聴覚障害学生支援の総合的支援窓口における相談対応の取り組み 中島亜紀子,萩原彩子,白澤麻弓,磯田恭子,石野麻衣子,五十嵐依子,佐藤正幸,三好茂樹 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部 要旨:本学障害者高等教育研究支援センターでは,平成19年度より聴覚障害学生支援の拠点形成事業に取り組み,全国の高等教育機関(以下,大学等)における聴覚障害学生支援の総合的窓口としての基盤を確立してきた。現在も継続して相談対応や支援技術に関わる研究等に取り組んでおり,聴覚障害学生支援の普及と発展に中心的な役割を果たしている。中でも相談事業においては,大学等を中心に年間300件前後の相談や問い合わせが寄せられ,相談者の状況に応じて情報提供や助言を行ってきた。本稿では,平成19年度から26年度までの相談事業の成果について,事例とともに報告する。 キーワード:障害学生支援,聴覚障害学生,拠点形成 1.はじめに 本学では,平成元年の筑波技術短期大学開学以来,さまざまな形で学内外の聴覚障害者に対する支援を行ってきた。平成 19 年度からの5年間,文部科学省特別教育研究経費を財源として聴覚障害学生支援のための拠点形成事業に取り組み,一般大学における聴覚障害学生支援の総合的窓口の基盤を確立した。この事業における相談対応では,日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)において蓄積・共有されてきた聴覚障害学生支援ノウハウを全国的に発信する活動と並行し,我が国唯一の障害者のための高等教育機関として本学に蓄積された教育支援の知識・技術を活用しながら,一般大学で学ぶ聴覚障害学生一人ひとりの修学環境改善を目指し各相談へ対応してきた。本稿では平成19年度以降7年間にわたる相談対応の概要及び成果を報告し,今後の課題について整理する。 2.相談事業概要 本事業は,「高等教育機関のアクセシビリティ向上を目指した筑波聴覚障害学生高等教育テクニカルアシスタント センター(T-TAC)の構築事業−情報保障のための情報・ 技術・人材拠点の整備−」と銘打った 平成19年度から23年度の5年間のプロジェクトにおいて着手し,現在もT-TAC後継事業として継続して取り組んでいる。パンフレット,ホームページ等でメールアドレスや電話・FAX番号等の問い合わせ先を広く周知し,学外からの問い合わせに対応しているほか,本学内の他部署や教職員に寄せられ た問い合わせについても,照会を受けた場合には対応している。 2.1 問い合わせ内容と件数及び対応 平成19年度から26年度の各年度における問い合わせの内容ごとの件数を表 1にまとめた。PEPNet-Japanの活動において理解啓発や情報保障者養成を目的とした成果物の発行を開始した平成20年度以降,各年度において「資料請求」が最も多く,次いで「相談・問い合わせ」が多かった。年間の全問い合わせ数は例年300件前後で,多い年では500件弱に上った。 表 1 問い合わせ内容と件数 次に,相談者の属性ごとの件数を表 2に示した。各年度において,大学等の教員や職員から寄せられるものが130〜170件と全問い合わせ数の3割〜5割程度を占め,相談者所属先の中で最も多かった。聴覚障害学生を受け入れた大学等の教育機関に,直接情報・助言を提供する という一定の機能を果たしてきたと言える。一方で特別支援学校や関係機関など支援に関わる他の機関や,聴覚障害学生本人やその保護者等個人からの相談も,7年間にわたり一定数を占めている。 表 2 相談者の所属・属性と件数 以下,問い合わせ内容ごとの詳細と対応について述べる。 2.1.1 資料請求の内容と対応 資料請求の内容としては,聴覚障害学生支援または特定の情報保障支援について知識や経験がないため,基礎知識の獲得や情報収集を目的として資料を求める例と,情報保障者の養成講座や研修会,関係者への理解啓発等のテキストとして活用したいという例が大半であった。前者への対応については単に求められた資料を提供するにとどまらず支援体制の状況や学生からどのような要望が出ているのかを聞き取ることにより,必要な資料を追加して提供したり,面談等よる具体的な相談対応や講師派遣を提案したりするなど,相談者の状況に応じ支援体制の構築を促すための一歩踏み込んだ対応をとるケースもあった。 2.1.2 相談・問い合わせの内容と対応 聴覚障害学生支援に関する情報を求める問い合わせや個別的な相談は,例年50〜100件程度寄せられており資料請求に次ぐ件数であった。相談・問い合わせの具体的内容について,項目ごとの件数を表 3に示した。学内に支援体制を構築するにあたり,他大学の事例について情報を求めたり,専任職員や専門部署の設置について助言を求めたりする「支援体制全般」に関する内容が例年一定数を占めていた。また,情 報保障支援の方法に関する内容として,パソコンノートテイクの導入方法や連係入力の指導方法,ゼミや実習など授業に応じた情報保障手段について助言を求めるもの(「情報保障支援(全般)」)や,映像教材への字幕挿入方法,遠隔情報保障支援の利用可能性等,支援技術に関する問い合わせ(「情報保障支援(技術)」も見られた。また,「FM補聴システムを利用したい」「軽度難聴の学生が語学の授業でリスニングに取り組みたい」「実習先での補聴環境を整えたい」といった補聴相談についても,少数ながら例年数件の相談が寄せられた。 表 3 相談・問い合わせの内容ごとの件数 これら相談・問い合わせに対しては,背景状況や相談者の属性,支援に関する知識・経験等に応じ,メールや電話でのやり取りを中心に資料や情報を提供した。個別具体的な相談については,先方を訪問してより具体的な話を聞き,直接助言を行う機会を設ける等,さまざまな方法で対応を行った。特に補聴相談や特定の場面についての情報保障支援に関する相談に関しては,支援担当者や聴覚障害学生に直接会ってニーズを聞き取り,状況を確認することが重要であり,相談元の大学を複数回訪問して対応する例もあった。「相談・問い合わせ」の内容及び特性とその変遷,相談者の属性ごとの対応事例については,「2.2 相談・問い合わせの傾向と対応事例」において詳述する。 2.1.3 講師依頼 大学等におけるFD/SD研修や学生を対象とした情報保障者養成講座,地域における通訳者研修等への講師派遣依頼が例年十数件,多い年では20件以上寄せられた。当該大学や地域において,障害者支援について専門家による抜本的な指導・助言が必要とされるケースと,養成講座等が継続的・安定的に開催されることを主眼におくべきケースとがあり,丁寧に状況を聞き取りいずれかを見極めて対応を行った。後者については近隣地域の関係機関や専門家を紹介するなどの対応を取った。 2.1.4 見学依頼 見学依頼は,大学等が聴覚障害学生支援に初めて着手するにあたり本学の設備や授業見学を希望するケースが主であった。しかし近年では,大学等と直接的には関係しない通訳者団体や当事者団体,特別支援学校等が本学の見学に来訪する際,他大学支援に関する情報も得たいとの要望があって対応するケースも見られるようになった。一般大学における聴覚障害学生支援の必要性が広く浸透しつつあることが垣間見られた。 2.2 相談・問い合わせの傾向と対応事例 相談・問い合わせの具体的内容については,障害学生支援を取り巻く社会的状況の変化を背景として,平成19年度の相談窓口開設当時から現在に至るまでの間にその特性も変化してきた。また,相談内容や対応後の経過には,相談者の属性の違いによる傾向も見られた。ここではいくつかの事例を通しそれらの状況を述べる。 2.2.1 大学等高等教育機関からの相談の特性と変遷 大学等から寄せられる相談・問い合わせには,ニーズの特性から大きく3つの傾向が見られた(表 4)。 「〇〇について知りたい」という特定の情報提供を求めるもの(表 4@)に対しては,原則として,関連する資料の提供や,書籍・文献,地域リソース等についての情報提供により対応した。併せて,頻繁に寄せられる問い合わせ内容については,典型的な回答例をPEPNet-Japanのウェブサイト内「聴覚障害学生支援FAQ[1]」に掲載するなどして,多くの関係者に共通するニーズに応えられるよう情報のコンテンツ化にも取り組んだ。このように特定の情報を求める相談のうち,相談窓口を開設した当初では,聴覚障害学生の全国的な状況や情報保障支援の全体像を知らないまま,一部の報道や特定の聴覚障害学生から得た断片的な手掛かりをもとに,支援に取り組もうとしているケースが目立った(事例1)。そのため,相談に至った背景や経緯を丁寧に聞き取ることで,より適切な情報提供につながるケースもあった。一方,近年は基本的な知識・情報を得た上で,知りたい情報のみを本窓口に問い合わせるケースや,「〇〇の目的のためにこの情報を知りたい」など支援体制の状況や検討の経緯がわかる形での問い合わせが増えており,支援担当者がより主体的に情報収集し支援体制の発展に携わる様子が見受けられる。この背景には,PEPNet-Japanにおいて開発した理解啓発教材等の充実・普及やシンポジウムの定期的な開催,また日本学生支援機構による支援担当教職員研修の実施等,大学教職員が支援に関する基本的な知識・情報に直接アクセスできる環境の整備が急速に進んだことが効果を上げていると考えられる。 表 4 大学等からの相談・問い合わせの特性と内容例 @情報提供を求めるもの ・ノートテイカーの養成方法を教えてほしい。 ・近隣地域でパソコンノートテイクを依頼できる団体を教えてほしい。 ・障害学生支援の補助金制度について知りたい。 ・映像教材の字幕挿入に適したソフトウェアを知りたい。 ・聴覚障害学生が英語の授業を受講する際の配慮事項を教えてほしい。 ・音声認識システムを情報保障として導入する場合の費用を教えてほしい。 A他大学の事例について尋ねるもの ・理工系学部で聴覚障害学生支援を受け入れた他大学の事例を教えてほしい。 ・大学の正規科目として,ノートテイクや支援方法に関する授業を開設している事例を知りたい。 ・障害学生支援や支援室に関する規定を定めている大学の例を知りたい。 B特定の支援事例について助言を求めるもの ・中等度難聴の学生にFM補聴システムを導入したいので助言がほしい。 ・聴覚障害学生が海外研修に参加する際の情報保障支援についてアドバイスがほしい。 ・聴覚障害学生への支援・配慮について学内に周知するためパンフレットを作成しており,内容について助言がほしい。 【事例1】 [相談年]2009年度[相談者]学生課職員 [相談内容]入学予定の聴覚障害学生からパソコンノートテイク支援の要望が出ている。近隣で支援を依頼できる団体があれば教えてほしい。[対応]情報保障支援を実施するのは初めてとのことを確認した上で情報提供と助言。@大学近隣で連係入力支援を行っている要約筆記団体を紹介。A学外団体は,予算面や技術面,人材面ですぐに全ての授業支援を依頼できるとは限らないこと,多くの大学では学内の学生を養成しノートテイク支援を運用していることを伝える。B聴覚障害学生がなぜパソコンノートテイクを希望するのかを確認し,希望する方法で対応しきれない場合に他にどういった方法が可能かどうかも並行して検討することを助言。[経過]要約筆記団体に連絡をとり,授業における支援が可能であるか相談したとのこと。 次に,他大学の事例について尋ねるもの(表 4A)は相談窓口を開設した当初はまだ少なく,支援体制がある程度確立されていたり,障害学生支援を専門とする教員がいる大学等に限られている印象であったが(事例2),近年徐々に増加してきた。これら相談の背景には,事前に情報収集を行って適切な支援を見極めたり,学内啓発を行なったりするキーパーソンの存在が見受けられ,多くの大学で障害学生支援体制の整備が進み,障害学生支援の担当者が置かれたことの影響と考えられる(事例3)。 【事例2】 [相談年]2009年度[相談者]障害学生支援室コーディネーター「相談内容」初めて理工学部で聴覚障害学生を受け入れるにあたり実験授業での安全確保について学部教員から情報提供を求められている。他大学での支援事例を教えてほしい。[対応]@PEPNet-Japanシンポジウムで理工系学部の支援を取り上げた際の資料を提供。A理工学部に限らず,医学部,家政学部,建築学部など実験授業のある専攻で学んだ聴覚障害学生の事例を数例紹介。[経過]相談者から直接,紹介した大学の担当者に詳細を問い合わせ,情報を整理して学内での検討に活用したとのこと。 【事例3】 [相談年]2014年度[相談者]学生支援室職員「相談内容」聴覚障害学生が教育実習を行う際に情報保障を利用した事例があれば教えてほしい。[対応]@聴覚障害学生が通常学校で教育実習を行う際に情報保障(遠隔情報保障支援,手話通訳)を利用した事例を紹介。A実習中に情報保障支援を行う以外に,聴覚障害学生が教育実習を行う際に行われている支援の例として,実習校との綿密な事前打ち合わせや,事前学習・事後学習・オリエンテーション時のサポート,研究授業での講評における情報保障,児童生徒との直接コミュニケーションのための工夫等について事例を紹介。[経過]情報保障やコミュニケーション支援など場面により必要な配慮がさまざまであることを念頭に実習校と打ち合わせを実施したいとのこと。 次に,特定の支援事例について助言を求める相談(表 4B)については,支援経験や体制の有無に関わらずさまざまな大学等から寄せられている。障害学生支援に関する基本的知識・情報が普及し研修機会が増えた現在においても,支援を必要とする学生の多様化,専攻や授業形態の多様化を背景として,個別具体的な助言は依然として必要とされていることが伺える。こうした相談には他大学における支援事例や本学における実践事例をもとに対応したほか,大学を訪問するなどして個々の学生の状況を詳しく聞き取り,対応方法を共に検討するなどした(事例4・5)。 【事例4】 [相談年]2010年[相談者]教務課職員[相談内容]聴覚障害学生が3年生に進級しゼミや実験の授業が始まるため支援方法を検討している。ノートテイク以外にどのような情報保障が可能か教えてほしい。実際に使う実験室の状況に応じて支援方法を助言してほしい。[対応]大学を訪問し,担当教員,事務職員,聴覚障害学生と打ち合わせを実施。教員からゼミ・実験の進め方を詳しく聞き,筆談用具の活用や,上級生や卒業生によるノートテイク支援を提案。また実験室を見学し,聴覚障害により生じる危険が具体的にどういうものかを共に確認し,視覚情報で補助したり必ずパートナーとペアで取り組んだりする等の工夫について提案。[経過]主に担当教員と聴覚障害学生との間で打ち合わせを行い,ゼミ生によるサポートを中心として実施したとのこと。 【事例5】 [相談年]2011年[相談者]学生支援課職員[相談内容]聴覚障害学生が木工の授業履修を希望している。電動工具を使用するため,担当教員が安全面で不安を持っており,どのように対応すればいいか教えてほしい。[対応]本学産業技術学部の授業で聴覚障害学生が回転工具を使用して実習する際の留意点や環境整備について,授業担当教員より情報を得て助言。[経過]回答内容を担当教員に伝え,学内で検討したとのこと。 2.2.2 聴覚障害学生からの相談・問い合わせ 聴覚障害学生からの相談で多く見られたケースは,大学の担当教職員と支援に関する話し合いを行ったものの思わしい回答や結論が得られなかったため,その後の交渉に向けて情報を得るために相談を寄せるものであった。こうした相談では,学生が交渉に不慣れであったり大学担当者とのやり取りにおいてコミュニケーション支援が十分確保できていなかった場合も考えられ,実状を把握しづらいことも少なくなかった。大学等での支援を実現していくためには,本窓口から大学担当者に直接情報提供をすること,あるいは担当 者,聴覚障害者と本学教職員の三者による面接を実現することが早期解決の鍵である場合が多く,学生を通し本事業の連絡先やパンフレットが大学側に伝わるよう働き掛ける対応をとった。また,聴覚障害学生が学内で孤立するのを防ぎ,学生自身も知識・情報を得られるよう,学生当事者の団体を紹介したり,専門領域の近い聴覚障害学生や社会人を紹介するなどした(事例6)。その結果,大学の担当者から本窓口に直接問い合わせがあり具体的な助言を実施した例や,聴覚障害学生から学内の支援状況が改善したとの報告を得られた例もあった。一方で,その後の経過が把握できないままのケースもあり,今後は,聴覚障害学生本人からの発信を具体的な環境改善に確実につなげられるような方策が求められる。 【事例6】 [相談年]2009年〜2011年[相談者]聴覚障害学生(初回相談時2年生)[相談内容]学生によるノートテイク支援を受けているが,声が小さく聞き取りにくいなど理解のない教員がいて困っている。どうしたらよいか。[対応]教員や職員との相談の経過や現在のノートテイク支援体制等について詳しく状況を聞き,支援を担当する事務部署や相談できる学部教員が存在することを確認。また学生本人が教職員に伝えたい事柄や求める支援体制像を具体的に描いていることもわかった上で助言。@現在の悩みを教職員に伝え,学内で支援体制について検討したり話し合いの場を持ったりするよう提案。Aノートテイカーの学生に呼びかけ,自主的な反省会や勉強会を設けて,支援上の悩みを共有し解決策を探ることを提案。B教員への配慮依頼文の案を作成し,こうした文書を学内で配布することを教職員に相談することを提案。[経過]Aについては,その後ノートテイカーとのトラブルや悩みについても継続して相談があったため,対応方法について助言するとともに大学主催の研修会が開けるよう担当部署に働きかけることを提案。Bについては相談者が作成した文案についてメールのやり取りにて添削・助言を行った。 その後も,就職活動に関する相談に応じるなど卒業時まで数回のやり取りがあった。大学教職員と直接連絡を取るには至らず,具体的な支援体制の構築や充実にはつながらなかったが,相談者が悩んだ際の相談先として一定の機能を果たしたと思われる。 2.2.3 保護者からの相談・問い合わせ 保護者からの相談では,大学受験を控えた高校生や大学入学が決まり支援に関する打ち合わせに臨もうとする保護者から,大学への働きかけ方に関する内容を問われるものが大半を占めていた。現在では,障害学生支援に関する情報を大学ホームページ等で公開することが推奨され多くの大学が取り組み始めている。オープンキャンパスや大学説明会で障害学生への個別相談の場を設ける大学等も出てきており,入試に際して情報収集する保護者の負担は軽減しつつあるものと思われる。一方,近年では大学との事前相談において協議が難航し,相談が寄せられるケースも出てきている。入学前に寄せられる保護者からの相談は,入学後の大学における支援体制整備につながる可能性もあるため,本窓口での対応としては保護者個人への助言に終始せず,大学担当者に必要な情報が届くよう働きかけてきた。しかし実際には,保護者からの相談を通じ,大学担当者から直接の問い合わせを引き出すに至る例はまだ少なく,対応方法の更なる工夫が必要と言える(事例7)。また,高校までは支援に関する周囲とのやり取りを保護者に任せていた聴覚障害学生にとって,大学入学は自らが主体的に動き始める契機となる。平成28年4月に施行される障害者差別解消法[2]においては本人の意思表明に基づき合理的配慮が提供されることが原則とされており,今後一層,本人の意思表明の重要性は増すものと考えられる。保護者からの相談を通して,本人のエンパワメントを促す取り組みが求められる。 【事例7】 [相談年]2010年[相談者]聴覚障害高校生の保護者[相談内容]志望する大学のオープンキャンパスで支援体制について相談したところ,聴覚障害学生の支援経験がないため入学後もサポートできないとの回答だった。どのように説得すればよいか。初めて受け入れる他の大学ではどのようにしているのか。[対応]保護者からの報告のみでは,実際の回答内容や経緯が把握できないため,大学側が直接情報収集に動き,本窓口からの直接の助言につながるよう働きかけを求めた。@過去に支援の経験がなくても入学した学生との相談によって何らかの支援を講じ,修学している例があると伝える。A本事業及びPEPNet-Japanのパンフレットを送付し,大学にも提供して直接の問い合わせを促してもらう。[経過]その後,保護者,大学いずれからも連絡がなく経過不明。 2.2.4 関係機関等からの相談・問い合わせ 特別支援学校や各都道府県の情報提供施設,各地方自治体の通訳者派遣センター等からの問い合わせについ ては,当該機関が抱える案件についての相談だけでなく,近隣の聴覚障害当事者や大学等から受けた相談について回答するため,本窓口に情報提供を求めるケースが見られた。このように間接的に照会をうけた相談の場合,個別具体的な事案である場合はもともとの相談者の状況について情報が十分でなく,本学から的確な助言を行うことが困難なケースもあった。特に,事例8のように,聴覚障害社会人が通信制や夜間部の大学に通うにあたり地域の派遣センターに問い合わせるケースは,社会人学生も合理的配慮を提供する対象であることが明確に定められる障害者差別解消法の施行後は,これまで以上に多くの大学等や関係機関にとって,解決すべき課題となることが推測される。今後は,各地域の関係機関と本学とが円滑に連携を図り,適切な情報提供や助言を行っていくことが重要と言える。 【事例8】 [相談年]2011年[相談者]市障害福祉課職員[相談内容]市内在住の聴覚障害者が通信制大学に通っており,夏季スクーリングで情報保障を必要としているが大学側では特に用意がないと言われ,市の通訳者派遣利用について相談があった。大学側とも相談したいがどのように進めたらよいか。[対応]@大学によって学生課,教務課等担当する事務部署が異なるため,大学に問い合わせて窓口を確認することを勧める。A在住市からの通訳者派遣が可能であっても情報保障を利用して受講することを大学側に把握してもらうことが重要なので,必ず事前相談をするよう聴覚障害者本人に伝えてもらう。B授業の内容や進め方によっては文字による支援が有効である場合もあるので,受講する授業の状況を確認の上,大学と相談することを勧める。[経過]報告なく経過不明。 また,小中高等学校や企業からの問い合わせでは,初等中等教育における情報保障や就労場面における支援・配慮について,大学における支援のノウハウを参考に検討したいというニーズが多く見られた。本事業においては,そうした高等教育以外の分野においても情報が求められている現状を踏まえ,幅広く各分野における先進事例の情報をとらえ,関連する機関や専門家と連携して的確な情報提供につなげることが求められていると言える。 3.まとめ これまで述べてきたように,本総合的支援窓口における相談事業は,主に障害学生支援に取り組む大学等高等教育機関への情報発信,問い合わせに対応する専門機関と して,一定の成果を上げてきたと言える。現在は,本窓口を開設した平成19年度当初から大きく社会的状況が変化し,PEPNet-Japanによる各種教材や情報の発信,シンポジウムの開催,日本学生支援機構による実態調査[3]や各種セミナーの実施,障害のある学生への支援・配慮事例[4]の公開,また地域における大学間の交流の活発化等,多くの大学等教職員が障害学生支援に関する知識・情報を入手しやすい環境が充実してきた。さらに平成28年4月の障害者差別解消法施行を控え,国全体として,障害者への不当な差別的取扱いの禁止及び合理的配慮の提供に向けた動きがあり,各大学等には体制の構築が求められている。こうした情勢の中,本事業においては,聴覚障害学生支援に関する専門的な助言・情報を提供する窓口として,今後も関係機関との連携を一層深めながら一つひとつの相談・問い合わせに対し,きめ細やかな対応を図る。さらに,障害者差別解消法の施行に伴い相談の増加が見込まれる,合理的配慮の内容やその決定プロセスに関する事案に対して,専門性をいかした的確な助言が実施できるよう体制を整えることが求められる。更には,本事業において相談に応じた合理的配慮の提供にまつわる好事例や紛争解決事例,先進的な支援事例などをもとに,従来発信してきた基本的な知識・情報に加え,より個別的具体的な事例についても,多くの大学等関係者や聴覚障害学生が共有できるよう情報発信に取り組むことが課題である。 参考文献 [1] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.聴覚障害学生支援FAQ,日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークホームページ(2015-8-20),http://www.a.tsukuba-tech.ac.jp/ce/xoops/modules/tinyd4/index.php?id=17&tmid=73.[2] 内閣府.障害を理由とする差別の解消の推進,内閣府ホームページ(2015-8-20), http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html[3] 独立行政法人日本学生支援機構.障害のある学生の修学支援に関する実態調査,独立行政法人日本学生支援機構ホームページ(2015-8-20),http://www.jasso.go.jp/tokubetsu_shien/chosa.html[4] 独立行政法人日本学生支援機構.支援・配慮事例,独立行政法人日本学生支援機構ホームページ(2015-8-20),http://www.jasso.go.jp/tokubetsu_shien/2014jirei_top.html [5] 白澤麻弓,石原保志,小林正幸,他.高等教育機関のアクセシビリティ向上にむけた 聴覚障害学生支援拠点形成事業.テクノレポート2008;15:p.201-206.[6] 白澤麻弓.高等教育機関のアクセシビリティ向上を目指した筑波聴覚障害学生高等教育テクニカルアシスタントセンター構築事業報告書.筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター,2012. Consultation and Support in a Resource Center for Deaf or Hard-of-Hearing Students NAKAJIMA Akiko1), HAGIWARA Ayako1), SHIRASAWA Mayumi1), ISODA Kyoko1), ISHINO Maiko1), IKARASHI Yoriko1), SATO Masayuki1), MIYOSHI Shigeki1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: The Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, a consulting office for postsecondary educational institutions that accept deaf or hard-of-hearing students, was established as the result of a project to set up a resource center that provides student services to deaf or hard-of-hearing students in the 2007 fiscal year. Consultation and studies about support technology continue, and the resource center contributes to the development of support systems for deaf or hard-of-hearing students. Particularly as part of the project to consult for and support institutions, much advice and information has been offered in 300 consultations or responses to information requests each year, depending on the situation or position of each client. In this study, we report the project results from fiscal years 2007 to 2014, using certain representative examples. Keywords: Support system, Deaf or hard-of-hearing students, Resource center