聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(8)~反論を想定した文章づくりを通して~ 脇中 起余子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:2020年度は,新型肺炎拡大防止のため,筑波技術大学における1年次必修科目「日本語表現法A・B」は遠隔授業となったことから,Zoomによる授業とラーニングボックスを用いた学習を組み合わせて進めることとし,「教師によるていねいな解説」から「ラーニングボックスの問題を用いた繰り返し学習」への転換を図った。2020年度1学期の期末試験における「反論を想定した文章」について,論理的整合性を欠いた文章を作成した学生は約9%であり,前提条件を考慮に入れない文章を書いた者が少なくとも約50%みられた。また,「授業をする」のように,教員の立場に立った文を記した者が約35%みられた。 キーワード:聴覚障害者,日本語,反論の想定,論理的整合性 1.はじめに  筑波技術大学の聴覚障害学生に対する1年次必修科目「日本語表現法A・B」は,助詞や敬語を使う力,日本語の文章を正しく書く力の向上を目的としている。  2020年度は,コロナ感染拡大防止のため遠隔授業となった。対面授業であった2019年度までは,問題をペーパーで出して授業でていねいに解説し,期末試験で理解状況を確認する方法であったが,遠隔授業となった2020年度は,Zoom授業の後にラーニングボックスで問題(以下LB問題と称する)に取り組ませる方法をとった。LB問題は,Zoom授業の中での解説やLBに載せた解説を読めば回答できるようにし,得点が8割以上になれば「合格」と出るように設定した。授業時間内に出た点数の中で最も高い点数を平常点として評価すると伝えると,高得点を取ろうと何回もLB問題に取り組む学生が多くみられた。このことから,2020年度は,「教師によるていねいな解説」から「学生自身による繰り返し学習」への転換を図ったと言えよう。  本稿では,同意書が得られた学生34名について,1学期の「反論を想定した文章」に関する状況をまとめる。 2.反論を想定した文章の正否の判断  何かに対して賛否を表明する時,「①私は~に賛成である。②確かに,[反対意見の人の考える理由の紹介]。③しかし,[自分が賛成する理由の紹介]。④よって,私は~に賛成である。」のように,自分が考える理由や根拠を述べるだけでなく,自分と異なる意見の相手が考える理由や根拠を想定したうえで自分の主張を展開する流れの文章を書く力を身に付けてほしいと願っている。  そこで,授業で練習問題として「救急車の有料化に賛成か」というテーマを取り上げた。①と④で賛成と反対のどちらにするか,②や③で賛成理由と反対理由のどちらを記すかによって,論理的整合性の有無が決まる。  例えば,a)「①私は救急車の有料化に賛成である。②確かに,有料だと重症なのに救急車を呼ぶことをためらって命を落とすケースが生じるかもしれない。③しかし,救急制度の維持には莫大なお金がかかっており,有料化すると救急車をタクシー代わりに使う人が減るだろう。④よって,私は救急車の有料化に賛成である。」は,「①賛成,②反対理由,③賛成理由,④賛成」の構造であり,論理的にOKであるが,c)「①私は救急車の有料化に賛成である。②確かに,救急制度の維持には莫大なお金がかかっており,有料化すると救急車をタクシー代わりに使う人が減るだろう。③しかし,有料だと本当は重症なのに救急車を呼ぶことをためらって命を落とすケースが生じるかもしれない。④よって,私は救急車の有料化に賛成である。」は,「①賛成,②賛成理由,③反対理由,④賛成」の構造であり,論理的にNGである。  授業で論理的整合性の大切さを説明した後,救急車の有料化に関して,LBで表1のa)~ d)の文章を呈示し(出題順はランダムとした),「OKかNGか」を尋ねた。高得点を取るまで何回も取り組む学生がいたため,全問に回答した1回目の結果を分析して,表1に示した。  正答率を見ると,b)とc)は90%を超えていたが,a)とd)は76.5%であった。その理由として,ある文章が賛成理由と反対理由のどちらになるかのわかりやすさに違いがある可能性が考えられる。すなわち,「有料だと本当は重症なのに救急車を呼ぶことをためらって命を落とすケースが生じるかもしれない」は救急車の有料化に反対する理由になることはわかりやすいが,「救急制度の維持には莫大なお金がかかっており,有料化すると救急車をタクシー代わりに使う人が減るだろう」は救急車の有料化に賛成する理由になることはわかりづらいかもしれない。筆者は,前任校の聴覚障害特別支援学校(聾学校)で,「他者が困る理由」が「自分が困る理由」と比べて理解しづらい聴覚障害児が多いと感じてきたが,ここでもそのような例が現れた可能性がある。 表1 反論を想定した文章の正否の判断の結果 3.反論を想定した文章の作成  1学期の期末試験で,「コロナ収束後も大学で遠隔授業を続けること」に関して,「私は…に賛成(反対)である。確かに…。しかし,…。よって,私は…に賛成(反対)である。」という形の文章を作成する問題を出した。  遠隔授業のメリットとして,短期的には通学時間と費用の節約や隙間時間の有効活用などが,長期的には大学側と学生側のコスト抑制の可能性などが考えられる。一方,デメリットとして,通信障害の可能性,長時間の機器使用による健康被害,学生全員の雰囲気のつかみづらさ(ギャラリービューでは一つの画面に出る人数に限りがある),機械を通した声の聞き取りが難しい聴覚障害者にとっての聞きづらさなどがあげられる。また,対面授業のメリットとして,通信障害によるトラブルがないこと,実習や大学の機器を使った学習が可能なこと,人間関係の広がりや適度なリフレッシュ感が得られること,授業方法の柔軟な変更がしやすいことなどがあげられ,デメリットとして,対人関係が苦手な学生は緊張感が続くこと,他の病気に感染する可能性を否定できないことなどがあげられよう。  期待される答えとして,「①私はコロナ収束後も遠隔授業の継続に反対である。②確かに,遠隔授業のほうが隙間時間の有効活用がしやすい。③しかし,対面授業のほうが人間関係を作りやすい。④よって,私は遠隔授業の継続に反対である」,あるいは「①私はコロナ収束後も遠隔授業の継続に賛成である。②確かに,対面授業のほうが人間関係を作りやすい。③しかし,遠隔授業のほうが隙間時間の有効活用が可能である。④よって,私は遠隔授業の継続に賛成である」が考えられる。 3.1 論理的一貫性に欠ける例  評価ポイントの1つめは,論理的整合性の有無である。34名の中で,明らかに表2の正答例に示した流れで書けなかった学生は,以下の3名(8.8%)であった。  例年,表2のc)とd)のように,「②確かに…」と「③しかし…」で書くべき内容が逆になる例がみられるが,今回はd)の例が1名であった。要約すると,「①私は,遠隔授業の継続に反対である。②確かに,遠隔授業では,通信状況が悪い場合がある。③しかし,隙間時間を有効活用できる。④よって,遠隔授業の継続に反対である」であった。また,表2のe)のように,冒頭の①で「賛成」と書き,「②確かに…」で賛成する理由を書き,「③しかし…」で反対する理由を書いて,④で「反対」と書いた例がみられた。要約すると,「①私は,遠隔授業の継続に賛成である。②確かに,クラスター発生を防止できるだろう。③しかし,遠隔授業は,目が疲れる。④よって,対面授業に切り替えるべきである」であった。なお,ここでは,遠隔授業を支持する理由として「遠隔授業のメリット」と「対面授業のデメリット」のどちらでも可とし,その逆も然りとした。さらに,表2のf)のように,①と④で「賛成」とし,「②確かに…」と「③しかし…」の両方で「賛成」の理由を書いた例がみられた。要約すると,「①私は,遠隔授業の継続に賛成である。 ②確かに,感染症予防のため接触がない遠隔授業の方がよいだろう。③しかし,通学費の節約が可能である。④よって,私は,遠隔授業の継続に賛成である」であった。 表2 論理的整合性のいろいろなパターン 3.2 前提条件に注意を払わない回答の例  評価ポイントの2つめは,「コロナが収束した後」という前提条件を考慮に入れた書き方ができているかである。つまり,コロナの収束が前提条件となっているため,「クラスター発生を避ける」や「対面授業は感染の可能性がある」のような理由を避けたり,「コロナが収束したとは言え,完全に危険性がゼロになったとは言えない」のような文章を付け加えたりする必要がある。  「コロナ感染の可能性」にふれる文章を記した学生は,34名中21名であり,その中で「危険性がゼロになったとは言えない」趣旨の文を重ねて書いた者が4名みられたので,少なくとも34名中17名(50.0%)が前提条件を考慮に入れていないことになると思われる。  次に,「コロナ感染の可能性」にふれる文章を記した21名とそれ以外の13名のそれぞれで,①で遠隔授業の継続に「賛成」と記した群と「反対」と記した群に分け,成績との関連を調べたところ,図1に示す結果となった。  コロナ感染の可能性にふれる記述がなかった「なし」のグループは,記述があった「あり」のグループと比べて,賛成と反対のいずれにおいても期末試験の点数や平常点が高く表れた。このことから,前提条件を配慮に入れる力の有無は,他の面(期末試験の点数や平常点)にも影響を及ぼしている可能性が考えられる。  一方,「反対」の立場をとったグループは,「賛成」の立場をとったグループと比べて,コロナ感染にふれる記述の有無にかかわらず,期末試験や平常点が高く表れた。このことに関して,「反対」の立場に立てる人は,「賛成」の立場に立つ人と比べて,いろいろな理由が「賛成」と「反対」のどちらの根拠となるかを判別する力が高く,その力の有無が期末試験全体の点数や平常点にも影響を及ぼした可能性が考えられる。 図1 賛否と感染の可能性にふれる記述の有無による違い 3.3 日本語表現の誤用の例  評価ポイントの3つめは,日本語表現の誤用がないことである。以下に,日本語表現の誤用例をまとめる。 3.3.1 「授業をする」と「授業を受ける」  聾学校では,生徒の立場であれば「今日は,水泳大会があった。.途中で雨が降ってきたので,中止になった」のように書くべきところを,「今日は,水泳大会を実施した。雨が降ってきたので,中止した」のように書く例がみられる。このように生徒と教師のどちらの立場に立って書くべきかに無頓着な例は,本学でも毎年みられる。それで,授業で「学生の立場で書く時は,どちらを選ぶべきか。授業を{した・受けた}。」などの問題に取り組ませ,その後の期末試験で,上述の遠隔授業の継続をテーマとした文章を書かせたが,ここでも隠れた主語に無頓着な例がみられたので,以下詳しく紹介する。  問題文では,「コロナ感染収束後も大学で遠隔授業を続けることに賛成か反対か」と記したが,これは教員の立場からの表現であった。そのため,「大学で遠隔授業が続くことに{賛成・反対} である」や「大学が遠隔授業を続けることに{賛成・反対} である」のように受講側の立場に立った表現に変更する必要があるが,そのように書き換えた学生は皆無であった。そのことは許容できるとしても,本文の中でも,教員側の立場に立った表現が34名中12名(35.3%)にみられた。その例をいくつか紹介する。 ・「確かに対面授業を行う方が(先生に)質問しやすい」 ・「大学生活には対面で授業することに意味がある」 ・「オンライン授業を実施することで,…自分のペースで学修に集中することができる」 ・「遠隔授業をすることによって,大学に登校する時間を勉強に使う」 ・「遠隔授業は実家でも行うことができる故に交通費や生活費など浮かべるだろう」 ・「実技や実験に関わる授業ができなくなると,現実感を持って行動できない」 3.3.2 「で」を使った誤用例  筆者は,前任校の聾学校で,「で」を安易に使う聴覚障害児が多いと感じてきたが,今回の回答においても相当数みられた。その例を紹介する。 ・「大学での学生数が多い」 ・「…が収束した後でも,大学で遠隔授業を続ける…」 ・「コロナで感染防止のため」 ・「授業後でわからないことがあれば…」 ・「誰でも話さない環境になる恐れがある」 ・「遠隔授業で続けることで…」 ・「すぐパソコンのZoomで開くことができたり…」  特に最後の2つの例は,「何を」の存在に無頓着なことから起きる誤用であろう。 3.3.3 「が」と「を」の誤用例  「私はパンが食べたい」では,「を」より「が」のほうが自然であるが,以下のような例がみられた。 ・「人とのコミュニケーションを取れる環境」 ・「大学生としての実感をなかなか得られない」 また,「お金がかかる/お金をかける」「お金が必要である/お金を必要とする」のように,「が」と「を」を使い分ける必要があるが,以下のような例がみられた。(( )内は正しく書き換える場合の例) ・「お金が結構使ってしまう」(「を」) ・「実技が必要とする授業が存在する」(「を」) ・「第3波を起こると」(「が」) 3.3.4 その他の助詞の誤用例  その他の助詞の適切な使い分けも難しい。 ・「スマートフォンを触れる」(「に」) ・「大学より家の方がいなければならない」(「に」) ・「生徒や教師に通勤時間や外出中に(コロナに)かかってしまい…」(「が」) ・「(友人からの)相談も乗れなく…」(「にも」) 3.3.5 動詞の選択の誤用例  受身形の使用の可否の判断を誤った例を以下に示す。 ・「コロナに感染されると」(「感染すると」) ・「教材が普及され,…」(「普及し,…」)  また,「受身・可能・尊敬・自発」を意味する助動詞「れる・られる」の使い分けに関して「ら抜き」表現が最近(会話で)許容されていること,「行ける」「遊べる」のように可能動詞が作れる動詞が存在すること,さらに,「自動詞/他動詞」(「交通費が浮く/交通費を浮かす」「お金がかかる/お金をかける」など)の使い分けが難しいことから,以下のような誤用例がみられた。 ・「補習がなかなか受けれなく,…」(「受けられなく」) ・「交通費や生活費など浮かべるだろう」(「浮かせる」) ・「交通費など浮けることができる」(「浮かす」) ・「(自分に)学費の負担がかかりたくない」(「をかけられたく」)  また,「好印象を与える」を「好印象をあげる」とするというような動詞の選択の誤用例を以下に示す。 ・「油断を持ってしまう」(「油断して」) ・「体を動かす時間もしたいと思う」(「ほしい」) ・「しかし,遠隔授業を続ける方が(感染者数が)安定できる可能性である」(「落ち着く可能性がある」) 3.3.6 名詞や形容詞の選択の誤用例  名詞や形容詞の選択の誤用例を,以下に示す。 ・「最悪死が出る」(「死者」) ・「本来の大学の授業の内容よりも遅れる…」(「授業」) ・ コロナで死亡人数も増え,日本全体の人数がどんどん減っていく。(「死亡者数・死亡数」,「人口」) ・「インクは価値が高く…」(「価格」) ・「コロナに感染されたことに気づいてない自分がたくさんいる」(「人」) ・「医療機関もさらに切迫させてしまう」(「逼迫」) ・「コミュニケーション不足によって社交性が薄くなってしまう」(「低く」) 3.3.7 副詞の存在を忘れた記述  「なぜ」「全く」と書きながら文末のところでそれに呼応しない述語を書く例として,以下の例がみられた。 ・「 いつコロナ感染拡大がまた起こる危険があるからである」(「いつ」を取る,など)。 ・「せっかく全国ろう学生から集まって交流して,一緒に飯を食べたり生活することは,大学生活にとって貴重な時間だと考える」(「せっかく」を取る,など) 3.3.8 文章の結合の誤用例  「実技や実験に関わる授業ができなくなると,現実感を持って行動できないと困る」という文がみられたが,これは「実技や実験に関わる授業が受けられなくなると,現実感を持って行動できない」と「現実感を持って行動できないと困る」を組み合わせた文章と考えられる。それぞれの文章は許容範囲であろうが,単純に結合すると不適切となるので,「実技や実験に関わる授業が受けられなくなると,現実感を持って行動できなくなり,困る」のように書き換える必要がある。  「確かに,大学で授業を受けることは,人と人との距離が近いため感染しやすくなるのである」においては,主語「ことは」と述語「感染しやすくなる」の不整合がみられる。それで,「受けることは」を「受けると」に変えると良くなるであろう。  「遠隔授業を受けることで,一番安全で,家の中で友人とテレビ電話ができるから楽しいことを見つけて過ごしたらいいではないかなと思う」は,「遠隔授業を受けるのが一番安全である。家の中で友人とテレビ電話を通して話したりして,楽しいことを見つけて過ごしたらよいと考える」のような文に変えるとよいと思われる。  今後も聴覚障害学生の誤用例を分析し,改善するための指導方法を模索していきたい。 謝辞  同意書を書いてくださった学生や保護者の方々に厚くお礼を申し上げます。 参照文献 [1] 脇中 起余子 2021 聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(7)~遠隔授業の実施と敬語に関する理解状況~.筑波技術大学学術・社会貢献推進委員会 筑波技術大学テクノレポート,29(1),7-13. Analysis of Difficulties Facing Hearing-impaired Students Understanding the Honorific in Remote Classes WAKINAKA Kiyoko Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center for Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: In 2020, many universities switched to remote learning because of COVID-19. I also taught remotely for about 1 year for the required subject “Japanese A and B” at Tsukuba University of Technology. I combined classes using Zoom with learning using the learning box (a remotely shared folder). I switched from “careful commentaries by the teacher in the class” to “repetition learning using the exercises in the learning box.” I let students with hearing impairments write a paragraph that discussed pros and cons of an issue. Overall, 9% of the students wrote logically inconsistent sentences, 50% wrote sentences that did not take a precondition into account, and 35% did not consider that the subject of “teaching” is the teachers and that the subject of “taking a class” is the students. Keywords: Hearing impaired, Japanese, Argumentation, Logical consistency