“視覚障害学生への臨床実習対応策”の調査と課題 渡邊 昌宏1),松井 康1),大圖 仁美2),石塚 和重1),飯塚 潤一3),大越 教夫1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科1) 筑波技術大学 保健科学部附属東西医学統合医療センター2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター3) 要旨:理学療法教育において臨床実習は専門分野として非常に重要な要素を占めている。本学学生は視覚障害を有しているため,臨床実習指導者の負担は多くなっていたといえる。そこで,指導者の負担軽減のために臨床実習対応策を作成し指導者へ配布した。さらにその後,対応策の活用傾向と改善点を明らかにするためアンケート調査をおこなった。その結果,対応策の活用頻度は低かったものの満足度は高いことが明らかとなった。また,活用頻度には情報の正確性が影響を及ぼす可能性が高いことが示唆された。対応策は指導者の負担軽減に有効であり,今後は正確な情報を指導者に提供していくことが最も重要であると考えられた。 キーワード:理学療法,実習指導者,負担軽減,対応策,アンケート調査 1.はじめに  本学における理学療法教育では,視覚障害学生を対象としており,科学技術の目覚ましい進展に対応し,実践できるようにカリキュラムを組み,医療の高度化,高齢化が進む現代社会において活躍できる理学療法士の養成を目指している。  本学学生の視覚障害は,「弱視」「視野狭窄」「暗点」がほとんどである。視力障害である「弱視」の学生では文字を読んだり,目盛を読んだりするのが困難なことが多く見受けられる。また,視野障害である「視野狭窄」「暗点」の学生では人の動作全体を観察することが困難だったり,全体像の把握が困難で,物にぶつかりやすく移動するのに問題が生じやすくなったりする。このような本学学生の場合,支援機器を使用したり,文字を拡大印刷したり,近づいて見るなど,さまざまな工夫をして情報を得ている。  本学では理学療法士になるために,講義の他に外部で見学実習(1週間)・評価実習(3週間)・総合臨床実習(8週間×2)をおこない,卒業要件を満たした上で国家試験に合格する必要がある。臨床実習はカリキュラム上,専門分野の3割以上を占めており,理学療法士の資質を磨く非常に重要な要素となっている。しかし,視覚に障害をもっていることから,実習施設で毎年同じ指摘を受けたり,実習指導者(以下;指導者)が学生の理解に難渋したりと,指導者に対し多くの負担を強いてきた。そこで指導者に「実習中の困難点と工夫」という記述用紙を配布し,臨床実習中に生じた問題とそのときの対応策を記載してもらい学校側で対策をおこなってきた。  また,平成21年度から平成23年度の2年間で得られた「実習中の困難点と工夫」の報告をもとに,本学での対応と実習施設での具体的な対応策を検討し,「視覚障害者学生の臨床実習対応策」(以下;対応策)を作成,平成24年度第2回臨床実習連絡協議会にて指導者へ配布した。この冊子には,視覚障害の定義や本学学生の一般的な特徴が記されており,各施設からあげられた実習中の困難点と工夫を①コミュニケーション,②技術・知識,③視野,④リスク管理,⑤その他,の5項目に分類し,50音順での索引を作成,対応策を素早く探し出せるようにした。  本研究の目的は,指導者の負担軽減のために作成し配布した対応策に関して,実習施設での活用傾向と改善するための要因を明らかにすることとした。 2.方法 2.1 調査対象  平成24年度臨床実習2,平成25年度臨床実習3の実習施設(臨床実習2;11施設,臨床実習3;10施設)の指導者22名を対象とした。 2.2 調査方法と倫理的配慮  実習開始と同時に指導者にアンケートを配布し,実習終了後に記入を依頼,その後回収した。なお,本調査を実施するにあたり,研究調査目的を対象者には文書にて説明,個人が特定されないよう個人情報には十分注意を払う倫理的配慮をおこなった.また,回答用紙を郵送で返送してもらうことで研究同意が得られたとみなした。 2.3 調査項目  アンケートは対応策の利用頻度,満足度の2項目と,対応策の詳細について7項目(1.情報は理解しやすいか,2.項目の分類は妥当か,3.役立つか,4.印象は良いか,5.指導者へ配慮されているか,6.情報は正確か,7.取り扱いやすいか,を質問紙にてリッカート尺度(7段階)を用い聴取した。 2.4 解析方法  利用頻度,満足度,7項目に関しての割合を集計した。さらに,対応策の利用頻度および満足度に与える要因を明らかにするために,Spearmanの順位相関係数を用い有意検定をおこなった。解析にはIBM SPSS Statistics19を用いた。 3.結果 3.1  21施設22名中,有効回答が得られたものは16名(有効回答数72.7%)であった。 3.2 3.2.1 利用頻度(図1)  “よく利用した”,“時々利用した”を合わせると38%であった。一方,“あまり利用しなかった”,“全く利用しなかった”を合わせると62%であった。 図1 利用頻度 3.2.2 満足度(図2)  “満足”,”やや満足”を合わせると56%であり,残りの44%は“どちらともいえない”であった。“不満”に関しての回答は見受けられなかった。 図2 満足度 3.2.3 各項目の共感度(図3)  全ての項目において,“どちらともいえない”が約2割を占めていた。それ以外の回答では,“そう思う”,“ややそう思う”,“非常にそう思う”の順に多く,肯定的な回答が約8割を占めていた。一方“そう思わない”という否定的な回答は見受けられなかった。 図3 各項目の共感度 3.2.4 利用頻度,満足度と各項目との相関関係(表1)  利用頻度に関しては,全てにおいて強い相関は認めなかった。しかし,情報の正確さと比較的強い相関を認めた(p=0.053,r=0.493)。  満足度に影響を及ぼす項目は,取り扱いやすさ以外の全ての項目と強い相関を認めた。 表1 利用頻度,満足感と各項目の相関関係 4.考察  昨今,日本の子供たちは学習意欲が低下してきていると問題視されている[1]。これは,理学療法士や理学療法学生にとっても同様である[2, 3]。本学学生は視覚障害を有しており,実習施設では学習意欲だけではなく,視覚に関しても問題視されてきた。このことは,一般学生より指導者負担が増加しているということである。  今回,本学学生の実習に際して,指導者の負担を軽減するため,視覚に焦点を絞った対応策を作成し実習前に指導者へ配布した。学生の実習に合わせ指導者へのアンケート調査をおこなった結果,実習中の対応策利用頻度は半数に満たないことが明らかとなった。しかし,対応策の内容については6割近くが満足であると答えた。また,対応策の書式や内容などの詳細について7項目の質問をしたが,全項目で肯定的な回答が多くを占めた。この事は,指導者から見て対応策を作成したことが好意的に捉えてくれた結果であると考えられる。濱野は企業の顧客調査において,満足・安心が顧客の心に答えるとしている[4]。本学においての顧客とは実習先の指導者だといえる。今回,指導者に対応策を配布したことは,実習を依頼している学校が施設に対し誠意ある対応を示したと受け容れられたのではないかと推察される。また,対応策には学校側や他の実習施設での困難と対応が明確に記載されており,情報共有という観点から指導者の安心感にもつながったと考えられる。  学生の視力による問題や対応は,個人によって大きく異なることは明白である。したがって今後も新たな問題や隠れている問題などが明らかとなることは容易に推測される。今回,対応策に関して指導者の利用頻度は低かったが,利用頻度と情報の正確さには正の相関があることが判明した。このことから,今後も実習施設で起こる問題点を指導者に報告してもらい,学校側での対応を明らかにし“正確な情報を指導者に提供していく”ことが最も重要であることが分かった。また,対応策の満足度には,情報のわかりやすさや項目分類,役立つこと,指導者へ配慮した内容が強く関係している。指導者の負担軽減に寄与するためには,これらを考慮した対応策の改善が必要であると考えられた。今後,対応策を改善していく上ではそれらを踏まえ作成していく必要があるといえる。  今回,指導者に対応策を配布したことで,指導者は学生対応に関して学校と共通認識を持つことができたといえる。しかし,視覚障害は個人因子が大きいものであり対応策のようなマニュアルでは対応しきれないと考えられる。今後は,個人の視覚情報を詳細に提供する必要があるといえる。 5.まとめ  本稿では,視覚に障害を持つ理学療法学生に対し,指導者の負担軽減のために作成し配布した対応策の実習施設での活用傾向と,改善項目を明らかにした。対応策の活用頻度は低かったが,満足度は高い事が明らかとなった。今後は情報の正確性を一層高め,指導者へ提供し続けていく必要がある。 6.謝辞  本研究は平成25年度文部科学省特別経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。また、本研究を進めるに当たりご協力をいただいた臨床実習指導者ならびに技術職員 大澤 富士子 氏に深く感謝する。 参照文献 [1] 文部科学省.幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について.2008. [2] 岩崎 裕子.理学療法士のワークモチベーション:Herzberg理論の視点から.日本経営教育学会全国研究大会研究報告集.2012; 65: p.45–48. [3] 岩崎 裕子,仲保 徹,具志堅 敏,他.理学療法士の仕事ぶりに関する評価: 自己・上司の視点の違い.理学療法学.2008; 35(2): p.430. [4] 濱野 恒雄.品質の本質に関する一考察 :もの造りの技術のあるべき姿とは.日本信頼性学会誌 :信頼性.1995; 17(6): p.48–51. A Questionnaire Survey on “A New Clinical Training Approach for Visually Impaired Students” WATANABE Masahiro1), MATSUI Yasushi1), OHZU Hitomi2), ISHIZUKA Kazushige1), IIZUKA Junichi3), OHKOSHI Norio1) 1)Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology 3)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Clinical training plays an important role in a special physiotherapy education environment. Tsukuba University of Technology students have a visual impairment. Training the students in facilities places a burden on instructors. To address this problem, we developed the manual describing a new clinical training approach and distributed it to the instructors. The purpose of this study was to use a questionnaire survey to determine if our new method had a practical application and identify ways it could be improved. Although there were few practical applications of our new method, the instructors were highly satisfied with it. The finding of few practical applications was due to fact that some of the information in the manual was inaccurate. However, the manual was effective in reducing the instructors’ workload. In the future, we will provide the instructors with accurate information. Keywords: Physiotherapy, Instructor, Workload reduction, Approach, Questionnaire survey