論文の要旨 慢性腰痛患者に対する鍼施術とリハビリテーションに関するコホート研究 1ヶ月間の介入による施術効果と効果に影響を及ぼす患者特性に関する検討 令和6年度 筑波技術大学大学院 技術科学研究科 保健科学専攻 鍼灸学コース Bolot kyzy Shirin 指導教員 技術科学研究科 保健科学専攻 近藤 宏 准教授 1.背景と目的  腰痛は日常生活に支障をきたし、生活の質(QOL)を著しく低下させるため、その予防と治療は非常に重要な課題となっている。腰痛の保存治療法では経口薬や注射による薬物療法が広く用いられているが、これに加えて鍼灸治療や運動療法も普及している。特に、腰痛を愁訴として鍼灸院やリハビリテーション科を訪れる患者は多い。先行研究において、鍼治療では、慢性腰痛患者の疼痛、機能障害、QOLの改善に対して効果が示されている。またリハビリテーションでは、慢性腰痛患者の疼痛、運動機能、健康状態、筋力および持久力、QOLの改善に効果が示されている。一方で、鍼施術やリハビリテーションの効果に影響を与える患者の特性に着目して検討した報告は少ない。  本研究の目的は鍼施術やリハビリテーションが慢性腰痛患者の症状にどのような影響を与えるかについて検討し、鍼施術とリハビリテーションにおいて効果に影響を及ぼす慢性腰痛患者の特性を明らかにすることである。 2.対象と方法  本研究は、本学附属東西医学統合医療センターにて1カ月間の単一群による観察研究を実施した。対象は2023年11月~2024年6月に鍼灸部門及びリハビリテーション部門で受療した慢性腰痛患者58人とした。評価項目は腰部疼痛強度(VAS)、腰痛特異的QOL尺度(RDQ)、疼痛生活障害評価尺度(PDAS)、痛みに対する破局的思考(PCS)とし、評価は、初回の施術前と施術開始1ヶ月後に実施した。また分析では、鍼施術を受療した者を鍼群、リハビリテーションを受療した者をリハビリ群とし、この分別も共変量とした。効果の有無については、QOLの改善指標を判定基準として、RDQの施術後の値が施術前の値と比較して30%以上改善した者を「効果あり群」(n=25)、それ以外の者を「効果なし群」(n=21)と定義し、この区分を従属変数とする変数減少法を用いたロジスティック回帰分析を行った。危険率5%未満を統計学的有意差ありとした。 3.結果  最終的に46人が解析対象者となった。ロジスティック回帰分析では、初診時RDQ(OR=1.152(95%CI:1.128~2.029);P=0.006)および初診時PCS(OR=0.878(95%CI:0.798~0.966);P=0.008)について統計学的有意差が検出され、鍼施術/リハビリテーションの区分については検出されなかった。なお、このロジスティックモデルの最終モデルにおけるχ2検定による適合度検定の結果は、Hosmer and Lemeshowの検定のχ2値は0.555(自由度7;P=0.593)、NagelkerkeのR2値は0.459であり、モデル適合度は概ね良好であった。研究期間中、有害事象の報告はなかった。 4.考察  鍼施術やリハビリテーションにおける施術効果に影響を及ぼした要因について検討し、初診時RDQが高い患者ほど、治療効果が表れやすいことが明らかになった。慢性腰痛患者に対しては、RDQを用いて腰痛によって日常生活が障害される内容を把握し、これらを改善させるために必要な施術プログラムを検討することが治療効果の出現に重要であると考える。  一方で、鍼施術やリハビリテーションを受療した慢性腰痛患者では初診時に破局的思考が強い患者ほど施術効果が表れにくいことが示唆された。先行研究では疼痛を過度に深刻視することで不安や無力感を増幅させ、疼痛緩和を妨げる要因となり、鍼施術の効果が出現しにくいのではないかと推測されている。本研究においては鍼施術と同様にリハビリテーションにおいても疼痛を過度に深刻視することが効果の妨げになったのではないかと考える。慢性腰痛患者を対象とした鍼施術やリハビリテーションを実施する際には、初回評価時に破局的思考のスクリーニングを行い、患者の認知・行動パターンを修正することで治療効果を高める可能性がある。  以上のことから、慢性腰痛患者に対する鍼施術やリハビリテーションにおいては、施術の効果を最大化するためにはQOLや痛みに対する破局的思考などの患者特性を特定することが重要である。またこれらの要因が施術に影響を与えることを理解し施術することが重要である。 5.結論  鍼施術やリハビリテーションが慢性腰痛患者の症状にどのような影響を与えるか、また、効果に影響を及ぼす慢性腰痛患者の特性を明らかにするため、慢性腰痛患者に対する鍼施術とリハビリテーションの1 カ月間の観察研究を実施した。初診時の腰痛特異的QOL 尺度が高い患者では、鍼施術およびリハビリテーションの効果がより顕著に現れることが示唆された。一方で、初診時の痛みに対する破局的思考が強い患者では、これらの施術効果が得られにくい傾向がみられた。