緊急災害時に県を越えた協同学習を支援する視覚障害者の省電力学習支援システム 村上 佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:昨今,大規模気象災害や地震等の天変地異が増加し,被災地域の教育体制を一刻も早く回復させるため,緊急災害時に対応可能な,遠隔授業による県を越えた視覚障害者の超省電力の学習支援を行うシステムを試作し,検証した。従来システムと比べ,省電力で,遠隔授業可能なデスクトップ端末4台が,キャンプ用携帯電源で5時間以上動作可能で,他県からの県を越えた授業の実証実験などを通じ,緊急災害時に運用が可能であることが示唆された。 キーワード:視覚障害,障害補償,緊急災害時,遠隔授業 1.はじめに  昨今,大規模な天変地異が多発しており,特に東日本大震災などの地震のみならず,九州豪雨災害のように線状降水帯による非常に多量の雨水が広範囲にわたる天変地異により,教育体制が崩壊し,長期間休講が続く事例が見受けられるようになった。これは,生徒・児童の学習者のみならず,教員も被災者となることで,教育体制が取れないことが,主たる理由である。そこで,もしも,遠隔授業により被災地の避難所や自宅において,他の県から県を越えて教育支援を行うことが出来れば,教育の継続性に大きな福音となる可能性がある。そこで,「県を越えた協同学習を支援する視覚障害者の学習支援システム」[1]で構築されたシステムをさらに省電力化を進め,キャンプ用に用いられる携帯型Li-ionバッテリーを利用し,デスクトップPC4台が5時間程度の運用を行うことが出来れば,他県からの教育的支援が現実に可能となると思われる。そこで本研究では,緊急災害時に県を越えて教育支援を受けることが可能な,省電力な学習支援システムを構築し,来る,天変地異に対応すべく,検証を行うものである。 2.緊急災害時の運用環境  緊急災害時の学校現場は,どのようなものであろうか。盲学校や視覚特別支援学校では,一般的に地震などの災害時には,垂直避難が一般的であり,風水害でも帰宅が困難であれば,校舎の最上階(多くが三階)に避難するのが一般的とされる。従って最上階の教室などで,電源が消失していると仮定して,運用環境を設定する。  次に,デスクトップPCに対し,ノートPCによる運用を考慮したが,弱視はノートPCでは文字表示が小さいため視認性に問題がある。そこで,デスクトップ型のシステムを利用することとする。 2.1 従来型システムの概要  視覚障害者向けの学習支援システムとして,遠隔授業にも対応したシステムを構築したが,このデスクトップ型システムは,1台当たり,タッチディスプレイと点字ディスプレイを含め,約90W程度の電力を消費する。[2-5]  内訳は,  タッチディスプレイ:20W(起動時:30W)  点字ディスプレイ:3W(起動時:5W)  デスクトップPC:70W(起動時:80W)  合計:93W(起動時:115W)である。  従来型のシステムを図1に示す。このシステムをベースに省電力システムを検討する。 図1 従来型学習支援システム 2.2 省電力システムの設計  緊急災害時には,停電となり,電源が消失していることが多い。そこで,屋外キャンプなどで手軽に利用出来る携帯型バッテリーを利用して,運用することを前提とした。携帯型のLi-ionバッテリーは,容量に応じて重量が異なる。持ち運びが容易なことを考慮すると,10kg以下の重量が望ましいが,利用時間の兼ね合いから,700Wh程度の容量のものを選択することとした。おおよそ,7kg程度の重量となり,片手で持ち運びが可能である。  このバッテリーを利用するとして,省電力システムでは,1台当たり30W程度にすると,4台で120Wとなり,約5時間の運用が可能となる。  そこで,消費電力を30W程度として,システムを検証すると,ディスプレイが共通のため,  タッチディスプレイ:20W(起動時:30W)  点字ディスプレイ:1W(起動時:2W)  デスクトップPC:10W(起動時:18W)  合計:31W(起動時:50W)程度で納める必要がある。  つまり,点字ディスプレイとデスクトップPCを各々低電力化が必要となる。 2.3 点字ディスプレイ  従来は,KGS社のBN-40やBN-46など旧式の点字ディスプレイを使用していたが,今回は,日本テレソフトのSeika V5を使用した。この機種は,省電力で,起動時が2Wで通常は,1W以下である。また,点字に変換がないときは,電源を消費しないように工夫されているため,省電力化に向いていると思われる。 2.4 デスクトップPC  設計では,10W程度で動作し,起動時に18W程度の電力消費のデスクトップPCを構築しなければならない。  そこで,ノートPC用のCPUを利用した小型PCの中から,Intel社のCeleron N4100やPentium Silver N5000程度のCPUを搭載したものを検討した。本システムは,テキストデータを表示すると,画面拡大表示・点字出力・合成音声出力の3つの出力が同時可能となったシステムなので,その機能は踏襲すべく,チェック対象とした。  作成したシステムを図2に示す。また比較として,従来型のシステム図1と比較して,画面左側の本体と画面下側の点字ディスプレイが異なることがわかる。 3.省電力システムの性能 3.1 システム構成  CPUのみ異なり,SSDとメモリは同一である。  従来型PC:Pentium Gold 5400  省電力PC:Celeron N5095  RAM:8GB,SSD:M2:SSD 256GB 共通 比較のため,ベンチマークの比較を表1に示す。 図2 省電力型システム 表1 CPUの性能比較(Cinebench R20) 3.2 実使用でのチェック  表1からは,差異は少ないと感じられるが,最大消費電力では,65Wと15Wとなる。実際に利用した評価では,画面読み合成音声ソフトと点字ディスプレイによる点字出力を同時に行った場合,キーボード練習のような,高速キー操作では合成音声が追随しない場合があり,省電力CPUの問題点を露呈している。しかし,高速のキー操作を行わない限り,あまり差異は感じない。実際のWordやExcelなどのOfficeソフトの利用では,省電力をあまり感じないが,合成音声の追随の遅れは,利用者にとってはストレスとなるので,改善を試みた。 3.3 システムの改善  高速なキー操作に合成音声が追いつかない場合は,原因として2つ考えられる。CPUの能力不足か,メモリ不足である。そこで,メインメモリを8GB増設して,合計16GBとして,レジストリエディタで,キーボードの先読みバッファの量を倍増して,再度,チェックしたところ,合成音声の遅延が大幅に緩和された。リソースモニターの結果を参照すると,追加したメモリは,ほぼキャッシュとして利用されており,先読みバッファ量の増加と併せて効果を発揮している。Windows 11では,メモリが多量にある場合には,メモリ配分を自動的にキャッシュに振り分ける傾向があるようで,合成音声の遅延がほぼ解消された。この手法は,今回のような端末では可能であるが,電子黒板のようなサーバー的機能を必要とする場合は利用できない。[6-9] 4.携帯型バッテリーでの運用 4.1 実運用のチェック  省電力システムを4台(但し,点字ディスプレイは3台)用意して,Li-ion電源の700Whの製品で評価した。消費電力は,設計通りの4台で120W以下であり,期待通りの性能が確かめられた。この様子を図3と図4に示す。 4.2 ZOOM運用のチェック  また,実際にWi-Fiルータを用いて,4台ともネットに接続し,ZOOMによる遠隔授業のデモを実施したところ,消費電力は4台で120W以下となり,CPUに対して高負荷な状態でも,省電力であることが示された。 図3 実運用のチェックの様子 図4 運用時間とバッテリー残量 5.盲学校でのフィールドテスト  本システムを2台,九州地区の盲学校に持ち込み,実証実験を行った。S盲学校とO盲学校でZOOM会議を設定し,S盲学校でキャンプ用の机に省電力型システムを2セット用意して,携帯型バッテリー電源のみで運用して,実証実験を実施した。本来,校庭でタープテントを張って運用する予定であったが,雨中のため,体育館入口で運用を行った。実験終了後に,携帯型バッテリーは,カセットボン ベ式発電機で充電され,残量が100%まで回復した。その様子を図5と図6に示す。  Li-ion電源:Jackery PTB071  カセットボンベ発電機:Koshin GV-9ig  携帯型バッテリーとカセットボンベ発電機は,対として運用することを想定している。なぜなら,緊急事態時には,商用電源が消失していることが想定されるため,5時間程度の運用後は,携帯型バッテリーを充電する必要がある。そこで,必要なのが発電機である。一般に発電機は,900VA程度のもので16kg~20kgの重量があるが,今回は,カセットボンベ式の発電機を選択した。燃料として,カセットコンロ用のガスボンベ2本を利用するため,一般に入手しやすいことと,ガソリンと異なり,安全性が高く,2~3年放置しても燃料や機器類が劣化しないことである。ガソリン式の場合は,機器に残留しているガソリンを抜かなければ劣化を招き,いざという時に利用できない場合がある。  実際に盲学校教員の方にカセットボンベをセットして,発電する所までを数人の方に体験して頂き,利用できることを確認した。今回の実験では,60分の運用で,残量89%となり,カセットボンベ発電機で,約60分発電して,残量100%とした。残量95%迄なら,急速充電となり,約30分で充電できるため,フル充電に拘らない方が良いかもしれない。このようなカセットボンベ発電機は,盲学校でも常備した方が良い機器と思われる。 図5 携帯型バッテリー電源での運用 図6 カセットボンベ式発電機と携帯型バッテリー 6.おわりに  従来の,「県を越えた協同学習を支援する視覚障害者の学習支援システム」で構築されたシステムをさらに省電力化を進め,キャンプ用に用いられる携帯型Li-ionバッテリーを利用し,4台が5時間程度の運用可能なシステムを構築した。  省電力システムの性能は,メモリの増設や改良により従来のシステムに比べやや劣るものの,実際の運用には問題のないものとなった。将来的に,天変地異や気象災害のような緊急災害時に県を越えて運用可能かどうかについて,実験協力校と共に検証を進め,実際に運用可能なシステムであることが示唆された。 7.備考  本研究は,R3~R6年度科学研究費「県を越えた協同学習を実現する全盲・弱視を同一教材で対応する学習支援システム」研究代表者:村上 佳久(21K02825)によるものである。 参照文献 [1] 村上 佳久.県を越えた協同学習を実現するための視覚障害者のための学習支援システム.教育システム情報学会 第46回全国大会講演論文集.2021; p.25-26. [2] 村上 佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの改善.筑波技術大学テクノレポート.2020; 27(2): p.12-16. [3] 村上 佳久.同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.47-50. [4] 村上 佳久.書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2018; 25(2): p.12-16. [5] 村上 佳久.電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4. [6] 村上 佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システム2.筑波技術大学テクノレポート.2019; (27)1:p.21-25. [7] 村上 佳久.全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2019; (26)2: p.6-10. [8] 村上 佳久.電子黒板と手元型電子黒板の活用.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.1-6. Power-saving Learning Support System for Visually Impaired Users that Realizes Collaborative Learning in Distance Learning Across Prefectures in Emergency Disasters MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: In recent years, natural disasters such as large-scale weather disasters and earthquakes have increased in frequency. An electric power type learning support system was prototyped and verified. The prototype system uses less power than conventional systems, and four remote-learning desktop terminals can operate for more than five hours on portable battery power. A demonstration experiment of classes conducted across prefectures suggested that this system could be operated in a disaster emergency. Keywords: Visually impaired, Disability compensation, Emergencies, Remote learning