モンゴルの視覚障害者あん摩師制度確立のための支援について─AMIN推進委員会の活動─ 形井 秀一1),藤井 亮輔1),長岡 英司3),小野瀬 正美5),加藤 宏4),緒方 昭広1),隈 正雄2) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科1) 情報システム学科2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部3) 障害者基礎教育研究部4) 筑波技術大学 視覚障害系支援課5) 要旨:モンゴル盲人連合(MNFB)が進めていた視覚障害者あん摩師教育課程が,モンゴル政府から公認されることになった。これは,モンゴル一国ではなく,世界の視覚障害者の職業自立の一里塚となるものと考える。AMINは,日本財団の経済支援の下,筑波技術大学の教員と技術職員が中心となり2006年に学内に結成した。AMINとMNFBは,あん摩,コンピューターと英語の講義ができる教室,食堂,寄宿舎等の設備を具備した1年間の課程の訓練センターを立ち上げた。また,MNFBは,政府に対して,視覚障害者のあん摩の学校教育制度や資格制度の確立,そのために必要な法整備等を訴えて来たが,2013年10月15日,医療大臣は,MNFBの1年課程のコースを正式に学校と認め,卒後の国家試験の合格者には免許を付与し,病院や医院での雇用も可能とすると約束した。その経緯を報告する。 キーワード:モンゴル,MNFB(Mongolian National Federation of the Blind),AMIN(Asia Medical Massage Instructors Network),あん摩師制度,海外支援 1.はじめに  モンゴル盲人連合(Mongolian National Federation of the Blind, MNFB)は,「モンゴルの視覚障害者が職業自立するために職業訓練を行うこと」を目的に,ウランバートルにある116盲学校(国立,小学校から高校までの課程がある)の建物の2部屋を借りて,あん摩とコンピューターの教育を行う6ヶ月間コースの訓練センターを2005年に開設した。また,熊本盲学校を卒業し,日本のあん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師の免許(3療免許)を持つバトバヤル・ガンゾリグ氏(現在,筑波技術大学大学院在籍)が,免許取得後,熊本の病院で3年間の臨床経験を積み,モンゴルに帰国して,2006年から同センターの主任となって,日本式のあん摩を中心に指導を行ってきた。  そして,2011年には,訓練期間を半年から1年間に拡張し,センターの場所も,モンゴル盲人職業センターの建物を改装した場所に移動し,政府公認の学校として認定されることを目指してきた。その結果,2013年10月に,モンゴル政府は,あん摩訓練センターを政府公認の学校にすると認め,今後,視覚障害者のあん摩制度を医療法等に明記することを約束するに至った。  これはもちろん,MNFBのこれまでの地道な努力が結実した成果であるが,それだけではなく,日本や韓国,中国,タイなど,既に免許制度やそれに代わる制度が確立している国々に追いつこうと,視覚障害者の職業自立のための活動を行っているアジアの国々の視覚障害者団体の大きな励みになる朗報である。また,この成果は,アジアのみならず,世界の視覚障害者の職業自立の今後のあり方にも一石を投じるものと考えるので,これまでその活動を支援してきたAMIN(Asia Medical Massage Instructors Network)として,このモンゴルの動きについて報告したい。 2.AMINの紹介  AMINは,日本財団の経済支援の下,筑波技術大学の教員と技術職員が中心となり,2006年に大学内に結成した会である。AMINは「アジア太平洋地域の開発途上国において,視覚障害者が,医療マッサージの専門家として就業できる体制を整備すること」を目的としている1)。ご存じのように,日本では過去3百年間以上に亘り,視覚障害者の職業として鍼灸マッサージ業が公認され,江戸期は幕府により,明治期以降は国の医療行政機関により認められ,日本の医療の一分野として定着してきた。その教育のノウハウや知識・技術をアジア各国に紹介し,各国の視覚障害者が,それを活用して,自国に視覚障害者による医療マッサージの分野を確立し,専門家として就業して,経済自立ができる環境を整える支援をしようということが,AMINの活動目標である。  その活動には,趣旨に賛同してくれた盲学校教諭やJICA関係者など45名(30組織)が参加,協力してくれている(BMIN,Bank of AMIN,AMIN人材バンク)。また,日本盲人会連合など主な視覚障害関係6団体で構成する連絡協議会(表1)からアドバイスを受けながら活動している。日本財団の支援は,2011年度まで5年間継続したが,支援終了後は,筑波技術大学から財政支援を受けている。  これまで,AMINが講習会の開催の支援をした国は,モンゴルを始め,カンボジア,ラオス,タイ,ベトナム,マレーシア,ミャンマー,韓国である。 3.モンゴル支援の経緯 ①モンゴルのあん摩教育の現状とAMINの支援活動  AMINによるモンゴルへの具体的な支援は2008年4月からスタートした。海外支援は,支援を受ける国の経済状況,医療制度,社会環境,文化,支援される団体の状況を踏まえる必要がある。  そこで,AMINは,アジア各国の按摩分野において,あん摩の普及度や背景となる文化・経済状況などを指標としてWBUAP(世界盲人連合アジア太平洋地域)の国々にアンケート調査をした。その結果,3つのグループに分類できた(表2)。各々のグループに属する国々はその国の事情により,異なる支援を必要としている。  AMINの活動の方向性と日本財団の意向を踏まえ,支援対象となる国を1カ国に絞り込むことになり,Bグループでの中,盲人協会が按摩による職業自立を目指す意欲が強く,社会にマッサージ業が一定程度浸透していて,AMINが支援することに意義を見いだせる国として,モンゴルが候補となった。  「はじめに」で述べたように,MNFBは,モンゴルで6ヵ月間のあん摩教育をすでに行っていた。しかし,当時の会長であるバヤスガラン氏,副会長のゲレル氏や訓練センター長のバトバヤル氏らは,6ヵ月間のあん摩教育では教育期間が短すぎると考えていた。彼らは,日本と同じように,高卒後3年課程であん摩を教育したいと切望しており,教育制度確立や免許制度の実現の夢を抱いていた。AMINはMNFBと協議を重ね,その目標に賛同し,協力して,MNFBの夢の実現を目指すことになった。  私たちがそれまで具体的に行ってきたアジア各国の視覚障害者団体への支援活動は,主に,講習会やセミナーの開催であり,それに関連して,現地の実状の視察を行い,関連団体や機関との会合,意見交換などであった。  その支援が目指すところは,治療者やその指導者の知識や技術の向上であった。しかし,MNFBが抱く「夢の実現」のためには,その他にも,必要なことは多い。モンゴル政府が,視覚障害者が行うあん摩を理解し承認することは不可欠であり,その具体的な形として学校制度の確立が必要である。またその背景となる要素は,視覚障害者のあん摩がモンゴルに根ざすことであり,それ以前に,あん摩そのものがモンゴルの人々に求められているか,あるいは求められるようになるかが問題となる。つまり,その大本にはモンゴル国民の理解が欠かせない要素としてある。  学校については,建物,教育用の設備・備品,教材などを準備し,教員を確保し,カリキュラムを整備するなど,学校教育に必要な要件を満たす必要がある。もちろん,入学して学ぼうとする学生が定員を満たす必要があることは,言を待たないが,さらには,現実問題として,学生の金銭面が担保されなければならない。挙げていくと,クリアすべきさまざまな問題がある。これらの点については,アジア各国の状況はモンゴルと似ているが,モンゴルでこれらのことをクリアし,実現できれば,アジアの他の国々にも具体的な参考となるであろう。  さて,AMINは,モンゴルでの医療あん摩講習会の開催,モンゴル政府関係省庁や伝統医療大学を始めとする医療関係機関へ理解を求めるための訪問,MNFBとの学校設立計画の打ち合わせ等を行い,またモンゴルの学校関係者や教育関係者の日本への招聘などの活動を行ってきた。  中でも,2009年3月31日~4月1日の2日間,ウランバートルにあるモンゴル日本センター(モンゴル日本人材開発センター)で開催したセミナーは非常に重要な役割を果たしたイベントであった。このセミナーは,あん摩の技術指導を目的としたものではなく,モンゴルの人々に視覚障害者のあん摩の実在を知ってもらい,将来モンゴルに視覚障害者のあん摩分野ができることを理解してもらいたいという目的で開催した。そのため,モンゴル盲人連合,医療関係者,伝統医療関係者(モンゴルには東洋医学を教える大学が3大学ある),保健省,文部省等が協力する形で,セミナーを開催した。セミナーでは,モンゴルでのあん摩教育が積極的に推進されるように,日本のマッサージの歴史と現状(制度,教育,臨床の実際)を紹介し,また,モンゴル伝統医療についての講演,日本とモンゴルの視覚障害者の現状に関する報告や意見交換を行い,モンゴルにおける視覚障害者によるマッサージについての可能性を探ることが出来た。モンゴルの政府関係者,視覚障害関係者,全国の教育関係者など120名以上が集まり,この模様は,モンゴル全土にTVや新聞などのマスコミを通じて報道され,モンゴルにおける視覚障害者のあん摩についての理解を大きく前進させる機会になった。日本からは,筑波技術大学AMIN推進委員会の加藤 宏 教授,藤井 亮輔 准教授,小野瀬 正美 技官,その他,竹内 昌彦 元岡山盲学校教諭,そして,形井が参加した。 ②まず,1年課程の実現へ  さて,「夢に向けて」進むに当たって,目指す学校の教育年限や,また,対象となる学生の基礎的な教育の不揃いは,モンゴルの実状として検討しておかなければいけない問題であった。  教育対象の18歳以上の人々の高卒までの教育年限は,日本が12年間であったのに対してモンゴルは10年間と,教育の基礎となる年限が異なっていた。しかも,教育対象となる人々の教育歴は様々で,すべての人が高卒者というわけではなく,中にはごく少数の大卒者がいる一方,義務教育を終えていなかったり,学校教育の機会さえ恵まれずに,家で何らかの手伝いをして生涯を過ごすような人も少なくない状況であった。視覚障害者の職業自立は,そのような基礎の学校教育が十分でない人が学び,学んだことを就労に繋げ,自立した生活を送ることができる状況を実現して始めて達成できたと言える。そのため,教育年限や教育内容は,慎重な検討が必要であった。アジアの国々の視覚障害者の多くが,多かれ少なかれ同じような状況に置かれており,AMINを設立し,活動する目的はそのようなアジアの現状を踏まえてのものであった。  さて2010年5月,AMINとMNFBは,「高卒3年課程の学校創設」の夢の実現に向けて,都内で会議を持った。そこで,今後の課題について話し合ったが,新しい学校の教育年限については,3年課程を将来的には実現したいが,その実現に向けての第1歩として,まずは1年間の教育課程から始め,その実績の上に3年課程を実現しようと合意した。  その合意を基点として,学校の建設の準備とカリキュラムの作成が本格的に始まった。学校の教育は,あん摩科だけではなく,コンピューターを使え,英語を学べる科も設置したいという要望が強く,あん摩の講義と実技,コンピューターおよび英語の講義ができる教室を設けることになった。その他には,学生と教職員が利用できる食堂,寄宿舎(14名収容)を備え,他に,校長室,教員室なども設備する青写真ができた。  さて,建物は,1990年代の末からMongolian Association of the Blind (MAB)がターゲン・リバー沿いに所有のモンゴル盲人労働工場の一部を借り,内部を改装することになった。  工場として使われていたために大改装が必要であったが,岡山盲学校の元教諭の竹内 昌彦 氏が内装の費用を用立てて下さった。竹内氏は,BMINのメンバーで,当初からAMINのモンゴル支援を援助して下さっていたが,自分の講演で得た講演料や半生を描いた自叙伝の売り上げなどをこの改装費として寄付して下さった。また,AMINからは,あん摩教育のために必要な筋模型や解剖模型,コンピューター教育に必要なコンピューター15台など,教育用の設備・備品を寄贈した。  また,1年課程のカリキュラムについては,AMINがBMINの協力を得て作成していた「初級医療あん摩カリキュラム」(1,010時間,1年課程用,2009年作成,英語版あり)を基本にして,モンゴルの実状に合わせた科目200時間等を加えるなどしてMNFBが作成した。「初級医療あん摩カリキュラム」は,医療あん摩の教育体制の整っていない国々が,医療あん摩を導入しやすいようにAMINが作成したものである。  MNFBは,このように新しい学校の建設準備をAMINと進めながら,訓練センターで6ヵ月の訓練を終了した卒業生の就職先として,マッサージ店(ベストマッサージ)をウランバートルに17カ所,地方に13カ所の合計30カ所開設し,またAMIN作製の1年課程のカリキュラムや日本の鍼灸学校教育で使用されている教科書のモンゴル訳をするなど,1年課程実現のための活動を続けた。  ところで,モンゴルの視覚障害者は,2012年には,全人口270万人のうち1~1.5万人,そのうち,労働人口は7,200人で,マッサージ師としての就業は160人くらいと言うことであるが,その詳細は明らかではなく,今後調査を進める必要があるものと考える。先に紹介した訓練センター長のバトバヤル氏は,その詳細を調査・研究するために,現在,筑波技術大学大学院鍼灸学コースに籍を置き,研究を始めている。また,MNFBは2008年から4年連続で,モンゴルから視覚障害のある学生を日本の盲学校に毎年一人ずつ修学させて,将来の指導者として養成する準備を整えている。  またAMINは,2011年秋,支援の一貫として,新しい学校の教育に関わる教員の教授内容の充実のため,実習指導教員,解剖学指導教員の2名を筑波技術大学に招聘し,カリキュラムや,科目教授法,障害補償等について研鑽してもらった。  さて,以上のように,MNFBは,あん摩の1年課程設立を目指して活動を続け,2011年3月に1年課程のモンゴル盲人連合職業訓練センターの開所に至った(図1,2,3)。 4.今後のモンゴルの展望とAMINの活動について  その一方で,MNFBは,政府に対して,モンゴルにおける視覚障害者のあん摩の学校教育や資格制度の確立,卒後の就業支援,海外で免許を取得し,帰国した者の扱い等,モンゴル国内での視覚障害者のあん摩による職業自立に必要な法整備等を訴え続けた。しかし,政府の反応は鈍く,要望実現は難しい状況であった。  そこで,MNFBは,2013年10月15日(世界白杖の日)に,政府に対して陳情を行い,医療省にこれまで要望してきた項目の実現を訴えた。その結果,医療大臣は,MNFBの按摩訓練センターの1年課程の按摩コースを正式に学校と認めた。そして,卒後の試験合格者に免許を付与し,医療機関(病院や医院)での雇用の実現も約束した。さらに,先に紹介したように,今後4人になる予定である日本の三療免許取得者が,モンゴルで実施されることになる試験を受け,モンゴルの免許を取得できることにもなった。そして,これらのことを具体化するために,政府とMNFBで作る委員会を立ち上げて,今後,それらの詳細が検討されることになった。  モンゴルでは来2014年度「医療法」が改定される。その中に視覚障害者のあん摩や鍼灸がどのような形で位置づけられるかが注目される。視覚障害者の按摩教育制度は,国民の健康に関わる医療法と障害者に関する福祉関連法の両方に関係する問題である。モンゴルにおいては,この課題の法制化は初めての試みであり,今後,委員会がどのような形の制度とするかが重要になる。  AMINは今後も,日本やモンゴルの関係組織と協力しながら,MNFBへの支援を継続していきたいと考えている。モンゴルのこの実績が,アジアの他の国々の視覚障害者の按摩を通じた職業自立のための活動の参考になればよいと考えている。 5.文献 1)http://www.e-amin.org/topics/amin_2006-2010_report.html 表1 国内連絡協議会一覧 -社会福祉法人 日本盲人福祉委員会 -社会福祉法人 日本盲人会連合 -社会福祉法人 国際視覚障害者援護協会 -世界盲人連合アジア太平洋地域協議会(WBUAP)マッサージ委員会(国内組織) -日本理療科教員連盟 -公益社団法人 日本あん摩マッサージ指圧師会 表2 按摩に関するアジア各国のカテゴリー分類 1.社会制度が整い,教育レベルが一定以上で,マッサージ文化が普及し,視覚障害者団体がマッサージを職業自立の有力な手段と考え,職業自立の手段として積極的に取り組んでいる国々。→日本,中国(香港含む),韓国,台湾, 2.社会制度,教育レベル,マッサージ文化の成熟度,視覚障害者団体の自立への取り組みの度合い,政府の取り組みの姿勢等について,それぞれの項目で片寄りがある。だが,支援が必要な項目がはっきりしている。→マレーシア,ベトナム,タイ,フィリッピン,モンゴル,等 3.発展途上国としてまだ社会的制度が十分に整っておらず,教育レベルが一定に保たれておらず,生活の自立のために海外からの支援が強く求められる状況にあり,マッサージ文化の成長もまだこれからの国々。→バングラディッシュ,ラオス,カンボジア,ミャンマー,等 図1 モンゴル盲人連合職業訓練センター 図2 コンピュータールーム 図3 寄宿舎(2段ベッドで,4人部屋) Support for Establishing a Training System of Visually Impaired Anma Therapists in Mongolia: Activities of the AMIN Promotion Committee KATAI Shuichi, FUJII Ryosuke, NAGAOKA Hideji, ONOSE Masami, KATOH Hiroshi, OGATA Akihiro, KUMA Masao AMIN Promotion Committee, Tsukuba University of Technology Abstract: The course of Anma practice for the visually impaired, established by the Mongolian National Federation of the Blind (MNFB), has been officially recognized by the Mongolian government. This significant milestone for the visually impaired, not only in Mongolia but also worldwide, is another step toward economic independence for this underserved population. Funded by the Nippon Foundation, the AMIN was established in 2006 by instructors and technical officials from Tsukuba University of Technology. The AMIN and MNFB established a training center that provides a one-year Anma therapy training course, computer literacy and English courses, a cafeteria and dormitory, and other facilities. Additionally, the MNFB requested that the government develop the educational system and an Anma licensure system, and enact a law ensuring economic independence for the visually impaired. On October 15th, 2013, the Ministry of Health approved the training center as a one-year course and licensure for people who pass the national Anma examination, and promised that visually impaired Anma therapists with a national license will be able to work in hospitals or clinics. Keywords: Mongolia, Mongolian National Federation of the Blind (MNFB), Asia Medical Massage Instructors Network (AMIN), System of Anma therapy, Overseas aid