視覚障がいを有する鍼灸あん摩マッサージ指圧師の職域拡大の可能性─医療・福祉の多職種連携における調査研究─ 櫻庭 陽 筑波技術大学 保健科学部 附属学部東西医学統合医療センター キーワード:視覚障がい,鍼灸あん摩マッサージ指圧,医療,福祉,多職種連携 【緒言】  鍼灸あん摩マッサージ指圧(以下,鍼灸あマ指)は医療系国家資格であり,臨床では痛みをはじめとする様々な症状に対応している。また,高齢者が治療や健康管理のために自費で受療することも多く,保険診療に依存する現在の医療・福祉に貢献できる可能性を秘めている。しかし,各地方で推進されている医療・福祉政策である地域包括ケアシステムの多職種連携に参加できていないのが現状である[1]。さらに,視覚障がいを有する鍼灸あマ指師も多いことから,彼らが活躍できる環境や支援が整っているかも不明である。本研究では,医療・福祉の多職種連携における鍼灸あマ指の現状と視覚障がいの影響について,鍼灸あマ指および視覚障がい関連団体の代表や理療教育の従事者を対象にヒアリング調査を行った。本結果から問題点や課題を整理するとともに,鍼灸あマ指師の多職種連携への参加や,視覚障がい者が活躍できる職域拡大の可能性について検討した。 【方法】  県内の鍼灸あマ指の業団や鍼灸あマ指が在籍する視覚障がい者協会の役員,視覚障がい者の理療教育従事者の計5名を対象に,以下の事項について電話によるヒアリングを行った。 問1. 現状において,鍼灸あマ指師が医療や福祉の多職種連携に参加や貢献ができていると思うか? また,これらに視覚障がいが影響するか?(具体例や問題点など) 問2. 現状において,鍼灸あマ指師が医療や福祉の多職連携に積極的に参加するべきだと思うか? 問3. 今後,鍼灸あマ指師が医療や福祉の多職種連携に参加できると思うか? また,これらに視覚障がいが影響するか?(参加時の役割,問題点など) 問4. 今後,視覚障がいを有する鍼灸あマ指師が医療や福祉の多職種連携に参加するために必要なこと(もの)は何か? 【結果】  問1は全員が“不十分”と回答した。実践例として,医療・福祉施設への就職,医師と同意書のやり取り,ケアマネとの連携,SNSを利用した患者情報の共有,社会福祉協議会等への参加などが挙がった。しかし,これらは主に個人の活動で,組織的な活動はほとんど無いこと,マッサージに比べ鍼灸の同意書が得にくいこと,保険の利用は手続き等の手間に比べて収入が少ないこと,福祉施設へ時給契約で訪問するが連携の場面がないこと,機能訓練指導員としての活動が少なく連携の契機が無いなどの問題点が挙がった。理由として,鍼灸あマ指師からのアピールやコミュニケーション不足,他のスタッフおよび利用者の理解不足が挙げられた。視覚障がいの影響は多分にあり,事務手続きや書類作成が煩雑であること,訪問の移動手段,訪問利用者宅内の移動,視覚障がい者はどちらかというとコミュニケーションが苦手で(医師やケアマネなどに挨拶に行くなどの)機動力が不足しているなどの指摘があったが,全盲でも対応ができている人もいるという回答があった。  問2は全員が“参加するべき”と回答した。その理由は,患者を獲得して事業や生活を安定させるため,鍼灸あマ指の社会的意義を広く示すためという回答だった。  問3は全員が“参加できる”と回答した。役割は,医療や福祉の不足を補って痛みなどの苦痛を除去すること,日常生活における体調管理に関するアドバイスなどであり,それ以外でも求められることは多いこと,個々のスキルに違いがあるという問題点も指摘された。視覚障がいの影響は全員が“基本的にはない”と回答したが,スタッフや利用者など関わる人の障がいに対する理解や支援は必須であり,環境も含めて障がい補償が整備されていないという指摘があった。  問4では以下の回答があった。 ・本来の目的(役割)を確実に果たすこと。 ・安全且つ効果的な施術ができる知識と技術。 ・ROM等の身体評価ができる(特に視覚障がい者は時間がかかってしまう)。 ・利用者のニーズは機能訓練からリラクゼーションまで幅が広いので,これらに対応できること。 ・賠償保険等に加入して安心・安全を高めること。 ・医師等とのコミュニケーションスキル(医療施設の勤務経験等があると良い)。 ・福祉的な援助や支援(移動や手続きにおける障がい補償など)とそれらを積極的に活用する姿勢。 ・視覚障がいの有無にかかわらず,鍼灸あマ指師ができることを示し,協働して取り組む。 ・次世代が参加して継続的な活動にするため,同業者や医療福祉関係者への働きかけと仕組み作り。 ・視覚障がいがあっても遜色ないことをアピールするぐらいの気概をもつこと。 ・自身が楽しみ,学びを得るために積極的に参加するスタンス。 ・困難にくじけることなく物事を成し遂げようとする力,人見知りしない,物怖じしない,自分のできることを伝える。 【考察】  本研究において,医療・福祉における鍼灸あマ指の現状を把握した。多数の具体例が挙がったが,その多くは個人による活動であった。医療・福祉へ広く,永続的に関与するためには,各団体や障がいの有無を超えた活動組織により,医療・福祉へのアピールやアプローチ,対応の窓口などの活動が必要だと感じた。また,安全で効果的な施術や身体評価などに関連する知識や技術,保険手続きや賠償保険加入に対する意識付け,さらに医療や福祉スタッフとのコミュニケーションスキルの獲得など,学校や資格取得直後における教育や環境が重要であることを感じた。本学東西医学統合医療センターでは,開設当初より視覚障がいの有無を問わず,資格取得後の研修制度を設けて臨床教育を実践している[2]。それらの経験を生かし,前述の事案に対して,学生教育やリカレント教育を通じて貢献できると考えている。  視覚障がい関連としては,現場における障がい補償や支援が不十分であることがわかった。これらについて,どのようなことで困っているのか,どのような支援が必要なのかを積極的に働きかけ,理解を得る必要があるし,対応窓口などの設置も必要かも知れない。同時に,視覚障がい者が積極的に参加していくことで共通理解も生まれ,環境も醸成していくことから,コミュニケーションやセルフアドボカシーのスキルを向上させることが必須だと考えた。さらに,保険を利用する際には手続き等で情報処理スキルも必要となる。これらのスキルを獲得できるよう,学生教育やリカレント教育でカリキュラム変更や環境整備が必要だろう。  現状は,視覚障がいを有する鍼灸あマ指師が医療・福祉の多職種連携に十分に参加できていなかった。しかし,前述の取り組みを実践できれば,医療・福祉に関わることがでてさらなる職域の拡大につながると感じた。 【結語】  鍼灸あマ指および視覚障がいについてヒアリング調査を行い,医療・福祉の多職種連携における現状と可能性について検討した。 参照文献 [1] 柏原 修一,和辻 直,福島県鍼灸師会地域医療推進委員会.地域包括ケアシステムにおける多職種連携に関する調査- 鍼灸師が連携するための課題と抽出法.社会鍼灸学研究.2020; 14. 48-8. [2] 成島 朋美,櫻庭 陽,鮎澤 聡.視覚障がいを有する鍼灸師を対象とした臨床教育の現状と課題: 筑波技術大学 東西医学統合医療センターにおける施術を通じた教育の例.弱視教育.2020; 58(2), 6-11.