で楽曲を提示するシステムを検討した[2]。 2.2個の振動子による楽曲提示方式  2個の振動子により楽曲を提示する場合,多数の振動子を使用する場合に比べてアナログ的な提示にならざるを得ず,逆にアナログ的な提示を用いれば,デジタル的な提示法では実現できない,情緒的な提示もできる可能性がある。そこで本研究の狙いとして,学習支援,演奏支援,鑑賞支援,の3つの目的を達成することを考え,楽曲の2点振動子による振動提示方式を検討,開発した。これには現状2つの方式が考えられ,それぞれを「固定方式」,「移動方式」とよぶことにする。固定方式は,2点の振動子をそれぞれ7段階の強さで振動を切り替え,全体で2オクターブの音域の曲を振動の強さで音程を,振動の長さで時間長を表し,楽曲を提示するものである。また移動方式は,2点の振動子を腕などに装着し,2つの振動子の強さを制御することで,2点間をあたかも振動子が移動していくように感じる,いわゆる「ファントムセンセーションを用いる。2つの振動子,m1,m2の強さをk,(1-k)として同時振動させれば,振動子m1からL*(1-k) の位置に擬似的に振動を感じる。ここでLは振動子m1,m2間の距離である。2点間を7に分割すれば1オクターブの情報を表すことができ,1オクターブの範囲内で音符の情報を触知できる。振動の強さは電圧自体を簡単には制御できないので,オンオフの時間の割合(デューティ)を制御する,パルス幅変調を用いた。  元の楽曲は,PCのMIDIのフリーソフトであるMUSEを用いて5線譜のデータを入力して確認し,楽譜のテキストデータを振動用のデータに変換して装置のROMに焼きこみ,振動として再生,評価する。装置の操作仕様としては,現曲再生/次曲再生/前曲再生,とテンポを調節できる機能も設けた。 図1に固定方式,図2に移動方式の各音階に対する振動強さを表す。図1の場合は同時に一つの振動子が,図2の場合は同時に2つの振動子が振動刺激を与える。 図1.固定方式 図2.固定方式 3.実験  被験者は音楽に精通している全盲の女性と弱視の男性の2名であり,被験者A,Bとする。実験では,図3の写真のように左腕のひじから手首の間に8~10㎝の間隔でバンドを巻き,その中に2個の振動子を挿入して振動を触知した。  実験では誰でも知っていると思われる童謡唱歌,7曲の曲を用意し,触知前に曲名を告げた後,まず固定方式で7曲通して触知,感想を聞いてから移動方式で7曲通して触知して感想を聞いた。  被験者Aの実験結果は以下の通りである。  ・音の高低はわかる。  ・固定方式では,下のオクターブのシから上のオクターブのドへ行くとき,連続性が欠ける。  ・移動方式も同様に音の高低と振動位置が相関しない場合があり,曲の感じをつかむのが難しい。  ・固定方式は,オクターブごとに振動子が違うので,音の高低と振動強さが相関しなくても許容できる。  ・結果として,固定方式と移動方式では,固定方式の方がわかりやすい,曲を知っていたらたどりやすい。とのことであった。一方被験者Bは,  ・知っている曲ならメロディトレースは可能。  ・オクターブが2つの振動子に分かれるのはやや抵抗有。  ・振動によるフィードバックなど,ろう者や盲ろう者の音楽学習支援には使えそう。 であり,特に移動方式については  ・狭い音域での移動であれば,気持ちよく感じる。  ・受容する楽しみにつながる,アバウトに聞くにはいいかもしれないが,オクターブの裏返りはストレス。  これから,学習支援,演奏支援として固定方式での楽譜情報伝達の可能性を見出すことができたが,移動方式も鑑賞支援などにうまく使えるよう検討していく。今後さらなる方式の改良,実験をしていきたい。 4. まとめ  体表点字の音楽応用として,2点の振動子による楽曲呈示を行い,いくつかの可能性を示せた。まだ実験を始めたばかりなので,今後は,視覚障害者,盲ろう者の音楽学習,演奏に加えて,さらに鑑賞などの支援に役に立つシステムを開発していきたい。 図 3.実験風景 参考文献 [1]大墳 聡,佐々木 信之,四戸 彩子,長谷川 貞夫,原川 哲美:“体表点字を用いた振動による楽譜呈示”,第35回感覚代行シンポジウム講演集pp.47-50,2009. [2]大墳 聡,佐々木 信之,長谷川 貞夫,原川 哲美: “2点振動子を用いた振動による楽曲呈示”,第38回感覚代行シンポジウム,pp51-54,2012