高分子環状ニトロキシドラジカル化合物とシリカの有機‐無機ハイブリッド複合体のß腹膜透析医薬品化に向けた臨床応用研究 平山 暁 1),長崎幸夫 2),植田敦志 3) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター 1) 筑波大学 数理物質系 2) 筑波大学附属病院 日立社会連携教育研究センター 3) キーワード:腹膜透析,被嚢性腹膜硬化症,酸化ストレス,ナノテクノロジー 1.研究背景  21世紀初頭まで全地球上における医学課題の筆頭は感染症の制御による救命率の上昇にあった。しかし,2010年代に入り,糖尿病,心・腎・脳血管疾患,がんなど生活習慣に起因し慢性の長期経過により死や重大な障害に至る非伝染性疾患(non-communicable diseases: NCD)が全世界の筆頭死因であることが国連総会で報告され, 地球規模の医学課題となった。がんから糖尿病に至る多彩なNCDの共通病態として慢性炎症があり,その反応過程における共通のプロセスである酸化ストレスの病態解明や制御が極めて重要となってきている。しかし,これまで抗酸化剤投与による病態改善を目的とした大規模臨床試験は有意な改善効果を認めないものが多いばかりでなく,むしろ死亡率や癌罹患率を上昇させるなど有害な効果を示すものも少なくない[1]。そもそも,酸化-抗酸化反応は生体内で広汎かつ同時に進行しているため,経口投与など抗酸化剤の全身投与を行った場合,必要な部位での酸化抗酸化反応も抑制してしまう。このような見地から,申請者等は,ドラッグデリバリーシステム(DDS)技術を用い,酸化ストレス亢進部位においてのみ特異的に抗酸化作用を発揮するレドックスナノ粒子(RNP)の開発に成功した。このRNPは酸化ストレス関連疾患において非常に有用であり,これまで急性腎障害,潰瘍性大腸炎,脳塞栓などの動物モデルにおける高い効果を報告した。本研究は筑波大学長崎研究室との共同研究により,RNPを腹膜透析液へ含有することにより,腹膜を保護しかつ長期腹膜透析を可能ならしめることを目指すものである。 2.腹膜透析と酸化ストレス  末期腎不全患者に対する腎代替療法(RRT)は透析療法と腎移植に大別され,前者は血液透析(HD)と腹膜透析(PD)がある。PDは在宅治療であり患者の社会生活への影響が少ないため,HDに比べて社会復帰へのハードルが低く,かつ心負荷や残腎機能保持において有利である。しかしながら,長期にわたる治療により腹膜劣化や,いったん発症すると予後不良である被嚢性腹膜硬化症(EPS)という大きな合併症のため,長期PDはほぼ不可能であり。現実には5~10年程度でHDに移行する例が多いEPSは「びまん性に肥厚した腹膜の癒着によりイレウス症状を呈する症候群」であり,長期PDに合併し透析液による腹膜劣化が主原因である。劣化腹膜はフィブリン皮膜に覆われ腸管蠕動を阻害し腸閉塞を呈するため,患者は透析効率が低下するとともに,摂食が障害され著しい低栄養状態に陥る。EPSはいったん発症すると治療に難渋するため予防が重要であり,低糖濃度液や生体適合性の高い透析液の使用,腹腔洗浄,薬剤投与が試みられているが,効果的な対策は少ない。。EPSへ至る共通経路に腹膜での慢性炎症がある。浸透圧物質として含有される糖(特に糖高濃度透析液)がこの一要因ではあるが,慢性炎症全体のプロセスは急性炎症と比べ多様であり免疫学的機序の多くは不明である。このため炎症における普遍的なプロセスである酸化ストレスの制御による治療戦略が重要となる。一般的な低分子抗酸化剤による治療では腹膜を通して体内に取り込まれるためその毒性や正常のエネルギー代謝が阻害され有効性は低い。EPSに対し抗酸化剤治療を行うためには,透析液内で安定であり,かつ炎症・酸化ストレス亢進部位で特異的に抗酸化能を発揮する部位特異的抗酸化機能が必要である。 3.研究方法  本研究では抗酸化能を有する腹膜透析用ナノ粒子を開発し,腹膜における炎症を低減するだけでなく,サイズ効果により腹膜透過を遮蔽し全身反応の惹起を抑制することを目的とした。さらにナノ粒子内にシリカを含有させることにより吸着能を創り込み,透析液交換回数を減ずることを可能とする腹膜透析用ナノ粒子(Silica-containing RNP: SiRNP)の開発を行った。方法の詳細は既発表文献[2]を参照されたい。 (1)SiRNPの合成およびIn vitroにおける特性評価  既報[3]に基づき,ニトロキシドラジカルTEMPO(1-Oxyl-2,2,6,6- tetramethyl- 4-hydroxypiperidine)を含有するRNPを合成し,疎水性コア中でゾルーゲル法によりシリカを含有させ,SiRNPを作成した。  (2)In vivoにおける生体内安定性評価  SiRNPをラット腹膜内に投与し,腹腔内での安定性および血中への移行を電子スピン共鳴法(ESR)により測定した。 (3)腹膜炎モデルにおける腹膜保護効果・抗酸化ストレス効果の評価  クロルヘキシジン(CH)ラットEPSモデル(Perit Dial Int 2009;29:S202.S205)にSiRNPもしくは非粒子化TEMPO腹腔内投与し,腹膜の組織学的評価および腹膜からのスーパーオキサイド産生能を評価した。 (4)腎不全モデルにおける評価  マウス虚血再還流腎不全モデルを用い,SiRNP投与後6-9時間において腎機能へのを評価した。 4.結果 (1)SiRNPの合成および特性評価  得られたSiRNPは平均粒径40nm(湿重量約5%のシリカ含有)であった。これは既報のシリカ非含有RNP(平均粒径22nm)に比べ若干サイズが増大していた。SiRNP溶液は完全に透明であり,PD液への添加により変質を来すものではなかった。SiRNP含有PD液を腹腔内投与したところ,投与後60分に至るまで血中移行は認められなかったが,非粒子化TEMPOはすみやかに血液中への移行した。SiRNP投与による毒性は認められなかった。 (2)腹膜炎モデルにおける腹膜保護効果・抗酸化ストレス効果の評価  クロールヘキシジン誘発腹膜炎モデルラットにおいてSiRNPの腹腔内投与は腹膜肥厚を有意に抑制するとともに,腹膜からのスーパーオキサイド産生を抑制した。非粒子化TEMPOの効果はSiRNPと比べ有意に弱かった。  (3)腎不全モデルにおける評価  虚血再還流腎不全モデルにおいてSiRNPは,PD液単独およびシリカ非含有RNPに比べ有意に血中尿素窒素およびクレアチニン値を低下させた。 5.考察  本研究により開発されたシリカ含有レドックスナノ粒子SiRNPは,部位特異的抗酸化作用により腹膜酸化ストレスの効果的なコントロールを介し腹膜肥厚の抑制・腹膜保護効果を示すとともに,既存のPD液よりも効率的に血中小分子量物質を低下させうることが示された。酸化ストレスがその病態に関わることが現在多くの疾患において示されている一方,抗酸化剤による病態改善を目指した大規模臨床試験の成功例は少なく,その効果に強い疑問が投げかけられている[4]。酸化ストレスに関与する還元反応はそもそも生体各所で持続的に進行しているものであり,抗酸化剤全身投与は不必要な抗酸化作用により悪影響を及ぼすことは想像に難くなく,酸化ストレス亢進部位に特異的な抗酸化療法が必須である。我々はこのような考えの基,レドックスナノ粒子RNPを開発し,その有用性を報告してきた。本研究でも,腹腔内で選択的に抗酸化作用を示すSiRNPの有用性が示された。SiRNPはPEGにより構成されるため生体適合性が高く,PD液中に容易に溶解しかつ安定なため,PDにおいてEPSの発生予防と透析効率改善を期待できる。 6.謝辞  本研究の遂行に関し、筑波大学長崎研究室の池田 豊,吉冨 徹,矢口達也,山下真代,ホサイン モハメド アムラン,吉成友貴の各氏,筑波大学医学医療系松井裕史博士の協力を得ました。ここに深謝致します。本稿は平成27年度競争的教育研究プロジェクト事業C研究成果報告書です。本研究の詳細は参考文献[2] 。および科学研究費助成事業(基盤研究C,24591224)報告書に記載されています。 7.参考文献 [1] Cochrane Database Syst Rev. 2012 Mar 14;3:CD007176 [2] Nagasaki Y, Yaguchi T, Matsumura T, Yoshitomi T, Ikeda Y, Ueda A, Hirayama A. Design and use of silica-containing redox nanoparticles, siRNPs, for high-performance peritoneal dialysis. Biomater. Sci., 2014,2, 522-529, 2014. DOI: 10.1039/C3BM60236B [3] Yoshitomi T, Hirayama A, Nagasaki Y. The ROS scavenging and renal protective effects of pH-responsive nitroxide radical-containing nanoparticles. Biomaterials. 2011;32(31):8021-8. 10.1016/j.biomaterials.2011.07.014 [4] Bjelakovic, G. Nikolova, D. Gluud, C.. Metaregression analyses, meta-analyses, and trial sequential analyses of the effects of supplementation with beta-carotene, vitamin A, and vitamin E singly or in different combinations on all-cause mortality: do we have evidence for lack of harm? PloS one. 2013;8(9):e74558. 10.1371/journal.pone.0074558 8.関連発表等 [1] Hirayama A, Ueda A, Nagasaki Y. Development of silica-containing redox nanoparticle for prevention of encapsulating peritoneal sclerosis and high performance peritoneal dialysis. 16th Congress of the International Society for Peritoneal Dialysis (ISPD 2016), Melbourne Convention and Exhibition Centre, Melbourne, Australia, 2016.2.27-3.1 (Best abstract award受賞演題)