パーキンソン病の主要症候に対するあん摩マッサージの有用性の検討と在宅指導用DVDの開発 大越 教夫1),殿山 希1),周防 佐知江2) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1) 筑波技術大学大学院 技術科学研究科 保健科学専攻2) キーワード:パーキンソン病,あん摩マッサージ,老人保健施設患者,肩関節可動域制限 Ⅰ.成果の概要(本文) 1.目的  パーキンソン病(PD)患者において世界的に広く代替医療が利用され,特にマッサージ療法が最も多いものの一つとされている。それらの有効性については,わが国のあん摩療法も含め報告数は少数であり,そのエビデンスは明らかではない。本研究では,外来PD患者の臨床症候に対するあん摩療法の短期的効果(直後効果)の有効性を非施術群と比較することにより検討した。また,継続施術を希望した症例に対して直後効果の評価に加えて身体的・心理的症候の評価スケールを加えて検討を行った。さらに重症度が高い老健施設PD患者については,肩関節の廃用性障害が起こりやすいため,肩関節可動域に関するあん摩療法の有効性を検討した。また,在宅指導用DVDを作成した。 2.各項目の検討 1)PD患者の各種症候に対するあん摩療法の直後効果 【対象】外来PD患者施術群(施術群)19例(Hoehn & Yahr重症度分類(H&Y):I~IV)およびPD患者非施術群(コントロール群)15例(H&Y:Ⅱ~IV)を対象とした。 【方法】(1)施術方法:全身部位に加え,患者の愁訴をもとにした施術重点部位に対して約30~40分間のあん摩施術を実施し,前後の評価を行った。(2)評価:自覚症状(VAS),関節可動域,上肢機能検査,歩行機能について評価した。(3) 統計:SPSSを用いて介入前後の値の差についてt検定を実施し,正規分布をとらないものはU検定を追加し,施術群とコントロール群の比較を行った。 【結果】「こり・はり感」「動かしにくさ」のVAS,肩関節「患側の外転および結帯」,歩行の「速度」と「歩幅」において,施術群はコントロール群に比べて有意な改善を認めた。 【考察】先行研究(Donoyama, et al. 2012)において報告されている,自覚症状の「こり感」の改善,肩関節可動域の拡大,歩行機能の改善の結果を統計学的に裏付けるものとなった。歩行の改善は,継続施術効果として報告されている(Paterson C, et al.2005)が,本研究にて施術直後の直後効果でも有意な改善がみられた。上肢機能ペグボード遂行時間の改善は同様に継続効果として報告されているが(Craig LH, et al. 2006),本研究の直後効果としては得られなかった。 2)PD患者の各種症候に対するあん摩療法の継続施術効果 【対象】直後効果測定後,継続施術を希望した患者4例(H&Y:Ⅱ~IV)を対象とした。 【方法】(1)施術:直後効果と同様の施術を,2ヵ月間(毎週1回,計8回)継続して行った。(2)評価: 直後効果の評価項目に加え,MDS-UPDRS,PDQ39,PFS-16,SDS,特性不安について,施術期間である2ヶ月間終了後7日目に評価した。 【結果】継続効果に関しては症例数が少なく統計解析は出来なかったが,4例中3例では臨床的に効果が見られた。 【考察】個々の症例としては,全ての評価が軽減した症例がある。4症例のうち3症例では,主な運動症状と非運動症状の改善がみられ,継続施術による効果と推定された。施術前の抑うつ傾向や不安傾向が高かった1症例は,これらの非運動症状のみが改善した。 3)老健施設PD患者の肩関節可動域制限に対するあん摩療法の効果 【対象】(1)直後効果:老健施設PD患者施術群(施術群)10例およびPD患者非施術群(コントロール群)6例を対象とした。(2)継続施術効果:老健施設PD患者施術群6例およびPD患者非施術群(コントロール群)5例を対象とした。重症度は全対象でH&Y:Vであった。 【方法】 (1)直後効果・評価:肩関節及び上肢を主体にその他全身部位を加えた約30分間のあん摩施術を行い,施術の前後に肩関節の可動域を評価した。(2)継続施術効果:直後効果評価後2ヵ月間(毎週1回,計8回)の施術を行い,施術期間終了後7日目に評価を行った。(3)統計:SPSSを用いて介入前後の値の差について,t検定を実施し,正規分布をとらないものはU検定を追加した。 【結果】直後効果における自動的な肩関節「患側の外転」と,継続施術効果における「患側および軽症側の外転」において,施術群はコントロール群に比べて可動域の有意な拡大を認めた。 【考察】直後効果として得られた患側外転の可動域拡大が,8回の継続施術後も効果の累積がみられ,さらに軽症側外転の可動域においても有意な拡大が認められた。重症度が高く日常活動レベルが低いため,意識的に身体を動かすことの少ない施設患者に対しても,あん摩施術を継続することにより効果の累積がみられた可能性がある。 3.考察とまとめ  PD患者に対するあん摩療法の効果については,筋や腱に対するあん摩刺激は循環改善(Arkko PJ, et al.1983)やストレッチ作用(Kubo K, et al. 2001)により,筋症状を改善し,筋固縮や関節可動域,動作緩慢や拘縮・廃用症候群の改善に良い影響を与えた結果,愁訴やPD症状の軽減をもたらしたと推測される。以上から,医療機関,老健施設のPD患者に対する,短期的および継続的なあん摩施術の有効性が示唆された。 4)在宅指導用DVDの開発 【DVD作成】個別の患者に在宅での運動訓練用に,腕振り歩行用,ストレッチ体操,自動運動,簡易マッサージの5部構成でDVDを作成した。現段階では個々のエレメントで構成されている。 【DVD活用】実際の利用時には個々の患者に合わせて個々のエレメントを約10~15分程度に再構成して在宅患者のテーラーメイドの運動療法に利用を予定している。 Ⅱ.成果の今後における教育研究上の活用及び予想される効果  今回の結果は,本学統合医療センター神経内科を訪れた外来PD患者19例,およびつくば市内2ヵ所の介護老人保健施設PD患者10例によるもので,統計的には直後効果を中心とした検討となったが,あん摩療法がPD患者にとって有益である可能性が示唆された。しかし,PDという慢性緩徐進行性の神経難病の特異性を考慮すると,長期間にわたり有効で実施可能な施術方法が望まれる。今回の研究では,外来患者は個々の症例検討であったが,継続施術の対象となる外来患者を増やし,対照群との比較試験にて継続施術効果を評価することが必要となる。個々の要因のなかであん摩施術がどのようなメカニズムでPD患者に有効であったか,また作成したDVDも有用性の検証が重要となろう。もし,これらが十分な有効性が証明できたなら,PD患者に対するあん摩療法を広く外部に広めることが本学の学術的使命と考えられる。 Ⅲ.成果報告 第77回日本温泉気候物理医学会総会・学術集会(2012.6.8.仙北市)にて発表 ・周防 佐知江,殿山 希,大越 教夫.パーキンソン病患者の肩関節可動域制限に対するあん摩療法の効果.日本温泉気候物理医学会雑誌.2012;76(1):61 ・殿山 希,周防 佐知江,大越 教夫.パーキンソン病患者のさまざまな愁訴に対するあん摩療法の効果.日本温泉気候物理医学会雑誌.2012;76(1):61 第78日本温泉気候物理医学会総会・学術集会(2013.5.24.別府市)にて発表した ・殿山 希,周防 佐知江,大越 教夫.あん摩療法はパーキンソン病患者の身体的愁訴の軽減に有効. ・周防 佐知江,殿山 希,大越 教夫.老健施設パーキンソン病患者の肩関節可動域制限に対するあん摩療法の効果.