デフスポーツにおける支援技術~競技特性・ルールと技術との関係~* *“Assistive Technology in Deaf Sports”, by Yuhki Shiraishi (Tsukuba University of Technology) and Akihisa Shitara (University of Tsukuba). 白石 優旗(筑波技術大学),設楽 明寿(筑波大学) 1 はじめに  デフスポーツは,ろう・難聴者のみが参加するスポーツのことを指し,聴覚的な合図に代えて視覚的な合図を使用する点を除き,一般的なスポーツと同様のルールで行われている。実際に,デフスポーツの祭典であるデフリンピックの規則(Regulations, 2009)の中のDG23において,下記の通り記載されている.  “The competition rules for each sport shall be those of the International Federations as amended where visual cues are to be used in place of auditory cues.”  上記ルールの適用例に,1)陸上・水泳競技のスタート合図に光を用いる,2)空手競技で審判員の中断(「ヤメ」)の合図に光を用いる,3)サッカー競技で主審の笛と同時に主審と副審の全員が旗を振る,等がある.なお,スタート合図の支援技術等の導入時期について記述された公式の資料は確認できてない.ただし,中島の2009年夏季デフリンピック大会帯同報告[1]では,陸上・水泳競技はスタート合図を光で提示,バスケットボール競技はゴールボードの枠が光ることで反則・得点の合図を提示等の工夫があったと述べられている.  一方,ろう・難聴者が聴者とともにスポーツを行うことも多く,聴覚情報の不足から様々な困難に直面していることも事実である. 2 支援技術の歴史と現状  これまで,ろう・難聴者がスポーツに参加する際の支援技術については,数は多くないものの,研究開発がなされている.  聴覚的な合図に代えて視覚的な合図を提示する研究として,青山らの光刺激スタートシステムがある[2].これは,陸上競技でスターターの合図を目視で確認する方法に代わるものとして,2011年から開発・普及活動がなされてきた.World Athleticsや日本陸上競技連盟の競技規則に記載されている通り,2021年度から国内外で正式に導入されている.  聴覚的な合図に代えて触覚的な合図を提示する研究に,穂苅らの報知・警告音システム[3]がある.ここでは,スポーツに用いる笛の音を識別し,振動アクチュエーターへ変換して選手に伝達するシステムが提案されている.しかし,その基本的な有効性は示されているものの,実利用のために乗り超えるべきハードルは多く,検討段階に留まっている.  これらは代替技術としての支援技術だが,各スポーツのルールや場面に特化した技術とは何かを考慮して開発された事例は我々が知る限り存在しない.例えば,光刺激スタートシステムでは選手の目瞬きによる遅延や目視による心理的ストレスが想定される.また,選手が振動アクチュエーターを「着用」する方法は,選手への「助力行為」との区別が難しく,困難を伴う. 3 HaptStarter  そこで,我々は陸上競技短距離走のルールと使用場面に特化した方法として,スタート合図を触覚情報で直接提示するシステム“HaptStarter”を2016年から開発している[4].なお,聴覚と触覚の反応時間は同等で,視覚よりも速いとの先行研究結果に基づいている.  製作は,クラウチングスタートに適した形状とするため,アチュエータと3Dプリンターで出力した接触部を組み合わせて行った.なお,接触部の形状は,複数候補で反応時間計測比較実験を行うことで決定した.当該触覚刺激提示とLEDによる視覚刺激提示との比較実験の結果、視覚刺激提示よりも触覚刺激提示の方が有意に反応時間は速かった.  この結果から,あらゆる陸上競技短距離走のスタート合図としてHaptStarterをユニバーサルデザインとして提案している.同時に,デフ陸上競技短距離走において聴覚的な合図に代えて視覚的な合図をスタート合図に使用することがデフスポーツの意義であるといってよいかの問題提起も行っている. Fig.1 HaptStarterのスタート合図発信の流れ Table1 一般スポーツ,パラスポーツ,デフスポーツの比較 4 デフスポーツ再考  改めてデフスポーツとは何かを考えるため,ルール,補助具の使用,競技環境の整備,差異の視認性(一般スポーツとの違いが目視で判別できるか)の観点から,他のスポーツとの比較をTable 1にまとめた.  一般のスポーツでは,補助具の使用はルール違反となることがある.例として,陸上競技でスマートウォッチや厚底シューズが議論を呼んだことも記憶に新しいだろう.  次に,パラスポーツでは,障害特性に適合した補助具や競技環境が整備され,それに伴うルールが適用されている.そのため,差異が視認されやすいと考えられる.  最後に,デフスポーツでは,一般スポーツと同等のルールが適用され,補助具についても聴力の差による影響を無くすため,人工内耳や補聴器の装用は禁止されている.更に,競技環境についても,試合コートのサイズや試合用具等は一般スポーツと同様に整備されている.それゆえ,観客には一般スポーツとの差異が視認されにくいとの報告がある[5].しかし,ろう・難聴選手のパフォーマンスについては,日常生活や練習時の人工内耳や補聴器の装用による音情報への依存の有無によっては,聴者との差異が生じると想定される.  また,スタート合図や試合中の審判の合図だけでなく,試合中のコミュニケーションの課題や,走行中の接地音等の環境音情報欠落問題[6]についても考慮していく必要がある.  この様な中,我々は,デフスポーツについて,一般スポーツのルールにできるだけ接近する形で,かつ互いにハンディキャップなしで競い合う考えを尊重したい一方,ろう者の文化や身体性に適した競技環境やルールとは何かを改めて考える必要があると考えている.例えば,ろう者の身体性を一般人と比較した上で競技環境やルールを当事者と話し合いながら設計する方法もあるだろうし,ろう児が集まる場で自然と生まれた遊びからスポーツへ昇華していった場合,そのスポーツはこれまでのデフスポーツと何かが違うのかを考えるのも興味深い. 5 おわりに  現在のデフスポーツは,ハンディキャップを意識せずに一般のスポーツを楽しむ,競い合うという考えに基づいている.しかし,技術の進歩により競技環境の再構築を可能とすることが示唆される中,改めてデフスポーツの本質は何かについて,そもそものスポーツの起源や成り立ちを考慮しつつ,当事者達と共に深く探求していきたい. 謝辞  本研究の一部は,筑波技術大学学長裁量経費,並びに,JST,CREST,JPMJCR19F2の支援を受けたものである. 参考文献 [1]中島,帝京大学スポーツ医療研究,3,13-16,2011. [2]青山他,聴覚障害(Auditory DisordersDisorders),67(743),21-26,2013. [3]穂苅他,スポーツ産業学研究,25(1),89-95,2015. [4]Shitara et al., Int. Journal of Human Computer Studies, 182(103168), 1-11. [5]齊藤,筑波大学 体育科学系紀要,35,103-109,2012. [6]榎本他,日本体育学会大会予稿集 第65回,340-341,2014.