論文概要 論文題目 仮想流束法による構造物のある浅水流のシミュレーション 指導教員 技術科学研究科 産業技術学専攻 丹野 格 准教授 副指導教員 技術科学研究科 産業技術学専攻 谷 貴幸 教授 (所 属) 筑波技術大学大学院技術科学研究科 産業技術学専攻 (氏 名) 清水 颯介 目的:日本では火山の噴火や地震などの自然災害が多く,シミュレーションを用いた水害の予測や堤防や防波堤などの構造物の性能予測が期待されている.河川流や津波等をシミュレーションする際に浅水波方程式と呼ばれる支配方程式が物体適合格子とともに使われている.シミュレーション精度に直結する物体適合格子の生成は,作業者に多くの経験とスキルを要求するだけでなく,非常に手間がかる作業である.そこで,近年ではデカルト格子法と呼ばれる手法を用いて浅水波方程式を解く提案が始まっている.よく利用されるのは,埋め込み境界法と呼ばれる速度境界条件のみ満足させるデカルト格子法だが,水位などのスカラー量に対する境界条件を課したい場合には,追加の手続きを必要とする.  一方,同じデカルト格子法の一つである仮想流束法は,速度,水位の境界条件を統一的に満足させ,物体面をシャープに捉えながらシミュレーションできる方法である.また,様々な境界条件に対して柔軟に対応できる利点もある.これまでのところ,仮想流束法を用いた報告はほとんどない.本研究では仮想流束法を浅水波方程式に対して応用し,これを用いた水害予測や防波堤の性能予測が可能であることを示す. 方法:はじめに,浅水波方程式を近似リーマン解法で計算するソルバーを実装し,検証問題を通してその信頼性を確かめた.次に,信頼性を確認した浅水波方程式のソルバーに仮想流束法を追加実装した.仮想流束法で使用する物体表面上の境界条件は滑り境界とした.浅水波方程式のシミュレーションでは水位ゼロの位置で発散しやすくなるため,これを回避する手続きも仮想流束法に実装した.  実装した浅水波方程式と仮想流束法のソルバーを用いてダムブレイク流れ,パーシャルダムブレイク流れ,そして任意形状を持つ流路の例として漸縮・漸拡流路内の流れをシミュレーションした.それらの結果と,他者による理論解,計測,シミュレーションによる結果と比較することで,本研究で実装した浅水波方程式と仮想流束法のソルバーの信頼性を確認した.  最後に応用問題として,最近注目されている双胴型防波堤まわりの流れ場のシミュレーションを,防波堤位置をいくつかの位置に変更して行った. 結果・考察:ここでは,仮想流束法を実装した浅水波方程式のソルバーで実際に計算した例を3つあげる.1つ目はダムブレイク流れ,2つ目は漸縮・漸拡水路内の流れ,3つ目は双胴型防波堤まわりの流れである.また,それぞれの計算結果を示してから考察も行った.  まず,1つ目のダムブレイク流れの条件と初期水位の概略を図1に示す.図中の水槽の壁面の境界条件は仮想流束法で与えた.図1にある赤い壁を瞬間的に取り除き,左に溜められている水が右に流れる際の挙動をシミュレーションした結果と理論解[Stoker,1957]とを比較した.ダムが崩壊してから1.0[s]後のウェットベッド条件での水位と,30.0[s]後のドライベッド条件での水位を図2に示す.縦軸は水位,横軸は𝑥軸方向の位置である.これらの図から,ウエットベッドとドライベッド共に理論解に良好に一致することが確認できた. 図1 ダムブレイク問題の初期水位(左:ウエットベッド,右:ドライベッド) 図2 シミュレーション結果と理論解との比較(左:ウエットベッド,右:ドライベッド)  2つ目の漸縮・漸拡水路内の流れは,複数の研究者による実験的に計測した結果[Bellos et.al.,1991]や,非構造格子を用いて浅水波方程式でシミュレーションした報告[重枝,2003]がある.漸縮・漸拡水路の概略を図3に示す.図3の赤線部分(流路外壁)での境界条件は,仮想流束法によって与えた.また,図3の各位置(a~e点)での水位の時間履歴を図4に示す.初めに地盤高勾配がない時のそれぞれの地点でのグラフから,本研究による結果と他者の実験値とシミュレーション結果が良好に一致することが確認できた.また,地盤高勾配を持つ(流路が流れの主流方向に下がっている)時も,本研究による結果は他者の結果と良好に一致することを確認した.これら2つの検証問題のシミュレーションから,仮想流束法を浅水波方程式に実装したソルバーによるシミュレーションは一定の信頼性を持ち,精度も良い手法であるといえる. 図4 左:地盤高勾配なし 右:地盤高勾配あり  最後に応用問題として双胴型防波堤[奥村ら,2011]を模した構造物まわりの流れを,信頼性を検証した仮想流束法と浅水波方程式によるソルバーでシミュレーションした.初期水位は津波を模した孤立波が双胴型防波堤に向かっている状態とした(図5).計算領域と双胴型防波堤の位置を図6に示す.堤防間距離はL=5, 10, 15, 20, 30メートルとしたが,ここではL=30のケースを紹介する.図6の赤線の形状が双胴型堤防であり,その壁面境界条件は仮想流束法により満足した.双胴型防波堤なしと双胴型防波堤ありの両方の流れをシミュレーションし,それらの比較を行った.計算開始から100[s]後での水面形状を図7(双胴型防波堤なしが赤色,ありが青色).双胴型防波堤がある場合のほうが,孤立波が防波堤通過後に水位が多少下がることが確認できた.  実際に防波堤などを設計する場合,その形状や配置,そして津波の条件などを変化させたシミュレーションを多数実施する必要があると考えられる.そのため,本研究で構築した仮想流束法を実装した浅水波方程式のソルバーは格子作成の手間が少なく,バリエーションを変えながらシミュレーションを繰り返す必要のある津波や氾濫等を防止する堤防や防波堤の設計等に極めて重要な役割を果たすことができると考えられる. 図5 孤立波の形状 図6 計算領域 図7 100秒後での水位 結論:本研究では,デカルト格子法の一種である仮想流束法を浅水波方程式に実装した.浅水流シミュレーションのベンチマーク問題としてよく使われるダムブレイク問題をシミュレーションし,ウエットベッド,ドライベッドともに良好に理論解と一致した.次に,なめらかな曲面壁を持つ漸縮・漸拡水路内流れのシミュレーションを行い,その結果と他者によるそれらとの定量的な比較を行った.本研究による結果は,他者による実験値,シミュレーション値と十分に一致した.これらの比較から,本研究で構築した浅水波方程式と仮想流束法ソルバーは十分な信頼性を持つと判断した.最後に応用問題として双胴型防波堤周りの流れをシミュレーションしたが,計算条件を他者と一致させることが難しかったため,他者による報告と同程度の効果は確認できなかった.しかし,仮想流束法は防波堤の配置や形状の変更による格子の再構築が必要ないため,防波堤設計時に必要となる多数のパターンでのシミュレーションを行うのに役立つ.以上により,本研究の目的である仮想流束法を浅水波方程式応用し,浅水流中の物体を良好にシミュレーション可能であることを示すことができた.