脳性麻痺の科学的トレーニング(2)─タイプ別脳性麻痺者と運動能力の差からみた等速性筋力測定時の筋電図の所見から─ 石塚 和重,中村 直子 筑波技術大学 保健科学部保健学科理学療法学専攻 要旨:脳性麻痺者の等速性筋力測定時における筋電図について,痙直型脳性麻痺者とアテトーゼ型脳性麻痺者の2つのタイプについて検討した。対象は痙直型脳性麻痺者5名,アテトーゼ型脳性麻痺者5名とした。運動能力別にも検討を試みた。その結果,①痙直型脳性麻痺者は全般的に運動時に主働筋と拮抗筋の同時収縮が認められた。②アテトーゼ型脳性麻痺者は運動時に主働筋と拮抗筋の同時収縮と過剰収縮が認められているが相反神経支配に従った波形に近い傾向が認められた。③運動能力の高い脳性麻痺者ほど筋電図での筋出力量が高く大きかった。とくにアテトーゼ型にその傾向が認められていた。④運動能力が低い脳性麻痺者では全般的に大腿直筋よりは大腿二頭筋の筋出力(筋活動量)の方が高い傾向がみられた。 キーワード:脳性麻痺,等速性筋力,筋電図,運動機能 1.はじめに  脳性麻痺者の科学的トレーニングは未だ確立されていない[1]。脳性麻痺は運動の障害によって,大まかに痙直型,アテトーゼ型,固縮型,失調型,低緊張型などがあるが,その中で痙直型がもっとも多く[2],アテトーゼ型がそれに次ぎ,他の例は少ない。我々は 痙直型とアテトーゼ型の2つのタイプに着目して検討を試みた。痙直型は錐体路障害を主徴とし伸展反射の亢進や関節の屈曲,伸展の際の折りたたみナイフ様抵抗を特徴としているのに対してアテトーゼ型は不随意的な非協同性の筋緊張を示している。我々は第20回日本障害者スポーツ学会において,痙直型脳性麻痺者の筋力と筋断面積,動作速度におけるそれぞれの関係について報告した[3-5]。その結果,痙直型脳性麻痺者)において下肢の運動機能が低い脳性麻痺者ほど筋断面積は小さい。痙直型脳性麻痺者の筋力と筋断面積について相関関係が認められ,痙直型脳性麻痺者においても,筋断面積の大きさが筋力に影響していることが示唆されていた。動作速度も筋力に関与しており,筋力と筋断面積および動作速度にはそれぞれ関連していることを示した。その後の研究からアテトーゼ型脳性麻痺者でも同様の傾向を示していた[6]。  今回は痙直型とアテトーゼ型のタイプ別脳性麻痺者の特徴及び運動能力の差からみた等速性筋力測定時の筋電図の所見から検討し,若干の知見を得たので報告する。 2.対象と方法  対象は筑波技術大学倫理規則に基づき,本研究に同意を得られた脳性麻痺者10名(痙直型脳性麻痺者5名,アテトーゼ型脳性麻痺者5名)について検討した。走行可能な脳性麻痺者5名(痙直型脳性麻痺者2名,アテトーゼ型脳性麻痺者3名),杖なしで歩行可能な脳性麻痺者2名(痙直型脳性麻痺者1名,アテトーゼ型脳性麻痺者1名)杖使用で歩行可能な脳性麻痺者3名(痙直型脳性麻痺者3名)である。  測定方法は携帯型筋電図計測装置MYOTRACE400を用いて,等速性筋力角速度300°/sec,180°/sec,60°/sec(膝の伸展と屈曲動作)について大腿と同側の拮抗筋である大腿二頭筋(または半腱様筋)の直筋筋電図波形(筋活動量)を検出した。今回は等速性筋力角速度180°/secについてのみ検討した。 3.結果  タイプ別脳性麻痺者と運動能力の差からみた等速性筋力測定時の筋電図の所見から検討した。  正常成人では図1の左図に示すように主働筋が働いている時は拮抗筋の活動が抑えられるという相反抑制の関係が認められているが,痙直型脳性麻痺者では全般的に運動時に主働筋が働いているときに拮抗筋が働いているという同時収縮の様相が認められていた(図1左図参照)。図2は走行可能な痙直型脳性麻痺者,図3・4は杖歩行程度の痙直型筋電図を示し,右図はその筋脳性麻痺者の膝の伸展と屈曲時の電図を整流化した波形である。これらの図から痙直型脳性麻痺者は運動時において膝伸展時に主働筋である大腿直筋と拮抗筋である大腿二頭筋が同時収縮している様子をうかがえる。図5は走行可能なアテトーゼ型脳性麻痺者と図5は歩行可能であるが長距離歩行は不可能なアテトーゼ型脳性麻痺者の筋電図を示している。  アテトーゼ型脳性麻痺者は運動時に主働筋と拮抗筋の同時収縮と過剰収縮が認められているが痙直型脳性麻痺者と比較すると相反神経支配に従った波形に近い傾向が認められていた。次に,運動能力別観点から検討を試みると,筋出力(筋活動量)は痙直型やアテトーゼ型のタイプに関係なく走行能力や歩行能力が高い脳性麻痺者ほど筋出力は高かった。また,特徴的所見は図4が示すように,杖歩行など運動能力の低い脳性麻痺者では全般的に膝伸展と屈曲活動時に膝伸展筋である大腿直筋よりは膝屈曲筋である大腿二頭筋の筋出力(筋活動量)の方が高い傾向がみられた。更に,痙直型脳性麻痺者の中には膝伸展時に大腿二頭筋が大腿直筋の活動に先行して収縮活動している可能性を示した者もいた。筋出力(筋活動量)の観点から検討してみると,全般的に運動能力の高い脳性麻痺者ほど筋電図での筋出力(筋活動量)が高く大きかった。とくにアテトーゼ型にその傾向が認められていた。 図1 健常者及び痙直型脳性麻痺者とアテトーゼ型脳性麻痺者の膝伸展屈曲時の筋電図波形 図2 走行可能な痙直型脳性麻痺者の筋電図と整流化した波形 図3 杖歩行可能な痙直型脳性麻痺者の筋電図と整流化した波形 図4 その他の痙直型脳性麻痺者の整流化した筋電図波形の例(杖歩行者) 図5 走行可能なアテトーゼ型脳性麻痺者の筋電図と整流化した波形 4.考察  以上の結果より,次のように考察する。 ① 等速性筋力測定時に痙直型脳性麻痺者は主働筋と拮抗筋の同時収縮が確認でき,アテトーゼ型脳性麻痺者は過剰収縮があるが相反神経支配に従った収縮傾向があるのではないかと考える。 ② 走ることができる程度の運動能力の高い脳性麻痺者は,相反神経支配に基づく筋の収縮によって,それぞれの筋の作用を十分発揮できる状況にあるのではないかと考える。 ③ 運動機能の低い脳性麻痺者は大腿直筋よりハムストリングスの方が高い傾向があるのではないかと考えた。 ④ 運動機能が低い痙直型脳性麻痺者は,膝伸展時に拮抗筋であるハムストリングスの活動が先行することによって,膝伸展運動を抑制し,円滑な伸展運動を妨げている可能性があるのではないかと推測する。  タイプ別脳性麻痺者を筋力,筋断面積,動作速度及び筋電図学の観点から検討してきたが,私たちは脳性麻痺をあまりにも特殊な障害と考えすぎているのではないかと思うことがある。脳性麻痺の筋力強化において,Damianoは痙直型脳性麻痺児に対して強い抵抗運動で大腿四頭筋の筋力を増加させることができると報告している[7]。Mac Phailは中等度の痙直型両麻痺児に対して8週間の角速度90°/secの等速性運動を実施したところ,21~25%の筋力増加が認められたとしている[8]。Fowlerは大腿四頭筋力の最大努力時に痙性の増加は無いことを報告し,筋力の弱さが機能的な問題の一因となっている脳性麻痺者に対して筋力強化訓練することをすすめている[9]。脳性麻痺者は痙性が出現するから筋力トレーニングはしないほうがいいなどという考えは考え直した方がいい。とくに軽度から中等度の脳性麻痺者については一般的なトレーニング原則に従って実施しても特に問題はないと思われる。脳性麻痺者は健常者に比べたら,人一倍筋緊張しやすいという特徴をもっていることを常に頭において指導していくことである。そのためにも運動で故障が起きない身体作りに心がけ,十分なウォーミングアップとクールダウンが脳性麻痺のトレーニングには最も重要であると考える。  (本研究は平成23年度科学研究費補助金基盤研究(C)にて実施されている。) 参照文献 [1] 石塚 和重:脳性麻痺のスポーツ―科学的トレーニングの可能性について.理学療法ジャーナル2005;39(4):p335-343 [2] 栗原 まな:小児リハビリテーション医学2006;医歯薬出版株式会社:pp128 [3] 石塚 和重:脳障害に対する運動パフォーマンスの向上―脳性麻痺者の科学的トレーニングの視点から.神経系理学療法学会誌2010;2:p47-52 [4] 石塚 和重:脳性麻痺者の陸上競技における理学療法の関わり.理学療法ジャーナル2010;44(10):p867-860 [5] 石塚 和重,中村 直子:脳性まひ者の科学的トレーニングに関する基礎研究―痙直型脳性まひ者の筋力と筋断面積,動作速度に着目して.日本障害者スポーツ学会誌2011;20:p48-51 [6] 中村 直子,石塚 和重:タイプ別脳性マヒ者における筋と動作の関係性:筋力・筋断面積・動作速度による分析.上田法治療ジャーナル2010;21(1):p3-12 [7] Damiano DL,et al:Effect of quadriceps femoris muscle strengthening on crouch gait in children with spastic diplegia. Phys Ther1995;75:p658-667 [8] Mac Phail HE,et al:Effect of isokinetic strength training on functional ability and walking efficiency in adolescents with cerebral palsy. Dev Med Child Neurol1995; 37:p763-775 [9] Flower EG, et al:The effect of quadriceps femoris muscle strengthening exercises on spasticity in children with cerebral palsy.Phys Ther2001; 81:p1215-1223