中途失明学生を対象とした英語学習の自学支援に関する研究 小林 真1),藤井 拓哉2) 筑波技術大学 保健学部科学部 情報システム学科1) 障害者高等教育研究支援センター2) キーワード:英語学習,中途失明,スクリーンリーダー 1. はじめに  保健科学部の学生の中には,高校や本学の在学中に急激に視力が低下し,視覚を用いた英語学習ができなくなる者が少なからず存在する。多少語弊があるが,彼らを中途失明学生と呼ぶことにする。先天的障害の学生と異なり,点字の読み書きを身に着けられていない彼らは,聞きながら触る(=読む)ことが出来ず,音声のみで学習を進めなくてはならない。視覚障害者の英語学習についての研究はいくつか存在する[1][2]ものの,中途失明学生に固有の問題に焦点を当てたものはあまり見当たらない。例えばリスニング学習を考えると,残存視力がある場合は字幕を利用し,聞きながら読むことによって「知ってはいるが聞き取れない単語」と「もとより知らなかった単語」の区別がつく。しかし,中途失明学生が音声のみで学習する場合は,どちらも「聞き取れない単語」であるためそれらの区別がつかない。更に音ではスペルも不明なため,辞書を引くこともままならず,自学自習を進めにくい。図1にその一例を示す。もしスクリプトの電子ファイルが用意されてある場合でも,聞き取れない部分を探して文字を選択し,コピー&ペーストを駆使して辞書を引く作業はかなり労力がかかるものであり,スクリーンリーダーの利用に長けていない中途失明学生には大きな困難を伴う。幼少期より視覚障害となったいわゆる先天盲の学生の場合は,点字や音声での外国語学習のノウハウを中高生の頃に習得している場合があるが,中途失明学生のような「点字の利用できない視覚障害者」が,音のみで英語の自学を進める手法については,効果的な方法が提案されているとは言い難い。そこで本研究では,この状況に対応するための自学支援ソフトウェアを検討した。 2.英語の自学支援の必要性  英語能力を高める自学支援の必要性について改めて確認するため,卒業生へのインタビューを実施した。その中で,職場において利用されている英語についての問いに対し「ビジネスメールの送信や返信は英語で書かなくてはならないことがあり,部門全体の方針や考えについてそれぞれの部門長が発表する会議は英語で行われる」と回答しており,入社後に決まる配属先によっては日常的に英語を使う必要があることが分かった。また,英語学習上の問題点については「映画などを聞き流して学習してみたいが字幕が見えないため興味のあるコンテンツで学習できない」という回答がなされ,視覚情報が得られない英語学習の困難さについて再確認できた。 図1 語学学習時の中途失明学生の困難 3.ソフトウェアの試作  自学支援ソフトウェアを設計するにあたり,様々なレベルや学習区分のうち,大学生として実践力をつける狙いもあることから,リスニング学習に焦点を絞ることにした。具体的には「一定量の長さの英文テキストを聞き,分からない単語を調べる」という作業に絞り,支援ソフトウェアを試作した。  ソフトウェアの外観を図2に示す。ウィンドウは英文が入るテキストボックス,単語が入るリストボックス,単語の意味が入るテキストボックスの3つの領域で構成される。使い方としては,まず「スタート」のボタンにフォーカスを移動させてスペースキーを押す。すると上部のテキストボックスに用意された英文が,英語の音声合成エンジンにより読み上げられる。スタートボタンを押すことによりフォーカスが次のボタンに自動的に移動するようになっているため,読み上げの最中に「分からない単語」が出てきたタイミングでスペースキーを押すと,「What?」のボタンが押されることになる。するとその時に合成音声が読み上げている単語と,その前後1個ずつを加えた合計3個の単語が2番目のリストボックスに追加されていく。そして英文を読み終えてから,フォーカスをリストボックスに移し,上下矢印で操作するとリストボックスの英単語をスクリーンリーダーが読み上げる。この時,ソフトウェアはインターネット上の辞書サイトを利用し,選択された単語の主要な意味を3番目のテキストボックスに表示する。この日本語の意味を音声で知るには,Tabキーを押してフォーカスを移動させれば良い。キーボードの操作としては,単語を上下矢印キーで読み上げさせながら,目的の英単語を特定し,Tabキーを押す。すると日本語で意味の書かれたテキストボックスに移動するので,そこで確認できることになる。その後Shift+Tabキーを押して再度単語リストに戻り,上下矢印キーによる単語の探索を繰り返す。  試作時に留意したことのひとつは,シンプルなキーボード操作である。CtrlキーやAltキーなどを組み合わせる特殊なショートカットキーを覚えずとも,矢印キーやスペースキー,Tabキーといった基本的なキー操作のみで実行できる仕様にした。また,スクリーンリーダーに英文を読み上げさせると日本語の合成音声で読まれてしまうことがあるため,英文の読み上げには英語の合成音声エンジンを使うようにした。具体的には音質に定評のあるReadSpeaker(旧VoiceText)の「Kate」をSAPI5として利用するためにxpNavo2をインストールし,32bit版のpythonとライブラリpyttsx3を用いてソフトウェアを作成した。ウィンドウシステムにはスクリーンリーダーに対応したwxpythonを利用している。  また,ソフト使用時にはスクリーンリーダーとの併用が想定されることから,日本語で単語の意味を表示する部分は改行しないようにした。これにより,フォーカスが移動すると矢印キーを操作することなく内容が一度に読み上げられる。ただし,視覚を併用できる場合には折り返した方が読みやすい。そこで右端での折り返しを選択できるようにチェックボックスを用意してみたが,この機能の実現のためには高機能なテキストボックスコントロールを使う必要があり,必然的にTabキーがテキスト内の「タブ」の入力としての意味を持ってしまう。これにより単語の意味を表すテキストボックスからボタン列にフォーカスを移動することができなくなることが課題であった。 図2 試作した自学支援ソフトウェアの外観 4.まとめ  中途失明学生の英語学習を対象として,リスニングの自学を支援するソフトウェアを試作した。試作したソフトウェアは英文を合成音声で読み上げ,その途中に任意のタイミングで英単語を記録し,その意味を簡単な操作で確認できるものである。 参照文献 [1] 太田,視覚障害者対応「情報補償コンテンツ型e-learningシステム」開発とユーザへの効果的配信方法の研究,テクノレポート26(1) p.164, 2018 [2] 青木他,弱視者のための英語読みスキルアップ指導--リーディングサポートソフトreadKONの開発とその活用,テクノレポート10(2), pp.1-8, 2003