第8回アイオワ大学研修報告 井口正樹1),佐久間亨2)筑波技術大学 保健科学部 保健学科1)保健科学部附属 東西医学統合医療センター2) 要旨:国際交流委員会活動の一環として,アイオワ大学(米国アイオワ州)での研修が平成25年9月に行われた。今回の研修には理学療法学専攻から2名の学生が参加し,10日間という前回より長い期間で行われ,語学学校見学など新たなイベントが追加された。その他,前回同様に,授業参加,研究活動見学,医療施設見学などの内容であった。参加学生は,勉学に対し積極的な現地学生の態度を肌で感じ,また日本とは異なり,開業権を有し医師の指示なしに理学療法が行える米国の理学療法士が勤務する臨床現場を知ることができ,今後の勉学や専門家としての心構えに良い影響を与えるものと思われる。キーワード:国際交流,異文化コミュニケーション,リハビリテーション 1.はじめに 理学療法士の養成教育が大学院レベルで行われていることに代表されるように,米国の理学療法は世界的にみてもレベルが高い。その米国の理学療法養成校の中でもトップレベルで,本学と大学間交流協定を締結しているアイオワ大学でほぼ毎年行われている研修が今回8回目となり,従来よりも数日長い10日間で行われ,新たな取り組みも行われたので報告する。 2.活動の目的 国際交流委員会のプロジェクトの一つとして,リハビリテーションを含む医療分野で特に優れる総合大学であるアイオワ大学を訪問し,授業参加,医療施設訪問,研究室見学,現地学生との交流・情報交換などを通して,見聞を広め,また向上心を高めることで,将来の本学での学業や学生生活,医療人としての将来像を描くことを目的とした。 3.参加学生,引率教員選定 国際交流委員会が定める学生募集要項に従い,保健科学部と技術科学研究科の学部生・院生を対象に周知した。その結果,三名が応募した。三名とも理学療法学専攻の学生であったため,理学療法学専攻会議にて,成績,応募動機,クラス担任の推薦状の書類審査が行われ,派遣人員の二名を選定した。引率教員に関しては,国際交流委員で大学間交流協定の世話人であり,またアイオワ大学の博士課程を修了している井口と,アイオワ大学研修は 初めてとなる佐久間が選定された。参加学生の応募動機としては,より進んだリハビリテーションを肌で感じたい,異文化に触れ様々な経験を積み将来に活かしたい,など不安を避けるのではなく,自ら挑戦したいという積極性が強く感じられた。 4.参加学生 ・能智悠史:保健科学部保健学科理学療法学専攻2年・太田卓司:保健科学部保健学科理学療法学専攻2年 5.研修期間・研修先 研修期間は,平成25年9月15日(日)〜9月25日(水)で,移動日を除いた実際の研修は9月16日(月)〜9月23日(月)であった。主な研修先は,米国アイオワ州アイオワシティーにある,アイオワ大学医学部理学療法とリハビリテーション科学学科(Department of Physical Therapy & Rehabilitation Science)であった。 6.事前研修・出発 2回にわたり保健科学部キャンパスにて,事前研修が行われた。学生は二人とも米国滞在は初めてで,うち一人は海外が初めてだったので,渡米時の注意点から始まり,滞在先であるアイオワ州やアイオワ大学の概要も説明した。また米国での理学療法教育システムや英会話練習,事前に入手した情報・配布資料に基づいた授業の予習,学生への課題である発表の練習などもここで行った。 出発当日の15日(日)の集合場所は,参加者全員がつくば市内にいたため,成田空港までのバスが発車するつくばセンターとした。特に問題なく予定通り15日(日)の午後に宿泊先であるアイオワ大学のキャンパス中央にあるアイオワハウスホテルに到着した。。 7.研修内容 授業見学 今回の研修では,症例基盤型学習(Case-based Learning),筋骨格系治療学(Musculoskeletal Therapeutics),職業倫理(Professional Issues & Ethics),理学療法研究法(Research in Physical Therapy),義肢装具学(Prosthetics & Orthotics)の五つの授業に参加した。症例基盤型学習は(全体が二年半のプログラムの)一年生36人を8人程度の小グループに分け,理学療法士が患者に問診・検査・測定を行う動画を見て,それについて議論する,日本ではあまり行われていない授業で興味深かった。理学療法研究法と義肢装具学では,どちらも二年生対象の授業で,それぞれメタ分析と下腿義足についての講義であったが,参加学生が2年生であったため,かなり難しい内容となった。職業倫理では,理学療法士として働く上で,倫理的な問題が起きたときにどのように対応すべきか,仮の状況を小グループで話し合う授業であり,現地学生の活発な意見交換を聞くことができた。筋骨格系治療学では,予め上肢についての講義という情報を得ていたので,事前研修で上肢の解剖学・運動学などに使われる英語の医学用語を予習した。今回の授業では肘関節について,解剖学・運動学から触診法,軟部組織・関節モビリゼーションなどを,講師のデイビッド・ウイリアムズ(David Williams)先生から直接,実技指導を受けた(図1)。 図1 筋骨格系治療学での実技指導  ウイリアムズ先生の授業参加では,参加学生が先生に直接,実技指導を受けることができた。写真は,上肢の触診の指導を受けているところ。 これらの授業参加とは別に,理学療法学科長であるリチャード・シールズ(Richard Shields)先生の授業の時間に,井口が視覚障害や本学の説明などのプレゼンテーションを行った。このプレゼンテーションの中で,参加学生二人も英語で,本学における障害支援の取り組みについてのプレゼンテーションを行った(図2)。この学生の発表は教員の指導の下,資料から学生が準備し,事前研修で発表の練習も行った。学生二人は堂々と発表することができ,彼らの自信へとつながったと思われる。 研究室訪問 今回はシールズ先生の運動制御研究室とローラ・フレイロー(Laura Frey Law)先生の生体力学研究室を見学した。シールズ先生の研究室では主に脊髄損傷後の骨密度低下をどうしたら遅くできるか,をテーマに骨格筋への電気刺激や下肢への振動刺激などの影響を研究していた。フレイロー先生の研究室では,痛みの研究と筋力・筋疲労に関する研究が行われていた。今はこの二つのテーマが平行して行われているが,将来的には痛みが身体動作に及ぼす影響を研究したいとのことであった。 医療施設見学 施設見学では,大学附属病院であるアイオワ大学附属病院(University of Iowa Hospitals and Clinics),リハビリテーション病棟を有する一般病院のセントルークス(St. Luke’s)病院および個人経営クリニックのパフォーマンスセラピーズ(Performance Therapies)の3か所の医療施設を訪問した。このうちアイオワ大学附属病院とセントルークス病院では,前回の研修では見学できなかった入院病棟における理学療法士の仕事を見学することができた。米国では入院期間が日本と比較して短くリハビリテーションも短期間で実施される分,目的および内容が明確であった。附属病院のがん専門病棟では骨髄移植後の患者の理学療法について見学し,骨髄移植後の出血は重大であるため転倒予防のためのバランストレーニングが大切であること,病棟に筋力トレーニングマシーンを配置し実施することで筋力低下率を改善できることなどをデータに基づいて説明して頂いた。また,セントルークス病院では人工膝関節全置換術の入院理学療法を見学した。人工膝関節全置換術では術後3日で自宅退院となるので,術前からの患者指導と麻酔を含めた疼痛管理がポイントになり,理学療法士は自主トレーニングの指導に多くの時間を費やしていた。学生らは海外研修前に日本国内での病院見学実習を終えていたので,日米それぞれの理学療法士の仕事について共通すること,または異なることを知る機会となった。 図2 学生による本学の紹介  参加学生は,日本語での資料作成からその英訳,英語でのプレゼンテーションの練習と,教員指導の下,準備を進め,当日は堂々と発表が出来た。 その他 研修中に,アイオワ大学の国際交流プログラムの訪問,アイオワ大学の語学学校見学,障害学生支援センターの訪問,障害者スポーツ支援団体のマイク・ブーム(Mike Boome)氏との会談,神経内科医の木村淳先生(京都大出身,アイオワ大名誉教授,世界神経内科学会理事)の表敬訪問などを行った。このなかで語学学校見学は今回の研修が初めてであった。見学させて頂いた授業は上級コースであったため発声に関わる器官の解剖学から発音の技術など専門的な内容であった。将来,本学卒業生がまずは英語上達に専念して語学学校に入学してから,アイオワ大学の院に進学するという道もあり,語学学校の様子を知る上で良い機会となった。また,障害者スポーツ支援団体のブーム氏との会談では,氏から米国で視覚障害者に人気のある種目としてビープベースボール,サイクリング,ゴールボールについて説明して頂いた。本学で盛んに行われているブラインドサッカーについては,氏は存じなく米国での認知度も低いようであった。次回研修でも再開できれば,本学および日本で実施されている障害者スポーツについてのプレゼンテーションを学生への課題の一つとして行うことを検討している。研修最終日の翌日である9月24日(火)の午前にアイオワの空港を出発し,翌25日(水)夕方成田に到着,バスにてつくばに戻り,全員無事に10日間の研修を終え,解散した。 8.今後の課題 英会話の能力が高ければ高いほど,得るものは多い。事前により多くの英語に触れてもらうことで,研修の内容もより充実したものになると思われる。従来,授業見学や医療施設訪問と,やや受け身なところがあったため,今回の研 修では,本学から情報を発信する目的で,学生による発表が行われ,好評であった。積極的に学生に参加してもらうという意味では,事前研修の段階から教員指導の下,ネットによる情報収集や授業の予習の準備なども課題とするのも良いだろう。今回の研修では諸事情により学生にとっては難しい授業見学が多く含まれたが,今後は授業参加を2つほどに絞り,今回は訪れなかった子供病院やスポーツ医学センターなどの見学も視野に入れたい。また,今回の研修では,学生自らが英語でコミュニケーションを取る機会が少なかったように思えるので,今後は教員が全て訳してあげるのではなく,学生に会話をする機会をなるべく多く与えるようにしたい。 9.参加学生(代表)の感想   (「基金への感謝の言葉」より抜粋,原文のまま) 太田 卓司 今回10日間という短期の研修でしたが,多くのことを感じ学ぶことができました。専門的な技術や病院内の設備等専門的な知識はもちろんのこと,未来を見据えた最先端の研究の大切さを深く感じました。専門的な分野の他にも文化の違いを肌で感じることができ今までは遠い世界であったものが身近に感じることができました。自分自身の言語力の不足や積極性の不足を思い知らされ,今後の大きな課題を見つけることができました。こうした様々なことを学ぶことができ,自分自身の今後の進路への大きな良い影響を与えるとても良い研修になったと思います。 10.得られた成果・まとめ 米国の理学療法は,世界トップレベルである。その米国でもトップレベルの養成プログラムを有するアイオワ大学での研修は,本学の学生にとって,得るものは多かったと思われる。この研修で今後の学業や医療人としての生き方などに影響を与える良い刺激を多く受けたと思われる。未知のことに挑戦する勇気や楽しみながら学ぶ雰囲気など,日本では得られない成果も多かったと思われる。米国では医師の指示なしで患者に理学療法士が理学療法を行えるため,鑑別診断法などに力を入れ,担当患者が医師の診察が必要か否かを理学療法士が判断しなければいけないこともあり,責任の重さが日本の理学療法士とは違うように思えた。明るく元気なアイオワ大学の教員が行う授業でも,授業中は良い緊張感があり,こういった点を本学学生が肌で感じてくれたと期待する。 The Eighth Study Tour to the University of Iowa IGUCHI Masaki1), SAKUMA Toru2) 1)Department of Health, Faculty of Health SciencesTsukuba University of Technology2)Center for Integrative Medicine, Faculty of Health SciencesTsukuba University of Technology Abstract: For eight days in September 2013, a group of four people (two physical therapy students and two faculty members) from Tsukuba University of Technology visited the University of Iowa on a study tour. The tour included participation in live physical therapy classes, hospital and clinic visits, research laboratory visits, and meetings and information exchanges with students at the host university. The tour also included, for the first time, participation in ESL (English as a Second Language) classes and a presentation by the students from Tsukuba University of Technology. Despite the short duration of the study tour, the visiting students were able to meet the very hardworking Iowa students and observe advanced rehabilitation approaches. These experiences could encourage the tour participants in many aspects. Keywords: International exchange, Cultural diversity, Rehabilitation