論文の要旨 鍼通電療法が筋酸素化動態に与える影響-1Hzと20Hz間欠的刺激の比較- 令和5年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 保健科学専攻 菊地 勇史 指導教員 近藤 宏 背景:鍼通電 (Electro Acupuncture:以下EA) は現代鍼治療において広く用いられており、その目的は鎮痛以外にも筋血流増加がある。近年、鍼通電をはじめとした電気刺激の周波数の違いによる、 筋酸素化動態及び 筋血流変化について、研究が進められている。これまで連続波を用いた、 筋酸素化動態及び 筋血流の変化については多く報告されているが、間欠波について検討した研究は少ない。 目的:本研究では、1Hzと20Hz間欠波を用い、EAの周波数の違いが、刺激中から刺激後にかけての筋酸素化動態に与える影響について明らかにすることとした。 方法:健康成人男性12人(年齢41.3±11.1歳)を対象に、クロスオーバー法により、各対象者に1週間以上の間隔をあけ、左前脛骨筋に対して、1Hzと20Hz間欠波のEA及び無刺激コントロールの介入を、それぞれ1週間以上の間隔をあけ、1回ずつ行った。刺鍼点は前脛骨筋上の足三里 ST-36及び下巨虚 ST-39とした。前脛骨筋のHb濃度測定には、近赤外線分光法(Near infrared spectroscopy:以下 NIRS)による測定を用いた。 左足三里ST-36の下方3cmに機器を装着し、刺激前1分間、刺激中15分間、刺激後20分間を 解析対象とした。また左上腕にて、刺激前と終了後及び、刺激終了20分後に、血圧と心拍数(Heart Rate:以下HR) を測定し、血圧については、平均動脈圧(Mean Arterial Pressure:以下MAP) を算出した。 結果:NIRSにより測定した、 総ヘモグロビン(Total Hemoglobin:以下 TotalHb)、酸素化ヘモグロビン (Oxygenation Hemoglobin:以下 oxyHb)、脱酸素化ヘモグロビン(deoxygenation Hemoglobin:以下 deoxyHb) それぞれの濃度の初期値に対する変化率を検討した。1Hz群、20Hz間欠波群、コントロール群の3群間に有意差はみられなかった(P>0.05)。各群内で経時的変化ではTotalHb、oxyHbでは、有意な増加がみられた(P<0.05)。またoxyHbでは、1Hz群では刺激3分後から、20Hz間欠波群では刺激2分後から、コントロール群では安静14分後刺激14分後に相当から、実験終了時まで有意に増加し続けた(P<0.05)。oxyHb濃度の変化率において、EA終了時とEA終了2分後の値を比較すると、コントロール群では、EA終了時からEA終了2分後にかけて、107%と変化がないが、介入群では、EA終了時で105%なのに対し、EA終了2分後では109%と増加がみられた。  MAPは、介入群(1Hz群、20Hz間欠波群)とコントロール群の間で有意差がみられ、介入群では有意な上昇がみられた(P<0.05)。HRは、各群内では有意差がみられたが(P<0.05)、3群間においては有意差はみられなかった(P>0.05)。 考察:本研究の結果、介入群では各群内においては刺激中から刺激後にかけて有意なoxyHb濃度変化率の上昇がみられた。刺激中早期から有意なoxyHb増加がみられた機序として、MAP上昇、筋ポンプ、カルシトニン遺伝子関連ペプチド、一酸化窒素(Nitric Oxide: 以下 NO)が関与した可能性が考えられる。  NOは血管への機械的刺激により産生され、血管拡張に作用する。近年、NOが鍼刺激をはじめ物理療法の血流増加の機序であることが、基礎的研究により明らかにされつつある。本研究においても、1Hzと20Hz間欠波のEAによる、血管への機械的刺激により、NOが産生された結果、刺激中からoxyHb増加がみられた可能性がある。さらに、oxyHbは刺激後も実験終了時まで増加が継続していることに加え、EA終了時では105%が、EA終了2分後では109%と増加がみられている。このoxyHb増加の機序として、刺激中に産生されたNOが、筋血管内に蓄積され、刺激後放出されることで、刺激後充血が起きた可能性が示唆される。  また本研究では、3群間に有意差はみられなかった。その要因として、通電出力が不十分であったため、NO産生が乏しかったことと、1Hzと20Hz間欠波を用いたことにより、収縮様式が等張性収縮となり、産生されたNOは、筋弛緩時に筋血流に環流し、NO蓄積が不十分となり、有意な刺激後充血がみられなかった可能性がある。 結論:Hb濃度の初期値に対する変化率を指標に1Hzおよび20Hz間欠波のEAによる刺激中から刺激後にかけての、筋酸素化動態に与える影響について検討した。oxyHbは、1Hz群、20Hz間欠波群との間に有意差はみられなかったが、1Hz群、20Hz間欠波群、コントロール群のいずれでも、経時的変化において有意な増加がみられた。またoxyHbは、コントロール群と比較して、介入群ではEA終了時からEA終了2分後にかけて増加がみられた。刺激中に産生されたNOが、筋血管内に蓄積され、刺激後放出されることで、刺激後充血が起きた可能性を示唆した。