特例子会社と「比較」の視点─視覚障害者雇用イノベーションの実現─ 竹下 浩 筑波技術大学 保健科学部 要旨:職業訓練の選択肢が限られる視覚障害者の場合,仕事と雇用の開発が使命である特例子会社への期待は大きい。しかし,視覚障害者就労の観点からの特例子会社研究は未着手である。そこで本稿は,文献レビューにより改善案の手掛かりを探求した。結果,実務文献から「歴史・国際・長短」,学術文献から「親/子会社,企業/個人」の比較的視点が浮上した。経営管理の視点から,企業業績と従業員の能力開発の両立を追求する時期が到来していることが判明した。心理学の視点からは,一時点での変数間関係実証だけでなく,従業員のスキルを発達させる相互作用プロセスの分析が喫緊の課題であることが判明した。これにより,望ましい段階への移行を可能にする介入が可能になる。 キーワード:イノベーション,人的資源管理,能力開発,特例子会社,視覚障害 1.はじめに  日本の障害者雇用施策は,「障害者雇用率制度(以下「法定雇用率」)」と「障害者雇用納付金制度」が柱である[1]。この法定雇用率と同年(1976年)に制定された「特例子会社」とは,「事業主が障害者雇用に特別な配慮をした子会社を設立した場合,一定の要件のもとに子会社の労働者を親会社に雇用されているものとみなして親会社の障害者雇用率として計算できる制度」である[2]。  視覚障害者の場合,「職業選択の自由など無いに等しいほど職種が少ない」[3]とされる職業訓練の実情から,「障害者の仕事の開発と雇用拡大が使命」[4]である特例子会社への期待は大きいものがある。しかし,これまで視覚障害者就労の観点から特例子会社を論じた研究は殆ど存在しない。  そこで本稿では,実務と学術の文献をレビューすることにより,これまでの判明事項を整理,筆者の特例子会社における視覚障害者の就労スキル発達と上司の支援スキルに関する研究の判明事項を踏まえて今後の方向性を検討する。 2.方法  「特例子会社」実務的文献についてはGoogle検索の結果から最初の100件を対象とした。学術的文献についてはCiNii検索「特例子会社」「本文あり」34件を対象とした。関連があると判断した文献をプリントアウトの上精読,本稿の目的に照らして意味がある内容をメモしていった。  作業の途中,各文献中で引用・紹介された文献についても,追加的に収集した。 3.実務文献:時代・国際・長短の比較  実務的文献では,特例子会社という制度の経緯,他の先進国との比較,特例子会社のメリットとデメリット,今後望まれる改善策というカテゴリーが浮上した。 3.1 時代の比較:上昇する雇用率  前述の通り特例子会社は法定雇用率と起源を共にしているが,法定雇用率自体は1960年から「努力目標」として存在していた(当時は工場系が1.1%,事務所系が1.3%であった)[5]。1976年,身体障害者の雇用率が義務化され(1.5%),特例子会社についても制度化された[2]。その後,雇用率は,1997年に知的障害者(1.8%),2018年に精神障害者(2.2%)が対象に追加されるに従い,引き上げられている[3]。 3.2 国際的比較:対照的な立場  水之浦[4]他の文献に基づき大別すると,「不採用国:米・英・北欧」,「採用国:日・独・仏・韓」となる。参考までに雇用率を見ると,フランスでは法定雇用率が6%であるのに対して実体雇用率は3.3%である。韓国では民間企業の法定雇用率が2.7%,政府系機関が3%,実体雇用率が2.5%となっている(2014年時点)[5]。  英国や米国で雇用義務が無い理由は,「法定雇用率という制度自体が,障害者の能力不足を強調しがちで,却って差別につながり得るから」である[5]。  日本の特有の特例子会社の特長としては,水之浦が245社を対象にサーベイを実施[9],①多くのことを企業内で対応し,負担が大きくなりがち;②採用や育成も独自に試行錯誤しながら対応,正しい方法は不明;③採用の「数」を優先しがち:④「採用」に重点,⑤キャリアアップは想定されない,点が判明した。 3.3 長短の比較  以下,親会社と同じ点,メリット/デメリット,望まれる改善策について述べる。 3.3.1 親会社と同じ点  主な担当業務について,2015年に実施された実態調査(上場企業114社,特例子会社197社)の結果を見る。特例・上場会社とも第1位は「事務補助」(79%,67%)であった。その次は,特例子会社は「清掃」(50%),上場企業は「情報システム」(25%)が多くなっている。[8] 3.3.2 メリット  就労移行の観点からは,「配慮,環境の安定性」が挙げられている[6]。水之浦の前述245社調査は,①親会社では雇用できない人材を採用できる;②学校や支援機関との連絡が促進される;③CSR(企業の社会的責任),イメージの向上;④親会社から独立した評価・賃金体系を構築できる,としている[9]。 3.3.3 デメリット  まず,「外注していた業務を内部化することによる経済的な問題」が大きい[7]。第1に,「社内の間接業務(例:清掃・社内便仕分・文書細断)」は,企業収益を向上するために,本来無くすべき業務である。第2に,「総括原価方式(コストに利潤を上乗せして親会社に請求)」が前提であり,生産性向上のインセンティブ(意欲)が働かない。  就労移行支援の観点からは,「一般職枠への転換が困難であること」,「簡単な業務で固定化されてしまうこと」が指摘されている[6]。上述245社調査結果では,①障害者雇用の丸投げ,②独立採算達成圧力,③業務内容とキャリアパスの限定,が上位であった[9] 。 3.3.4 望まれる改善策  これには,本人と組織レベルの視点があった。  まずは,本人の能力開発である。「本人の能力を開発,戦力として活躍させる」,「雇用率の引き上げではなく,能力開発を可能にする施策が必要」[7]などが指摘された。  組織レベルでは,「管理職は何でも出来る」という常識(昇格の基準)を変える[8]という指摘があった。例えば,スウェーデン大手スーパーでは,知的障害者が売り場の管理職を勤めている。抜群の記憶力は,他の従業員から頼りにされている。本人が苦手な対人的スキルが必要な場面では,必要に応じて上司が支援している。  「従業員の自主的集団」[8]も指摘された。例えば,障害者の能力開発に関心がある社員が集まり意見を交換,優れたアイディアは経営側が採用する。 4.学術文献:親/子会社,企業/個人の比較 4.1 実態調査アプローチ  伊藤(2012)[10]は,厚生労働省の協力で得られたリストを使い,特例子会社285社中95社の回答を入手,初めて全国規模の実態調査を実施,さらに過去調査と比較して傾向を分析した。結果,日本の特長である特例子会社のシェルター性(一般の職場と隔離されている)傾向は上昇していた。シェルター性の4条件については,通常の競争不能者が対象は,退化傾向。一般の労働法適用は達成されていた。より開かれた労働市場への移行は未達成,適切な政府援助は不十分だった。  これらの結果を踏まえ,伊藤は特例子会社は「職業リハビリテーション(能力開発)」と「臨時保護雇用機能(セーフティネット)」の2つの機能を向上させるべきであると結論付けた。  山田(2015)[11]は,特例子会社と親会社に初めて全国規模の調査を実施した。結果,国連総会障害者権利条約の「合理的配慮」には能力及びキャリアの開発が含まれるにも関わらず,日本の法定雇用率制度は,採用後能力開発を考慮に入れていないという問題を指摘した。  具体的には,「障害者は特例子会社だけで雇用すれば良い」(親会社・子会社)「親会社が雇用している障害者に対する配慮は不十分である」(親会社)「子会社のノウハウはグループ企業で活用されていない」(親会社・子会社)という回答結果が得られた。  これらの結果を踏まえ,活用ノウハウの他社への共有が示唆された。 4.2 経営管理的アプローチ  西川(2014)[12]は,経営学者としての経験と知見に基づく直截的な表現を用いて,障害者雇用に対する企業の本音に迫ろうと試みた。例えば,日本経済新聞の「精神障害者雇用 義務化」という記事には「本音のところ,[…]雇用義務化に対する企業の懸念,あるいは反発には相当なものがあろう」と述べる。同じ日経の記事「経営の視点」で紹介されたユニクロ柳井会長のコメント(「ウチもきれい事を言う気はない」)を正直と評価,「障害者は企業にとっては厄介な存在だということである」と解釈する。(但しその一方で,「障害者がいると弱点を補い得意な点を伸ばそうと他の従業員の支援意識が高まり,その気遣いは顧客へのきめ細かいサービスにつながり集客力が高まる」という柳井のコメントも同時に紹介しており,一方的な決めつけではない。)  牛尾・志村(2018)[13]は,平成28年(2016年)に約半数の企業が法定雇用率を達成したことを1つの振り返りのタイミングととらえ,「障害者雇用は多くの企業にとって負担である一方,雇用されている障害者で企業に不満を抱く者は少なくない」実態を指摘しながら,「経営的成果と働き易さ(働き甲斐)の両方を追求する段階が到来している」と結論付けた。  この「企業の負担」の根拠として紹介されたのが,長江(2014)[14]の「法定雇用率を達成した企業は,未達成の企業に比較して業績が低い」という実証結果,牛尾ら自身が面接法で収集した「障害者従業員を雇用するコストは納付金ではペイしない」という質的データ,「ほとんどの日本企業はCSR(特に法令順守)のために障害者を雇用している」[15]という見解である。  有村(2014)[15]は,「ダイバーシティ」という経営管理の概念が「企業レベルの競争優位・組織的成果の向上」と「個人レベルの全従業員の潜在能力開発」という一見矛盾する目的を標榜するが,それらを両立する事が本来の在り方であると解説する。  経営管理文献では,障害者雇用のメリットも判明している。例えば,「健常者社員と障害者社員との接触機会が増加することで,健常者社員の障害者社員が有する能力についての認識が高まる」,「障害者社員のパフォーマンス発揮により健常者社員の仕事満足感が高まる」[14]などである。 4.3 心理学的アプローチ  福間(2019)[16]は,「障害者の離職理由」の上位が「労働条件」「人間関係」であることに注目,企業の「人的資源管理」が障害者従業員の「離職意思」に及ぼす影響を,特例子会社に勤務する障害者140名のデータで分析した。結果,「教育訓練」が「情緒的コミットメント」に媒介されて「離職意思」に正の影響を及ぼしていた。このことから,単に「障害者を法定基準以上採用すれば良い」のではなく,採用後「スキル開発」が定着に不可欠であるとした。  福間は後続研究[17]で,企業側の人的管理システム(設計)からさらに心理学的探求を深めた。これまで未解明だった「障害者の仕事特性」が「職務満足」に及ぼす影響を上記と同じサーベイデータを用いて分析したのである。結果,「タスク重要性」と「タスク完結性」が,「離職意思」に負の影響を及ぼしていた(但し,実際の離職率ではなく,回答者の主観であることに注意が必要である。今後の課題である)。福間はこの理由を,心理学の概念である「結果の知識」(作業終了時点でフィードバックを与えることによる動機づけとパフォーマンス向上)が成立しているためであるとした。  実践への提言は,「自然なまとまりを自覚させる作業単位を」である。厚生労働省の調査を引用し,雇用側の配慮で一般的な「工程の単純化」(身体21%, 精神31%, 発達46%)は,却って本人の意欲を低下させてしまうと指摘した。 5.考察  実務文献からは,時代を通じて対象となる障害が拡大され,雇用率が上昇していること,先進国では,雇用率を法制化する立場としない立場があること,メリットとデメリットがあることが,判明した。読者は,法令学習や実態調査だけでは得られない,立体的なイメージが得られたことと思われる。  学術文献からは,比較というより,むしろ対立/矛盾に近い視点が明確化された。親会社と子会社,企業と個人は,一種の利害が対立する社会的関係の中に位置付けられているのだ。読者は,本稿が行った経営管理文献(企業レベルの利益と効率の視点)と心理学文献(個人・集団レベルの発達・学習の視点)の同時レビューから,新たな気づきが得られたことと思われる。働くために必要なスキルを発達させるには,経営管理と心理学の知見が不可欠なのである。  異なる視点は,対立や衝突の原因でもある一方で,協力や歩み寄りの契機ともなり得る。本稿で紹介した経営管理と心理学の研究成果は,企業が業績や効率の改善と従業員の能力やキャリアの開発を両立することの手掛かりを示唆しているのである。  今後の課題は,心理学における「プロセス」の研究である。同一時点の2変数間関係は量的分析で実証されているが,社会的相互作用プロセスは未解明で,質的分析が急務である。それにより,障害のある従業員はどのようにスキルを発達させ(視覚障害者であれば,いつ,どう作業処理に関する視覚的な困難に直面し,どう工夫し),上司はどんな状況でどう支援できるか,説明・予測,状況を改善することが可能になるだろう。 参照文献 [1] 野中 由彦.就労支援の制度と事業,In:松為 信雄・菊池 恵美子(編),職業リハビリテーション学:キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系[改訂第2版],86-92,2006. [2] 江口 敬一.特例子会社とは,In:大阪障害者雇用支援ネットワーク(編),障害のある人の雇用・就労支援Q&A,190-192,2004. [3] 篠島 永一,視覚障害,In:松為 信雄・菊池 恵美子(編),職業リハビリテーション学:キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系[改訂第2版],316-321,2006. [4] 炭田 昌信・江口 敬一.経営の考え方,In:大阪障害者雇用支援ネットワーク(編),障害のある人の雇用・就労支援Q&A,201-202,2004. [5] 矢野 翔太郎(アップ時期未表示).【障害者雇用】世界の障がい者雇用制度!今後の日本の法定雇用率の展望,(cited 2022-9-27),https://www.jsh-japan.jp/cordiale-farm/column/1073/. [6] 株式会社Kaien(アップ時期未表示),特例子会社と「普通」の障害者雇用の違いは? (cited 2022-9-27),https://www.kaien-lab.com/faq/3-faqemployment/spc/. [7] 中島 隆信(2018.5.17).日本の「障害者雇用政策は問題が多すぎる」:法定雇用率を上昇させるだけでは不十分,(cited 2022-9-27),https://toyokeizai.net/articles/-/220253. [8] 水之浦 啓介(2019.8.18).「障害者雇用」を取り巻く海外の傾向と日本の潮流,(cited 2022-9-27),https://challenge.persol-group.co.jp/lab/opinion/opinion004/. [9] 水之浦 啓介(2019.12.9).障がい者の活躍・成長を生み出す企業経営:米国調査を踏まえたこれからの障がい者雇用の可能性,(cited 2022-9-27),https://www.nri.com/jp/knowledge/report/lst/2019/cc/1220. [10] 伊藤 修毅.障害者雇用における特例子会社制度の現代的課題:全国実態調査から,立命館産業社会論集,47(4), 123-138, 2012. [11] 山田 雅穂.特例子会社の活用による障害者雇用拡大のための方策について:特例子会社と親会社への全国調査から,日本経営倫理学会誌,22, 165-182,2015. [12] 西川 清之.我が国の障害者雇用の現状と課題,龍谷大学経営学論集,53(4), 20-36, 2014. [13] 牛尾 奈緒美・志村 光太郎.障害者雇用とダイバーシティ・マネジメント:特例子会社スミセイハーモニーを事例として,情報コミュニケーション学研究,18,81-95, 2018. [14] 長江 亮.障害者雇用と生産性,2014.日本労働研究雑誌,646, 37-50, 2014. [15] 有村 貞則.ダイバーシティ・マネジメントと障害者雇用は整合的か否か,日本労働研究雑誌,646, 51-63, 2014. [16] 福間 隆康.職場定着を促進する人的資源管理施策:特例子会社の障がい者を対象とした定量的分析,高知県立大学紀要,68, 25-40, 2019. [17] 福間 隆康.職務特性が離職意思に及ぼす影響における職務満足の媒介効果:特例子会社の障がい者を対象とした定量的分析,高知県立大学紀要,70, 31-44,2021. Special Subsidiaries and the Perspective of “Comparison”—Realization of Employment Innovation for the Visually Impaired— TAESHITA Hiroshi Faculty of Health Sciences, Tsukuba University of Technology Abstract: Visually impaired people, who have limited options for vocational training, have high expectations for special subsidiary companies whose mission is to develop jobs and employment for the disabled. However, research on special subsidiary companies has not been conducted from the viewpoint of employment of the visually impaired. Therefore, I sought clues for improvement proposals through a literature review. As a result, comparative viewpoints of “history, internationality, and pros and cons” emerged from the practical literature, and “parents / subsidiaries and companies / individuals” emerged from the academic literature. From the perspective of management, the time has come to pursue both corporate performance and employee skill development. From the psychological viewpoint, not only verifying relationships between variables at a single point in time, but also the interaction process analysis that enables employee skills development, are urgent issues. This allows intervention to allow a transition to the more desired stage. Keywords: Innovation, Human resource management, Skill development, Special subsidiary, Visual impairment