マラソン競技後のM-Test体幹動作の特徴 櫻庭 陽1),近藤 宏1),泉 重樹2),佐々木 健3),成島 朋美3),市川 あゆみ4),森山 朝正3) 筑波技術大学 保健科学部附属東西医学統合医療センター1) 法政大学 スポーツ健康学部2) 筑波技術大学 保健科学部保健学科3) 筑波技術大学 視覚障害系支援課4) 要旨:マラソン競技後の選手の体幹動作について,M-Testの体幹動作(前屈,後屈,側屈,回旋)を用いてその特徴を調査した。その結果,前屈及び後屈の不調(M-Testでは腎/膀胱経および脾/胃経の異常)が8割を占めており(合計81.5%),側屈と回旋の不調は非常に少なかった(合計18.5%)。性,年齢,種目,運動習慣,腰背部不調について調べた結果,女性の後屈(62.3%)と,男性の前屈(53.3%)が非常に多いという特徴がみられた。 キーワード:M-Test,マラソンランナー,体幹動作 1.はじめに  M-Testは全身に及ぶ数種類の動作を用いて経絡に伸展負荷をかけて異常経絡を検出する検査方法であり,その結果から治療穴を選穴できる治療方法でもある[1],[2],[3],[4],[5]。動作を指標として簡便に全身状態を把握できるM-Testは,即時に全身状態の評価と治療ができることから,動作が基本となるスポーツの場面で有用なツールである[6],[7],[8],[9]。我々はスポーツ選手を対象にM-Testが有用であるかどうかを実際の場面に即した検討を行ってきた。その中で,競技別にM-Testの陽性動作に特徴があることを明らかにしてきた[10],[11],[12],[13]。今回は競技後のマラソンランナーを対象に検討を行った。マラソンランナーはレース後に腰背部の不調を訴えることが多いことから,M-Test動作の中でも体幹動作に着目し,性別や年齢,参加種目や腰背部の症状を指標に陽性動作の特徴を検討した。 2.方法  2011年11月27日,茨城県つくば市で開催された「エコシティー第31回つくばマラソン」のフルマラソン(42.195km.以下,フル)または10km種目に参加し,競技後に筑波技術大学ボランティアブースに来訪してボランティア施術を受けた者を対象とした。  対象者は各種目のレース後にブースへ来訪し,性別,年齢,参加種目,運動習慣,腰背部の不調の有無に関する予診票を記入した後,M-Testの体幹動作(前屈,後屈,左右の側屈と回旋)を行い,各動作の不調をチェックした。得られたデータは,後日Microsoft社製 Excel 2010を用いて解析した。 3.結果 3.1 属性  対象者は女性66名(33.0%),男性122名(63.0%),性別無回答8名(4.0%)の計196名であった。平均年齢は41.3±10.3歳であり,女性が40.2歳,男性が41.8歳であった。種目別の参加者は10kmが107名(54.6%),フルが78名(39.8%)であり,性別では女性で各々55名(28.1%),11名(5.6%),男性で52名(26.5%),67名(34.2%)であった。無回答は11名(5.6%)であった(表1)。 3.2 M-Test動作  M-Testは全身の各関節において,十二経絡を伸展負荷する動作によって構成される。各動作は全身を上・下半身に,さらに前面,後面,側面に分類した6つの面に属し,体幹動作は各々,下半身の前面,後面,側面に属する。伸展負荷を受ける経絡との関係をまとめると,前屈は下半身後面に属し腎/膀胱経を,後屈は下半身前面に属し脾/胃経を,左右の側屈と回旋は下半身側面に属し肝/胆経を伸展負荷する動作となる(表2)。  競技後のランナー189名のM-Test体幹動作の異常の結果は,前屈が82名(43.4%)で最も多かった。次いで後屈が72名(38.1%),側屈が20名(10.6%),回旋が15名(7.9%)であった。この結果をM-Testの分類と異常経絡でみると,後面・腎/膀胱経が43.4%,前面・脾/胃経が38.1%,側面,肝/胆経が18.5%であった(図1)。 表1 年齢と性別 表2 M-Testの体幹動作と経絡の関係 図1 マラソン後のM-Test体幹動作の異常※名(%)で示す。  つぎに,性別および年齢別,種目別のM-Test体幹動作の結果を示す(表2-1)。まず性別では女性61名,男性120名の合計181名の結果が得られた。女性では,最多は後屈で38名(62.3%),次に前屈が15名(24.6%),側屈と回旋は各々6名(9.8%),2名(3.3%)と一割未満であった。一方,男性では前屈が最も多く64名(53.3%)であり,以下,後屈30名(25.0%),側屈14名(11.7%),回旋12名(10.0%)であった。年齢別では181名の結果を30歳以下(77名)と40歳以上(104名)に二分して示す。最多は共に前屈であり,各々33名(42.9%),45名(43.3%)であった。以下の順位も双方同様で後屈,側面の順であった。種目別では10km101名,フル78名,合計179名を解析した結果を示す。10knでは後屈が44名(43.6%)と最も多く,以下,前屈が37名(36.6%),側屈が13名(12.9%),回旋が7名(6.9%)であった。一方,フルでは前屈が39名(50.0%)と最も多く,以下,後屈が25名(32.0%),側屈と回旋が各7名(9.0%)であった。  運動習慣,腰背部の不調とM-Test体幹動作の結果を示す(表2-2)。運動習慣については,週のうち”3日以下”または”4日以上”の運動習慣に二分して解析を行った結果,各々81名と77名に分けられた。”3日以下”では,後屈が33名(40.7%)と最大であり,前屈,側屈,回旋と続いた(各々30名(37.0%),12名(14.8%),6名(7.5%))。一方,”4日以上”では前屈(34名,44.1%),後屈(31名,40.3%),側屈と回旋(各6名,7.8%)であった。腰背部の不調は有無で分類し,”なし”は139名で後屈,前屈,側屈,回旋の順(各々,59名(42.4%),52名(37.4%),16名(11.5%),12名(8.7%))であった。一方,”あり”が48名で前屈,後屈,側屈,回旋の順(各々,22名(45.8%),19名(39.6%),4名(8.3%),3名(6.3%))であった。 表2-1 体幹動作と性別、年齢、種目の関係 表2-2 体幹動作と運動習慣、腰背部不調の関係 4.考察  競技後のランナーの体幹動作について,M-Testの動作を用いてその特徴を調査した。その結果,8割が前屈及び後屈の不調(計81.5%)であり,側屈や回旋の不調は非常に少なかった(合計8.5%)。以前調査したテニス選手の合宿前後の結果では,前屈と後屈,側屈と回旋は共に増加するが,今回のように両者に大きな差はみられなかった[14]。マラソンはゴルフやテニス等に比べ体幹を捻転することなく,体幹を長時間安定させるように身体を使う競技の特性がこの結果につながったかもしれない。また,後屈よりも前屈が最も多かったことは,長距離走によって下肢のハムストリングや下腿三頭筋が疲労した結果,下肢の柔軟性が低下して前屈動作に不調が生じたのかもしれない。M-Testで言えば腎/膀胱経の異常であり,過度な負荷によって原気をもたらす腎に負荷がかかったという見方ができることも興味深い。  体幹動作の不調を性,年齢,種目,運動習慣,腰背部不調別に解析した結果は,各々における前屈と後屈の大小で集約された。まず,群間で同じ結果だったのは,年齢別だけであった。その他を前屈に注目してみると,性別では男性,種目別ではフル,運動習慣別では”4日以上”,腰背部不調別では”あり”が群間で比較すると多かった。なかでも性別における差が大きく,女性では前屈が24.6%,後屈が62.3%,男性では前屈が53.3%,後屈が25.0%であった。この結果だけ見ると,競技後のマラソンランナーの体幹動作において,性差が最も大きく影響するかもしれない。臨床では,腰痛患者の体幹動作は前屈で症状が再現される場合は筋が,後屈では関節の問題が疑われることが多い。男性の方が筋力があることを考えると,男性で前屈動作が多いのは筋の疲労が影響し,女性は筋疲労を超えて関節に影響が出始めたのかもしれないが,他の結果を含めて検討すると推測の域を出ない。さらに言えば,今回は競技後のデータであり,競技前にどのような状況であったかはわからない。また,一般的に性差や運動習慣,腰背部の不調によって違いがあるかについても不明である。今後はこれらの問題を解決して,より詳細に検討することが必要である。  本結果を発展的に応用すると以下のことができる。例えば,女性で10kmに参加し,運動習慣が3日以下の場合,競技後は後屈で不調が出現しやすいことが予想されることから,M-Testの理論から事前に脾/胃経への刺激を加えて障害の予防やパフォーマンスの向上に寄与できるかもしれない。具体的には,下肢,前脛骨筋や大腿四頭筋のストレッチ,脾/胃経の大都・商丘/解谿・厲兌への円皮鍼の貼付などである[4],[15]。前述したようなデータを取得・蓄積し,競技別の動作特徴を詳細に把握することで,スポーツの場面でさらに貢献することができると考える。 参考文献 [1] 向野 義人, Gerald K¨olblinger 他. 経絡テスト, 第1版. 医歯薬出版(東京), 1999. [2] 向野 義人. 経絡テストによる診断と鍼治療, 第1版. 医歯薬出版(東京), 2002. [3] 向野 義人. 図解MーTest, 第1版. 医歯薬出版 (東京), 2012. [4] 向野 義人, 松本 美由季 他. M-Test 経絡と動きでつかむ症候へのアプローチ, 第1版. 医学書院(東京), 2012. [5] 櫻庭 陽, 沢崎 健太 他. 経絡テストの有用性についてのアンケート調査. 全日本鍼灸学会雑誌. 2006; 56(4): p.66-73. [6] 向野 義人 編. スポーツ鍼灸ハンドブック, 第1版. 文光堂(東京), 2003. [7] 向野 義人, 朝日山 一男 他. 競技力向上と障害予防に役立つ経絡ストレッチと動きづくり, 第1版. 大修館書店(東京), 2006. [8] Yoshito MUKAINO et al.. Sports Acupuncture: The Meridian Test and Its Applications, 1th Ed. Eastland Press (US), 2008. [9] 向野 義人, 松本 美由季. スポーツ鍼灸ハンドブック―M‐Testによる経絡運動学的アプローチ, 第2版. 文光堂 (東京), 2012. [10] 櫻庭 陽, 近藤 宏 他. スポーツにおけるM-Testの有用性に関する検討 ボクシング選手のM-Test動作特徴と治療効果. 全日本鍼灸学会学術大会抄録集. 2013; 62: p.168. [11] 森山 朝正, 泉 重樹 他. バイオメカニクスからみた鍼治療の効果. 臨床スポーツ医学. 2010; 27(6): p.649-657. [12] 近藤 宏,櫻庭 陽 他. ゴルフで生じる腰部症状とM-Test(経絡テスト)陽性動作の関連性について. 東洋医学とペインクリニック. 2009; 39(3-4): p.98-107. [13] 櫻庭 陽. 鈴鹿医療科学大学「臨床鍼灸学」講義から臨床に役立つ治療のヒント スポーツ鍼灸. 医道の日本. 2007; 66(9): p.78-81. [14] 櫻庭 陽, 泉 重樹 他. スポーツにおけるM-testの有用性に関する検討6-合宿で疲労した大学硬式テニス選手を対象に-. 全日本鍼灸学会雑誌. 2008; 58(3): p.494. [15] 泉 重樹,櫻庭 陽他. 経絡の考え方を応用したセルフストレッチング方法の実践. 法政大学体育・スポーツ研究センター紀要. 2012; 30: p.1-8. Investigating Different Traits Associated with Trunk Movements after a Marathon Race Using the M-Test SAKURABA Hinata1), KONDO Hiroshi1), IZUMI Shigeki2), SASAKI Ken3), NARUSHIMA Tomomi2), ICHIKAWA Ayumi4), MORIYAMA Tomomasa3) Center for Integrative Medicine, Tsukuba University of Technology1) Faculty of Sports & Health Studies, Hosei University2) Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology3) Academic Affairs Section for Students with Visual Impairment, Tsukuba University of Technology4) Abstract:We investigated the different traits associated with the trunk movements (flexion, extension, lateral bending, and rotation) of a runner after a marathon race using the M-Test. Flexion and extension (the unusual traits associated with the kidney/bladder meridian and the spleen/stomach meridian using the M-Test) accounted for 80% (a total of 81.5%) of trunk movements, along with lateral bending and rotation (a total of 18.5%). Traits such as sex, age, athletic event, exercise habit, and low back discomfort were investigated; the sex of the runner was associated with greater extension in women (62.3%) and greater flexion in men (53.3%). Keywords:M-Test, Marathon runner, Trunk movements