医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み─音声による視覚障害補償機能を有した上肢筋模型の試作─ 成島 朋美1),周防 佐知江1),舩山 庸子1),池宗 佐知子2),佐々木 健1),坂本 裕和1),大越 教夫1) 筑波技術大学 保健科学部保健学科 鍼灸学専攻1) 帝京平成大学 ヒューマンケア学部鍼灸学科2) 要旨:鍼施術や手技療法を安全かつ効果的に行うために身体の立体的なイメージを持つことは重要である。しかしながら,視覚障害学生は身体を構成する筋を立体的にイメージすることが難しいと思われる。そこでペン型タッチ式ボイスレコーダー(以下Touch Memo®)を用いて視覚障害補償機能を有した上肢筋模型を視覚障害学生に試用し,模型組立テストと口頭試問および教材アンケートによってその有用性を検討した。結果,視覚障害学生にとって今回作成した筋模型を一人で組み立てることは困難であったが,音声を聞きながら模型を組み立てることは筋の形態や深さを認識し筋を立体的にイメージすることを助けると思われた。また,点字・DAISY使用者において模型の組立によって記憶の定着率が上昇する傾向がみられた。これらのことから,今回試作した上肢筋模型は自主学習教材としては改善が必要であるが,体験型学習教材としては有用であると考えられた。 キーワード:視覚障害学生,音声教材,上肢筋模型,Touch Memo® 1.はじめに  はり師・きゅう師・あん摩指圧マッサージ師の国家資格取得を目指す学生にとって,解剖学的知識は必要不可欠である。解剖学は,経絡経穴学や臨床医学系など多科目にわたって基礎となるものであり,人体を扱う上で基本となる知識である。これまでに我々はペン型タッチ式ボイスレコーダー(ユーディ・クリエイト㈱,以下Touch Memo®)を用いて視覚障害補償機能を有した骨模型や骨格筋暗記カード(以下筋カード)が視覚障害学生の解剖学の自学自習に有効である可能性を示してきた[1][2][3]。国家資格を取得するためには,筋の名称や起始・停止,支配神経,作用などを記憶することは重要であり,筋カードは有用だと考えられた[3]。しかしながら,臨床現場では治療対象とする筋によってマッサージの力加減や鍼の刺入深度が異なるため施術における一連の行為において身体を立体的に捉える能力が求められる。解剖学の一般的な教材においても臓器や筋などを図で表現したものが多用され,身体の立体的なイメージを促すものとなっている。視覚に障害を有する本学学生においては拡大版教科書や触図,模型など個々の視力に応じた教材を用いて知識の習得に励んでいるが,晴眼者に比べ視覚情報が制限されるため身体の立体的イメージを養うことは難しいと思われる。  そこで今回Touch Memo®を活用し音声による視覚障害補償を有した左上肢筋模型を作成し,視覚障害学生による試用を行い,その有用性について検討したので報告する。 2.対象  対象は鍼灸学専攻2~4年次に在籍する学生で教材の目的について説明した上で協力を依頼し,同意を得たもの10名(墨字使用者5名,DAISY・点字使用者5名)であった。 3.方法 3.1 使用教材  音声情報はVOICEROID+「吉田君」(㈱AHS)を用い,「解剖学 第2版」(医歯薬出版㈱)に基づいて上肢の筋の名称,起始・停止,支配神経,作用を音声化したデータをTouch Memo Voice Sheet0001-1134(ユーディ・クリエイト㈱,以下録音再生シール)にTouch Memo®(図1)を近づけることで音声情報の活用を可能とした。  上肢模型D形(㈱京都科学,以下上肢筋模型)の取り外し可能な14種類の筋模型に対し録音再生シールを加工したタグをつけることでTouch Memo®による視覚障害補償機能を備えた(図2)。  上肢筋模型は構造上正確な起始・停止部には至っていないが,その走行に合わせた部位に突起があり,筋模型の穴の部分をはめ込むことで組立が可能なものである。上肢筋模型を有効に活用するためにその注意点や形態,タグの位置,および復習として教科書に取り上げられている上肢の筋の名称を記載した上肢筋模型マニュアルを作成し,学生の視力に応じて拡大文字や点字などに加工した資料を準備した。 図1 Touch Memo®(上)と筋カード(下) 図2 音声対応上肢筋模型(左は分解した筋模型の一部,右は全体像) 3.2 実施方法  学生に対し,上肢筋模型マニュアルに従って把握すべき特徴について説明した上で各筋を確認しながら解体させた。その後,14筋のうち15分間で正確に組み立てることができた筋の数を割合で評価した。また,組立終了後に前腕伸筋群・屈筋群の浅層筋・深層筋を口頭試問し,正答率を評価した。その後,学習補助教材として上肢筋模型マニュアルと筋カード(図1)をTouch Memo®とともに6日間貸与した。6日後,再度上肢模型の組立テストと口頭試問を行い,その変化について検討した。合わせて筋カードおよび上肢筋模型の教材アンケートを行った。 4.結果 4.1 上肢筋模型組立テスト  説明当日の組立テストの結果は,墨字使用者の平均68.6%に対し,点字・DAISY使用者の平均60.0%と個数にすると1.2個(8.6%)の差であったが,6日後のテストでは墨字使用者の平均88.6%に対し,点字・DAISY使用者の平均51.4%,個数にして5.2個(37.2%)の差が出た。全体の平均は64.3%から70.0%に上昇したが,点字・DAISY使用者が組み立てられた筋の個数は減少した。 4.2 口頭試問  説明当日に行った口頭試問の結果は全体の平均55.3%,墨字使用者の平均62.1%,点字・DAISY使用者の平均48.4%であり,6日後の口頭試問ではそれぞれ93.7%,96.8%,90.5%と上昇し,点字・DAISY使用者の上昇率は42.1%と墨字使用者34.7%に比べ高かった(図4)。  また,上肢筋模型の分解可能な筋の中で口頭試問の対象となった筋は8個であった。8筋の正答率は,説明当日で全体の平均は75.0%,墨字使用者の平均80.0%,点字・DAISY使用者の平均70.0%であった。6日後の結果では墨字使用者,点字・DAISY使用者の平均はともに97.5%に上昇し,両者の差はなくなった(図5) 図3 筋模型組立テスト結果の推移(14個の完成度) 図4 口頭試問結果の推移(前腕19筋の正答率) 図5 口頭試問結果の推移(筋模型有り8筋の正答率) 4.3 教材アンケート  アンケートは貸与した筋カードと上肢筋模型について行った。筋カードの6日間の合計使用時間のおおよそを分単位で回答させた結果,最低30分,最高240分で平均すると98分であった。  次に筋カードと上肢筋模型について「Ⅰ:使用感」,「Ⅱ:音声明瞭度」,「Ⅲ:学習への有用性」,「Ⅳ:筋のイメージの可否」,「Ⅴ:使用の希望の有無」の5点についてそれぞれ1を否定的,5を肯定的とした5段階で評価させた。筋カード,上肢筋模型について墨字使用者(5名),点字・DAISY使用者(5名),全体(10名)の評価の平均を図6,7に示す。  筋カードについてのアンケート結果は視力障害の程度にかかわらず,「Ⅳ:筋のイメージの可否」以外は4以上の評価であった。また,「Ⅲ:学習への有用性」,「Ⅴ:使用の希望の有無」についての項目では点字・DAISY使用者5名全員が5.0と評価した。上肢筋模型についてのアンケート結果では,「Ⅰ:使用感」について墨字使用者の評価が3.8であるのに対し点字・DAISY使用者の評価は2.0であり差がみられた。また,「Ⅲ:学習への有用性」において墨字使用者は4.0と評価したのに対し,点字・DAISY使用者の評価は3.4とやや低い評価であった。一方で,筋カードでは「Ⅳ:筋のイメージの可否」は全体の評価で3.7だったが,上肢筋模型の同様の項目では全体の評価で4.2であった。  最後にアンケートの中で各教材についての改善点および感想を自由記述させた。筋カードについての改善点は「欲しい情報の再生まで時間がかかる」,「カードの枚数が多い」,「読み上げスピードの調節機能が欲しい」,「一時停止機能が欲しい」,「充電状態について音声でわかるようにして欲しい」などがあがった。感想としては,「持ち運びが簡便でイヤホンでどこでも聞けるので良い」,「食事の合間や就寝前に気軽に使えた」「視力,があれば自分で暗記カードを作るが今は困難なのでありがたい,点字で作成することも考えたが所要時間や資料の量を考えると効率が良いとは思えないのでやめた」などがあった。上肢筋模型についての改善点は「筋模型の穴の位置がわかりづらい」,「筋を取り付ける突起部分がわかりにくいので,音声でどの筋を付けるかアナウンスがあると良い」,「基礎医学を終えた2年生ぐらいに行うと良い」などの意見があった。また感想としては「深い筋,浅い筋がわかってよかった」,「筋の厚みや形が理解できた」,「深層筋を触れてよかった」,「教科書では重なって描いてある筋を一つ一つ触れてよかった,筋の形がわかりやすかった」,「視覚障害者にとって有効な学習法だと思った」などがあった。 図6 筋カードに対するアンケート結果 図7 上肢筋模型に対するアンケート結果 5.考察  上肢筋模型の組立テストの結果は視力障害の程度による差がみられ,墨字使用者は6日後のテスト結果は上昇したが,点字・DAISY使用者は逆の結果となった。また,上肢筋模型についてのアンケートでも,「Ⅰ:使用感」の評価が点字・DAISY使用者において2.0という否定的な結果であった。この要因として,各筋の穴の位置や筋を取り付ける突起部を区別する際に視覚情報に頼る部分が大きかったことが挙げられる。アンケートの改善点にあったように穴の位置をわかりやすくする,突起部に音声情報の付加を行うなどの工夫が必要であると思われた。しかしながら,筋カードと上肢筋模型のアンケート結果を比較すると「Ⅳ:筋のイメージの可否」について全体の評価は筋カードが3.7であるのに対し,上肢筋模型では4.2と高い評価を得ており,上肢筋模型の感想でも,「筋の厚みや形が理解できた」,「教科書では重なって描いてある筋を一つ一つ触れてよかった,筋の形がわかりやすかった」などイメージにつながるような言葉があげられていた。また,筋の口頭試問の結果においては全体として正答率が上昇しただけでなく,点字・DAISY使用者の正答率の上昇が大きくみられた。特に,口頭試問の対象となった筋のうち上肢筋模型で組み立てた8筋については説明当日,全体の正答率は平均75.0%,墨字使用者の平均80.0%,点字・DAISY使用者の平均70.0%であったが,墨字使用者,点字・DAISY使用者ともに平均97.5%に上昇し,両者の差はなくなった。これらのことから視覚情報の制限が大きい学生にとって模型など活用し触覚により記憶を補うことは,音声による記憶を定着させる一助となると考えられた。  今回作成した上肢筋模型は,視覚障害学生が一人で使用することは難しく自主学習教材としては改善が必要であるが,筋模型の組立は筋の形や厚み,体表からの深さなど音声のみでは学習が難しい部分について学ぶ良い機会となるため体験型学習教材として有益であると思われた。また,筋カードに対するアンケート結果はこれまでの我々の報告と矛盾することなく,視覚障害学生の自主学習教材として有用性が高いと思われるものであった[3]。 6.結語  視覚障害補償機能を付加した上肢筋模型を視覚障害学生に試用した結果,今回作成した筋模型を一人で完璧に組み立てることは多くの学生にとって困難であり,自主学習教材としては改善が必要と思われた。しかしながら,点字・DAISY使用者にとっては模型の組立により筋の形態,深さを認識することで筋のイメージを持つことを助け,音声による記憶を触覚で補うことで記憶の定着につながると考えられた。また墨字使用者である弱視学生においても教科書の図では重なって表現されていることの多い筋を一つ一つ触ることでより明確な筋のイメージにつながったと考えられた。以上のことから,上肢筋模型は自主学習教材としては改善が必要であるが,体験型学習教材としては有用であると思われた。 謝辞  本研究は平成25年度文部科学省特別教育経費「視覚に障害を持つ医療系学生のための教育高度化改善事業」の一部として実施した。 参照文献 [1] 池宗 佐知子,成島 朋美,東條 正典,他.骨模型へボイスペンを利用した解剖学自主学習の試み.筑波技術大学テクノレポート.2011;18(2):p.7-10. [2] Ikemune S,Narushima T,Tojo M,et al. Development of a Teching Material for the Human Skeleton using a Visual Information Compensation Function. NTUT Education of Disabilities. 2013; 11: p.1-5. [3] 舩山 庸子,池宗 佐知子,成島 朋美,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み.筑波技術大学テクノレポート.2013;21(1):p. 43-47.[in press] An Approach to Creating Self-Directed Learning Materials for Visually Impaired Students in Medical and Health Technology: A Prototype Separable Upper-Limb Muscle Model with Visual Information Compensation Function by Voice Sound NARUSHIMA Tomomi1), SUOH Sachie1), HUNAYAMA Yasuko1), IKEMUNE Sachiko2), SASAKI Ken1), SAKAMOTO Hirokazu1), OHKOSHI Norio1) Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology1) Department of Acupuncture and Moxibustion, Faculty of Human Care, Teikyo Heisei University2) Abstract: In order to perform acupuncture and manual therapy safely and effectively, it is important to have a three-dimensional image of the body. However, it can be difficult for visually impaired students to visualize a line representing a three-dimensional human body. Therefore, we attempted to instruct students using a separable upper-limb muscle model with a visual impairment compensation function in the form of a pen-shaped touch type voice recorder (a talking pen). Afterwards, we assessed the usefulness of the material by a model assembly test, an oral examination, and a teaching material questionnaire. The results showed that it was difficult for visually impaired students to assemble this model on their own. However, students recognized muscular depth and form by assembling the model while listening to the spoken information, and the model helped them to create a three-dimensional image of the muscles. In addition, the tendency that fixation rate of the memory rose to by the assembling of the model was seen in Braille / the DAISY user. The results of this study suggest that the experimental model we produced needs improvement for use in self-learning, but it is useful as a teaching aid for experience-based learning. Keywords: Visually impaired students, Teaching materials by sound, Separable upper limb muscle model, Touch Memo®