高大連携事業に関する現状調査〜その1:米国における高大連携事業の実地調査〜 井上正之,田中 晃筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:現在,全国各地の高校や大学で,高校と大学が連携教育して教育活動を行う,いわゆる「高大連携」が盛んになってきており,その内容も様々である。筑波技術大学は,視覚障害者・聴覚障害者を対象とした日本で唯一の大学であり,聾学校・盲学校との高大連携は不可欠といえる。こうした認識にたち,筑波技術大学では2014年度から聾学校との高大連携を主眼とした研究プロジェクトを4年計画で開始している。本報告では,上記研究プロジェクトの実施に先立って,米国における高大連携の実施状況に関する実地調査を行ったのでその概要について述べる。キーワード:高大連携,聾学校,聾教育 1.はじめに 現在,全国各地の高校や大学で,高校と大学が連携教育して教育活動を行う,いわゆる「高大連携」が盛んになってきており,その内容も様々である[1][2]。筑波技術大学は,視覚障害者・聴覚障害者を対象とした日本で唯一の大学であり,聾学校・盲学校との高大連携は不可欠といえる。こうした認識にたち,筑波技術大学では2014年度から聾学校との高大連携を主眼とした研究プロジェクトを4年計画で開始している。そこで,我々は,上記研究プロジェクトの実施に先立って,国内外での高大連携の実施状況の調査を行ったので,2回に分けて報告する。本報告では,米国における高大連携の実施状況の実地調査の内容について述べる(次回の報告では,日本国内における高大連携事業の実施状況を中心に述べる予定である)。 2.2014年3月の実地調査の概要 前述の研究プロジェクトにおいて核となるのは,「特別支援学校(聾学校)との高大連携によるオープンプロジェクト」である。筑波技術大学においては,従来より,・複数地点間で手話・字幕。画像等の様々な情報を共有できる遠隔情報保障システムの構築・情報科学・システム工学・デザインの各専門分野における講義コンテンツの整備を進めてきている[3]。上記研究プロジェクトにおいては,上記の技術資産をさらに活用・充実させつつ特別支援学校 (聾学校)との連携をさらに強めていくことを主眼としている。具体的には,・筑波技術大学から特別支援学校(聾学校)への出前授業・遠隔授業の実施・特別支援学校(聾学校)などに在籍する生徒を対象とした技術競技・コンテストなどの実施などを実施しながら,聴覚障害者に対する生涯教育環境基盤を構築していくことを目指している。本研究プロジェクトの実施に先立ち,実施体制等の課題を整理することを目的として,米国における高大連携の実施状況を実地調査することとした。米国においては,聴覚障害者のための大学として筑波技術大学よりも古い歴史を持つギャローデット大学・国立聾工科大学(NTID)があり,聾学校との高大連携についてもより進んだ取り組みを行っていると考えられ,本研究プロジェクト実施にあたって有用な知見を得られることがその理由である。 本実施調査の概要は,以下のとおりである。・日時:2014年3月9日〜16日・訪問先: - NTID,ロチェスター聾学校(ニューヨーク州) - ギャローデット大学,Model Secondary School for the Deaf(ワシントンDC)以下,実地調査の内容について述べる。 3.NTIDにおける実地調査 3.1 NTIDの概要[4] NTID(National Technical Institute for the Deaf)は, ニューヨーク州ロチェスターにあり,聴覚障害者対象の技術系の大学である(1968年創立)。学生数は約1400人(2013年秋の時点)である(図1はNTIDの収容されている建物)。 図1 NTID 3.2 NTIDにおける中高生を対象とした公開講座 3.2.1 tech girls/tech boyz tech girls/tech boyzは,中学相当の聴覚障害を持つ生徒を対象に,7月末の6日間実施される公開講座である。tech girlz が女子生徒,tech boyzが男子生徒対象であり,定員はそれぞれ50名程度である。主な内容として,ゲームプログラム開発・パソコン組み立て・数学等の体験授業と,ダンス・水泳・ボーリング等の課外活動を含んでいる。比較的若い世代の聴覚障害を持つ生徒に対して,工学系の基礎的な教育内容を早くから経験させることで生徒自身の視野を広げるとともに,自分が将来大学に進学するにはどのようなスキルが必要かの気づきを与える等の効果もあるということである。参加費は,食事・宿泊費込み,交通費別で700ドルとなっている。 3.2.2 e.y.f.(explore your future) e.y.f.(explore your future)は,高校二年生相当の生徒を対象に,7月中旬の6日間実施される公開講座である。この講座は非常に人気があり,200名程度の参加があるということである。この講座では,ビジネス・コンピュータ科学・工学・IT等各分野からの体験プログラムを通じて,参加者が自分の将来の見通しを得ることを目的としている。また,寮生活など大学生活の体験もできるようになっている。講座実施にあたっては,参加者それぞれのコミュニケーション方法(手話,口話)に合わせて少人数のグループに分かれ,それぞれのグループに担当者がいて様々なサポー トを行うようにしている由であり,多様なニーズがあることに配慮した受け入れ態勢となっている。内容的に,大学生活の疑似体験といえるものになっており,参加者にとっても将来の大学生活への見通しが得られるとともに自分に必要なスキルを再確認する貴重な機会となっている。参加費は,食事・宿泊費込み,交通費別で700ドルとなっている。 3.3 NTIDで実施している中高生対象のコンテスト 3.3.1 Math Competition 聴覚障害を持つ中学生対象の数学の問題解決コンテストであり,毎年4月上旬に実施される。個人部門・チーム部門があり,個人部門1位には100ドル,チーム部門1位には300ドルの賞金が与えられる。コンテストの出題内容は,全米で共通して使われる数学の問題集「Mathcounts School Handbook」に準じた内容であり,コンテストでは全米からの参加者が一堂に会して様々な内容の問題に取り組み,解答の正確さ・迅速性を競い合う内容になっている。同じ障害を持つ同世代の生徒たちが全国から集まりお互いに数学力を競い合うことで,生徒たちの視野を広げたりお互いの交流が深まったりする等の効果があるということで,本コンテストの優勝者がNTIDに入学して優秀な成績を収める例も少なからずある由である。 3.2.2 Digital Arts, Film and Animation Competition Digital Arts, Film and Animation Competitionは,聴覚障害を持つ高校生対象に,以下の6つの分野で芸術・映像作品のコンテストを毎年一回実施している。・WWWデザイン・映画・3Dアニメーション・写真・グラフィック・インタラクティブメディア各分野ごとに全国から提出された作品を審査する形で行われる。各分野の最優秀作品には,賞金250ドルが与えられる。本コンテストも,同じ障害を持つ同世代の学生が全米規模で競い合う内容となっており,参加者にとって自らのスキルのレベルを確認できる等の効果があるということである。 4.ギャローデット大学における実地調査 4.1 ギャローデット大学の概要[5] ギャローデット大学(Gallaudet University)は,ワシン トンDCにあり,世界で最初の聴覚障害者対象の大学として1864年に設立された。文系・理系双方の学科を有する総合大学であり,学部・大学院合わせて現在約2400人の学生が在籍している。図2のように,創立当時の建物が多く残されており,伝統を感じさせる。 図2 ギャローデット大学 4.2 ギャローデット大学で実施している中高生を対象とした   公開講座 4.2.1 Young Scholars Program Young Scholars Programは,進学希望の聴覚障害を持つ高校生を対象として,毎年7月末の9日間実施される。科学系とビジネス系の2コースがあり,前者の科学系では実験・ロボット製作など,後者のビジネス系では起業シミュレーションなど,それぞれの専門での体験授業が行われる。また,観光等の課外活動も含まれる。定員はそれぞれ10名となっている。科学系・ビジネス系それぞれの分野での体験講義が受けられることから,参加者にとって自らのスキルを再確認するとともに今後の学習に向けての目標が設定できる利点がある。また,全米から同世代の聴覚障害者が集まるため,参加者の交流の幅や視野を広げる意味でもポジティブな効果がある由である。参加費は,食事・宿泊費込み,交通費別で750ドルとなっている。 4.2.2 Discover Your Future! Discover Your Future!は,進学希望の聴覚障害を持つ高校生を対象として毎年7月中旬の9日間,実施される。定員は30名となっている。本講座では,参加者それぞれが将来に向けての自らの適性(どのような分野が自分に合っているか等)や性格などを見極めていく自己分析プログラムがメインになっており,チームに分かれての様々な共同活動などが行われる。学内の寮に宿泊することから学生生活の疑似体験も可能であ る。また,観光などの課外活動も組み込まれている。参加者それぞれの障害認識の深化や将来に向けての適性の見極めなど自己分析プログラムが中心になっており,参加者にとっても有意義な内容になっているということである。参加費は,食事・宿泊費込み,交通費別で750ドルとなっている。 4.3 入学前後の支援プログラム「Jump Start」 ギャローデット大学においても,近年,様々なタイプの学生が入学するようになってきており,人工内耳の普及などもあってアメリカ手話(以下,ASL)を知らないまま入学してくる学生の割合が上昇傾向にある。また,学力面で必ずしも十分とは言えない学生が入学してくる例も少なからずある。その結果,コミュニケーション面・学力面などで壁に突き当たり中退せざるを得ないケースがかなりあったとのことである。Jump Startは,こうした問題点に対応するために考えられた入学前後の支援プログラムである。新入生の中で,ASLを知らない等コミュニケーション面や学力面で様々な課題を抱える学生を対象として,入学前から様々な支援を行うものである。支援は大きく分けて二種類ある。一つ目の「Academic Success」は学力面での支援を行うもので,入学前から読み書き・数学などの科目の補習的な内容と勉強の仕方など生活支援的な内容からなる。二つ目の「ASL」は手話を知らないで入ってくる学生に対し,教職員や他の学生とのコミュニケーションが可能になるよう基本的な手話を入学前から教えるとともに,ギャローデット大学の歴史・伝統やろう者の文化についての知識も与えられる内容となっている。また,入学後は先輩学生が「メンター(mentor = 良き師・先輩・指導者という意味)」として配置され,新入生の勉強・生活等をサポートしている。本プログラム導入後は,中退者が減るなどの効果が見られ,一定の成果を挙げていることが示されている由である。 5.聾学校における実地調査 本実地調査では,大学側だけでなく,聾学校に対しても実施した。調査先は,以下の二校である。・ロチェスター聾学校(Rochester School for the Deaf)ニューヨーク州ロチェスターに位置する。1876年創立と非常に古い歴史を持つ。NTIDからも近く,車で30分程度であり,図3のように閑静な街中に創立当時の建物が残されており,落ち着いた雰囲気である。・MSSD(Model Secondary School for the Deaf)ワシントンDCに位置する。ギャローデット大学の敷地内にある。創立は1960年代であり,図4の写真に示す通り比較的新しい学校であり,ロチェスター聾学校とは対照的である。 図3 ロチェスター聾学校 図4 MSSD 両校ともに,地理的にNTIDやギャローデット大学の近くにあることから,大学から高校への講師派遣・大学内の講演会への生徒の参加など,相互の交流が積極的に行われている。また,NTID・ギャローデット大学の両大学で実施されている各種プログラムに参加する生徒も多くいて,その結果として生徒の学習意欲が向上している例が多く見られるということである。その一方で,各大学での各種プログラムの多くが夏季休暇と重なることと参加費がかかるため,調整が難しいという家庭も数多くあるということである。 6.むすび 以上で,米国における実地調査についての概要を述べた。NTID・ギャローデット大学双方ともに,公開講座や支援プログラムそれぞれに専属のスタッフ(大学の教職員)が数名おり,各種プログラムの運営管理を担当する体制となっている。 筑波技術大学は,人員的・予算的な制約もあり,NTIDやギャローデット大学と同様の実施体制を専属で用意することはなかなか困難な状況があり,米国での例をそのまま本学に適用することは難しい。しかし,米国での実施内容は本学で高大連携を実施するにあたって参考になるものも数多くあり,工夫次第で本学でも実施可能なものもあると思われる。たとえば,米国では交通費などの費用がかかることから各種プログラムへの参加のための調整が難かしいことが指摘されているが,本学では従来より培ってきた遠隔情報保障のノウハウがあり,こうした技術的資産をさらに発展・活用していけば日本全国の特別支援学校(聾学校)の公開講座・各種コンテストへの参加が容易になるのではないかと考えられ,今後の検討課題としたい。 最後に,本実地調査は平成25年度産業技術学部研究等推進事業により実施したものであることを付記し,ご理解をいただいた関係各位に心から感謝する次第である。 参照文献 [1] 高崎経済大学産業研究所.高大連携と能力形成.日本経済評論社.2013.[2] 勝野頼彦.高大連携とは何か 学事出版, 2004.[3] 聴覚障害者の専門性・協調性向上を目的とした教育資産環境構築事業, 筑波技術大学ホームページ( cited 2014-8-21),http://www.tsukuba-tech.ac.jp/assets/files/soumu/hojin/pdf/special_project_3_kyouikushisan.pdf [4] About NTID. NTIDホームページ(cited 2014-8-21),http://www.ntid.rit.edu/about. [5] About Gallaudet, ギャローデット大学ホームページ(cited 2014-8-21),http://www.gallaudet.edu/about_gallaudet.html.[6] About RSD.Rochester School for the Deafホームページ(cited 2014-8-21),http://www.rsdeaf.org/about.asp[7] About MSSD, Model Secondary School for the Deafホームページ(cited 2014-8-21),http://www.gallaudet.edu/mssd/about.html Survey on the Current Status of University/High School CollaborationPart 1: Field Research on the Current Status of University/High School Collaboration in the USA INOUE Masayuki, TANAKA Akira Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: Today, many types of educational activities are being undertaken through collaborations between high schools and universities in Japan. It is important for Tsukuba University of Technology to promote university/high school collaboration in the field of deaf education in Japan. In this paper, we report on field research on the current status of university/high school collaboration in the USA that was carried out on in March 2014.