医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み―ペン型タッチ式レコーダーを利用した骨格筋の暗記用カード― 舩山 庸子1),池宗 佐知子2),成島 朋美1),周防 佐知江1),佐々木 健1),坂本 裕和1),大越 教夫1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1) 帝京平成大学 ヒューマンケア学部 鍼灸学科2) 要旨:鍼灸学を学ぶ視覚障害学生の自主学習教材として,合成音声ソフトにより音声化したペン型タッチ式ボイスレコーダー(以下Touch Memo®)を用いた暗記カード型音声教材を作成した。その教材は,解剖学の筋に関する情報を容易に持ち歩けるように名刺サイズとして,Touch Memo®で触れることで音声情報を簡便に再生できるように作成した。学生にその教材を用いて1週間自己学習させ,筋の知識に関する試験と使用アンケートを実施し,有用性と課題について検討した。結果,少数例での検討ではあるが,使用前後の学習効果では,点字利用者の得点上昇が墨字使用者より高く,有用と考えられた。しかし,使用後のアンケートでは,今後も教材として使用したいという感想も多かったが,「1度に再生される情報量が多い」,「音声情報の声質が聞き取りにくい」などの課題も挙げられ,改良の余地も残された。自主学習を効率的にサポートする視覚障害教材になりうる可能性が示唆された。 キーワード:視覚障害学生,音声教材,暗記カード,Touch Memo® 1.はじめに  本学保健科学部鍼灸学専攻は,視覚障害者がはり師・きゅう師・按摩マッサージ師の国家資格を取得するための教育を行っている。これらの国家試験に臨む学生には医療の発達に伴い,年々多くの専門知識が求められてきている。特に解剖学は膨大な量の暗記が必要となり,授業内容を理解し,情報を整理して知識を定着させるための自主学習は必須である。  視覚障害学生は視覚特性にあわせて拡大文字や点字教材を用いて学習を行っている。しかし,一般的な医療系教材と比較して教材が大きく,表の記載や情報量などに制限がある。また,パソコンなどで音声を活用して学習を行っている者もいるがその持ち運びと使用場所の制限を考慮すると暗記に至るまでの負担は非常に大きい。視覚障害学生が活用可能な利便性の高い教材を開発することは,彼らが効率よく学習する上で非常に重要である。  これまで本学ではTouch Memo®を用いて学生自身が暗記項目を簡便に録音・再生できる音声教材を骨模型に応用し,視覚障害学生の自主学習に有用である可能性を示してきた[1] [2]。今回は,合成音声ソフトにより解剖学の筋に関する音声情報を予め作成し,その情報をTouch Memo®で簡便に再生できる暗記カード型の音声教材(以下,筋暗記カード)を作成し,視覚障害学生に対する試験とアンケートによりその有用性と課題を検討した。 2.対象 対象は鍼灸学専攻2年に在籍する学生で,任意に参加した9名(点字使用者4名,墨字使用者5名)であった。今回の教材使用の目的について学生に十分説明した上で協力を依頼し,同意を得てから取組みを開始した。 3.方法 3.1 材料  音声情報作成にはVOICEROID+「吉田君」(㈱AHS),本学使用の教科書「解剖学 第2版」(医歯薬出版㈱)を用いた。筋暗記カード作成には,マルチカード名刺(エーワン㈱),ラミネートフィルム 名刺サイズ(アイリスオーヤマ㈱),Touch Memo Voice Sheet0001-1134(ユーディ・クリエイト㈱,以下録音再生シール)を使用した。 3.2 音声教材作成 3.2.1 音声情報の作成  教科書の情報を基に,上肢の主要な筋(41種類)について筋名,起始部位,停止部位,支配神経,運動作用,を合成音声ソフトVOICEROID+「吉田君」(男性音声)にて音声情報化し,Touch Memo®(図1)への入力を行った。 図1 Touch Memo® 3.2.2 筋暗記カードの作成  名刺用紙の表面に筋名,裏面に起始,停止,支配神経,作用の4項目を拡大墨字で印字した。さらにカードをラミネート加工し,カード表面中央には筋名を打刻した点字シールを,カード表面右下部にはカード記載内容の音声情報を再生させる録音再生シールを貼付した。カードは上角に穴をあけてリングを通し,持ち運び可能なカード集とした。カードの並びは教科書に記載されている表の順番に準じた。(図2,3) 図2 カード表面 図3 カード裏面 3.3 実施方法  音声教材による知識の定着を確認するため,自主学習期間の前後に試験を行った。上肢の主要な筋41種類の中からはり師・きゅう師・按摩マッサージ師の国家試験過去10年間の出題頻度に応じてA~Cにランク付けし,各ランクからランダムに2種類ずつ,計6種類の筋について起始・停止・支配神経・作用を30分以内に記載させることとした。点字使用の学生に関してはテキストデータにて同様の試験を作成し,音声読み上げソフトを組み込んだパソコンにて解答させた。自主学習前後の試験において内容が重ならないよう2種類の試験を作成した。試験の評価方法は,完全解答を2点,不完全解答(複数ある付着部を完全に解答できていないもの等)を1点,解答間違い・無解答を0点として合計得点と得点率を求めた。1回目の試験を実施した後,学生に筋暗記カードとTouch Memo®を貸出し,音声教材による自主学習期間を1週間設けた。自主学習期間終了日に2回目の試験と音声教材に関するアンケートを実施した。アンケートには音声教材の使用頻度および総使用時間についての質問と,使い勝手等についての5段階評価に加え,改善点と良かった点について自由記載形式の質問を記載した。 4.結果 4.1 試験結果  試験は総得点48点であり,自主学習の前後でどのように変化したかを確認した。  自主学習前試験において参加者全員の平均得点は15.3点(得点率24.8%),自主学習後試験では平均得点27.5点(平均得点率40.5%)であった。(図4)。視覚特性により点字使用者(4名)と墨字使用者(5名)に分類したところ,点字使用者の自主学習前試験における平均得点11.9点(平均得点率20.8%),自主学習後試験では平均得点19.4点(平均得点率44.3%)であった。墨字使用者の自主学習前試験における平均得点は9.2点(平均得点率27.9%)で,自主学習後試験では平均得点13.0点(平均得点率37.5%)であった。(図5) 図4 自主学習前後における得点率の推移 図5 障害の程度による平均得点率の推移 4.2 アンケート結果  アンケートの結果を以下に述べる。  1週間の自主学習期間に実際に音声教材を用いて自主学習した日数(使用頻度)と,時間の合計(総使用時間)を質問した。1日のみの使用は1名で,総使用時間は「約1時間」であった。2~3日使用した学生は4名おり,内訳は「約1~1.5時間使用」が2名,「約2時間使用」したのは2名であった。3~4日使用した学生は3名おり,「約1~1.5時間使用」が2名,「約3時間使用」が1名であった。1週間の期間中,毎日使用して「約6時間使用」したのは1名であった。(表1)。 表1 カードの使用頻度と総使用時間 筋暗記カードの使用感について「使いやすい」「まあ使いやすい」と答えた学生は7名(78%)であった(図6)。「どちらともいえない」「やや使いにくい」と回答した学生2名(22%)はその理由を「音声が聞き取りにくい」「1度に再生される情報量が多い」と挙げた。 図6 筋暗記カードの使用感について  音声の聞き取りについては「まあ聞き取りやすい」と2名(22%)が回答し,「どちらともいえない」「聞き取りにくい」「やや聞き取りにくい」と回答したものが7名(78%)いた。理由として「滑舌が悪い」「聞き取りにくい」と4名(45%)が感想を述べた。 図7 音声の聞き取りについて  筋暗記カードは学習に役立つと思うかとの質問に対し,「思う」7名(78%)「まあ思う」2名(22%)と参加者した全ての学生が筋カードは学習に役立つと判断した。 図8 筋暗記カードの学習への有用性について  筋暗記カードを今後の自主学習に活用したいかという問いに対して「思う」「まあ思う」と回答した学生が89%(8名),「どちらともいえない」11%(1名)となった。「どちらともいえない」と答えた学生からは「情報が内容ごと(筋名,起始,停止,支配神経,作用)に分けて確認できた方が良い」との意見が挙がった。 図9 筋暗記カードの今後の自主学習への活用の是非について 4.3 筋暗記カードについての改善点  改善点について自由記載での質問を行った結果,以下のように分類した。  ①音声の性質:「聞き取りにくい,声質が気になる」など声質の改善を求める意見が5例あった。②音声情報量:「データ内容が長い,内容ごとに分けた方が良い」など音声情報の分割を求める意見が5例あった。③情報の追加:「カードの並びによって筋の位置や深さなどについて分かると,さらに理解が深まって良い」という要望が1例あった。  改善点とは別であるが,教材貸出時にTouch Memo®用の充電コードを説明と共に貸出したが,うまく充電を行えず2~3日でボイスペンの電池が切れて使用できなくなった点字使用者が1名おり,「詳しい使い方のレクチャーや,慣れが必要」との意見が挙がった。 4.4 筋暗記カードについて良かった点  良かった点についての回答は,以下のように分類した。  ①音声の声質:「特徴のある声で飽きずに使えた」1例。②聴覚を用いる:「耳からの情報も大切だと思った」1例。③教材の大きさ:「持ち運べて,どこでも使えるのが良い」など2例。④手が空く:「音声を聞きながら自分の体を触って筋を確認できる」「パソコン入力が同時にできる」など2例。⑤情報を検索しやすい,時間を有効活用できる:「他の教材では調べたい箇所を探すのが大変なので,筋暗記カードは使いやすい」など3例。 5 考察  試験の結果,学生の自主学習後の平均得点率は上昇した。自主学習前後の平均得点率の伸びを確認すると,墨字使用者より点字使用者の平均得点率の上昇が大きかった。よって,今回作成した教材は視覚障害の程度に関係なく使用可能であり,点字使用者にとってより有益である可能性が示唆された。アンケートでは筋暗記カードの学習への有用性と,今後の自主学習へのカード活用についてほぼ全員が前向きな回答を選択した。これらのことより本教材は使用者の主観的にも視覚障害学生の自主学習用教材として有用であることが示された。  本教材の良かった点として「サイズがコンパクトで持ち運びが簡単」「暗記する情報が簡単に確認できる」「音声を聞いている間は手が空くため,自分の体を触って筋をイメージすることや,パソコンでメモがとれる」など利便性の良さや,効率的な学習ができたことを挙げた意見がみられ,視覚障害学生の新たな自主学習方法を提供できると考えられた。また,アンケートで得られた改善点や要望として第1に音声の声質が挙げられる。今回使用した男性の合成音声は「面白い声だが,聞き取りにくい」という感想が大半であった。今後は聞き取りやすい声質の音声を検討する必要がある。第2に音声情報の内容が多すぎて読み上げに時間がかかり,知りたい情報だけを聞くことができないという意見があった。これは筋暗記カード1枚に含まれる情報全てを,まとめて音声情報化したのが原因である。暗記に用いるという使い勝手を考慮して,情報を分割して再生できるよう工夫する必要がある。第3として,筋についての基本情報だけでなく,さらに多くの情報を学べると良いという要望があった。膨大な量の情報を教材に含めることは難しく,今回は使いやすい教材を作成するという目的からあえて基本的な情報に限定して教材を作成した。しかし筋について多角的に学習するための工夫をすることも必要である。学習内容に合わせた教材の検討や筋暗記カードと併用可能な教材の作成が必要と思われた。これらの課題を改善することで,本教材はより利便性の高い自主学習教材として,さらに有用性が高まると推測される。 6 結語  合成音声ソフトにより作成した音声情報を,Touch Memo®にて簡便に再生することができる暗記カード型音声教材は,視覚障害学生が効率的な自主学習を行うための教材になりうる可能性が示唆された。アンケート結果より,より充実するためには音声情報の声質や情報量に関して課題が見つかった。 謝辞 本研究は平成25年度文部科学省特別教育経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。 参考文献 [1] 池宗 佐知子.視覚情報補償機能を有する人体模型教材の作成-骨模型へボイスペンを利用した試み-.筑波技術大学テクノレポート.2011;18(2):7-10. [2] Ikemune S,Narushima T,Tojo M,Sasaki K,Sakamoto H,Ohkoshi N. Development of a Teching Material for the Human Skeleton using a Visual Information Compensation Function. NTUT Education of Disabilities. 2013; 11: p.1-5. An Approach to Making Self-Directed Learning Materials for Visually Impaired Students in Medical and Health Technology: Memorization Cards for the Skeletal Muscles Using a Pen-Shaped Touch Type Voice Recorder FUNAYAMA Yasuko1), IKEMUNE Sachiko2), NARUSHIMA Tomomi1), SUOH Sachie1), SASAKI Ken1), SAKAMOTO Hirokazu1), OHKOSHI Norio1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Department of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Human Care,Teikyo Heisei University Abstract: We created self-learning materials using a pen-shaped touch type voice recorder (a talking pen) for visually impaired students learning acupuncture and moxibustion. When the talking pen touched the dot code on the business card-sized paper, the pen spoke the information about the anatomy of the skeletal muscles in a synthesized voice. The students were allowed to learn the teaching materials by themselves for one week. Next, they completed an examination about their knowledge of muscles and a questionnaire to assess the usefulness of and problems with the materials. We assessed the students’ knowledge level before and after they used the learning materials. In our study of a few subjects, Braille users exhibited a greater increase in scores than the printed character users. The questionnaire results, in general, indicated that the teaching materials might be useful. However, some problems were identified. Examples of problems included “too much information to memorize during one play back” and “the quality of the voice sound was too low.” The results of this study suggest that the memorization cards are effective and supportive teaching materials for the self-learning of visual impaired students. Keywords: Visually impaired students, Teaching materials by sound, Memorization cards, Touch Memo®