視覚障害学生のための触図と音声を付加したパワーポイント教材を連動させた新規学習ツール:「しゃべる触図教材」の開発 白岩 伸子1),周防 佐知江1),大越 教夫2) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1) つくば国際大学 医療保健学部 診療放射線学科2) 要旨:筑波技術大学 保健科学部では,医療を学ぶ視覚障害学生の自主学習教材として,パワーポイント教材をタブレット端末やスマートフォンで配布し,各自の見やすい文字,白黒反転などの機能の利用を進めてきたが,その教材中の図表については,拡大することで全体像がつかめなくなる,図の説明をたどることに長時間かかるなど,学習に十分利用されていない現状がある。そのため,前回は音声をリンクさせた微小な2mm四方のドットコードを図に刷り込み,音声ペン(G-Speak®)で再生する新規教材を作成し,その使用感を検討した。墨字使用者の,特に図表の理解を深める可能性が示唆されたが,点字使用者に対する方法の検討が必要と思われた。今回我々は,触図と音声を組み込んだパワーポイント教材を連動することで,点字使用者,墨字使用者共に使用できる「しゃべる触図教材」を作成し,その有用性を検証した。神経内科学の講義では難解な神経機能解剖を伝えなければならないが,大脳領野や錐体路の触図に音声情報を組み合わせた「しゃべる触図教材」では,点字使用者,墨字使用者共に図の利用が可能であり,学習後小テストの正答率は学習前平均48%から学習後平均88%へ有意な改善が見られた。また教材の使用感について長所と改善すべき点とが示唆された。今後はこれらの指摘を踏まえて,より使用しやすい教材へと改善を進めていく予定である。 キーワード:視覚障害学生,音声教材,触図,パワーポイント 1.はじめに  筑波技術大学(以下,本学)保健科学部は,視覚障害学生を対象とした鍼灸師,理学療法士などの医療専門職を養成する学部であり,国家試験対策としても重要な臨床医学の情報量は膨大で,学生にとっては最も理解が難しい分野の一つである。とくに,視覚障害者にとって図表による学習については,全体像の把握が困難であり,理解が不十分なままであった。また,難解な医学用語の習得には楽しめる教材の工夫が求められている。  本学部では,視覚特別支援学校専攻科をはじめ医療を学ぶ視覚障害者への教育法の開発に努め,パワーポイント教材をタブレット端末やスマートフォンで配布し,各自の見やすい文字サイズや白黒反転などの機能を最大限に利用してもらう方法など工夫を凝らしてきた[1]-[7]。しかし,図表についてはパワーポイント教材も拡大することで全体像の把握が困難になる,図上の説明文を拡大しながら見るのは大変である,など視覚障害学生にとって十分に活用されてはいない現状がある。また,従来の点字付き触図教材は,点字使用者には細かいオリエンテーションが難しく活用は限定的である。  我々は,音声をリンクさせた微小な2mm四方のドットコードを図全体に刷り込み,音声ペン(G-Speak®)[8]で触れて再生する新規教材を作成した。音声情報をパワーポイント教材に組み込んだ音声教材は,少なくとも墨字使用者の,特に図表の理解を深める方法となり得る可能性が示唆されたが,さらに,点字使用者に対する図表理解へ向けた方法の検討が必要と思われた[9]。  今回我々は,触図と音声を組み込んだパワーポイント教材を連動することで,点字使用者,墨字使用者共に使用できる「しゃべる触図教材」を作成し,その有用性を検証した。本研究は,筑波技術大学倫理委員会の承認(承認番号:2022-34. 承認年月日:2023年2月17日)を得て実施した。 2.対象  視覚障害者の医療系養成機関学生(全盲,弱視を含む)とした。なお本学保健科学部附属東西医学統合医療センター鍼灸研修生の中で研究に参加希望のあった視覚障害者も対象とした。 3.方法 3.1 触図と音声説明の作成  臨床医学の一環である,神経内科学の講義では難解な神経機能解剖を伝えなければならない。従来用いている触図は,点字による説明が長大なため,一枚の触図では収まらないことが通例である。そのため,本来一枚である図を何枚かの触図に分けていることが多い。今回は,それらの触図から主要な図を選び,点字による説明文を省いた代わりに,図に点数字を入れ,数字には,図のその部分の用語を説明する音声を対応させた。従来の点字部分を音声による説明で代替えしたため,一枚の触図の中ですべての説明が可能になった。音声情報作成には,音声創作ソフトCEVIO Creative Studio S「さとうささら」(CEVIO社)を用いた。 3.2 パワーポイント教材と触図教材の連動  上記の触図をパワーポイント教材にし,音声説明を付加した。図の説明文の音声を付加した教材の例を示す(図1,2)。図1では,錐体路の解剖図の触図に対応して,点数字で示した部位がそれぞれ「大脳皮質運動野」「内包後脚」「中脳大脳脚」「橋底部」「延髄錐体で対側へ交叉」「脊髄前角」であると理解できるよう,音声説明をパワーポイントに組み込んだ。  図2は,運動野の局在を示す。運動野の部位とそれにそれぞれ対応する体の部位が理解できるよう,音声説明を加えた。したがって触図を触りながらパワーポイント教材の自動再生をすると,図中の説明が音声で得られることになる。この「しゃべる触図教材」を自学自習させることで,その効果を評価した。 3.3 実施方法  小テスト,アンケートをMicrosoft Forms(以下,Formsと略す)で配布し,指定期日までに返信してもらう方法をとった。なおFormsによる回答が困難な場合は,紙媒体(墨字と点字)での配布,回答とした。 3.3.1 第一次調査 無記名式小テスト調査 手段:教材使用前に,神経内科学小テスト(10問)をFormsで配布し,期日までに回答し返信してもらった。なおFormsによる回答が困難な場合は,紙媒体(墨字と点字)での配布,回答とした。 3.3.2 第二次調査 無記名式アンケート調査 手段:触図教材および同じ図に音声を付加したパワーポイント教材を対象者に配布し,自学自習してもらった。反復学習も可能である。自習終了後,神経内科学小テスト(10問)および教材についてのアンケートをFormsで配布し,期日までに回答し返信してもらった。なおFormsによる回答が困難な場合は,紙媒体(墨字と点字)での配布,回答とした。アンケート内容としては,使用文字種別,教材の使用感(教材の音声は明瞭か,扱いやすいか,説明の内容は適正か,学習に役立つか,今後も教材として使用したいか)についての5段階評価および感想等(自由記載)とした。 図1 触図に点数字で示した部位の音声説明を入れたパワーポイント教材:錐体路の解剖図 図2 触図に点数字で示した部位の音声説明を入れたパワーポイント教材:運動野の局在 4.結果  図3は,教材学習前後の小テストの結果を示す。大脳領野や錐体路の触図に音声情報を組み合わせた本教材は,全盲者(n=2)弱視者(n=3)共に図の利用が可能であり,学習後小テストの正答率は学習前平均48%から学習後平均88%へ有意な改善が見られた。(t-test: p<0.01)  また図4は,研究対象者の使用文字種別を示す。アンケートを集計した結果を図5に示した。音声の明瞭さ,説明の内容の適正さ,学習に役立つかについては,5人中4人(80%)が「強くそう思う」「やや思う」としていた。ただし教材の扱いやすさ,今後も教材として使用したいかどうかについては,5人中3人(60%)が「強くそう思う」「やや思う」としており,やや意見が分かれた。  音声教材についての感想,意見として,まず良かった点は, ・触覚と聴覚から同時に情報を得ることができるため理解しやすい ・伝導路は,文字だけで理解するのは難しいため指で経路をたどることができることはより正確に知識が習得できると思う。 ・点字だけではなく,墨字でも数字の表記があるため点字が読めない人でも全盲の学生に説明がしやすいと思う。 ・脊髄伝導路について苦手意識があったが,触図と説明がわかりやすく,理解しやすかった。今後,大学での授業や国家試験対策において,非常に役立つ教材であると思う。 ・何度も繰り返し聞ける点や触覚で部位の違いが直感的にわかるのが良かった。 改善点の指摘 ・伝導路の図で経路を示す線がもう少し太いとたどりやすい。 ・パワーポイントの音声がよく固まってしまう。 ・説明している箇所の触図のみ強調してくれれば触りながら聞きながら線をたどれると思った。 ・音声がひとつのスライド内でも区切ることが可能だとなお使いやすいと思う。 要望 ・もし可能ならデルマトームの図があるとありがたい。学習のみならず臨床の現場でも大変役立つかと思う。 ・国家試験でニューロンを変える部位の問題もあったと思うのでその点が全て網羅されれば学生としては助かるのではないかと思う。 など多数の参考になるご意見をいただいた。 図3 教材学習前後で見た神経内科学小テスト10問の正答率(%) 図4 本研究対象者の使用文字種別 図5 教材に関するアンケート調査 5.考察  神経内科学の授業に用いているパワーポイント教材の中で,図表部分は,拡大することで全体像がわからなくなる,また図上の説明文をたどることが難しい,などのため十分に活用されないままであった。また触図は,点字による説明が長大なため,一枚の触図では収まらないことが通例であり,使用しづらい。  前回は,音声をリンクさせた微小な2mm四方のドットコードを図全体に刷り込み,音声ペンで触れて再生するグリッドマークの技術[8]を教材へ導入することを試みた。墨字使用者は,このような音声教材が使用可能だが,図表の利用が極めて困難な状況にある点字使用者には,普通紙に印刷した図は使用できない[9]。  そこで点字,墨字使用者共に使用可能な教材として,触図教材と音声を付加したパワーポイント教材の連動を考えた。すなわち,触図を触りながら,パワーポイント教材の自動再生で音声説明を聴くことができる「しゃべる触図教材」である。  本教材を学習に利用した結果,全盲者(n=2)弱視者(n=3)共に図の利用が可能であり,学習後小テストの正答率は学習前平均48%から学習後平均88%へ有意な改善が見られ,図の利用がよりよい理解につながることが示唆された。  アンケート調査の結果によると,音声の明瞭さ,説明の内容の適正さ,学習に役立つかについては,5人中4人(80%)が「強くそう思う」「やや思う」としていた。ただし教材の扱いやすさ,今後も教材として使用したいかどうかについては,やや意見が分かれた。  長所として,反復して自習ができる点や,墨字と点字を併用した為,全盲者への説明にも使用できる点がよい,との評価があった。改善点としては,触図の線がやや細い,音声説明が個々の部位に入っている方がよい等の指摘があった。今後さらにそれらの点に検討を加えていくことで,有効な教材として利用できると考えられた。  今回の試用を元に,適切な教材を選び,新教材をさらに作成することを検討している。また,音声ペンには複数の音声がリンクでき,内容を歌にすることも可能であるため,「しゃべる」に加えて「うたう」教材を作ることも考慮している。それによって,難解な医学用語を楽しみながら学習することができる教材が作成できる可能性もある。 6.結語  墨字も併用した触図と図の説明を音声で組み込んだパワーポイント教材との連動を試みた。神経内科学の講義では難解な神経機能解剖を伝えなければならないが,大脳領野や錐体路の触図に音声情報を組み合わせた「しゃべる触図教材」では,点字使用者,墨字使用者共に図の利用が可能であり,学習後小テストの正答率は学習前平均48%から学習後平均88%へ有意な改善が見られた。また教材の使用感について長所と改善すべき点とが示唆された。今後はこれらの指摘を踏まえて,より使用しやすい教材へと改善を進めていく予定である。 謝辞  本研究は,科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)基盤研究(C)(一般),令和2~5年度 課題番号 20K03040「視覚障害者のための触図とタブレットを融合した携帯できる新規学習ツールの開発」の助成を受けたものである。 参照文献 [1] 白岩 伸子,鮎澤 聡,周防 佐知江,近藤 宏,笹岡 知子,緒方 昭広,石塚 和重.あはき師国家試験対策補講における汎用データベースソフトウェアの活用.筑波技術大学テクノレポート 2017;25(1) 26-31. [2] 成島 朋美,周防 佐知江,加藤 一夫.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み─音声対応触図教材の作成と試用─筑波技術大学テクノレポート 2016;23(2):13-17. [3] 周防 佐知江,成島 朋美,白岩 伸子,他. 医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み─病理学,替え歌自主学習用教材の試作─筑波技術大学テクノレポート2016;23(2):7-12. [4] 成島 朋美,周防 佐知江,舩山 庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み─音声による視覚障害補償機能を有した上肢筋模型の試作─筑波技術大学テクノレポート2014;21(2):40-44. [5] 周防 佐知江,成島 朋美,舩山 庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み―音声による視覚情報保障機能を有する経穴暗記カード―筑波技術大学テクノレポート 2013;21(1):49-52. [6] 舩山 庸子,池宗 佐知子,成島 朋美,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み―ペン型タッチ式レコーダーを利用した骨格筋の暗記用カード―筑波技術大学テクノレポート2013;21(1):43-47. [7] 池宗 佐知子,成島 朋美,東條 正典,他.骨模型へボイスペンを利用した解剖学自主学習の試み 筑波技術大学テクノレポート2011;18(2):7-10. [8] G-Speak®Gridmark ホームページ(cited 2017-4-26),http://www.gridmark.co.jp/gridonput.html. [9] 白岩 伸子,周防 佐知江,大越 教夫.医療を学ぶ視覚障害学生の為の「しゃべる」医療教材の開発と有用性の検討.筑波技術大学テクノレポート 2017;25(1)21-25. Development of a New “Talking Tactile Diagram Material” Learning Tool : Linking Tactile Diagrams with PowerPoint and Audio for Visually Impaired Students SHIRAIWA Nobuko1), SUOH Sachie1), OHKOSHI Norio2) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology 2)Department of Radiological Technology, Tsukuba International University Abstract: In the Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology, we distribute PowerPoint teaching materials on tablet terminals and smartphones as self-learning instructional materials for visually impaired students studying medical and health technology. We have promoted functions such as font size conversion and black-and-white inversion to enhance usability for individual students. However, charts provided in the teaching materials are often underutilized because enlarging them obscures the overall image; also, enlarged images make it harder to locate footnotes. To address this, we developed teaching materials that imprint a microscopic 2-mm-square dot code linked with audio throughout figures. Students can touch these codes with a voice pen (G-Speak®) for playback. While this method was noted to potentially improve the comprehension of print users, especially regarding figures and tables, there was a need to adapt the method for Braille users. We have now developed “talking tactile drawing material” that caters to both Braille and print users by integrating tactile diagrams with PowerPoint teaching materials that feature audio. We tested its efficacy during neurology lectures, in which intricate neural function anatomy must be conveyed. “Talking tactile diagram materials” that merge audio information with tactile diagrams of cerebral areas and pyramidal tracts proved beneficial for both Braille and print users. There was a significant improvement in the post-learning quiz scores, from an average of 48% pre-learning to 88% post-learning. We also identified various advantages and disadvantages regarding the usability of these teaching materials. Moving forward, we intend to refine the materials, keeping this feedback in mind. Keywords: visually impaired students, talking materials, tactile drawing, PowerPoint