MULTIS法による微小炎症病態の検出—先端スピン応用医学の東西医学への展開1— 平山 暁,大和田 滋,青柳 一正,植田 敦志,藤森 憲,片山 幸一 筑波技術大学 保健科学部附属東西医学統合医療センター キーワード:電子スピン共鳴,酸化ストレス,Multiple Radical Scavenging Activity 緒言  2011年9月18日,WHOは糖尿病,心・腎・脳血管疾患,がんなど生活習慣に起因する非伝染性疾病が富裕国・貧困国を問わず世界の筆頭死因であることを報告し,これらの疾病対策が世界的急務と考えられるようになった。これらの疾病では慢性炎症が重要な基盤病態であるが,その機序は多様で多くは不明である。このため炎症反応における普遍的なプロセスである酸化ストレスの制御による治療戦略が重要視されている。酸化ストレス研究では,細胞内情報伝達機構の解明が進む一方,その上流となる活性酸素種(ROS)やラジカル動態は未解明に残されている。また,既存の酸化ストレス評価法は,少数のラジカル消去活性やタンパク質/核酸酸化物を対象としており,極短時間で多岐にわたり反応が進行するROSに対して正確な評価を行うことができず,臨床上の障害となっている[1]。近年この解決のため,「スピン」をキーワードとした学際領域研究が急速に高まりを見せている。酸化ストレスではROSが病態要因であるが,これは電子軌道内に不対電子を有していることから,電子スピンを計測し。ROS動態を評価することが理論上可能である(電子スピン共鳴法:ESR)。核スピンを検出するMRIは既に臨床分野で広く応用されており,これらの基盤を持つ薬学・化学・工学分野の研究者らに先端スピン計測の医学応用が広がりだしている。  本研究ではこれら最新のスピン計測技術の医学応用を目指し,これまで描出不可能であった生体内の微小炎症に引き続く酸化ストレス変化を,多種ラジカル消去活性測定(MULTIS法)により検出する方法を確立すること。及びこれを通じ和漢薬の治療効果の指標となりうる東西医学の新たな病態解析法としての道を拓くすることを目的とした。 MULTIS法  従来のフリーラジカル測定法では,ラジカル発生にキサンチンオキシダーゼなどの酵素法を用いるのに対し,MULTIS法ではラジカル発生を紫外光もしくは可視光の照射により行うという特徴を有する。これによりMULTIS法では,照射のON/OFFにより特定のラジカルを発生/中断させることが可能となるため,厳密に特定種のラジカル発生量を制御可能となる。この原理により,ヒドロキシルラジカル(.OH),スーパーオキサイド(O.-2),脂質アルコキシラジカル(RO. (tert-BuO.)),脂質ペルオキシラジカル(ROO. (tert- BuOO.)),アルキルラジカル(R. (CH3.))の5種のフリーラジカル及び一重項酸素を測定した。実際の測定方法を表1に示す。なお,ESR装置はラジカルリサーチ社製RRX-1X ESR装置を用い,リン酸バッファーを溶媒としたフローインジェクション系にて施行した。スピントラップ剤はラジカル種についてはCYPMPOを用いた。一重項酸素の検出はTEMPを用いた。 結果および考察  MULTIS法により,従来法[2]とは異なり安定したラジカル消去活性測定が可能となった。図1に各ラジカル及び一重項酸素のESR波形を示す。従来法では,検体に酵素失活作用を有するような物質が含有されている場合,発生するラジカル量が減少し,見かけ上消去活性が亢進していたが,本法ではそのようなアーチファクトは観測されなかった。各波形とも報告されているスピンアダクトのシミュレーションと一致した。  この測定結果をOwadaらの報告例[3]に基づき,偽一次反応として反応速度定数を求め,数値化した。測定の一例を図2に示す。この例では,.OHおよびO.-2消去活性が亢進しているのに対し,ROO., R. (CH3.),一重項酸素の消去活性は減弱しており,RO. 消去活性に関しては変化が亡いことがわかる。このようにして活性酸素を源とする酸化ストレス反応の上流部(ラジカル連鎖反応)を捉え,数値化することが可能となった。この結果をもとに,一酸化窒素や各種炎症性サイトカインの動態とMULTIS法を合わせて評価することにより臨床病態評価に応用している。今後成果を論文発表していく予定である。 謝辞  MULTIS法の開発に当たっては,Prof. Yashige Kotake(Oklahoma Medical Research Foundation)ならびに真明 正志 氏(ラジカルリサーチ(株))の協力を得ました。ここに深謝致します。 参考文献 [1] Bjelakovic G, Nikolova D et al. :Antioxidant supplements for preventing gastrointestinal cancers. Cochrane Database Syst Rev. 2008;16;(3) :CD004183. [2] Hirayama A, Nagase S et al. :Reduced serum hydroxyl radical scavenging activity in erythropoietin therapy resistant renal anemia. Free Radical Research 2002;36(11): p1155-1161. [3] Oowada S, Endo N et al. :Multiple free-radical scavenging capacity in serum. J Clin Biochem Nutr. 2012;51(2): 117-21. 関連発表等 [1] Nagano Y, Matsui H, Hirayama A et al. :Bisphosphonate-induced gastrointestinal mucosal injury is mediated by mitochondrial superoxide production and lipid peroxidation. J Clin Biochem Nutr. 2012;51(3):196-203. [2] Hirayama A, Owada S, Matsui H, Aoyagi K et al. Uremic toxin indoxyl sulfate induce mitochondrial superoxide leakage. Free Radical Biology and Medicine, 2012:53: S163. 表 MULTIS法による活性酸素種測定法および従来法との比較 図1(上) MULTIS法により観測されるESR波形 図2(右) MULTIS法により測定されたラジカル消去活性例。○:Owada等により報告された健常人のラジカル消去活性(Clin Biochem Nutr. 2012;51:117-21),□:ヒト検体の測定例。