医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み―音声による視覚情報保障機能を有する経穴暗記カード― 周防 佐知江1),成島 朋美1),舩山 庸子1),池宗 佐知子2) 佐々木 健1),緒方 昭広1),大越 教夫1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科1) 帝京平成大学 ヒューマンケア学部 鍼灸学科2) 要旨:視覚に障害を有する鍼灸学生の自主学習教材として,ペン型録音再生レコーダー(以下Touch Memo®)を経穴暗記カードに応用させた取り組みを行った。Touch Memo®は,ドットコードにより認識するラベルに触れると予め入力した音声情報を再生するものである。今回の教材は,足の太陽膀胱経(67穴)について合成音声ソフトで音声情報を作成した。その個々の経穴の情報内容は,教科書記載事項である部位,取穴法,解剖指標の3部からなる。作成した教材を5名の学生の自主学習用として12日間貸し出し,使用感等についてアンケートを行った。その結果,使用や有効性に前向きな回答と今後の活用の要望が多く得られた。経絡経穴学の暗記の学習における有用性と,隙間時間の活用や他の教材との併用についての可能性が示唆された。 キーワード:Touch Memo®,経穴暗記カード,自主学習,視覚障害学生 1.はじめに  鍼灸教育において経絡経穴学は,専門科目の基礎として重要な科目である。しかしながら,その修得には360以上ある経穴名を覚え,さらにその部位,取穴法(経穴の取り方),解剖指標(経穴部位にある筋とその支配神経)を暗記することが必要となる。そのため,経絡経穴学の修得には反復学習を行い,記憶の定着をはかることが重要である。反復学習の効果については,経絡経穴学が受験科目として含まれる,はり師・きゅう師,あん摩マッサージ指圧師の国家試験に向けた勉強法としても,有用性が報告されている[1]。簡便に繰り返し学習できる教材として経穴の暗記カードは親しまれており,反復学習を行う上で自主学習教材として有用であると推測される。しかしながら市販されている暗記カード形式の教材は,場所を選ばす使用できるという特性上,暗記カード本体が小型で文字が細かいものが多く,強度弱視や全盲など視覚に障害を持つ学生が活用することは困難である。視覚障害学生は個々の障害の程度に合わせて,点字や拡大文字の教科書,パソコン,DAISYなど様々な教材を使い学習を行っている。しかし,これらの学習方法はその時間的,空間的制約から反復学習に適しているとは言い難く,効率的な暗記学習としては困難なことが多い。  経絡経穴学と同様に国家試験の受験科目であり,その科目の特性から暗記事項の多い解剖学において,本学にて視覚障害学生を対象に,骨模型へTouch Memo®(図1)を利用した試みを行い,音声対応教材が自主学習に有用である可能性が示されている[2][3]。  今回はこのTouch Memo®を経穴暗記カードに応用し,視覚障害学生を対象に,反復学習が有効と思われる経絡経穴学の暗記学習における有用性をアンケートの結果から検討した。 図1 Touch Memo® 2.対象  対象は,平成25年度鍼灸学専攻2年に在籍し,経絡経穴学2を履修している学生の中から任意に協力を依頼した5名(点字使用者:3名,墨字使用者:2名)である。今回の教材の基本内容および使用方法の説明を十分に行ったうえで協力を依頼し,本学習に参加することに同意を得た後に自主学習を開始した。 3.方法 3.1 材料  経穴暗記カード作成には,マルチカード名刺(エーワン㈱),ラミネートフィルム名刺サイズ(アイリスオーヤマ㈱),Touch Memo Voice Sheet0001-1134(ユーディ・クリエイト㈱, 以下録音再生シール),VOICEROID+.民安ともえ(㈱AHS)を使用した。  音声情報は,本学使用の教科書「新版 経絡経穴概論」(㈱医道の日本社)に基づくものとした。 3.2 教材作成方法 3.2.1 音声情報の作成  音声情報は VOICEROID+.民安ともえの製品を用いて,足の太陽膀胱経(67穴)について①部位と東洋医学的必要事項,②取穴法,③解剖指標,等の教科書記載事項を3部に分けて入力し,それぞれの冒頭に経穴名を加えた。 3.2.2 経穴暗記カードの作成  表面に経穴名,裏面には部位,取穴法,解剖指標を印字したカードをラミネートし,表面に経穴名を点字表記したテープを貼付した。録音再生シールは,上記3部に対応した3枚を,1cm程度の間隔を開けてカード表面の下部に貼付した(図2,3)。 図2 経穴カード表面 図3 経穴カード裏面 3.3 実施方法  作成した教材は学生の自主学習用として,2013年7月12日から7月24日まで12日間の貸し出しを行った。その後,教材の使用頻度および総使用時間についての質問と,使用感等についての5段階評価に加え,改善点と良かった点について自由記述形式のアンケートを行った。 4.結果  アンケートの結果を以下に述べる。 4.1 カードの使用頻度と総使用時間  12日間でのカードの使用頻度として「9~11日」は5名中1名で総使用時間は約6.7時間であった。また5名中4名の使用頻度は「2~5日」で総使用時間の内訳は約4時間が1名,約1.5時間が1名,約1時間が2名であった(表1)。 表1 カードの使用頻度と総使用時間 4.2 カードの使用感等について  カードの使用感については「使いやすい」と答えた学生が3名,「まあ使いやすい」,「どちらともいえない」がそれぞれ1名ずつで,「やや使いにくい」,「使いにくい」を選択した学生はいなかった。  音声の聞き取りについての感想は「聞き取りやすい」と答えた学生が3名,「まあ聞き取りやすい」が2名で,「どちらともいえない」「やや聞き取りにくい」「聞き取りにくい」を選択した学生はいなかった。  学習の目的に合わせて3つの音声情報の使い分けが出来たかという質問では「出来た」と答えた学生が2名,「まあ出来た」が3名で,「どちらともいえない」「あまり出来なかった」「出来なかった」を選択した学生はいなかった。  また,カードは経穴の暗記の学習に役立つと思うかという質問では「思う」と答えた学生が2名,「まあ思う」が3名で,「どちらともいえない」「あまり思わない」「思わない」を選択した学生はいなかった(図4)。  最後に,カードを今後自主学習に活用したいと思うかという質問に対し「思う」と答えた学生が3名,「まあ思う」が2名で,「どちらともいえない」「あまり思わない」「思わない」を選択した学生はいなかった(図5)。 図4 カードは経穴の暗記の学習に役立つと思うか 図5 カードを今後自主学習に活用したいと思うか 4.3 カードについての改善点  改善点についての自由記述形式の質問では,「音声ペンから直接音声が出るのでイヤホンなどを使って使用出来るといろんな場所でも使えそうだと思った」「音声が選択できるとよい」という回答が得られた。 4.4 カードについて良かった点  良かった点については8例の回答が得られたため,以下のように分類した。 ① 音声について:「聞き取りやすかった」「声が良かった」など3例。 ② 3部に分けた音声情報について:「分けたために覚えやすかった」「3つに分けられることによって,分かりやすく使えた」など3例。 ③ その他:「持ち歩けて,使いたいときに使えて便利だった」「カードを点字の教科書と併用すると学習しやすかった」 5.考察  アンケートの結果,5名の学生のカード総使用時間を1日に置き換えると約5分~50分で学習時間としては幅があったが,カードの使用感等については,全員からほぼ前向きな回答と今後の活用の要望を得られた。  このため本教材は,視覚障害の程度に関わらず使用可能で,経絡経穴学の暗記の学習に有用であることが示唆された。  カードの良かった点については5段階評価および自由記述の回答にて,カードの使用感や音声の聞き取りやすさに加え,3部に分けた音声情報についても前向きな回答が得られた。本教材は,録音再生シールにTouch Memo®を近づけることで記録した音声情報が出力されるものである。今回は音声情報を3部に分け部分的な情報の取得を可能にしたことで,より効果的な反復学習が可能となったと思われる。その他「持ち歩けて,使いたいときに使えて便利だった」と回答した学生は,実際,授業の間の休み時間などに利用したとのことで,本教材の使用は隙間時間の活用という点でも優れていた。また「カードを点字の教科書と併用すると学習しやすかった」との回答以外にも,音で聴きながら自分のパソコンにまとめた学生がおり,併用使用による本教材の新たな可能性も示唆された。今後は本教材を奨励するうえで,生活および学習上の隙間時間を活用した反復学習や点字など他の教材との併用といった工夫点をアドバイスすることにより,新しい学習方法の一助として,有用性はさらに高まると思われる。  改善点として,イヤホンの件については今回は説明不足であったが,本来Touch Memo®はイヤホンの使用が可能であるため,この件に関しては解消できると思われる。音声源の件については,今回はVOICEROID+.民安ともえを使用したが,やはり数種類用意し,学生それぞれの聞き取りやすさに合わせて声質に選択の幅があれば,学習意欲の向上にもつながると思われた。  近年,視覚障害者において点字使用者の減少と拡大文字を含む普通文字使用者の増加が明らかとなっており,原因として障害の種類の多様化や中途障害者の割合の増加などが挙げられている[4]。このため視覚障害学生の学力向上を目指す理療教育という場面では様々な形での学習支援が課題となっている。「視覚特別支援学校の授業や学校生活における情報獲得に関する研究」では,生徒が困っていることとして,「情報をスムーズに得られない」,「学習効率が悪い」,「ノートを取りにくい」,「多大な文字を読むことがストレスである」,「音声ソフトが使いにくい」,「学校に設備が不足している」等が報告されており,現状として困難な問題も多い[5]。一方,音声支援に対応したオンライン文字認識技術を用いた手書き式や点字タイプライター式ノート作成システムなどの学習補助教材の研究[6]も行われるなど,学習支援に向けた取り組みも進んでいる。今回作成した経穴暗記カードについても,音声支援に対応した学習法の一つとして今後有効に活用されることが期待できる。 6.結語  今回作成した経穴暗記カードは,視覚障害の程度に関わらず使用可能で,経絡経穴学の暗記学習に有用であることが示唆された。今後は本教材を奨励するうえで,携行可能であり隙間時間を活用した反復学習や他の教材との併用といった工夫点をアドバイスすることにより,新しい学習方法の一助として,有用性はさらに高まると思われる。 謝辞  本研究は平成25年度文部科学省特別教育経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。 参照文献 [1] 池宗 佐知子, 成島 朋美,東條 正典, 他.過去問反復学習を取り入れた国家試験への取組とその効果の検証.筑波技術大学テクノレポート.2012; 20(1): p.57-60. [2] 池宗 佐知子, 成島 朋美, 東條 正典,他.視覚情報補償機能を有する人体模型教材の作成-骨模型へボイスペンを利用した試み-.筑波技術大学テクノレポート.2011; 18(2): p.7-10. [3] Ikemune S,Narushima T,Tojo M,et al.Development of a Teching Material for the Human Skeleton using a Visual Information Compensation Function. NTUT Education of Disabilities. 2013; 11: p.1-5. [4] 柏倉 秀克.盲学校職業過程に在籍する視覚障害者の適応状況と関連要因に関する研究.職業リハビリテーション.2005; 19(1): p.50-57. [5] 江口 智弘, 依田 光正, 青木 和夫.視覚特別支援学校の授業や学校生活における情報獲得に関する研究.ライフサポート.2012; 24(4): p.185-193. [6] 伊藤 和之,加藤 麦, 伊藤 和幸, 他.中途視覚障害者の筆記行動を支援する文字入力システムの提案(第2報) 自立訓練・理療教育・福祉工学・エンドユーザーの連携(会議録).リハビリテーション連携科学.2012; 13(1): p.64-65. An Approach to Making Self-Directed Learning Materials for Visually Impaired Students in Medical and Health Technology: Meridian Point Memorization Cards with a Visual Information Compensation Function by Voice Sound SUOH Sachie1), NARUSHIMA Tomomi1), FUNAYAMA Yasuko1), IKEMUNE Sachiko2), SASAKI Ken1),OGATA Akihiro1), OHKOSHI Norio1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Department of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Human Care, Teikyo Heisei University Abstract: We applied a pen type recording reproducing recorder (Touch Memo®) to the meridian point memorization card, as a self-learning aid for visually impaired students who studied acupuncture and moxibustion. Touch Memo® reproduces the speech information entered beforehand by touching the label recognized in dot code. In the teaching materials of this study, we created speech information pertaining to BL1-67 of the Bladder Meridian of Foot-Taiyang with synthetic voice software. The information content of the individual acupuncture point consisted of three parts: a location on the body, a proportional distance from various landmark points, and a specific anatomical landmark. Five visually impaired students then used the card along with a speaking pen for 12 days by using a self-directed learning tool. After the self-learning period elapsed, we carried out a questionnaire to canvass student’s opinions regarding this study method. According to the student’s evaluations, this study method was positive and effective. In addition, those involved in the trial asked to use this self-learning aid in the future. Based on the feedback received, we concluded that this approach is indeed an effective technique to memorize the meridian system and to study the meridian points. There appears to be potential for practical use in the visually impaired students’ spare time. Moreover, its use could be combined with the use of other teaching materials. Keywords: Touch Memo®, The meridian point memorization card, Self-learning, Visually impaired students