視覚障害学生の教職課程における実習の意義と課題─介護等体験と教育実習を中心に─ 嶋 俊樹 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:教職課程のカリキュラムの中でも重要な科目等である「介護等体験」と「教育実習」を中心に,視覚障害学生が行う実習の意義と課題について整理した。それぞれ,大学で学んだ知識・理論・技能を限られた貴重な時間の中で実践する重要な機会であるが,いくつかの今後の課題が明らかになった。教育実習におけるコミュニケーションシートの開発や使用文字等の相違による困難を解消するための支援の研究の必要性が明らかになった。 キーワード:視覚障害学生,教職課程,実習,使用文字,教材作成 1.はじめに  日本で唯一の聴覚・視覚障害者の高等教育機関である本学では,幅広い教養と専門的な職業能力を合わせもつ専門職業人を養成し,両障害者の社会的自立と社会貢献できる人材の育成を図ることを目的としている。保健科学部は,保健学科の鍼灸学専攻・理学療法学専攻と情報システム学科で構成され,視覚障害学生の専門的医療技術者及び情報技術者の育成を目指している。その上で,教職を志す学生は,学科の履修科目に加え教職課程において教員免許取得に必要な科目(教育実習を含む)を履修し,介護等体験やボランティア活動を通して学修している。平成24(2012)年4月に開設された教職課程では,保健科学部からこれまでに約20名の卒業生を輩出し,令和3(2021)年度に新たに数学の教職課程が開設された。教職課程で,教員免許を取得した学生の中で現在教員として3名勤務しているが,特別支援学校の教員を目指し他大学の大学院や自立教科の教員免許を取得できる理療科教員養成施設へ進学するケースもみられる。本学は特別支援教育免許取得の課程を設置していないが,教職課程履修学生は教育実習では視覚特別支援学校で受け入れられることが少なくない。ところで,日本が2014年に批准した国連の障害者権利条約の第二十四条(教育)の第4項教育において,「手話又は点字について能力を有する教員(障害のある教員を含む)」の雇用と研修を行うための措置を講じることについて明記されている。「障害のある教員」として活躍している卒業生のように将来教壇に立つことを想定した際に,教職課程で学修する科目等の中でも特に重要な実習である「介護等体験」と「教育実習」に焦点を当て,それらの意義と課題について整理し,今後のより充実した教職課程にしていくための資料を得ることを目的とする。 2.学生にとっての教職の意義  本学の教職課程では,「子どもの成長に責任の持てる実践的指導力を有した有為な人材」の育成を理念としている。各学科・専攻で国家試験合格,卒業研究,就職活動等の具体的な目標達成に向けた専門教育により得られる高度な知識・技能に加え,教職課程では学ぶ人間の発達や教職,学校に関する理解,教科・領域指導や家庭生活場面での生徒や保護者への指導や支援の方法など,教育に関する幅広い素養を基に,教育者としての夢と責任感,さらには障害を有して教壇に立つことへの意義を認識し,教育的課題に的確な判断ができる力の育成を目的としている。つまり,教職を志す学生には,教職課程において教職への強い意志と時間的,心理的にも耐えうる集中力とともに学び続ける姿勢が求められる。  教員免許法施行規則の定める「教職の意義等に関する科目」は,本学では「教職概論」であり,例えば「教員の職務内容(服務及び身分保障等)」の項目が含まれ,解説を通して,学校教育における教師の自覚を意識する場面を設定したり「障害のある教員」として教職に就くことの意義を考察したりできるようにしている。また,視覚障害学生のセルフアドボカシーを行使する能力の育成(小林ほか2020)[1]とも関連する部分が多い。  本学においては,学科専攻の授業の中で,学生に応じた合理的配慮の一つとして学生が申告した文字サイズなどの使用文字に応じた資料が提供される他,学生に応じた媒体で情報保障が行われている。一方で,例えば教育実習は,大学の講義で修得した知識や技能を,限られた時間の中で教員として生徒の前で実践する学外での実習である。そのため,セルフアドボカシーを行使しつつ,コミュニケーションを図り指導者の視点で資料や教材を作成することも求められる。介護等体験や教育実習は,教職課程における「核になる体験」でもあり,教員人生を大きな影響を与えられるものであると考えられる。 3.介護等体験について  介護等体験は,「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律」に基づくもので,小学校・中学校教諭の普通免許状を取得希望者には,社会福祉施設で5日間,特別支援学校で2日間の体験が義務付けられている。同法律の趣旨において,「義務教育に従事する教員が個人の尊厳及び社会連帯の理念に関する認識を深めること」を重視している。障害者手帳を保有する学生は,手帳による免除申請を行うこともできるが,本学の教職課程においては可能な限り体験を行うことを推奨している。後述する「教育実習」では様々な生徒と関わることが想定されることもあり,大学の講義や演習で得られる知識・理論・技能に加え,障害者や高齢者との介護等の直接的な体験や交流を通して教員としての資質向上を図る重要な体験であるといいえる。本学教職課程は,茨城県教育委員会・社会福祉協議会と連携・調整する中で,介護等体験を行っている。  コロナ禍においては,社会福祉施設の受け入れが困難な状況も見られ,障害者手帳による免除申請や代替措置課題により対応することもある。代替措置課題は,国立特別支援教育総合研究所の「聴覚障害児に関する教育」に関する課題を利用し,受講後の学修報告書の提出をもち証明書発行の手続きを行っている。  体験に際しては,主たるコミュニケーションの実態と方法を記したシート(表1)を,学生自身が作成し事前に情報共有を図るとともに,健常の学生と同様にご指導いただくことをお願いしている。関連して,保健学科理学療法学専攻の学外での実習に向けて,学生自身が「見え方シート」を作成し,視力,視野,読速度の他,使用文字等,移動について事前に実習先と情報共有し,セルフアドボカシーを行使する際に有効なツールとして活用できている。  一方で,介護等体験における課題の一つとして,使用文字等による伝達が挙げられる。事前にコミュニケーションに関して情報共有を行うことで大きな問題はなかったが,介護等体験日誌の提出方法や紙媒体の書類のやり取りにおいて,視覚障害学生の使用文字等によって困難が生じるケースがあった。特に,押印欄がある際には,最終的には紙媒体にプリントアウトする必要があり,伝達に時間を要することがあったため,今後改善する必要がある。  介護等体験を通して,個人の尊厳及び社会連帯を学ぶという目標に加え,他者との伝達する場面で学生自身が自分を見つめ直しセルフアドボカシーを行使する能力を高め,(市橋2021)[2] が指摘する「教育実習の前段」として有意義な実習にしていくことが必要である。 表1 実習生のコミュニケーション方法等について(記入例) 4.教育実習について  教育実習の目標は,観察・参加・実習という方法で教育実践に携わることを通して,教育者としての愛情と使命感を深め,将来教員になるうえでの能力や適性を考えるとともに課題を自覚する機会である(教職課程コアカリキュラム2017)[3]。本学教職課程における教育実習は,「教育の基礎的理解に関する科目等」「教科及び教科の指導法に関する科目」「大学が独自に定める科目」「その他の科目」の所定の単位を履修し,本当に教員になる意思のある学生以外は原則受け入れていない。大学の講義等を履修し,教育実習要件を満たした学生は,4年次に2週間または3週間の教育実習に赴くことになる。教職を志す学生が,大学の授業では得られない教職者としての基本的な態度や心構えを,実際の学校での実践を通して集中的に研修し資質の向上を図っている。しかしながら,弱視学生に対して実施した調査から,生徒や教職員の名前と顔を一致させることができなかった点,授業中に生徒が理解できているかどうか生徒のとっているノートを確認する等,即時的に情報を得て授業の指導に取り入れることの難しさなどが報告されており(奈良ほか2016)[4],これは,本学の弱視学生にとっても今後同様の困難が生じることが想定される。  次に,本学の視覚障害学生が教育実習に臨むに際し,今後の課題を挙げる。一点目は,実習先については,出身校が普通学校での教育実習を除き普通学校での教育実習は多くない。本学では,特別支援学校での教育実習を通して,学生自身の強みを生かした充実した教育実習になることが多い。これまでに,本学において出身校が普通高校ではない学生が,普通校で教育実習を行ったケースは数少ない。普通校での教育実習は,障害のある学生に普通校の教員を職業の選択肢を提示する機会となると指摘しているように(羽田野ほか2018)[5],普通校での教育実習を行うことを想定した取組を視野に入れることで,今後のテーマの一つであると考える。  二点目は,教育実習において想定される実習生と実習先の教職員や生徒とのコミュニケーション面で,使用文字等の相違による困難が生じる可能性である。指導者と学習者が主として使用する文字等として,墨字,拡大墨字,点字,テキストデータ・音声に分類し,それぞれの媒体と留意点を示した(次頁 表2)。実習生と生徒の使用文字が異なる時には,数多くの配慮が必要であることに加え教材作成においても同様に,知識・技能が必要であることを示している。そのため,事前指導やオリエンテーション等においては,生徒に対する学習指導場面以外にも,指導教員への教育実習日誌の提出や実習後の御礼状の送付の際にも検討する必要がある。  例えば,主として墨字拡大を使用している学生が,教育実習で,点字使用の生徒に指導する際には,点字を読み書きするスキルを習得する必要が生じる。墨字の拡大教科書と普通教科書だけでなく点字教科書との相違点を理解することや,使用する教材に関しても点字の表記や点訳に関する知識を踏まえて教材作成し,視覚障害にあった配慮した指導をする必要がある。  また,テキストデータ・音声を中心に使用する学生が,墨字拡大の生徒に対して指導する際にも,電子媒体での文字入力が未学習の生徒が紙媒体に書いた文字をどのように読み取るか,生徒が教科書の正しいページを開いているか確認することや,点字使用の実習生が墨字の印刷物を配布するなど,実際に実習に行ってみて初めて気が付く困難もみられた。状況によっては,電子機器の充電切れ,停電,災害時等の環境において,電子データを読み取ることができない状況も考えられるため,複数の媒体から文字情報を読み取る力を身に付けていることも重要である。 5.おわりに  視覚障害学生が修得すべき資質能力を高めるために特に重要な実習である「介護等体験」と「教育実習」を中心に,それらの意義と課題について整理することで,いくつかの今後の課題が明らかになった。  先ず,本学ではすでに学生に応じた合理的配慮のもとで安心して学修環境を基盤に自己肯定感を高めセルフアドボカシーを行使する能力を育成する取組が行われている。前述の「見え方シート」を参考に,教育実習における使用文字等を含むコミュニケーションシート(仮称)の開発することで,実習生と実習先の教職員とのより綿密な共通理解が図られ,よりよい教育実習が期待できる。次に,使用文字等の相違による困難を解消するために,介護等体験や教育実習における日誌,指導案の書き方や提出方法,教材作成について継続して研究するとともに,指導案については指導案の新たな様式を試作することも考えられる。これらの課題は,指導者の視点で,学習者の使用文字等に応じた配慮を含む媒体変換の実態を把握することにもつながり,高等教育における視覚障害教育の専門性の一つであるともいえる。  教職課程において,学生自身が1・2年次から介護等体験や教育実習で想定される困難について考える習慣をみにつけ,建設的な対話を通して困難を解決していけるような力を修得していくことが重要である。これらの課題を解決することは,視覚障害学生の教員としての資質能力を高めるとともに,よりよい教職課程の質の保証にもつながると考えられる。 参照文献 [1] 小林 ゆきの,宮城 愛美,田中 仁,金堀 利洋,天野 和彦,香田 泰子:視覚障害学生の教育に関する現状と課題.:筑波技術大学テクノレポート27(2).2020.23-29. [2] 市橋 真奈美:「介護等体験」の事前・事後指導のあり方の検討―社会福祉施設における体験を中心に―:関西福祉大学研究紀要第25巻.202139-42. [3] 教職課程コアカリキュラムの在り方に関する検討会:「教職課程コアカリキュラム」2017. [4] 奈良 里紗,相羽 大輔,佐藤 由希恵,岩池 優希:大学における弱視学生の実習経験に関する調査―教育実習・医療実習・福祉実習・保育実習を中心に.:障害者教育・福祉学研究:2016.12-16. [5] 羽田野 真帆,照山 絢子,松波 めぐみ:「障害のある先生たち―「障害」と「教員」が交錯する場所で」.生活書院.2018. 表2 指導者と学習者の使用文字等の媒体との関係(・)と留意点(〇) Significance and Issues of Practical Training in Teaching Courses for Visually Impaired Students— Focusing on Nursing Care Work Experience and Teaching Practice — SHIMA Toshiki Division of General Education for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Focusing on “care work experience” and “teaching practice", which are important subjects in the curriculum of the teacher training course, we organized the significance and problems of practical training conducted by visually impaired students. Each of these is an important opportunity to practice the knowledge, theory, and skills learned at university in a limited and valuable time, but some future issues have become clear. In particular, it is necessary to develop communication sheets in teaching practice and to research support for resolving difficulties caused by differences in characters used. Keywords: Visually impaired students, Teacher training course, Practical training, Characters used by visually impaired students, Teaching material creation