The 16th World Blind Union - Asia Pacific Regional Massage Seminar参加レポート 福島 正也,近藤 宏 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 要旨:2023年9月7日から9日にかけ,ベトナム社会主義共和国のハノイにおいて,第16回WBUAP(World Blind Union – Asia Pacific Regional Council; 世界盲人連合アジア太平洋地域協議会)マッサージセミナーが開催された。今回は,“マッサージに関する研究,訓練,サービス品質向上に係る持続可能な協力関係の促進”をテーマとして,アジア太平洋地域の12の国と地域および特別行政区から約300名の参加者が集まった。各国・地域代表からのプレゼンテーションから,新型コロナウイルス感染症が視覚障害マッサージ業に与えた大きな損失と共に,ポストコロナ社会における新たな可能性が示された。今後も本セミナーに多くの参加者が集まり,視覚障害マッサージに関する国際的な交流が更に深まることを期待したい。 キーワード:視覚障害,理療,マッサージ,国際交流,WBU(世界盲人連合) 1.はじめに  2023年9月7日から9日にかけ,ベトナム社会主義共和国の首都ハノイにおいて,第16回WBUAP(World Blind Union – Asia Pacific Regional Council; 世界盲人連合アジア太平洋地域協議会)マッサージセミナーが開催された。本セミナーはWBUAPが2年に一度開催している,視覚障害マッサージに関するセミナーである。  今回は,“Promoting Sustainable Collaboration on Research, Training and Service Quality on Massage(マッサージに関する研究,訓練,サービス品質向上に係る持続可能な協力関係の促進)”をテーマとして,アジア太平洋地域の12の国と地域および特別行政区(韓国,タイ,日本,中国,シンガポール,台湾,香港,バングラディシュ,マレーシア,モンゴル,ニュージーランド,ベトナム)から約300名の参加者がハノイの地に集まった。日本からの参加者は21名で,本学からは,保健科学部 鍼灸学専攻の福島 正也と近藤 宏が参加した。  前回の開催地は東京であったが,コロナ禍の影響によりオンライン開催となっており,今回のセミナーは4年ぶりの対面開催となった。本稿では,その概要を報告する。 2.マッサージセミナーのプログラムについて  今回のセミナーは3日間の日程で開催され,各国代表からのプレゼンテーションを中心にプログラムが組まれた。以下では時系列に沿って,各日のプログラムの概要を報告する。なお,本来のプログラムはすべて英語表記であるが,本稿では読みやすさを重視し,日本語の意訳で記載する。 2.1 第1日目(9月7日) 08:30-8:45 受付 08:45-9:00 VBA(ベトナム盲人協会)メンバーによる歓迎パフォーマンス…VBAメンバーによる伝統音楽を盛り込んだ演奏が披露された。 09:00–9:45 開会式…ベトナム盲人協会会長による開会挨拶の後,来賓・役員らの紹介があった。 09:45-10:30 基調講演…ESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)およびベトナム伝統医科大学代表の講演が行われた。 10:30-10:50 コーヒーブレーク 10:50-12:30 カントリー/リージョナルレポート … 竹下 義樹氏(WBUAPマッサージ委員会 副委員長)の進行の元,8カ国(バングラディシュ,中国,日本,韓国,マレーシア,モンゴル,タイ,ベトナム)からの報告があった。なお,今回は各国からコロナ禍およびポストコロナにおける視覚障害マッサージ業に関する報告が盛り込まれた。日本,韓国,マレーシア等からは,コロナ禍で収入が大きく減少したとの報告があり,世界中で猛威を振るった新型コロナウイルス感染症が,アジア太平洋地域の視覚障害マッサージ業にも甚大な影響を及ぼした状況が示された。その一方で,コロナ禍前の水準には満たないものの売上は復調傾向にあり,同時に,行政による税金の減免などの支援策,視覚障害者団体が中心となり実施されたオンライン講習会,感染対策を講じた安全な施術環境の整備,健康意識の高まりを通じた視覚障害マッサージのプロモーションなど,厳しいコロナ禍をばねにした新しい取り組みも多く報告された。各国におけるこれらの取り組みは,ポストコロナ時代における,新しい視覚障害マッサージ業の在り方を示唆するものであった。 12:30-14:00 昼食 14:00-15:30 プレゼンテーション サブテーマ1:視覚障害マッサージ師の専門性とソフトスキル向上のためのトレーニング…視覚障害マッサージ師の教育・研修に関する5題のプレゼンテーションが行われた。日本からは,本学名誉教授の藤井 亮輔氏による,一枝のゆめ財団における卒後研修制度に関する報告があった。他に,マッサージを学ぶ学生の手指機能評価,3Dプリンタを使用したリフレクソロジー教材作成,教育カリキュラムに関する報告等があった。 15:30-15:45 コーヒーブレーク 15:45-17:00 プレゼンテーション サブテーマ2:治療院のマネジメント–コミュニケ―ション,マーケティング,サービス,及びIT活用…マッサージ業に関するマネジメント,ICT活用等に関する5題のプレゼンテーションが行われた。日本からは,本学准教授の近藤 宏氏からコロナ禍が視覚障害マッサージ師の雇用に与えた影響に関する調査報告があった。また,本学講師の福島が開発した,ユニバーサルデザインに対応した関節可動域測定アプリケーションに関する発表を行った。他に,マッサージ店舗のマネジメントに関する事例等が報告された。 18:00-20:30 ウェルカムディナー 2.2 第2日目(9月8日)  08:30–10:00 プレゼンテーション サブテーマ3:医療マッサージの発展と視覚障害マッサージ師のエンパワメント…医療マッサージと視覚障害マッサージ師の資質向上に関する4題のプレゼンテーションが行われた。日本からは,フレアス株式会社の内田 朝美氏による新たなADL(日常生活動作)評価指標に関する報告と,函館視力障害センターの渡邉 麗恵氏によるあはき(日本のあん摩マッサージ指圧,はり,きゅう)PRビデオプロジェクトの報告があった。他に,日本の制度を参考にしたベトナムでのあはき政策への提言や標準化された医療マッサージ施術に関する報告があった。 10:00-10:30 コーヒーブレーク 10:30-12:00 プレゼンテーション サブテーマ4: ポストコロナの健康回復に関する研究(1)…新型コロナウイルス感染後遺症を中心とした,マッサージの治療効果に関する4題のプレゼンテーションが行われた。ベトナムの視覚障害者リハビリテーションセンターのドー・ティ・チエン氏からは,新型コロナウイルス感染後の250症例に対するベトナム伝統マッサージの効果を検証した報告があった。全身施術と症状毎の経穴刺激を組み合わせた14~20日の施術が,多くの患者にみられる疲労感,不眠,息切れ,咳,脱毛,嗅覚低下,関節痛に対し,85~100%の割合で改善をもたらしたと報告された。 12:00-14:00 昼食 14:00-17:00 マッサージ実技交流…本マッサージセミナーの大きな特徴の1つに,実技交流のセッションが設けられている点が挙げられる。今回は,会場となった国際コンベンションセンター内に5つの部屋が用意され,それぞれ「中国・台湾」,「日本」,「ベトナム」,「韓国」,「タイ・その他の国」に分かれ,各国のマッサージ技術が披露された。日本からは,沖縄から参加の先生方のあん摩施術,また,マッサージと関連する治療技術として,一枝のゆめ治療院の研修生による表面電極を用いた神経パルス療法が供覧された。 2.3 第3日目(9月9日)  09:00-09:45 プレゼンテーション サブテーマ4:ポストコロナの健康回復に関する研究(2)…前日に引き続き,新型コロナウイルス感染後遺症を中心とした,マッサージの治療効果に関する3題のプレゼンテーションが行われた。中国の河南マッサージ鍼灸職業大学のリー・チンウェイ氏からは,新型コロナウイルス感染後の睡眠障害53例に対する独自の推拿療法の効果について,不眠重症度質問票を用いた評価で,治療1週間で75.2%,2週間で90.6%に効果が認められたとする報告があった。サブテーマ4でのこれらの報告は,臨床研究の手法に改善の余地があるものの,いずれも新型コロナウイルス感染後の慢性的な愁訴に対するマッサージの高い効果を示しており,興味深い内容であった。 09:45-10:00 コーヒーブレーク 10:00-12:00 閉会式…閉会式では,WBUAPマッサージ委員会 委員長の王 永澄氏による大会総括等と共に,WBUAP地域盲人マッサージ模範店の表彰があった。日本からは,京都視覚障害者支援センターが運営する就労継続支援A型の「らくさい治療院」が表彰を受けた。また,前日の理事会において,次回のWBUAPマッサージセミナーの開催国が韓国に決定したことが報告された。 12:00-13:00 昼食 14:00-17:00 施設見学…ベトナムの視覚障害者研修リハビリテーションセンターまたは文廟の見学ツアーが組まれた。 18:30-21:00 フェアウェル・ディナー 3.マッサージセミナーに参加しての所感 3.1 ポストコロナ社会におけるマッサージの役割について本セミナーには,アジア太平洋地域から,文化も言語も異なる多くの参加者たちが集った。そのため,視覚障害に加え,言語コミュニケーションの壁も存在し,セミナー前半は参加者同士の交流も限定的だったように思われた。しかし,2日目午後に行われたマッサージ実技交流を境に,参加者間の距離が急速に縮まったように感じた。実技交流が進むにつれ,マッサージという共通言語を通じ,参加者たちが瞬く間に打ち解け,相互への尊敬と連帯が生まれたようであった。これは人と人とが触れ合うマッサージという行為そのものが持つ大きな力であると思う。  近年,多くの研究により,マッサージがオキシトシン分泌を増加させることが報告されている[1,2]。オキシトシンは,一般向けのメディアでしばしば「幸せホルモン」や「愛情ホルモン」と紹介されることがあるが,ヒトの愛着形成を促す効果があることが知られている。ソーシャルディスタンスやリモートワークが広がったコロナ禍においては,心身ともに人と人との距離が広がった。そのような中,ポストコロナの社会において,マッサージがもつ力が今まで以上に社会にとって重要なものになる可能性を感じた。 3.2 日本の視覚障害マッサージの役割について  今回のセミナーを通じ,視覚障害者の職業としてのマッサージの存在意義やその価値を強く再認識した。また,日本のあん摩マッサージ指圧の長所や,教育水準の高さを実感する機会にもなった。アジア太平洋地域の各国は,日本の理療(あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう)教育制度を視覚障害マッサージ師の育成モデルとしている例も多く,今後も日本は国際的リーダーシップを果たすことが期待されている。その一方で,今回のセミナーにおいて,日本の視覚障害マッサージ師による臨床からの報告はみられなかった。ここ数十年,各種社会情勢の変化により,日本の理療教育・臨床の現場は著しく疲弊してしまった印象が強い。本学を含む日本の関係者には,日本以外の国にも,同じ仕事をする多くの仲間たちがおり,日本を1つの手本として頑張っていることを知ってもらいたい。  次回のマッサージセミナーは隣国である韓国での開催となった。日本からも多くの参加者が集まり,視覚障害マッサージに関する国際的な交流が更に深まることを期待したい。 謝辞  今回のマッサージセミナーを主催したベトナム盲人協会関係者の皆様の素晴らしい運営に対し,心からの敬意と感謝を表します。  また,本セミナーへの参加に際し,令和5年度 学部長裁量経費から一部助成をいただきましたことに深謝いたします。 参照文献 [1] Morhenn V, Beavin LE, Zak PJ. Massage increases oxytocin and reduces adrenocorticotropin hormone in humans. Altern Ther Health Med. 2012 Nov-Dec;18(6):11-8. [2] Takahashi T. Sensory Stimulation of Oxytocin Release Is Associated With Stress Management and Maternal Care. Front Psychol. 2021 Jan 18;11:588068. doi: 10.3389/fpsyg.2020.588068. Report on the 16th World Blind Union - Asia Pacific Regional Massage Seminar FUKUSHIMA Masaya, KONDO Hiroshi Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: The 16th World Blind Union (WBU) - Asia Pacific Regional Massage Seminar was held in Hanoi, Socialist Republic of Vietnam from September 7 to 9, 2023. The theme of the seminar was “Promoting Sustainable Collaboration on Research, Training and Service Quality on Massage” and brought together approximately 300 participants from 12 countries and regions. The presentations by the representatives of each country and region showed the great loss to the visually impaired massage industry caused by the COVID-19 pandemic as well as the new possibilities in the post-COVID society. We hope that this seminar will continue to attract many participants and further deepen international exchange on visually impaired massage education and industry. Keywords: visual impairment, massage, international exchange, WBU, World Blind Union