欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2023参加報告 小林 真 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 要旨:チェコ共和国のテルチにて開催された欧州の視覚障害学生サマーキャンプ,International Camp on Communication and Computers 2023(ICC2023)に学生1名を引率して参加した。ICCは各引率者や現地スタッフによるワークショップを中心に,夕刻に行われるレジャーアクティビティや1日設けられるエクスカーションなどで構成される。コロナ禍のオンライン開催を経て復活した対面イベントである本キャンプは,SNSツールの事前利用やオンラインでの情報提供などIT化が進んでいた。また,欧州各国から集った視覚障害のある若者たちと共に英語漬けの毎日を過ごした本学の学生は,英語でのコミュニケーションに対するモチベーションが向上したと思われる。 キーワード:視覚障害学生サマーキャンプ,ICC,チェコ共和国 1.はじめに  本学は,オーストリアのリンツにあるヨハネス・ケプラー大学の障害学生支援センター,Institute Integriert Studieren(IIS)と交流協定を締結している。その活動の一環として,同センター長のKlaus Miesenberger博士と元カールスルーエ工科大学のJoachim Klaus氏が1994年から行っている視覚障害者向けのサマーキャンプ,International Camp on Communication and Computers(ICC) に2003年より参加している[1]。本稿では,2023年の夏に開催されたICC2023について報告する。図1は会場にて撮影された集合写真である。  ICCは,これまでの報告[2]-[9]にも記してあるように,16歳から21歳の視覚障害者を対象とした宿泊型のイベントである。各国からの引率者や現地スタッフらがそれぞれワークショップを実施し,参加生徒・学生たちが連日それらに参加することで進められていく。しかし,このICCもコロナ禍によって2020年は中止となり,2021年と2022年はオンラインイベントとして開催された。本学からのオンライン参加については,欧州とは7時間以上の時差があることから見送っていたため,ICC2023は実に4年ぶりの参加となった。参加学生は情報システム学科3年次の宮武 克弥さんである。 図1 ICC2023集合写真 2.サマーキャンプの内容 2.1 日程および開催場所  ICC2023は,2023年8月17日木曜日から23日水曜日までの7日間,チェコ共和国のテルチにあるマサリュク大学の研修施設にて行われた。同施設では2013年にもICCが実施されている。また,マサリュク大学は学生数が約32,000人のチェコ共和国第二の規模を誇る大学であり,テルチはルネサンス様式・バロック様式の家々が並ぶ美しい広場や城などが保存される世界遺産の街である。期間中に宿泊する部屋も研修施設内にあり,宮武さんはオーストリア,クロアチア,スロベニア,ハンガリーからの参加者らと同室であった。  開催期間については,当初は例年通り10日間の予定であったが,久しぶりの対面実施という理由からか参加者数が想定より少なかったことで,7日間に短縮された。 2.2 全体スケジュール  ICCでは,表1の全体スケジュールに示すように基本的には午前と午後に1コマずつのワークショップを実施し,夕方から夜までレジャータイムアクティビティを楽しむことを繰り返す。各ワークショップが始まる前には一旦全員が集合し,参加者が次々に読み上げられてグループを作り,ワークショップの行われる場所へ移動する。また,昼休みと午後のワークショップの間には引率者らが参加するスタッフミーティングが行われ,情報共有と内容改善の話し合いがなされる。さらに期間中,1日だけエクスカーションディが設けられている。そして最終日には各国からのパフォーマンスを披露するFarewell Partyが催される。  ワークショップを実施するのは,到着日と解散日,そしてエクスカーションの日を除く4日間であり,合計8スロットの時間枠が設けられている。このうち最初はオリエンテーションに,最後はパフォーマンスの準備などに充てられるので,合計6回のワークショップに参加することになる。図2は宮武さんの参加したオリエンテーションの様子である。後方に会場の施設が見える。 2.3 参加者数および参加国数  今回の参加者数は35名,参加国数は12ヵ国であった。国別の内訳を表2に示す。このうちラトビアの1名についてはプラハに住んでいることから,チェコのグループとして参加していた。また,スロベキアから1名参加予定であったが,直前の体調不良のため不参加となった。その他参加人数に関する情報として,運営の中心的役割を担ったRadek Pavlíček氏から「引率者を含むスタッフが36名,ボランティアが8名」という数字が報告されている。 2.4 ワークショップ  35名の学生・生徒らは,事前に登録した優先順位希望に基づき数名単位でワークショップに割り当てられる。各タイムスロットにおいて開催されるワークショップ数は7つか8つであり,それぞれの参加人数は内容や希望により3名から7名程度の幅があった。実施されたワークショップタイトルは表3に示す28種類で,希望者の多いものは複数回実施された。このうち私が担当したものは7番の身体の動きに合わせてサーボモーターを動かすというハードウェアのワークショップである。残念ながら希望者は多くはなく,クロアチアからの2名とハンガリーからの1名のみであったが,クロアチアからの参加者は2018年や2019年も私のワークショップに参加してくれた若者たちであり,意識的に選んだと話してくれた。  また,キャンプ期間中に宮武さんが実際に参加したものは順に Body in the space /space in the body Master the social media Make yourself heard - Presentation Skills Blind football for beginners Ergonomics for visually impaired / blind Unlocking the Full Potential of ChatGPT の6つであった。 2.5 レジャータイムアクティビティ  用意されたレジャータイムアクティビティはClimbing Wall + Rope Park,Tandem Bikes Riding,Sightseeing Telč,Swimming in Pond,Gaming Zone,Showdown,Music Room,Board games,Boating,Sound Shooting/ Blind Shooting,Handmade Special - Make your soap,Telč Chateau - tour of the chateauの12種類であり,このうち宮武さんはタンデム自転車,ボート,テルチの街歩き,の3つを選択した。それぞれの様子を図3に示す。 2.6 エクスカーション  日曜日に行われたエクスカーションは,ブルノにある科学博物館「VIDA! Science Center (https://vida.cz)」を訪れてから夕方に湖で遊泳し,テルチに戻って食事を楽しむというものであった。  同博物館の見学は,視覚障害者でも理解できる展示について最初に案内がなされ,半数がそれら一般展示を体験している間に,残りの半数が個別ワークショップを体験し,午前と午後で参加者を入れ替えるというスケジュールで進められた。ワークショップについては「豚の心臓の触察」と「放射線について理解する」という2種類が用意されており,参加者は前日までに希望を登録するようになっていた。  宮武さんは前半,午前中に一般展示をまわるグループになった。展示エリアはPlanet /Civilization /Human /Microworldといったセクションに分かれており,その他,子供向けのエリアや屋外展示なども充実していた。ペダルを漕いでコンプレッサーを動かし,気体の温度変化を左右のグリップで感じさせるものや体内の臓器を触察する模型など,視覚障害者も楽しめる展示が多く用意されていたのが印象的であった。  後半,午後は心臓の触察ワークショップに参加した。これは実際に豚の心臓を切ってその構造や弁などを触察するものであった。図4にその様子を示す。 表1 全体スケジュール 図2 イタリアの参加者たちと過ごしたオリエンテーションの様子 表2 参加者の国別内訳 表3 ワークショップ一覧 図3 レジャータイムアクティビティの様子。上から順にタンデム自転車,ボート,街歩き前の触図や模型を用いた説明会。 図4 エクスカーション場所で行われた心臓触察ワークショップの様子 3.IT ツールを利用した情報共有  今回数年ぶりに参加したICCであるが,一番の変化はWhatsAppベースの運営であった。WhatsAppは国内で言うところのLINEに当たるアプリであり,欧米では非常によく用いられている。これまでも期間中や事後のコミュニケーションツールとしてWhatsAppが使われていたが,今回は参加者全員が事前にグループに登録された。そこでは各自が自己紹介したり興味のある分野についてコメントしたりするなど,開始前から参加者同士でやりとりされる様子が見られた。また,期間中の案内もWhatsApp内で提供され,これまで紙媒体で到着後に提供されていたハンドブックといった資料もリンク先のGoogle Docsのファイルを読む形式であった。ワークショップやレジャーアクティビティの割り当ても,リンク先に表形式で提示してあり,誰でも事前に確認することができた。更に前述のエクスカーション中のワークショップ選択などもフォーム入力を用いることで,これまで口頭や紙媒体で行われていたやりとりが,引率者やスタッフを介さずとも参加者が直接入力できるようになっていた。  一方で,WhatsAppは国内ではあまり用いられていないため,本学からの参加学生がスクリーンリーダーで利用する際に多少苦労することも考えられる。これまでも英語配列キーボードや英語のスクリーンリーダーに慣れるため,事前にそのようなパソコン環境を用意して使い方に慣れておいてもらっているが,今後はWhatsAppやGoogle Docsといった環境に問題なく適応できるよう,事前に練習しておくことが必要であると感じた。 4.参加学生の感想  最後に,参加した宮武さんから寄せられた感想を記す。図5は文中にあるプレゼンテーションのワークショップの様子である。  「私は今回,プレゼンテーションやChatGPTのワークショップに参加しました。プレゼンテーションでは,ワークショップリーダーの方から,発表に対する的確なフィードバックを頂きました。それらは今後人前で話す機会に役立つと思います。また,このワークショップで私は自分の英語力のなさを痛感しました。ICC全体を通して英語では色々と失敗しましたが,その経験は今でも語学学習のモチベーションにつながっています。  ChatGPTについてのワークショップでは,ChatGPTでできること5つを実践してみるという内容で,それらは私が知らなかったことであり,以前よりも興味が高まりました。また,参加者の中でChatGPTについて非常に詳しい方が1人いて,特異な個性があり素晴らしいと思いました。他の時間に参加者の方々と話す中でも,そのような面や,将来の明確なビジョンがある点などが多く見られ,日本の学生にはあまり見られない違いを目の当たりにしました。  アクティビティでは,宿泊地でもあるテルチという街の観光を行いました。テルチは世界遺産であり,街に並ぶ少し変わった建築物の由来を説明していただいたり,バロック様式と呼ばれる非常に細かい装飾を触ったりと,貴重な経験を得られました。終始,触覚を用いて状況を理解できるような構成であったため,視覚障害があってなお有意義な観光を楽しむことができました。日本ではまずないであろう施設を訪れることができたことで,今回欧州研修に参加してよかったと心から思いました。  最終日のFarewell partyは,参加者の方々が各々グループを作り,出し物を行ったのち,夕食をとり,夜通しダンスを楽しむという内容でした。出し物として私は,オーストリアとドイツからの参加者とともに寸劇を行いました。打ち合わせの際に先生にご協力いただいたり,ドイツの方に台本を作成していただいたりと様々な場面で助けられながら進め,無事に笑いをとるという結果を得ることができました。その後のダンスは,正直抵抗感はありましたが,日本ではまずしないであろうということと,参加者の方々に何度もお誘いいただいたこともあり,楽しむことに気持ちを切り替え,非常に良い思い出とすることができました。  また,研修中にはダンス以外の様々な場面でも,誘われたらYesと答えることを意識していました。そのおかげで,多くの経験と様々な方々とのコミュニケーションができたと思います。これは今回の研修を自分にとって良いものとすることができた要因の1つと考えています。  以下より反省点ですが,まず参加者の方々の名前を覚えるのが難しいと感じました。相手の名前が不明なまま会話をすることが何度もあったので,そのたびに申し訳なく思いました。また,こちらから話しかけることに対するハードルが高く感じられ,食事の時など一人の状況があり,もう少しチャレンジすればよかったと思いました。日本のことを説明する際も,聞かれたことに対して十分に知識を持つことや,面白く話せるように準備しておくことなど英語の運用能力意外にも多くの課題を見つけることができました。  最後に,自分にはまだまだ英語の勉強が必要であると心から感じました。ただ,今回参加者の方々とコミュニケーションをとることで,いろんな刺激を受け,今まで以上に海外への興味を持つことができました。以上の点を忘れず,これからも勉学に邁進していこうと思います。」 図5 プレゼンテーションのワークショップの様子 5.謝辞  学生の旅費に関して,筑波技術大学基金よりご支援頂きました。記して深く感謝します。また,キャンプ後にTeiresias Center(マサリュク大学の障害学生支援センター)をご案内頂いたPetr Peňáz教授に感謝します。 参照文献 [1] 加藤 宏,小林 真,原 俊介,塩谷 純.ヨーロッパの視覚障害者コンピュータ・キャンプに参加して.筑波技術短期大学テクノレポート,2004; 11,p.85-91. [2] 小林 真,川村 祥子,東川 恭子.International Camp on Communication and Computers 06参加報告.平成18年度国際交流活動成果報告書,国立大学法人筑波技術大学国際交流委員会,2007; p.29-34. [3] 永井 伸幸,吉田 有希,吉永 円.International Camp on Communication and Computers 参加報告.筑波技術大学テクノレポート,2006; 13,p.95-99. [4] 小林 真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICCの変遷―本学からの10回の参加を振り返って―.筑波技術大学テクノレポート,2014; 22(2), p.24-28. [5] 小林 真,福永 克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2015参加報告.筑波技術大学テクノレポート.2016; 23(2): p.60-64. [6] 小林 真,福永 克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2016参加報告.筑波技術大学テクノレポート.筑波技術大学テクノレポート.2017; 24(2): p.45-51. [7] 小林 真,笹岡 知子.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2017参加報告.筑波技術大学テクノレポート.2018; 25(2): p.51-57. [8] 小林 真,笹岡 知子.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2018参加報告.筑波技術大学テクノレポート.2019; 26(2): p.57-62. [9] 小林 真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2019参加報告.筑波技術大学テクノレポート.2020; 27(2):p.35-41. Report on Participation in the International Camp on Communication and Computers 2023 KOBAYASHI Makoto Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: I accompanied a student to the International Camp on Communication and Computers 2023 (ICC2023), a summer camp for visually impaired students in Europe, held in Telč, Czech Republic. The ICC consists mainly of workshops led by the national coordinators and local staff, leisure activities in the evenings, and a one-day excursion. The camp, a face-to-face event revived after the event was held online during the height of the Corona pandemic, was highly IT-oriented, with early use of social networking tools and online information provision. The student, who spent their days immersed in English conversations together with visually impaired young people from all over Europe, seemed to have increased his motivation to communicate in English. Keywords: International camp for visually impaired students, ICC, Czech Republic