軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの自己評価 令和3年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻 松谷 朋美 目次 第Ⅰ部 序論 1 第1章 軽度・中等度難聴者と中途失聴者 1 1.1 定義 1 1.2 軽度・中等度難聴者と中途失聴者を取り巻く現状と困難 3 1.3 本研究における課題 6 第2章 きこえの自己評価 7 2.1 きこえの評価方法 7 2.2 先行研究にみられるきこえの自己評価 7 2.3 軽度・中等度難聴者と中途失聴者を対象としたきこえの自己評価 8 2.4 本研究の目的 9 第Ⅱ部 本論 10 第3章 事前検討 1 -半構造化面接調査- 10 3.1 目的 10 3.2 方法 10 3.3 結果 11 3.3.1 学生 A のケース 11 3.3.2 学生 B のケース 12 3.3.3 学生 C のケース 13 3.3.4 学生 3 名のきこえの特徴 15 3.4 考察 16 第4章 事前検討 2 -きこえについての質問紙の作成にあたって- 17 4.1 目的 17 4.2 方法 17 4.3 結果 -質問の検討- 18 4.3.1 検討 1 きこえについての質問 18 4.3.2 検討 2 心理面・行動に関する質問 25 4.3.3 質問の選択肢について 31 4.4 考察 40 第5章 事前検討 3 -質問紙試案による調査- 41 5.1 目的 41 5.2 方法 41 5.3 結果及び考察 41 第6章 本調査 49 6.1 目的 49 6.2 方法 49 6.2.1 質問内容 49 6.2.2 回答の選択肢 50 6.2.3 属性 53 6.2.4 対象者 54 6.2.5 調査方法 54 6.2.6 分析 66 6.3 結果 69 6.3.1 6つのカテゴリーに対しての3群間ごとの平均値 69 6.3.1.1 ききとり 71 6.3.1.2 困難と障壁の所在 73 6.3.1.3 心理的影響 75 6.3.1.4 社会的影響 77 6.3.1.5 行動 1 78 6.3.1.6 行動 2 79 6.4 考察 -軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示す質問- 80 6.4.1 ききとり 80 6.4.2 困難と障壁の所在 80 6.4.3 心理的影響 81 6.4.4 社会的影響 81 6.4.5 行動 1 82 6.5 まとめ 82 第Ⅲ部 結論 84 第7章 総合的考察 84 7.1 従来のきこえの自己評価との比較 84 7.1.1 デンバースケール原案 84 7.1.1.1 対象者 84 7.1.1.2 本研究での質問紙との比較 84 7.1.1.3 回答の選択肢 85 7.1.1.4 質問内容 85 7.1.2 きこえについての質問紙(鈴木, 2002) 85 7.1.2.1 対象者 85 7.1.2.2 本研究での質問紙との比較 86 7.1.2.3 回答の選択肢 86 7.1.2.4 質問内容 87 7.2 本研究のきこえの質問紙の有用性 87 7.2.1 ききとり 87 7.2.2 困難と障壁の所在 88 7.2.3 心理的影響 88 7.2.4 社会的影響 88 7.2.5 行動 89 第8章 総括 90 8.1 本研究で明らかになったこと 90 8.2 今後の課題 98 8.3 今後の展望 99 文献 100 謝辞 102 資料 103 筑波技術大学 修士(情報保障学)学位論文 第Ⅰ部 序論 第 1 章 軽度・中等度難聴者と中途失聴者 軽度・中等度難聴者や中途失聴者は、難聴の部類の中でも聴力損失の程度が軽いことや音声でのコミュニケーションが可能であることから、彼らの障害や困難の所在は分かりにくいものであるとされる。本章では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴と彼らを取り巻く困難と課題について述べる。 1.1 定義 まず軽度・中等度難聴者と中途失聴者に関して本論文で述べていく上で、用語の意味について定義付けていきたい。一般的に使用される軽度・中等度難聴と中途失聴という用語は、一体どの程度の聴力損失の範囲で分類され、きこえに関していかなる状態を示すのかについて国際的な分類状況と本邦の状況を比較して定義付けていく。 世界保健機関(WHO, 2008)では、聴覚障害の程度について、以下のように定義付けている。 表 1:難聴の程度分類(WHO, 2008) WHO の基準では、軽度難聴は 26dB から 40dB、中等度難聴は 41 dB から 60 dB に分類されていることが分かる。一方で、日本聴覚医学会(2014)の難聴対策委員会報告では、難聴(聴覚障害)の程度分類についての提案がなされた。報告では各程度に該当する平均聴力レベルの範囲と、それぞれの程度分類が概ねどのような状態を示すのか補足説明について次のように提案されている。 <平均聴力レベルの範囲> 軽度難聴:25dBHL 以上 40dBHL 未満 中等度難聴:40dBHL 以上 70dBHL 未満 高度難聴:70dBHL 以上 90dBHL 未満 重度難聴:90dBHL 以上 <状態説明> ○軽度難聴 小さな声や騒音下での会話のきき間違いやききとり困難を自覚する。 会議などでのききとり改善目的では、補聴器の適応となることもある。 ○中等度難聴 普通の大きさの声の会話のきき間違いやききとり困難を自覚する。補聴器の良い適応となる。 ○高度難聴 非常に大きい声か補聴器を用いないと会話がきこえない。しかし、きこえても聞き取りには限界がある。 ○重度難聴 補聴器でも、きき取れないことが多い。人工内耳の装用が考慮される。 WHO で定義された難聴の程度分類と日本聴覚医学会が提案した難聴の程度分類では中 等度難聴と高度難聴と分類される平均聴力レベルの範囲に相違があることが明らかとなった。WHO の難聴の程度分類では、平均聴力レベルが 41dBHL から 60dBHL の範囲が中等度難聴と分類されるが、日本聴覚医学会が提案した難聴の程度分類では 41dBHL から70dBHL までが中等度難聴とされている。本研究で難聴の程度分類を示すにあたって、本研究の対象者の生活様式等から、日本聴覚医学会が提案したものを使用することとした。 また中途失聴者の定義として本研究では音声言語獲得後に失聴した者を中途失聴者とした。中途失聴者の場合、きこえ方や失聴年齢に関しては個人差があるが、音声言語獲得後に失聴していることを指すことが多い。しかし音声言語獲得後とは何歳頃を指すのか明確にされていない。音声言語発達の過程においては、1 歳前後から 2 歳半ごろまでの期間に有意味語を獲得し、語と戸を一定のルールに従って結合し、構造化された発話を発するようになるとされる(小椋,2006)。よって本研究では概ね 3 歳頃に失聴した者を中途失聴として定 義づけた。しかし生活言語と学習言語の 2 つの言語形式の獲得まで踏まえて分類することが困難であったため、今後の課題とする。以上の内容をふまえ、本研究では、それぞれの用語について次のように定義付けを行った。 ●軽度難聴者 平均聴力レベルが 26dBHL から 40dBHL 未満の者 ●中等度難聴者 平均聴力レベルが 41dBHL から 70dBHL 未満の者 ●高度難聴者 平均聴力レベルが 71dBHL から 90dBHL 未満の者 ●重度難聴者 平均聴力レベルが 91dBHL 以上の者 ●中途失聴者 音声言語獲得後(概ね 3 歳頃)に失聴した者 本文中で、軽度・中等度難聴者と中途失聴者について述べる上で、文の誤解を防ぐために、 「軽度・中等度難聴者&中途失聴者」と表記する場合がある。また質問紙調査では、健聴者と軽度・中等度難聴者&中途失聴者と高度・重度難聴者の回答結果を述べる際に、分かりづらさを防ぐために、健聴者群を「N 群」、軽度・中等度難聴者&中途失聴者群を「A 群」、高度・重度難聴者群を「B 群」と示す。 1.2 軽度・中等度難聴者と中途失聴者を取り巻く現状と困難 軽度・中等度難聴者と中途失聴者を取り巻く現状と困難について文献調査及び考察を行った。 鈴木ら(2002)の難聴者による聴覚障害の自己評価の研究では、軽度難聴が比較的よい条件下の語音聴取(良条件下)に比し比較的悪い条件下(悪条件下)の語音聴取で、語音のきこえにくさ及び補聴によるその改善が著しいことが示されている。また純音聴力が軽度であるほど、良条件下に比べ悪条件下における語音のきこえにくさが著しいという結果が示されている。 山岸ら(2008)は、高齢者も含む軽度・中等度難聴者に対して 67-S 語表における語音弁別能検査、補聴器装用閾値検査を行った。67-S 語表とは、語音検査を行う際に用いられる語音聴取閾値測定用の数字語表、及び語音弁別検査用のことばの語音表で構成された語音検査用語表のことである。研究では、補聴器を装用することによって軽度難聴者・中等度難聴者共に子音と母音の明瞭度が向上していることが明らかになった。特に母音の明瞭度に関しては軽度・中等度難聴者で 90%以上の装用効果が認められている。子音の明瞭度に関しても比較的高い装用効果が認められているが、純音聴力検査、語音弁別能検査、補聴器装用閾値の検査は、実際の会話状況でのききとりや困難を正確に表すものであるかについては明らかでない。 守本ら(2010)の軽度・中等度難聴症例 75 例の検討の研究では、軽度・中等度難聴児の初診年齢が遅れている例があり、また軽度難聴児の場合は中等度難聴児と比べて補聴器装用ができていない例も多くみられている。軽度・中等度難聴の評価や指導など、早期から積極的に介入できるような診療体制を作る必要性が述べられていた。 姫野ら(2010)の、補聴器装用が安定しない軽度難聴児についての研究では、14 歳までに補聴器装用指導を行った 22 例の軽度難聴児(良聴耳平均聴力 25~40dBHL)のうち、補聴器装用が安定しない例が少なくなく、またその半数の例で装用状態に変化が認められたことが明らかになっている。装用時間が減ったきっかけには、体調不良や気候、周囲の不用意な言動、夏休みなど生活環境の変化によるものなどがあった。また反対に装用時間が伸びたきっかけとして、人からの勧めや環境の変化による不便さ、補聴器の形の変化などが見られたが、明確な原因が不明なケースもみられている。 これらの文献から、軽度難聴と中等度難聴は良条件下では高度・重度難聴に比べてききとりが可能であるという特徴がみられる一方で、悪条件下でのききとりに困難があることが明らかになった。このような困難がありながらも軽度難聴児や一部の中等度難聴児は聴覚特別支援学校に在籍することができず、補聴器を装用する必要のない聴児に囲まれて学校生活を送らねばならない現状があり、外的要因から補聴器を装用することに困難が生じるケースもあるのではないかと考える。また、補聴器を装用する上で、医師や教員、親からの指示に従って装用するケースも見られたが、難聴児自身が補聴器の必要性を理解していなければ、今後、補聴器の装用を継続しない可能性も想定できる。聴覚特別支援学校のような聴覚障害に理解のある環境とは異なる中で、彼らが健やかにアイデンティティを形成できるようにするための方法を考える必要があると考える。 Walker(2020)は、軽度・一側性難聴児の割合は難聴児の 40~50%を占めているとの報告をしている。また軽度・一側性難聴児の多くは通常学級に在籍しており、発話によるコミュニケーションをとっているとされている。これまで軽度・一側性難聴児は残存聴力があることから早期診断や介入の必要性はないという仮定があったが、過去 30 年のうちに学業上の困難や行動上の問題、言語・聴力損失のリスクを抱えていることを示す実例が増えてきている。軽度難聴や一側性難聴のあるすべての子供がきこえによる困難を経験するわけではないが、軽度・一側性難聴児の治療計画は確立されておらず、また治療計画の不確実性によって、一貫性のない介入や発達リスクの増大につながる可能性があると結論付けられている。更にはこの研究では、ほとんどの新生児聴覚スクリーニング検査では 35~40dB 未満の難聴が特定されないため、軽度難聴の早期判断が難しいことが明らかになっている。医師から「軽度の難聴だから心配するな」と言われる場合や、保護者が難聴児の支援団体に参加した時、子供に残存聴力があるため歓迎されていないと感じていることも明らかになっている。 Walker(2013)の軽度から重度の難聴の発見が遅かった子供への支援提供の適時についての研究では、新生児聴覚スクリーニングを受けて難聴が発見された子供たちは難聴の発見が遅れた子供たちよりも若い年齢で支援を受けていることが明らかになっている。また難聴の発見が遅かった子供たちは、難聴の発見から支援を受けるまでの期間が有意に長くなっていた。また重度難聴の子供は軽度難聴の子供に比べて、より若い年齢で支援を受けていることが明らかになっている。乳幼児期に存在する軽度・中等度難聴を放置することによって、聴取能力だけでなく、言語発達や学力、社会参加などの多岐にわたる影響を引き起こしうることが明らかになった。 これらの文献から、軽度・中等度難聴は難聴の発見が高度・重度難聴に比べて遅く、また難聴が発見された後、介入や支援を受けるに至るまでに間があることが明らかになった。理由として、軽度・中等度難聴は高度難聴や重度難聴に比べて残存聴力があり、また軽度・中等度難聴の場合、聴取条件によっては高度・重度難聴に比べてききとりができることや、彼らのコミュニケーション方法が発話であることから、軽度・中等度難聴者のきこえの特徴やきこえにくさによって生じる問題を周囲の健聴者は理解しづらいのではないかと考える。また日本では、軽度・中等度難聴者は障害者手帳を取得することができない現状がある。厚生労働省は障害者手帳が交付される基準を平均聴力 70dBHL 以上としており、軽度・中等度難聴者はきこえにくさや困難がありながらも、障害者手帳の恩恵や必要な支援を受けることができない現状が明らかになった。 中途失聴の場合は聴力損失の程度やきこえにくさは人によって異なるが、突然失聴した場合、精神的に不安定になる。Cohn(1961)の障害受容過程でも述べられているように、まず人が何か喪失した場合、第一にその喪失に対して「ショック」を受ける段階に入る。このことは喪失したこと、つまり自分の障害を受け入れることを難しくさせ、自分は障害がないように振る舞うようになるのではないかと考える。その結果、周囲も本人の障害についてなかなか理解することができない可能性が考えられる。また失聴以前は発音によるコミュ ニケーションを行っており、手話を覚えているケースは少ないため、失聴後のコミュニケーション方法は読話や筆記を行うことになるが、相手の言っていることが分からず早合点で的外れな回答をしてしまうことや、筆談による伝達スピードが遅く、会話に苦痛を感じ、しだいに周囲の者と話すことを避け、孤立感や疎外感を募らせる(藤田:2008)など、様々な問題が生じるのではないかと考える。 また受傷後の心の苦しみは「自分の中から生じる苦しみ(第一の苦しみ)」と「社会(他人)から負わされる苦しみ(第二の苦しみ)」の二つに大別される。第一の苦しみは「なぜ自分が障害者となったのか」「なぜ思い通りにならないのか」といった自問自答による苦しみであるが、第二の苦しみは社会から向けられる心無い言葉や差別などといった苦しみである。第一の苦しみは障害受容の過程で克服することができるが、第二の苦しみは自分自身では解決ができない。よって障害者に対する社会の偏見や差別を取り除き、障害者の社会統合の促進を図る必要がある(南雲, 2008)。 山口(2003)は、聴覚障害が分かりにくい・理解しにくい理由として、①障害が外から見えない、②聴覚障害による影響と困難を体感的に理解することが難しい、③聴覚障害者のカテゴリー(ろう者、難聴者、中途失聴者)の相違が分かりにくい、④聴覚障害のコミュニケーション方法の多様さが理解できていないためだと論述している。また山口は「きこえる健聴者」と「きこえないろう者」のコントラストの陰になって、難聴者や中途失聴者に対しての理解が遅れているのではないかという考え方も示している。難聴者や中途失聴者に対する理解が浸透されていないことによって、コミュニケーションが不全になり、一対一での会話の時や集団の中にいる時、会話内容や状況の把握の困難やズレなどコミュニケーションにおいて様々なトラブルが起こる。中途失聴者・難聴者はそのようなトラブルを経験することで、物事を曖昧なまま受け入れてしまったり、健聴者に対して敵意や反感を抱えるようになったり、きこえていないことを健聴者に気づかれないようわかったふりをしたりなどの反応・行動を起こしてしまうのではないかと論述している。 1.3 本研究における課題 1.2 の文献調査の結果から軽度・中等度難聴の場合、高度・重度難聴者と比較して聴力損失の程度が軽いことから障害の所在が軽く判断されることや、難聴の発見が重度難聴に比べて遅いという課題があることが明らかになった。軽度・中等度難聴の場合、聴取に集中できるような静かな場所での会話や一対一での会話であればききとりが良好であることが多いようにみられる。しかし騒音のある場所でのききとりが難しいという障害がある。また軽度・中等度難聴者の発音は健聴者とあまり変わらず、聴力損失の程度によっては高度難聴や重度難聴のように必要な支援を受けたり、聴覚特別支援学校に通ったりする経験がないことから、軽度・中等度難聴者の障害や困難が周囲の人間にとって分かりにくいのではないかと考える。 中途失聴者は、聴力が喪失したことで大きなショックを受けたり、また聴力喪失前とはコミュニケーション方法を変えねばならない状況に陥ったりする場合がある。そのことから心理的にも社会的にも大きな変化が生じるのではないかと考える。そのような大きな変化に直面している中途失聴者の状況を理解し、障害受容の過程を進めるためにも介入が必要ではないかと考える。 以上から、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が社会で孤立することなく、周囲とコミュニケーションを図ることができるよう、社会は彼らの特徴を理解することが求められている。しかしそのためには、彼ら自身が主体的に自分のきこえの特徴やコミュニケーション方法 を周囲に伝えていく必要があると考える。 第2章 きこえの自己評価 前章では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴や周囲の環境の影響から、自らのきこえや困難について理解が浸透しにくい可能性が明かになった。本章では聴覚障害者が自らのきこえや困難を理解する一助となるであろう「きこえの自己評価」について述べていく。 2.1 きこえの評価方法 聴覚障害者のきこえを把握する手段として主に二つの評価方法が存在する。一つは純音聴力検査や語音明瞭度検査によって示される数値による客観的な評価方法である(佐藤, 2001)。しかしこの評価方法では、聴力損失の程度を表すことはできるが、患者のきこえ方の実情や困難を把握することはできない。客観的な評価法だけでなく、患者自身から自身の聴覚障害に関する主観的な情報を得ることが必要である。それを解決するために、海外では患者自身による主観的な情報を得るために1960 年代ごろからきこえについての自己評価が開発されてきた。これが二つ目にあたる主観的な評価方法である。また佐藤(2001)の研究では、きこえの自己評価は主に 2 つに分類分けされると論述している。 · 補聴器の装用効果を調べるためのきこえの自己評価 · ハンディキャップ(社会的不利)を調べるためのきこえの自己評価 きこえについての自己評価は聴覚リハビリテーションにおける補聴器の補聴効果の評価やコミュニケーション指導などに用いられてきている。日本の場合、2002 年ごろから海外の質問紙を翻訳して用いたり、それぞれの施設で独自の質問紙を作成して用いたりしていることが鈴木(2002)の研究から明らかになっている。 きこえの質問紙は医師や言語聴覚士らが難聴患者のきこえの実態を把握することが目的とされているが、聴覚障害当事者がきこえの質問紙に回答することで、自らのきこえの特徴や困難を理解することにも有用ではないかと考えた。 2.2 先行研究にみられるきこえの自己評価 きこえの質問紙の可能性を知るために、これに関連する文献調査を行った。 中川(1999)の「聴覚障害者の補聴器の自己評価」の研究では、補聴器の装用状態と補聴器装用下の聞き取りについて調査を行っている。対象は中途失聴者と難聴者である。質問紙は米国で最も使われている APHAB(Abbreviated Profile of Hearing Aid Benefit:Cox and Alexander, 1995)参照し、日本の実情に合うように修正した 24 の質問項目から構成されている。質問項目は以下の 5 つのカテゴリーに分類される。評価法は 5 点法であった。 ・雑音の中(内 6 つの質問) ・残響の中(内 6 つの質問) ・比較的静かな環境における一対一でのコミュニケーション(内 6 つの質問) ・環境音に対する聞き取りに関して(内 6 つの質問) ・補聴器の全般的な満足度(内 7 つの質問) 加藤(2006)の研究では、きこえの自己評価に関する内容や用語、実施方法を検討している。この結果から聴覚障害児を対象としたきこえの自己評価を求める方法は、質問紙による方 法がほとんど、一部に面接法が用いられていたことが明らかになっている。面接法が用いら れている理由としては、質問紙を用いた方法だと対象の年齢が低いために質問内容が理解 できないという問題を回避するためだと考えられている。また回答法に関しては主に 2 件法が用いられている。項目は平均 34 項目から成る。評価内容は「補聴器、人工内耳の装用状況」、「補聴器、人工内耳の装用意識」、「補聴器、人工内耳に対する満足度」、「補聴器、人工内耳の補聴効果」などがある。 鈴木ら(2002)の「補聴効果評価のための質問紙の作成」の研究では、軽度・中等度の後天性高齢難聴者を対象とした質問項目を決定するために既存の質問紙を集め、そこから質問項目を選別し、修正している。また反応項は頻度による 5 段階評価を使用していた。選別した質問項目 50 項は 3 分類に分けられている。質問紙作成後、226 例、154 例に対して質問紙を用いて回答を得て、データ解析を行っている。また予備調査として 5 つの反応項目が間隔尺度として扱うことができるかを検討するために、系列カテゴリー法を用いて検討を実施している。結果では鈴木らが設定した 5 つの反応項を間隔尺度として扱うことに問題はないと判断されている。 また鈴木ら(2002)の使用した既存の質問紙の内1つに修正版デンバースケール(Kaplan, 1978)がある。この質問紙はデンバースケール原案(Alpiner, 1974)を高齢者向けに改訂したものである。質問紙の回答方法はインタビュー形式で行われている。また回答の選択肢は 5 つである。選択肢は小さい数字が「同意」を示し、大きい数字が「同意しない」に対応している。また修正版デンバースケールは、高齢者のライフスタイルに関連したカテゴリーで構成されている。カテゴリーは「仲間意識」と「社会性」、「コミュニケーション」、「ききとりが難しい特定の場面」の 4 つである。また修正版デンバースケールの信頼性はピアソン積率相関係数と、各相関の対応する決定係数を計算することによって評価され、高い信頼性が示されたことが明らかとなっている。 2.3 軽度・中等度難聴者と中途失聴者を対象としたきこえの自己評価 文献調査を行った結果、若年層の軽度・中等度難聴者や中途失聴者を対象としたきこえの自己評価の研究は少ないことが明らかになった。また佐藤(2001)の研究では、きこえの自 己評価の対象としては高齢の難聴者(老人性難聴)や成人の難聴者を対象としたものが多く、学齢期における聴覚障害児を対象としていないことが明らかになっている。 鈴木(2002)の「難聴者による聴覚障害の自己評価」の研究は、作成されたきこえについての質問紙の回答データを検討し、評価し、聴覚障害の評価法としての特性を明らかにするとともに、難聴者の実態を把握し、聴覚リハビリテーションの指針を得ることを目的として実施された。難聴者の内訳は、補聴器を装用する前の難聴者(未補聴群)と、すでに補聴器を装用している難聴者(補聴群)に分けられた。また軽度難聴、中等度難聴、高度難聴に分けられ、それぞれの難聴の特徴が細かく分析されている。しかし対象者の年齢が比較的高齢であることから、若年層の難聴者の実態が反映されていない課題が挙げられる。また研究内容が 20 年前であることから、再度研究を実施し結果の分析を行う必要がある。軽度・中等度難聴者や中途失聴者が早期の段階で自らの障害を理解し、周囲の人間に説明できるようにするために、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を反映したきこえの自己評価の開発が必要である。 デンバースケール原案(Alpiner, 1974)は成人の後天性難聴者のコミュニケーション機能を主観的に評価するよう設計されている。デンバースケール原案は治療前後の回答をみることで、治療がどの程度成功しているのかデータを得ることができる。またここにおける治療とは主に聴覚リハビリテーションを指すものであると考える。質問紙は 25 項目から構成されており、患者は 7 段階の尺度を使用してコミュニケーション機能について自分自身で判断することができる。尺度を構成する 25 項目は、「家族について」、「患者自身について」、「社会的および職業的状況について」、「コミュニケーションについて」の 4 つのカテゴリーに分けられ、特定のニーズを満たす治療手順を開発できるよう領域ごとに質問が設計されている。患者は 1 から 7 の評価から答えるよう指示され、番号1は強い同意を示し、番号 7 は強い不同意を示している。 2.4 本研究の目的 これまでの結果から、軽度・中等度難聴者は聴力損失の程度が軽いことで障害が軽く判断されることや、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のどちらも成育環境や文化が健聴 者に寄るものであることから、彼らの抱える困難は理解されにくいものであると考える。そこで本研究では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が自分の障害や困難について社会 に説明し、必要なニーズを求められるようにするために、彼らのきこえの特徴を明らかにし、彼ら自身が自らの障害について整理し理解を促進し、自らのきこえの説明が可能となるきこえの自己評価を提案することを目的とする。 第Ⅱ部 本論 第 3 章 事前検討 1 -半構造化面接調査- 本章では軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示した質問を作成する前に、 軽度・中等度難聴者や中途失聴者の特徴に近いとされる高度・重度難聴者から、きこえによる困難やインテグレーションでの経験について聴取を行った。きこえの質問紙を 作成するにあたって、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が自分のきこえの状況や日々 感じている困難を主観的に理解することができる質問として有用な質問を作成する必要がある。 軽度・中等度難聴者と中途失聴者は成育環境や文化が健聴者に似ることが明らかになっ ている。また軽度・中等度難聴者に関しては、聴力損失の程度が軽いことから、障害の程度が軽いと判断されることが明らかになった。しかし高度・重度難聴であっても聴 覚活用が可能である難聴者や、インテグレーションを経験している難聴者が存在する。軽 度・中等度難聴者&中途失聴者の特徴を明確にするためにも、聴覚活用が可能であ りインテグレーションの経験がある難聴者からきこえの特徴や困難について意見を聴取し 、軽度・中等度難聴者と中途失聴者と共通点や違いが存在するのか把握する必要があ ると考える。 3.1 目的 聴覚活用を用い、またインテグレーションの経験がある高度・重度難聴者からきこえの特徴や困難について面接調査を行った。その結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者と高度・重度難聴者との共通点や違いについて把握することを目的とした。 3.2 方法 高度・重度難聴の学生 3 名に対して、「きこえの特徴」、「インテグレーションでの経験」 「日常生活上の困難」について質問をし、自由な形で述べてもらう半構造化面接調査を行った。またインテグレーションの経験があり、発話とききとりによるコミュニケーションを用いる学生を対象とした。学生 2 名(学生 A、学生 B)は高度難聴に振り分けられるが、インテグレーションの経験があり、またアルバイトで発話による接客を行っている他、会話のききとりがある程度可能である。もう 1 名の学生(学生 C)に関しては重度難聴であるが、幼少期は中等度難聴であった。また過去にインテグレーションを経験しており、発話によるコミュニケーションが可能である。 3.3 結果 聴力損失の程度が軽いもしくは聴覚活用が可能であることや発話によるコミュニケーション方法を用いることで生じた誤解や、インテグレーションでの経験に加えて、彼らが日常で感じている困難について尋ねた。 3.3.1 学生 A のケース 【属性】 障害の種類:感音難聴 聴力レベル:両耳平均 80dBHL 補聴器の装用:有 その他の特徴:高校までインテグレーション 【回答内容】 〇きこえについて · 補聴器を外しても車の音は分かる · 電話の音声やマイクからの音、機械音が分からない · 普段は音声口話で「会話ができているんだから電話もできるんじゃないの?」という誤解を受ける · うるさいところでの会話はきき取れる音の範囲が狭くなる · 近くによれば話せるというわけではない · 対面での会話で声の方向が自分の方に向いているなど、話し方による · 音楽はイヤホン(両耳)できいているが問題はなし · テレビは字幕で見ている。スピーカにもよるが音のみのききとりは厳しい 〇高校までの状況について · 自分から積極的にコミュニケーションはしなかったため、そこまで精神的にきつくはなかった · 席は 1 番前にしてもらえたのでききとりは大丈夫だった · 聴者に合わせるのが当たり前という考え方だった · 小学校の時、「なぜ自分だけ補聴器をしているのか、他の人はなぜこの距離できこえるんだ」と思うことがあった · きこえないことは悪いことではない、でもいっそ全くきこえない方がよかったと考えることもあった 〇きこえにくさについて · きこえないから人一倍頑張らなければならないという考えがあった · 何度もきき返すことに対して、自分がきこうという姿勢を示しているのに相手が伝えようとしてくれない · 分からないことは分からないと伝える · 周囲に合わせて笑うようなことはしない 3.3.2 学生 B のケース 【属性】 障害の種類:伝音難聴 聴力レベル:両耳平均 85dBHL 補聴器の装用:骨伝導補聴器 その他の特徴:小学校でインテグレーションを経験。 【回答内容】 〇きこえについて · 1 対 1 の会話はききとることができる · うるさい場所も声がこちらに向いていればきき取れる · ききとりの際は音よりも口形を読み取っている(8 割) · 早口は大丈夫だけど、ゆっくり過ぎるとききとれない · 使用している補聴器は全部の音を振動に変えるため、騒音が振動ですべて伝わってしまうし、全て拾ってしまう · 伝音性だから「大きな声で話せばよい」というわけではない 〇高校までの状況について · 親にさえ、全てきこえていると思われている · きく努力をしろと言われる · 耳を使わせるためにピアノ教室に通わせられたが音階が分からなかった · 小学校では席を前にしてもらっていたが周囲がざわざわしていたためきき取れなかった · 小学校まで音声口話ができなかった · 中学校からろう学校に入り、そこから手話を覚えて、日本語を覚えた · 小学校に入るまでは自分一人聴こえない状態だったが、中学でろう学校に変わることで気持ちが軽くなった · 口話を覚えるまでに努力をした · 昔からメンタルは強かったため、大体のことは自己解決ができた · 音声口話を身に付けるまで、両親とは簡単な口話や筆談を行っていた · 長話が苦手だった 〇困難について · テレビの音はききとれるが周囲の音がうるさいと音が混ざってしまう · 後ろから話しかけられても気づけない · 自分が聴覚障害者であることを理解してもらえない · バイトの時は常に人の声を意識していた · 意識しすぎて実際は呼ばれていないが呼ぶ声がきこえる · 電話はできるけど音の集音レベルを MAX にしなければならないため、骨を傷つけることになる · 補聴器を外した場合、音は感じるけど認識はできない · 高い音がうるさく感じる · 鈍い音や机をはじく音がダメ · 男性、とくにおじいさんの声が分かりにくい · 女性の声は割とききとることができる · 初対面との人と会話をする際は、相手の声を分析して理解するよう努める。もしくは自分のペースに持ち込む · マスクをしている人は、女性だったらききとることができる · 自分の中にある音を照らし合わせて文を想像・考える · 口話ができるという面で聾の同期に差別や妬みを買った · そのため聴覚障害者の団体に入ることが厳しく、壁を感じる 3.3.3 学生 C のケース 【属性】 障害の種類:感音難聴 聴力レベル:両耳平均 91.5dBHL 補聴器の装用:有 その他の特徴:小・中学校でインテグレーションを経験。幼少期は中等度難聴であった。 【回答内容】 〇きこえについて · 高い音と低すぎる音がききとりにくい · 電子レンジや人の声、静かな車がゆっくり近づいてくる音などが分からない · 失聴はうまれつきであるが、気づいたのは 3 歳 · うるさい場所でのききとりは難しい · 家族との会話は基本的に口話で行っているが 3 人以上になると難しいため、大きい声でゆっくり話してもらうなどの工夫をしてもらう · マスクをしている人は声がはっきりしていればききとることができるが、口の形が見えないため、きいた内容に自信がもてない · 掃除のときの机を動かす音がうるさく感じた · 避難訓練のベルがうるさく、驚くことがあった · 後ろから呼ばれた時、気づくことができない · コミュニケーション方法は手話と声がメイン · ぼそぼそ話されると分かりにくい · 右に補聴器をしているので、右から話しかけるようにしてほしいと相手に伝えている 〇高校までの経験 · 席替えの時、前から 1~3 番目になるようお願いをしたが自分だけ特別に配慮をされている感じが嫌だった · 小学校まで自分の障害が嫌だったけど、ろう学校に入って仲間と出会って「凄いな…」と思った · 健聴の学生とコミュニケーションを取る時、きつく感じる · 何回もききかえしたりして申し訳ないし、面倒な顔をされたり「もういいよ」と言われたりして悲しい · 小学校の時、電話で連絡をしてくださいと言われて実際にやってみたが無理だった経験がある 〇日常生活を送る上で困難に感じる事 · 家族が自分以外と話している時、話すスピードが速いため、今何の話をしているのか分からない時がある · 聴者に自分がきこえないことを説明するが、配慮をしてもらえるのは最初のみで、声量が小さくなったり、話すスピードがだんだん速くなったりして、相手が忘れてしまう · 自動車の教習所で風により先生の声がきこえないことがあった · 「右折」・「左折」の指示が分からないが、「右」・「左」だと分かる 3.3.4 学生 3 名のきこえの特徴 学生 A に関しては、高校までインテグレーションを経験した中で、健聴者との関わり方や自分のきこえについて把握ができている様子がみられた。またきこえの特徴に関しては、うるさいところでの会話になるとききとれる範囲が狭くなるという点で軽度・中等度難聴者と類似している特徴がみられた。 学生Bの場合、小学生までは音声口話及び日本語の習得を行っていなかったが ・毎日小説を 50 ページ音読し、噛んだら一からやり直す ・カラオケで高音と低音の喉の感覚を掴む ・早口言葉を毎日欠かさず言う ・言い間違えをしていたら言い直すように親にお願いする 等の方法で音声口話や日本語を身に付けたことが明らかになった。 この点に関しては軽度・中等度難聴者の場合は残存聴力を活用して音声言語や日本語を 身に付けることができる場合があるほか、中途失聴者の場合は、音声口話と日本語を予め身に付けた後に失聴していることから、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の特徴とは異なるのではないかと考える。 学生 C については、健聴者とコミュニケーションを図る際に、自分がきこえにくいことを伝えても相手が配慮を忘れてしまうことや、健聴者に対してきき返しを行う際に、面倒な表情をされることや、相手に話の内容をききかえすことに対して申し訳なさを感じていることが明らかになった。また家族間でのコミュニケーションに関しても、3 人以上での会話のききとりが難しく、何の話をしているかが分からない状況を経験していることが明らかになった。 今回行った調査でインテグレーションでの経験、また口話によるコミュニケーション方法を用いていることで生じる誤解、聴覚活用による会話のききとりがある程度可能であるが故の苦悩についての意見を聴取することができた。また対面での一対一での会話が可能である一方で、騒音下での会話に困難があることや、口形の読み取りや会話の内容を想定するなどの工夫を行うことでなんとか会話ができる状態にある一方で、聴覚援助機器を装用し、口形の読み取りやききとりにどれだけ集中しても、電話でのききとりが困難であることや背後からの呼びかけに気づけないなど、ききとりに限界を感じていることが明らかになった。 3.4 考察 三者とも成育環境は異なるが、周囲に配慮を求めるよりも、きこえにくい自分が健聴者に合わせて努力すべきだという考えを持っていた。しかし一般校から同じ障害のある学生が在籍する環境に移り替わることで気持ちが軽くなったことや、手話を覚え始めたことで書記日本語と音声言語を身に付けることができるようになったなど、ある程度の変化が生じていることが窺える。 学生 A の場合は、一般校の中で自分だけきこえにくい立場であることに最初は苦しみを抱いていたが、一般校で長く過ごしていた中で、周囲とのコミュニケーションを図ることにあきらめを抱いていたという現状が明らかになった。しかし本学生の場合、きき取れなかった部分は相手にはっきり示すことや、集団の中で笑いが起きた場合に状況が分からなくても周囲に合わせて愛想笑いをするなどという行動をしないと述べている。そのことから本学生の場合、インテグレーションの中で、自分だけきき取れないことへの諦めや慣れ、聴者への同化の限界や難聴者としてのアイデンティティを形成する上での葛藤を経て、聴者とのコミュニケーション方法を見出したのではないかと考える。 学生 B の場合は、両親が、彼が聴者に同化するようピアノ教室に通わせることや音声口話を身に付けるよう心血を注いでいたことが分かる。その結果として、本学生は現在、音声口話と手話を身に付け、聴者との会話でききとりによるコミュニケーション方法を可能としている。しかし音声口話と聴覚活用によるコミュニケーションが可能であることで、聴覚障害者であるということを周囲に理解してもらえない側面が生じているのではないかと考える。 学生 C の場合は、インテグレーションの中で自分のみ配慮を求めることに抵抗を覚えるという心情や、家族間で自分のみ会話の輪に入ることができない状況があること、健聴者に配慮を求めた場合に最初は対応をしてもらえるが時間が経つにつれ自分にきこえにくさがあることを忘れられてしまうことなど、コミュニケーション下での苦悩や葛藤についての意見がみられた。これらの困難や心情は軽度・中等度難聴者&中途失聴者に通ずるものがあるのではないかと考える。特に聴覚活用によるコミュニケーションを取っている難聴者や口話でのコミュニケーションを用いる軽度・中等度難聴者&中途失聴者の場合で、ききとることができない自分が悪いという考えに直結する傾向にあるものと考えられる。 今回の面接調査で、静かな場所での一対一での聴取が可能であることや、音声口話でのコミュニケーションを主とする場面があるなど、軽度・中等度難聴者&と中途失聴者の状況と近い部分がみられた。また健聴者とコミュニケーションを図る上で、ききとりに集中力を要している部分や、聴者に同化することで生じるストレスや葛藤を感じている部分についても質問紙を作成する上で、項目内容に活かすことができるのではないかと考える。 第4章 事前検討 2 -きこえについての質問紙の作成にあたって- 4.1 目的 第 2 章で明らかになった軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴と、第 3 章の面接調査で明らかになった聴覚活用やインテグレーションを経験した高度・重度難聴者の実態との比較結果から、従来の質問紙を参考にきこえについての質問紙の質問を作成していく。 4.2 方法 軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示す質問項目を考案した。また文献調査を行った結果から、鈴木(2002)では軽度・中等度難聴者を対象としていること や、デンバースケール原案(Alpiner, 1975)は若年層の中途失聴者を対象としていることが明らかになっている(表2)。きこえに関する質問では鈴木案の一部を参考にし、心理・社会的影響の質問では鈴木案とデンバースケール原案の質問の一部を参考にして質問を検討した。 表2:これまでの自己評価と本研究の自己評価の特徴 4.3 結果 -質問の検討- 4.3.1 検討 1 きこえについての質問 きこえの質問を作成するにあたって、鈴木案(2002)の質問の一部を参考にして(表3)、きこえに関する 45 問の質問を作成した(表4)。 表3: 鈴木案(2002)「きこえについての質問紙」(原文) 【回答項目】(原文) A) いつも聞き取れる、聞き取れることが多い、半々ぐらい、聞き取れないことが多い、いつも聞き取れない B) いつも聞こえる、聞こえることが多い、半々ぐらい、聞こえないことが多い、いつも聞こえない その後、改めて質問内容を見直やカテゴリーを見直し、質問文試案Ⅰ(表4)であまり重要視されないとする環境音に関する質問や、表現が類似する質問を除外し 45 問を 26 問に減じ整理を行った(表5)。 表4:質問文試案Ⅰ(鈴木案参考部分) 表5:質問紙試案Ⅰの検討 質問文試案Ⅱの 26 問の質問(表6)を、学校生活を想定した質問として表現の見直しを行った。質問が回答者にとって、より想定しやすいよう表現を変更した。 表6:質問紙試案Ⅱ 本研究の「きこえの自己評価」 質問文試案Ⅱ カテゴリー 質問 きこえ 良条件下1 静かな場所で友人との一対一の会話の内容をききとることができる 2 静かな教室で先生が話す内容をききとることができる 3 静かな教室で隣の生徒の話す内容をききとることができる 4 図書館などの静かな場所でのささやき声をききとることができる 環境音 5 目覚まし時計やアラームを用いて振動ではなく音で起きることができる 6 電気のスイッチを入れるときの「パチッ」という音がきこえる 7 電子レンジの「チン」という音がききとれる 8 信号を渡る時、信号機から流れる音がきこえる 悪条件下9 バスや電車内で流れる車内放送の内容をききとることができる 10 混雑時の駅のホームで流れる放送の内容をききとることができる 11 CD機器を用いた音の内容をききとることができる 12 校内放送の内容をききとることができる 13 全校集会などで先生がマイクで話す内容をききとることができる 14 Zoomなどのオンライン授業で先生の話す内容をききとることができる 15 騒がしい教室で先生が話す内容をききとることができる 16 騒がしい教室で隣の生徒の話す内容をききとることができる 17 騒音がある環境での友人の会話の内容をききとることができる 18 ゲームセンターなどでのうるさい場所での会話をする時、言葉をききとることができる 悪条件下(背後音) 19 後ろから近づいてくる車の音が分かる 20 自転車のベルの音が分かる 21 背後から自分を呼ぶ声に気付くことができる 悪条件下(複数人) 22 グループワーク(5人ほど)で周囲が話している内容をききとることができる 声質 23 早口で話す人の話をききとることができる 24 ゆっくり話す人の話をききとることができる 25 家族や友人など普段ききなれた声の人と電話をする時、話をききとることができる 26 初めて話す人の会話はききとりにくい 質問紙試案Ⅱ(表6)の『悪条件下(背後音)』の質問のうち、No.19 と No.20 の質問では、車と自転車といった同じ環境音の気づきに関しての内容であることから、表現をまとめ「背後から近づく車の走行音に気付くことができる」という質問にした。また No.21 に関しては「自分を呼ぶ声」という表現の意味が曖昧であることから「呼びかけ」に変更した。 『環境音』の質問では No.5・No.6・No.7・No.8 の質問を、鈴木案(2002)で用いられている電子レンジの音の気づきに統一した。『悪条件下』の No.11 の質問では、CD 機器を用いた音の内容のききとりといった限定された聴取条件の質問ではなく、電話やマイクを通じてのききとりに変更した。また『悪条件下』の No.9・No.10・No.12・No.13・No.14 の質問では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者がききとりに困難があるとされる騒音のある場所での会話の聴取に関するNo.10 の質問に統一した。『良条件下』の No.1・No.2・No.3・No.4の質問では、学生が常に経験する状況にある 1 の質問項目を採択した。『悪条件下』の No.15・ No.16・No.17・No.18 の質問では、『良条件下』の質問と同様に、学生が良く経験する状況であろう No.15 の質問項目を採択した。また 2 の質問では、質問内容を見直し、友人限定だった設定を、先生との会話状況を加えた。また一対一の状況での会話であっても、具体的にどのような位置状態で会話をしているのか想像がしにくいことから、「向かい合って」という表現を加え、質問内容に具体性を持たせた。『悪条件下(複数人)』の No.22 の質問ではグループワークでの会話のききとりの状況を把握する質問内容となっているが、人数の設定が(5 人ほど)と括弧で囲われる形となり、質問文を読む際に違和感を抱く可能性があるため括弧を外した。また人数設定が 5 人と聴取条件が広範囲な質問内容になっていたが、3 人まで減じ、一対一以上での聴取状態の把握が可能になるよう修正した。また『声質』の 質問では、軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示す質問文というよりも、個人のさらに詳細なききとりやすい音の特徴に関する質問であるため、今回の質問には含めないこととする(表7)。 表7:質問文試案Ⅱの検討 以上の過程で質問紙試案Ⅱ(表6)の 26 問の内容を見直し、9 問まで絞った。(質問紙試案Ⅲ:表8) 表8:質問紙試案Ⅲ(学生生活を想定した質問) ここまで修正を行い質問文試案Ⅲ(表8)を作成したが、質問が社会人を想定していない質問となっていることから、次に社会人を対象とした質問文の作成を行った。 『背後からの音』に関する質問では、質問文試案Ⅲ(表8)のNo. 6 とNo. 9 の2つを修正した。難聴者は、背後から迫る音や呼びかけに気付きにくいという傾向がみられる(鈴木: 2002)。また職場の建物内での聴取を想定した場合、No. 9 のように車の走行音に気付く必要性は求められないため除外した。代わりに直面するであろう場面を想定すると、「背後から同僚や上司から声をかけられた場合気づくことができる」といったような質問の場面が当てはまるのではないかと考える。 『機械を通じた音』の質問では、No. 5 とNo. 7 の No. 8 の質問を修正した。職場を想定した質問の場合、No. 5 で設定される環境は職場内での質問には適していないと判断したため除外した。また No. 7 に関しては、電話で対応ができる難聴者の割合はまちまちであると判断しため除外した。また No. 8 は職場での聴取では必要とされない内容のため除外した。よってこれらの質問項目を再考し、社内でのききとりが必要とされる「社内放送や、マイクでの説明をききとることができる」といった場面での聴取に関する内容に変更した。 『良条件下』の質問では、No. 1 の質問内容を職場で想定される内容に修正し、「静かな会議室や静かな職場で、上司や同僚の話している内容をききとることができる」といった質問に変更した。悪条件下でのききとりに関する質問では、No. 3 の質問内容を職場で想定される内容へと修正し、「騒がしい会議室や騒がしい職場で、上司や同僚の話している内容をききとることができる」といった内容に変更した。 『一対一での会話』の質問では、No. 1 の質問内容をこれまで同様、職場で想定される内容へと変更した。また No. 2 での質問と内容が重複していることから、まとめて同じ質問とした。『複数人もしくはそれ以上での会話』の質問では No. 4 の質問内容に、職場で想定されるとする会議場面の設定とききとりの可否を加え、音の方向をつかめているかを確認する内容を加えて修正した。その結果、「5 人以上で会議を行う際、誰が話しているのか判断でき、話している内容をききとることができる」といった質問内容に変更した。(表9) 表9:質問文試案Ⅲの検討 質問文試案Ⅳ(表10)は 5 問まで整理することができたが、現段階の質問ではデンバースケール原案(Alpiner, 1975)や鈴木案(2002)のような心理面や行動に関する質問を作成しておらず、きこえに特化した質問となっているため、その点を踏まえて再度見直しを行う必要がある。 表10:質問文試案Ⅳ 本研究の「きこえの自己評価」 質問文試案Ⅳ カテゴリー 質問 良条件下 1 静かな職場で上司や同僚と一対一で向かい合って話す時、ききとることができる 悪条件下 2 騒がしい会議室や騒がしい職場で、上司や同僚の話している内容をききとることができる 3 5人以上で会議を行う時、誰が話しているのか把握でき、話している内容をききとることができる 背後からの音 4 背後から上司や同僚から声をかけられた時、気づくことができる 環境音 5 社内放送やマイクでの説明をききとることができる 4.3.2 検討 2 心理面・行動に関する質問 心理面と行動に関する質問を作成する上で参考としたのが、Alpiner(1975)のデンバースケール原案(表11)と鈴木ら(2002)の「きこえについての質問紙」(表12)である。デンバースケール原案は若者の中途失聴者を対象に作成された質問紙である(表11)。コミュニケーション機能を主観的に評価するよう設計されているため、ききとりに関する質問はないが、臨床医が治療をする際、効果的な対処方法を見つけるために役立つとされている (Alpiner, 1987)。質問項目は「家族」、「自分自身」、「社会的および職業的状況」、「コミュニケーション」の 4 つのカテゴリーから形成されている。 表11:The Denver Scale of Communication Function(Alpiner, 1975:著者による翻訳) No カテゴリ 質問内容 家族 1 私の家族は私の難聴にいら立っています 2 私の家族は時々、会話もしくは会議の時、私をのけ者にすることがあります 3 私は会話をするのが難しいので、時々家族が私のことを決定します 4 言っていることが分からないため、私が家族にもう一度ききかえすとムッとします 自分自身 5 私には聴覚障害があるので、社交的な人間ではありません 6 聴覚障害がなかった時に比べて、今では多くのことに興味がもてません 7 他の人は、私がききとれなかったり理解することができなかったりした時に、私がどれほど悩んでいるのか気づいていません8 人々は時々、私に聴覚障害があることで私を避けます 9 私は聴覚障害があるので、穏やかな人間ではありません 社会的および職業的状況 10 私は難聴のため、人生においてネガティブな傾向があります 11 私は聴力を失い始める前ほど社交的ではありません 12 ききとりにくいので、友人と外出するのは好きではありません 13 ききとりにくいので、初対面の人と会うことに躊躇いがあります 14 聴力を失い始める前ほど仕事を楽しんでいません 15 他の人は難聴がどのようなものであるかを理解していません 16 何を言っているのかが分からないので、間違った答えを返すことがあります 17 私はコミュニケーションを図る状況で、リラックスした気分ではありません 18 私はほとんどのコミュニケーションの状況で、快適さを感じません 19 騒がしい部屋での会話は、私にとって他の人とのコミュニケーションをとろうとする妨げになります 20 私はグループの状況で話さなければならないことに不安を感じています コミュニケーション 21 一般的に、私はききとりがリラックスしているとは思いません 22 難聴のため、多くのコミュニケーション状況に脅かされていると感じています 23 他の人と話す時、その人の表情を見ることはありません 24 初めて話す人の言っていることが分からなかった時、繰り返してもらうのを私はためらっています 25 何を言われているかが分からないので、会話に合わないコメントをすることがあります 鈴木ら(2002)のきこえについての質問紙(表12)では、きこえの質問の他に「心理・社会的影響」、「コミュニケーションストラテジー」の二つのカテゴリーがあることが明らかになった。 表12:難聴者による聴覚障害の自己評価 ―「きこえについての質問紙」の解析―(鈴木, 2002) カテゴリー 質問項目 心理・社会的影響  きこえにくいために、家族や友人に話しかけるのを止める  きこえにくいために、一人でいた方が楽だと思う  話がききとれなかった時に、もう一度くり返してもらうのは気が重い  きこえにくいことが、あなたの性格になんらかの影響を与えていると思う  きこえにくいことが、あなたの家族や友人との関係になんらかの影響を及ぼしていると思う コミュニケーションストラテジー  話がききとりにくい時は、話している人に近づく  会話中は、相手の口元を見る  うるさくて会話がきこえない時は、静かな所に移る  話がききとれなかった時は、近くの人に尋ねる  話がききとれなかった時は、もう一度くり返してくれるよう頼む  小声や早口の相手には、ゆっくりはっきり話してくれるよう頼む  相手のことばをきこえた通りに繰り返す  自分の耳がきこえにくいことを、会話の相手に伝える また Gerhard(1994)による Hearing Coping Assessment(HCA:表13)では、聴覚障害による経験についての自己評価に関する 21 問の質問が作成されている。21 問の質問うち、心理とコミュニケーションストラテジーに関する質問は 11 問あった。 表13:HCA(Gerhard, 1994:著者による翻訳) カテゴリー 質問項目 心理面   聴覚障害があることで、不利を感じたことはない ききとりにくい時に、緊張感やストレスを感じない 郵便局や銀行、お店などで会話をすることは苦ではない きこえなかった時にイライラすることはない 身近な人たちは、私の聴覚障害の問題に気づいていないと思う 私は比較的聴力が正常であると思う コミュニケーションストラテジー   聴覚障害があっても、社会的交流から引き下がることはない 人に繰り返し伝えてもらうことは恥ずかしいことだと思わないし、必要な時はお願いしている 自分のきこえを向上させるために色々なことをしている ききとりにくいことは恥ずかしいと思わないし、私はそれを人に伝えている 鈴木ら(2002)のきこえについての質問紙(表12)と Alpiner(1975)のデンバースケール原案の質問(表11)や Gerhard(1994)の HCA(表13)を参考にし、改めて自身の試作した質問文試案Ⅲ(表8)と質問文試案Ⅳ(表10)を顧み、学生や社会人のみに焦点を当てた質問ではなく、幅広い年齢層に当てはまる 30 問の質問を作成した(表14)。また質問文試案Ⅰ~Ⅳではきこえの特徴に特化した質問を作成したが、今回はきこえに関する質問に加えて、心理・社会的影響に関する質問やコミュニケーションストラテジーに関する質問を取り入れた。またこの 30 問の質問(表14)は第 5 章の事前検討 3 で用いることとする。 表14:質問文試案Ⅴの検討 表15:質問文試案Ⅴ -きこえについての質問紙- 本研究の「きこえの自己評価」 質問文試案Ⅴ カテゴリー 質問 No. ききとり 静かな教室で向き合って一対一で会話をする時,話の内容をききとることができる 1 騒がしい場所で一対一の会話をする時,話の内容をききとることができる 2 後ろから声をかけられた時,気づくことができる 3 複数人で会話をする時,話の内容をききとることができる 4 救急車のサイレン音がした時,どの方向から救急車が来ているのか判断することができる 5 電子レンジの「チン」という音に気づくことができる 6 負荷 人と会話する時,ききとりに集中する必要がある 7 会話がききとれなかった時,きき返すことがストレスに感じる 8 自分にとって会話をききとることは簡単である 10 コミュニケーションを図る状況ではききとりに集中する必要があるため,リラックスした気分で会話をすることができない 30 心理・社会的影響 会話がききとれなかった時,ききとれなかった自分が悪いのだと思う 9 会話がききとりにくいことで,周囲とコミュニケーションをとることが面倒に思う 11 会話がききとれないことは自分のききとる努力や集中力が足りないせいだと思う 12 聴覚障害があるため,得ることのできる情報が少ないので冷静に判断することができない時がある 17 聴覚障害があることで学校生活を楽しむことができていないように感じる 18 難聴があることによってコミュニケーションを図る時に様々な困難が生じる 19 初めて会話をする人の話の内容がききとれなかった時,ききかえすことをためらってしまう 20 聴覚障害があるため,コミュニケーションの場では消極的な態度をとってしまう 26 聴覚障害があることによって日常の生活を送る上でネガティブな考え方をしてしまう 27 相手が何を言っているかが分からなかった時,きき返せずに間違った答えを返してしまうことがある 29 他者 私の家族は,私に難聴があることで私に対して苛立ちを感じている 13 言っていることが分からなかった時に,もう一度ききかえすとムッとされることがある 14 難聴があることを理由に,周囲の人間に避けられたことがある 15 難聴があることによって感じる困難や悩みを,周囲の人間に分かってもらえない 16 コミュニケーションストラテジー 会話がききとれなかった時,もう一度繰り返してくれるよう頼んでいる 21 会話をする時に,相手の口元を見ている 22 会話をする時,相手の表情を見ながら会話をしている 23 自分の耳がきこえにくいことを友人や知り合いに伝えている 24 うるさくて会話が良くききとれない時は,場所を移動したり大きい声で話したりしてもらえるよう伝えている 25 会話がききとれなかった時,周りの誰かに尋ねている 28 4.3.3 質問の選択肢について 作成した 30 問の質問に対して、回答の選択肢を考える必要がある。鈴木ら(2002)の「きこえについての質問紙」では、質問内容に合わせ、5 つの回答の中から選択肢を行う方法を取っていた。 「きこえにくさ」 比較的よい条件下での語音聴取 a:いつもきき取れる、きき取れることが多い、半々ぐらい、きき取れないことが多い いつもきき取れない 環境音の聴取 b:いつもきこえる、きこえることが多い、半々ぐらい、きこえないことが多い いつもきこえない 比較的悪い条件下での語音聴取 a:いつもきき取れる、きき取れることが多い、半々ぐらい、きき取れないことが多い いつもきき取れない b:いつもきこえる、きこえることが多い、半々ぐらい、きこえないことが多い いつもきこえない 「心理・社会的影響」 直接関連した行動 c:いつもやめる、やめることが多い、半々ぐらい、話しかけることが多い いつも話しかける d:いつもそう思う、思うことが多い、半々ぐらい、思わないことが多い 全く思わない 情緒反応 d:いつもそう思う、思うことが多い、半々ぐらい、思わないことが多い 全く思わない e:いつもそうだ、そういうことが多い、半々ぐらい、そうでないことが多い 全くそうでない 「コミュニケーションストラテジー」 f:いつもそうする、そうすることが多い、半々ぐらい、そうしないことが多い 全くそうしない 一方、Alpiner のデンバースケール原案(1975)では、鈴木らのきこえについての質問紙での、5 つの回答項目から選択するような形ではなく、7つの尺度から自分が当てはまると感じる部分にX を記入するという形式をとっている。 図 1:The Denver Scale of Communication Function(Alpiner, 1975) Harriet のデンバースケール改訂版(1978)では、「仲間意識」、「社会的適応」、「コミュニ ケーション」、「特定のききとりにくい状況」の 4 つのカテゴリーで構成された 34 の質問項目に対して、「非常に当てはまる、少し当てはまる、どちらでもない、あまり当てはまらない、全く当てはまらない」という 5 つの回答項目から選択肢を選ぶ形になっている。デンバースケール原案では選択肢が 7 つであるのに対し、デンバースケール改訂版では高齢者を対象としているため、選択肢に迷いがでないよう 5 つに減らしている(表16)。これらの結果を参考に、今回のきこえについての質問紙の試案では「いつもききとれる~いつもききとれない」といった 5 つの選択肢から回答を選ぶ形式をとることとした(表17)。また選択肢の単語は質問内容に合わせて、表現を変更した(表18, 19)。 表16:選択肢の検討 表17:選択肢の表現の比較 表18:選択肢の検討 表19:質問文試案Ⅴの選択肢一覧 事前検討 3 で使用した質問紙 4.4 考察 今回作成した質問紙で質問紙調査を行う際、回答者の属性や環境によって回答が左右される質問がある。例えば、ききとりに関する質問について、同じ軽度・中等度難聴者であっても、日常的に補聴器を装用している回答者の場合は「いつもききとれる」と答え、日常的にあまり補聴器を装用していない場合は「半々ぐらい」と回答する可能性がある。 本研究の目的は、軽度・中等度難聴者&中途失聴者が自らのきこえの特徴や普段感じている困難を把握することを可能とする質問紙の作成である。特に軽度・中等度難聴者&中途失聴者の場合、先行研究の結果からも明らかになっているように当事者によってきこえ方や困難の度合いにばらつきがある(石塚:1993,杉内:2013)ため、これまでの高度・重度難聴者や加齢によって難聴になった高齢者を対象とした質問内容ではなく、軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴や困難に適する質問項目を作成する必要があると考えた。よってそれらの質問項目を作成するためにも、健聴者や高度・重度難聴者からも回答を集計し、回答結果の違いを明らかにする方法も考えられる。 第5章 事前検討 3 ―質問紙試案による調査- 5.1 目的 第 4 章で試案したきこえの自己評価を用いて、中等度難聴者と重度難聴者に対して質問紙調査を実施した。なお、軽度・中等度難聴者の回答者が少なく、十分なデータを得ることが難しい現状がみられた。よって軽度・中等度難聴者だけでなく高度・重度難聴者も対象とした質問紙の作成も視野に含める。よって軽度・中等度難聴者&中途 失聴者を対象としての本調査を実施する前に、高度・重度難聴者からも質問の数、質 問内容や選択肢の表現についての意見を求め、その結果から再度質問紙を見直すためである。 5.2 方法 試案した 30 の質問を用いて聴覚障害のある学生 6 名に質問紙調査を実施し、回答に有する時間や質問紙について改善を希望する意見を募った。回答項に対して 1~5 の素点を振り分け、平均スコアの算出を行った。質問内容が否定的な場合は、素点の振り分けを逆にした。 5.3 結果及び考察 【属性】 性別構成:男 3 例、女 3 例平均年齢:22.0±1.5 歳 平均聴力レベル(両耳):100.8±26.2dBHL 平均聴力レベルの中央値:110dBHL(45dBHL -125dBHL) 失聴年齢:全員 0 歳 補聴器の装用経験:全員あり 図 2:平均聴力レベル(両耳)の範囲 【意見】 ・数字の打ち込みや空欄スペースで半角と全角が混じっているので統一したほうがいい ・失聴年齢の回答欄が歳のみになっているため、先天性の人の場合も考慮して(歳)とした ほうがいい ・文章の行間を一段開けたほうが読みやすい ・選択肢の「時々気づくことができる」と「半々ぐらい」のイメージが曖昧。どちらも 50% ぐらいのイメージがある ・問30 の質問について、「そう感じる」といった表記ではなく、「できる」「できない」で答 えてもらったほうがいい ・きこえについての質問を答えてもらう際に、どんな場面(補聴器装用時)、どんな状況 (健聴社会・ろう社会)であるかを明確にするべき ・問13 の苛立ちを感じているという表記について、具体例があるといい ・問3 の表記について、肩をたたくなどのアクションも含んだ声かけだと判断する場合も あるため、「声だけ」ということが分かる表記にした方がいい ・問29 の質問に加えて、「相手との意思疎通がうまくいなかったことで何かトラブルが起 きた経験があるか」という質問があると、難聴者の困難さが浮き彫りになるの では? ・問25 の質問について、高度・重度難聴者の場合は筆談でコミュニケーションを お願いするようにする人もいるため、この質問は当てはまらない場合がある ・「どちらでもない」、「あてはまらない」とった表記があるといい 【回答結果】 図 3:ききとりのカテゴリーの質問の回答結果 表20:ききとりのカテゴリーの質問の回答結果 番号 質問項目 平均値 SD 問1 静かな教室で向かい合って一対一の会話をする時、話の内容をききとれる 2.67 1.70 問2 騒がしいところで一対一の会話をする時、話の内容をききとれる 1.83 0.90 問3 後ろから声をかけられた時、気づける 2.17 1.21 問4 複数人で会話をする時、話の内容をききとれる 2.00 1.00 問5 救急車のサイレン音がした時、どの方向からしているのかが分かる 2.80 1.47 問6 電子レンジの「チン」という音に気づける 3.00 1.73 ききとりのカテゴリーは全体を通して平均値が低く、標準偏差が大きい結果となってい る。中でも最も平均値が低かった質問は問2 の「騒がしいところで一対一の会話をする時、 話の内容をききとれる」であった。また標準偏差が最も少ない質問は同じく問2 の質問であった。 平均値が最も高かった質問は問6 の「電子レンジの『チン』という音に気づける」であったが、ききとりのカテゴリーで最も標準偏差が大きい質問でもあった。 図 4:ききとりに伴う負荷のカテゴリーの質問の回答結果 表21:ききとりに伴う負荷のカテゴリーの質問の回答結果 番号 質問項目 平均値 SD 問7 人と会話する時,ききとりに集中する必要がある 3.17 1.46 問8 会話がききとれなかった時,きき返すことがストレスに感じる 3.67 0.94 問10 自分にとって会話をききとることは簡単である 2.17 1.34 問30 コミュニケーションを図る状況ではききとりに集中する必要があるため,リラックスした気分で会話をすることができない 3.00 1.00 ききとりのカテゴリーと同様に、ききとりに伴う負荷のカテゴリーでも標準偏差が大き い結果となった。負荷のカテゴリーで最も平均値が高い質問は問8 の「会話がききとれなかった時,きき返すことがストレスに感じる」(3.67±0.94)であった。また最も平均値が低い質問は問10 の「自分にとって会話をききとることは簡単である」(2.17±1.34)であった。標準偏差が最も大きい質問は問7 の「人と会話をする時、ききとりに集中する必要があある」(3.17±1.46)であった。また標準偏差が最も少ない質問は問8 の「会話がききとれなかった時、ききかえすことがストレスに感じる」(3.67±0.94)であった。 図 5:心理・社会的影響のカテゴリーの質問の回答結果 表22:心理・社会体影響のカテゴリーの質問の回答結果 番号 質問項目 平均値 SD 問9 会話がききとれなかった時、自分が悪いと思う 3.17 1.34 問11 会話がききとりにくいことで,周囲とコミュニケーションを とることが面倒に思う 3.17 1.07 問12 会話がききとれないことは自分のききとる努力や集中力が 足りないせいだと思う 3.00 1.15 問17 聴覚障害があるため,得ることのできる情報が少ないので冷 静に判断することができない時がある 3.67 0.75 問18 聴覚障害があることで学校生活を楽しむことができていな いように感じる 3.50 0.76 問19 難聴があることによってコミュニケーションを図る時に 様々な困難が生じる 2.83 1.21 問20 初めて会話をする人の話の内容がききとれなかった時,ききかえすことをためらってしまう 3.00 1.15 問26 聴覚障害があるため,コミュニケーションの場では消極的な 態度をとってしまう 3.33 1.25 問27 聴覚障害があることによって日常の生活を送る上でネガテ ィブな考え方をしてしまう 3.33 1.11 問29 相手が何を言っているかが分からなかった時,きき返せずに 間違った答えを返してしまうことがある 3.00 1.15 社会的影響のカテゴリーでは点数が突出した質問はなかったものの、他のカテゴリーと同様に標準偏差が大きい結果となった。しかしその中で標準偏差が比較的少ない質問として問17 の「聴覚障害があるため,得ることのできる情報が少ないので冷静に判断することができない時がある」(3.67±0.75)と問18「聴覚障害があることで学校生活を楽しむことができていないように感じる」(3.50±0.75)がみられた。また問17 と問18 は社会的影響のカテゴリーでは平均値が高い質問項目となっていた。 図 6:他者のカテゴリーの質問の回答結果 表23:他者のカテゴリーの質問の回答結果 番号 質問項目 平均値 SD 問13 私の家族は,私に難聴があることで私に対して苛立ちを感じている 4.50 0.76 問14 言っていることが分からなかった時に,もう一度きき返すとムッとされることがある 3.67 0.94 問15 難聴があることを理由に、周囲の人間に避けられたことがある 3.17 1.07 問16 難聴があることによって感じる困難や悩みを,周囲の人間に分かってもらえない 3.33 1.11 他者のカテゴリーでは他のカテゴリーと比較して、平均値が高い結果がみられた。特に問 13 では平均値が高く、標準偏差も他の 3 つの質問と比較して少ない結果となった。また平均値が低い質問は問15 の「難聴があることを理由に、周囲の人間に避けられたことがある」であった(3.17±1.07)。また最も標準偏差が大きい質問は問16 の「難聴があることによって感じる困難や悩みを、周囲の人間に分かってもらえない」(3.33±1.11)であった。 図 7:コミュニケーションストラテジーのカテゴリーの質問の回答結果 表24:コミュニケーションストラテジーのカテゴリーの質問の回答結果 番号 質問項目 平均値 SD 問21 会話がききとれなかった時,もう一度繰り返してくれるよう頼んでいる 3.67 1.49 問22 会話をする時に,相手の口元を見ている 4.00 0.82 問23 会話をする時,相手の表情を見ながら会話をしている 4.83 0.37 問24 自分の耳がきこえにくいことを友人や知り合いに伝えている 4.33 0.75 問25 うるさくて会話が良くききとれない時は,場所を移動したり大きい声で話したりしてもらえるよう伝えている 2.33 1.49問28 会話がききとれなかった時,周りの誰かに尋ねている 3.83 0.69 コミュニケーションストラテジーのカテゴリーでは、質問によって平均値や標準偏差に差が見られる結果となった。標準偏差が最も少ない質問は問23 の「会話をする時、相手の表情を見ながら会話をしている」(4.83±0.37)であった。また問23 は平均値が最も高いことから、聴力レベルに限らず、会話の時には相手の表情を見ながら会話をしていることが明らかになった。また点数が高かった質問として、問22 の「会話をする時に,相手の口元を見ている」と問24 の「自分の耳がきこえにくいことを友人や知り合いに伝えている」(4.33±0.75)と問28 の「会話がききとれなかった時,周りの誰かに尋ねている」(3.83±0.69) が挙げられた。一方で問21 の「会話がききとれなかった時,もう一度繰り返してくれるよう頼んでいる」(3.67±1.49)と問25 の「うるさくて会話が良くききとれない時は,場所を移動したり大きい声で話したりしてもらえるよう伝えている」(2.33±1.49)では標準偏差が大きい結果がみられた。 事前検討 3 の結果から、それぞれのカテゴリーで質問の回答の標準偏差が大きかったことから、中等度難聴者と高度・重度難聴者の回答に偏りがあることが明らかになった。回答者の属性によっては回答がどれにもあてはまらない質問があることや、回答者の現在の環境によって回答が左右される質問があるなどの課題があることが明らかになった。今回の対象者 6 名は、中等度難聴者が 1 名で高度・重度難聴者が 5 名と、高度・重度難聴者の割合が高く、軽度・中等度難聴者&中途失聴者を対象とした質問では、今回の対象者に当てはまらない部分があったのではないかと考える。そのため、今後の課題と して、事前検討 1 の段階で軽度・中等度難聴者と中途失聴者からきこえの実態について聴取を行い、聴取結果を反映した質問で質問文を作成する必要があることが明らかになった。また中等度難聴者と高度・重度難聴者を混ぜて質問紙の検討をおこなうのではなく、軽度・中等度難聴者&中途失聴者を対象に質問紙調査を行い、結果を検討す る必要がある。 今回の事前検討 3 で回答者から質問紙について意見を求めたところ、質問紙に対する意見の中に、反応項に関しての言及があった。「時々」という表現と「半々」の表現のイメージが曖昧であるという内容である。どちらも 50%ほどの頻度のイメージがあるとの意見から、反応項を見直す必要性が示唆された。言葉の表現によって、回答者が抱くイメージが異なる可能性があるため、反応項の表現や回答方法を工夫する必要があると考える。 第6章 本調査 6.1 目的 軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示した質問紙を作成するにあたって、 事前検討の結果により質問文の検討と質問紙作成を行った。本調査では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が自分のきこえの特徴と困難について自己理解を深めることに繋がる 質問項目を質問紙調査の結果から明らかにする。 6.2 方法 6.2.1 質問内容 第 5 章で作成した試案を、回答者の意見を反映し、修正した。質問の表現が曖昧な部分が多かったことから、より具体性を持たせた質問へと修正した。対話の相手を明確にするために「健聴者と自分」という文章を加えた。ききとりだけでなく口形を読み取ることでききとりを補う難聴者もいることを考慮し、「ききとること(または口形の読み取り)ができ」といった表現を加えた。また事前検討で作成した質問ではききとりが可能であるかどうかを判断する内容となっていたが、話の内容を理解できているかどうか判断するために、文末の表現を「話の内容を理解することができる」に修正した。これらの修正を行って作成された質問紙本案をもとに調査を行った。質問紙は質問が 29 問あり、「ききとり」「困難と障壁の所在」「心理的影響」「社会的影響」「行動」の 5 つのカテゴリーで構成されている。 ①「ききとり」 会話の聴取可能な条件や、音がどの部分からきこえたか、音の存在に気づけるかなど聴覚的知覚のレベル及び聴覚情報処理能力の程度を把握する。主に軽度・中等度難聴者のきこえの特徴を表した質問項目から成る。 ②「困難と障壁の所在」 聴取時に伴う集中力の必要性や、容易性、身体的負担及の程度、情緒的反応により引き起こされる困難の状態を把握する。きこえにくさが由来して生じる日常生活内での困難や障壁の所在を意識した質問項目から成る。 ③「心理的影響」 聴覚障害があるによって及ぼされる心理的負荷や認知の歪み、聴取不可時の自尊感情の低下、聴覚障害の程度と自己否定の関連を把握する。きこえにくさによって心理面に及ぼされると想定される影響についての質問項目から成る。 ④「社会的影響」 ろう者が健聴者の家族の会話に参加できず疎外感を感じている状態を指すディナーテーブル症候群(Meek, 2020)や、健聴者差別経験、援助要請に対する反応など、環境的要因を把握する。難聴者の経験をもとにした質問から成る。 ⑤「行動」 周囲に対する援助要請行動、障害の自己開示、コミュニケーション時の工夫、コミュニケーションに対する姿勢を把握する。コミュニケーションを図る際に生じる困難や障壁に直面した際に考えられる行動をもとにした質問から成る。 回答者によって成育環境や補聴機器の装用状況が異なり、質問内容によっては文の理解 に差異がでることが予想されるため、差異がでると想定される質問では、環境は聴者社会下、対話の相手を聴者と設定し、説明を行った。 6.2.2 回答の選択肢 回答項目は 1~5 の選択肢で構成される。回答の選択の際に、回答項目の表現による解釈の違いを避けるため、それぞれの質問の回答項目は対なる意味を持つ 2 文に絞った。質問内容によって異なる 7 種の回答項目を使用した。表の左から順に 1~5 の数字を割り当て、両端の 1 と 5 に 2 文を配置し、当てはまると感じた部分の数字を選択する方法を取った。 (図 7)また回答結果の集計の際には、選択肢の 1~5 の数字を逆転して集計を行った。 図 8:きこえについての質問紙 選択肢 【回答項目】 a:いつもできる・全くできない(1・5 に配置、以下同順) b:全くその必要はない・いつもその必要がある c:全くそう感じない・非常にそう感じる d:全くそう思わない・非常にそう思うe:非常に簡単である・全く簡単ではないf:全くない・非常によくある g:いつもしている・全くしていない 表25:本調査 -きこえについての質問紙- 6.2.3 属性 フェイスシートでは対象者の基本的な属性や、補聴機器の装用状況、普段使用するコミュニケーション方法、成育環境についての情報を集計した。 表26:フェイスシート 6.2.4 対象者 軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴をより明らかにするため、健聴者と 高度・重度難聴者に対しても質問紙による調査を行った。令和 3 年 8 月から 12 月の期間で、 18 歳~60 歳の聴者 15 名と、軽度・中等度難聴者&中途失聴者 10 名と、高度・重度難聴者 19 名の計 44 名を対象として実施した。3 群間の振り分けは、1.1 の定義付けに沿って、平均聴力レベルが 25dBHL 以下である者を「健聴者」、平均聴力レベルが 26~70dBHL に該当する者を「軽度・中等度難聴者」、失聴年齢が 3 歳以降である者を「中途失聴者」、平均聴力レベルが 71dBHL 以上に該当する者を「高度・重度難聴者」とした。 軽度・中等度難聴者&中途失聴者 10 名のうち、一側性難聴者が 1 名存在するほか、左右の耳で失聴年齢が異なる回答者がいた。中途失聴者の失聴年齢の平均は 5.56±3.09(1SD 、以下同様)歳であった。失聴年齢の算出の際、左右の耳で失聴年齢が異なる対象者は失聴年齢が早かった方の年齢を採用している。 表27:3 群間ごとの平均年齢と平均聴力レベル 表28:軽度・中等度難聴者と中途失聴者の内訳 6.2.5 調査方法 本調査では、回答者の属性を明らかにするフェイスシートと 29 の質問項目で構成されたきこえについての質問紙を使用した。きこえについての質問紙は Microsoft Forms を使用し、回答を集計した。フェイスシートは紙面もしくはデータに記入する形での調査を依頼し、回答を集計した。 本調査で使用したきこえについての質問紙 6.2.6 分析 健聴者群(N 群)、軽度・中等度難聴者&中途失聴者群(A 群)、高度・重度難聴者群(B群)の 29 問の質問の平均値と標準偏差を求めた。平均値を求めるにあたって、1~5 の選択肢に 1~5 の素点を逆転して振り分け、5 段階の回答を間隔尺度として扱った。有意水準は 5%とし、分散分析として Kruskal-Wallis 検定を行った。有意差がみられた質問に対して、多重比較検定として Dunn-Bonferroni の方法を用いて2群間ごとの比較を行った。解析には SPSS for Windows Ver.23 を用いた。 表29:ききとりのカテゴリーにおける質問の選択肢に対する素点 表30:困難と障壁の所在のカテゴリーにおける質問の選択肢に対する素点 表31:心理的影響のカテゴリーにおける質問の選択肢に対する素点 表32:社会的影響のカテゴリーにおける質問の選択肢に対する素点 表33:行動 1 のカテゴリーにおける質問の選択肢に対する素点 表34:行動 2 のカテゴリーにおける質問の選択肢に対する素点 6.3 結果 6.3.1 6 つのカテゴリーに対しての 3 群間ごとの平均値 健聴者群(以下N 群)、軽度・中等度難聴者&中途失聴者群(以下 A 群)、高度・重度難聴者群(B 群)のうち、6 つのカテゴリーごとの平均値と標準偏差を算出した(表35)。 平均値を算出するにあたって、選択肢の 1~5 の数字を逆転して点数を算出した。また行動のカテゴリーの 8 つの質問項目のうち、問22、問24、問25、問27 の質問を無回答とする健聴者がみられた。よって 3 群間で答え得る質問を行動 1、健聴者には当てはまらない質問を行動 2 とし、結果を分けて示した。 3 群間で最も平均値が高いカテゴリーは、N 群でききとり(4.57±0.63)、A 群で行動 2 (3.58±1.24)、B 群で行動 2(3.45±1.47)であった。最も平均値が低いカテゴリーは、N群で行動 2(2.49±1.57)、A 群で困難と障壁の所在(2.77±1.24)、B 群で困難と障壁の所在(2.36±1.27)であった。最も標準偏差が大きいカテゴリーは、N 群で行動 2(2.49±1.57)、 A 群でききとり(3.10±1.34)、B 群で心理的影響(3.08±1.61)であった。最も標準偏差が小さいカテゴリーは、N 群でききとり(4.57±0.63)、A 群で心理的影響(3.38±1.16)、B群でききとり(2.37±1.24)であった。 6 つのカテゴリーのうち、ききとり、困難と障壁の所在、心理的影響、社会的影響、行動 1は、純音聴力が軽度であるほど平均値も低くなる傾向がみられるが、行動 2 のみ A 群が最も高く、N 郡が最も低い結果となった。 表35:3 群間における 6 つのカテゴリーでの平均値と標準偏差 6.3.1.1 ききとり 表36:ききとりのカテゴリーの平均値と質問での有意差 ききとりのカテゴリーにおける 6 つの質問ごとに 3 群間の平均値と標準偏差を算出した。またそれぞれの質問のうち、N 群、A 群、B 群で回答に有意差がみられた群をアスタリスクで示した(表37)。 ききとりのカテゴリーでの平均値と標準偏差を 3 群間で比較したところ(表35)、A 群で最も標準偏差が大きい結果となった(N 群:4.57±0.63,A 群:3.10±1.34,B 群:2.37± 1.24)。ききとりのカテゴリーの 6 つの質問のうち、A 群で最も平均値が高かった質問は問1(4.30±0.90)で、最も平均値が低かった質問は問2(2.40±0.92)であった。最も標準偏差が大きかった質問は問6(2.80±1.54)であった。 6 つの質問のうち、A 群で他の 2 群よりも平均値や標準偏差が大きい、もしくは小さい質問を探した。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が大きい、もしくは小さい質問はみられなかった。N 群と B 群に比較して A 群の標準偏差が大きい質問は問2(2.40±0.92)、問4(3.20±1.14)、問6(2.80±1.54)であった。他の 2 群と比較して標準偏差が低い質問はみられなかった。 ききとりのカテゴリーの質問を Kruskal-Wallis 検定によって 3 群間の回答結果を比較したところ、6 つ全ての質問で回答に有意差がみられた(p < 0.05)。有意差がみられた質問に対して Dunn-Bonferroni の多重比較検定を行ったところ、問2、問3、問4、問5、問6 でN 群と A 群間、N 群と B 群間のそれぞれで回答に有意差がみられた(p < 0.05)。問1 のみ N 群と A 群間の回答に有意差がみられなかった。また A 群とB 群間で有意差がみられた質問はなかった。N 群と A 群間の有意差のうち、問4 と問5 では 5%水準で有意差がみられたが、問2、問3、問6 では 1%水準で有意差がみられたことが明らかになった。 6.3.1.2 困難と障壁の所在 表37:困難と障壁の所在のカテゴリーの平均値と質問での有意差 6 つのカテゴリーの回答結果を比較したところ(表35)、A 群では困難と障壁の所在の カテゴリーにおいて最も平均値が低いという結果が示されている(2.77±1.24)。A 群の回答で最も平均値が高かった質問は問18(4.00±1.00)で、最も平均値が低かった質問は問7(1.90±1.22)であった。 6 つの質問のうち、A 群で他の 2 群よりも平均値や標準偏差が高い、もしくは低い質問を探した。N 群とB 群に比較して A 群の平均値が高い、もしくは低い質問はみられなかった。N 群と B 群に比較して A 群の標準偏差が大きい質問は問7(1.90±1.22)、問17 (2.70±1.10)、問19(2.80±0.98)であった。他の 2 群と比較して標準偏差が小さい質問はみられなかった。 3 群間の回答結果の差をKruskal-Wallis 検定によって比較したところ、6 つ全ての質問で回答に有意差がみられた(p < 0.05)。有意差がみられた質問に対して Dunn-Bonferroni の多重比較検定を行ったところ、6 つ全ての質問で、N 群と A 群間、N 群と B 群間で有意差がみられた(p < 0.05)。A 群とB 群間で有意差がみられた質問はなかった。有意差がみられた 6 つの質問で N 群と A 群の有意水準を分類したところ、5%水準で有意差がみられた質問は問17、問18、問19、問29 であった。1%水準で有意差がみられた質問は問7 と問10 であった。 6.3.1.3 心理的影響 表38:心理的影響のカテゴリーの平均値と質問での有意差 6 つのカテゴリーの回答結果の比較のうち(表35)、A 群で最も標準偏差が小さいカテゴ リーは心理的影響であった(3.38±1.16)。心理的影響の質問で、A 群で最も平均値が高かった質問は問12(4.10±0.94)で、最も平均値が低かった質問は問8(2.30±1.10)であった。最も標準偏差が大きい質問は問8(2.30±1.10)、問9(3.60±1.11)、問26(3.60±1.11)で、最も標準偏差が小さかった質問は問11(3.30±0.64)であった。 5 つの質問のうち、A 群で他の 2 群よりも平均値や標準偏差が高い、もしくは低い質問を探した。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が高い質問は問9(3.60±1.11)、問12(4.10±0.94)であった。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が低い質問は問8(2.30±1.10)、問11(3.30±0.64)であった。N 群と B 群に比較して A 群の標準偏差が大きい質問はみられなかった。他の 2 群と比較して標準偏差が小さい質問は問8(2.30±1.10)、問9(3.60± 1.11)、問11(3.30±0.64)、問12(4.10±0.94)、問26(3.60±1.11)であった。 Kruskal-Wallis 検定によって 3 群間の回答結果を比較したところ、問8 と問26 で回答に有意差がみられた(p < 0.05)。有意差がみられた質問に対して Dunn-Bonferroni の多重比較検定を行ったところ、どちらもN 群と B 群間で有意差がみられた(p < 0.05)。A 群とB群間で有意差がみられた質問はなかった。 6.3.1.4 社会的影響 表 39:社会的影響のカテゴリーの平均値と質問での有意差 社会的影響の4つの質問のうち、A 群で最も平均値が高かった質問は問16(3.70±1.19) で、最も平均値が低かった質問は問 14(3.00±1.26)であった。最も標準偏差が大きい質問は問13(3.80±1.54)で、最も標準偏差が小さかった質問は問15(3.60±1.11)であった。 4 つの質問のうち、A 群で他の 2 群よりも平均値や標準偏差が高い、もしくは低い質問を探した。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が高い、もしくは低い質問はみられなかった。 N 群と B 群に比較して A 群の標準偏差が大きい質問は問13(3.80±1.54)、問14(3.00±1.26)、問15(3.60±1.11)であった。他の 2 群と比較して標準偏差が小さい質問はみられなかった。 Kruskal-Wallis 検定によって 3 群間の回答結果を比較したところ、4つすべての質問で回答に有意差がみられた。有意差がみられた質問に対して Dunn-Bonferroni の多重比較検定を行ったところ、全てN 群とB 群で有意差がみられた(p < 0.05)。N 群とA 群間、A 群と B 群間で有意差がみられた質問はなかった。 6.3.1.5 行 動 1 表40: 行動 1 のカテゴリーの平均値と質問での有意差 行動 1 の4つの質問のうち、A 群で最も平均値が高かった質問は問23(4.60±0.49)で、最も平均値が低かった質問は問14(3.00±1.26)であった。最も標準偏差が大きい質問は問13(3.80±1.54)で、最も標準偏差が小さかった質問は問15(3.60±1.11)であった。 4 つの質問のうち、A 群で他の 2 群よりも平均値や標準偏差が高い、もしくは低い質問を探した。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が高い質問は問21(4.10±0.54)、問23(4.60 ±0.49)であった。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が低い質問はみられなかった。N 群と B 群に比較して A 群の標準偏差が大きい質問はみられなかった。他の 2 群と比較して標準偏差が小さい質問は問21(4.10±0.54)、問23(4.60±0.49)、問28(2.90±1.10)であった。Kruskal-Wallis 検定によって 3 群間の回答結果を比較したところ、問20、問23、問28 で有意差がみられた。有意差がみられた質問に対して Dunn-Bonferroni の多重比較検定を行ったところ、問20 ではN 群と A 群間、N 群と B 群間で、問23 と問28 では N 群とB 群間で有意差がみられた(p < 0.05)。A 群とB 群間で有意差がみられた質問はなかった。 6.3.1.6 行 動 2 表 41:行動 2 のカテゴリーの平均値と質問での有意差番号 質問 群 平均値 SD 行動 2 の4つの質問のうち、A 群で最も平均値が高かった質問は問22(4.40±0.80)で、 最も平均値が低かった質問は問25(2.80±1.54)であった。最も標準偏差が大きい質問は問25(2.80±1.54)で、最も標準偏差が小さかった質問は問24(3.50±0.67)であった。 4 つの質問のうち、A 群で他の 2 群よりも平均値や標準偏差が高い、もしくは低い質問を探した。N 群と B 群に比較して A 群の平均値が高い質問は問22(4.40±0.80)であった。N 群と B 群に比較してA 群の平均値が低い質問はみられなかった。N 群と B 群に比較してA 群の標準偏差が大きい質問は問25(2.80±1.54)であった。他の 2 群と比較して標準偏差が小さい質問は問22(4.40±0.80)、問24(3.50±0.67)であった。 Kruskal-Wallis 検定によって 3 群間の回答結果を比較したところ、問22、問24、問25、問27 で有意差がみられた。有意差がみられた質問に対して Dunn-Bonferroni の多重比較検定を行ったところ、問22 と問24 では N 群と A 群間、N 群と B 群間で、問25 と問27 では N 群と B 群間で有意差がみられた(p < 0.05)。A 群とB 群間で有意差がみられた質問はなかった。 6.4 考察 -軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示す質問- これまで先行研究で明らかになった軽度・中等度難聴者と中途失聴者の特徴や事前検討 1 ~3 によって作成された質問を検討し、質問紙を試案した。また軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴をより明らかにするために、軽度・中等度難聴者と中途失聴 者だけでなく高度・重度難聴者、健聴者を対象に質問紙調査を行い、回答結果を比較 し、分析の結果から今回試案した 29 問の質問が軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示し、自らのきこえの説明に繋がるきこえの自己評価の質問項目であるのか考察する。結果では、 3 群間内で有意差がみられた質問項目や、軽度・中等度難聴者と中途失聴者の平均値が他の 2 群よりも差があったものを取り上げ、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示したと考えられる質問として判断した。 6.4.1 軽度・中等度難聴者と中途失聴者群のききとりの特徴を示す質問 ききとりの 6 つの質問に対して 3 群間の回答結果を比較したところ、問2、問3、問4、問5 の質問で N 群と A 群間で有意差がみられ、問1 では N 群と A 群の回答に有意差がみられなかった。また A 群と B 群間で有意差がみられた質問はなかった。そのことから軽度・中等度難聴者の特徴である「静かな場所での一対一での会話は良好であるものの、騒音下でのききとりは困難がある」と一致する結果が示された。また今回の結果では N 群とB 群間で回答に有意差がみられているが、N 群と A 群間では回答に有意差がみられなかった。その結果から問1 と問2 は、軽度・中等度難聴者のきこえの特徴と示す質問として有用ではないかと考える。さらに A 群は N 群と比較して、背後からの声かけや体温計の音の気づき、複数人での会話や救急車のサイレン音の把握に困難があることが明らかになった。 これらの結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示す質問として、問1、問2、問3、問4、問5、問6 の質問が有用ではないかと考える。 6.4.2 軽度・中等度難聴者と中途失聴者の困難と障壁の所在を示す質問 困難と障壁の所在の 6 つの質問に対して 3 群間の回答結果を比較したところ、問7、問10、問17、問18、問19、問29 の質問で N 群と A 群間で有意差がみられた。また A 群とB 群間で有意差がみられた質問はなかった。A 群はこれまできこえや困難の程度が軽いと判断されていたが、N 群に比較してききとりに集中する必要があることや、会話をききとる (または読み取る)が容易ではないこと、きこえにくさによって話の内容を冷静に判断することができない時があるなど、コミュニケーションを図る上で様々な困難と障壁を感じている現状がある可能性が示唆された。よってこれらの結果が示された問7、問10、問17、問18、問29 の質問は軽度・中等度難聴者&中途失聴者の特徴を示す質問として有用であると考える。有意差が示された 6 つの質問の平均値を比較したところ、問18 で高い点数が算出されたことから、困難と障壁があっても日常生活を楽しむことができなくなるとは一概に言えないことが示された。また問18 の平均値をA 群とB 群で比較したところ、A 群の方が高い平均値が算出されたことから、B 群と比較して A 群の方がきこえにくさがあっても日常生活を楽しむことができている状況にある(問18)という特徴が示されたとして、軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示した質問として有用ではないかと考える。 これらの結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者の困難と障壁の所在の特徴を示す質問として、問7、問10、問17、問18、問19、問29 が有用ではないかと考える。 6.4.3 軽度・中等度難聴者と中途失聴者群の心理的影響を示す質問 心理的影響の 5 つの質問に対して 3 群間の回答結果を比較したところ、N 群と A 群間、 A 群とB 群間で有意差がみられた質問はなかった。 5 つの質問で、A 群の平均値と他の 2 群の差を検討したところ、問9 と問12 で他の 2 群 よりも高い平均値が算出された。この 2 つの質問は標準偏差も他の 2 群よりも小さかったことから、A 群は他の 2 群と比較して、会話がききとれなかった時に自分を責めるような傾向とは逆に、自分の障害について前向きに捉えることができている傾向が示されたと考える(問9、問12)。また問8 と問11 で、他の 2 群よりも低い平均値が算出され、標準偏差 も他の 2 群と比較して小さい結果となった。この結果から、A 群は他の 2 群と比較して、会話がききとれなかった時にストレスを感じていることや(問8)、きこえにくいために人とコミュニケーションをとることが面倒に感じている(問11)傾向が示されたと考える。 これらの結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者の心理的影響の特徴が示された質問 として問8、問9、問11、問12 が有用ではないかと考える。 6.4.4 軽度・中等度難聴者と中途失聴者群の社会的影響を示す質問 社会的影響の 4 つの質問に対して 3 群間の回答結果を比較したところ、N 群と B 群間では 4 つ全ての質問で有意差がみられたが、N 群とA 群間、A 群と B 群間で有意差が見られた質問はなかった。 4 つの質問で、A 群の平均値と他の 2 群の差を検討したところ、問13、問14、問15 で他 の 2 群よりも標準偏差が大きい結果が示された。社会的影響の質問は、きこえにくさによって家族の会話の輪から外れる状況の有無を問う内容や、周囲の人間が障害を理解してくれているか問う内容など、周囲の環境に大きく左右される質問であるため、回答結果には個人差がでることが推察される。 これらの結果から社会的影響では軽度・中等度難聴者&中途失聴者の社会的影響の特徴を示した質問はなかったと考える。 6.4.5 軽度・中等度難聴者&中途失聴者群の行動を示す質問 行動の 8 つの質問に対して 3 群間の回答結果を比較した。N 群と A 群間で有意差がみられた質問は、行動 1 では問20 であった。その結果から、A 群はN 群と比較して、初対面の相手の話の内容がきき取れなかった時にききかえすことにためらってしまう傾向にあるこ とが示された。行動 2 では問22、問24 でN 群と A 群間で回答に有意差がみられた。このことから、問24 の質問は健聴者にはあてはまらない質問として結果が示されたと考える。 また A 群の問22 の平均値は他の 2 群の平均値と比較して大きく、標準偏差も他の 2 群よりも小さい結果が示された。このことから A 群は他の 2 群よりも、会話をする時に相手の口元を見ながら会話をする傾向にあるという特徴が示されたといえよう(問22)。 行動の 8 つの質問で、A 群の平均値と他の 2 群の差を検討したところ、問21 と問23 で 他の 2 群間よりも平均値が高い結果が示され、標準偏差も他の 2 群よりも小さい結果が示された。そのことから A 群は他の 2 群と比較して、会話がききとれなかった時に繰り返してくれるよう頼んだり筆談をしてくれるようお願いをしたりしていることや(問21)、会話をする時、相手の表情を見ながら会話をしている傾向にある(問23)という特徴が示されたと考える。 これらの結果から、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の行動の特徴が示された質問として、問20、問21、問22、問23 が有用ではないかと考える。 6.5 まとめ 作成したきこえについての質問紙を用いて質問紙調査をおこない、その結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示す質問を考察した。 ききとりのカテゴリーでは、静かな場所での一対一での会話が良好である一方で騒音下 での聴取に困難があるという軽度・中等度難聴者&中途失聴者の特徴と一致する結果が示された(問1、問2)。また背後からの声かけや体温計の音の気づき、複数人での会話や救急車のサイレン音の把握に困難があることが明らかになった(問3,問4,問5,問6)。これらの結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者のききとりの特徴を示す質問として、 問1、問2、問3、問4、問5、問6 が有用ではないかと考えた。 困難と障壁の所在のカテゴリーでは、軽度・中等度難聴者&中途失聴者は会話の際にききとりに集中する必要があることや、会話をききとる(または読み取る)が容易ではないこと、きこえにくさによって話の内容を冷静に判断することができない時があるなど、コミュ ニケーションを図る上で様々な困難と障壁を感じている傾向にあることが結果から示された(問10、問17、問19、問29)。またきこえにくさがあった場合でも日常生活を楽しめない傾向にあるとは言えないという結果が示され(問18)、先行研究で明らかになった特徴とは真逆の結果が示された。これらの結果から、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の困難と障壁の所在の特徴を示す質問として問7、問10、問17、問18、問19、問29 が有用ではないかと考えた。 心理的影響のカテゴリーでは、軽度・中等度難聴者&中途失聴者は会話がききとれなかった時に自分を責めるような傾向とは逆に、自分の障害について前向きに捉えることができている傾向が示されたと考える(問9、問12)。その一方で、軽度・中等度難聴者&中途失聴者は他の 2 群に比べて、会話がききとれなかった際にもう一度ききかえすことにストレスを感じていたり、きこえにくいために人とコミュニケーションをとることが面倒に思ったりしていることが明らかになった(問8、11)。これらの結果から、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の心理的影響の特徴を示す質問として、問8、問9、問11、問12 が有用ではないかと考えた。 社会的影響のカテゴリーでは、軽度・中等度難聴者&中途失聴者群と他の 2 群で回答に有意差がみられた質問はなかった。また 3 群間の中で最も平均値が高いもしくは低い質問がなかったことや、問13、問14、問15 で標準偏差が大きい結果が示されたことから、個人差が大きいとして社会的影響のカテゴリーの質問において、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の特徴を示す質問はなかったと考えた。 行動のカテゴリーでは、軽度・中等度難聴者&中途失聴者は、初対面の相手の話の内容がきき取れなかった時にききかえすことにためらってしまう傾向にあることが示された( 問20)。また他の 2 群に比べて、会話をする時に相手の口元を見ながら会話をする傾向にあるという特徴が示された。(問22)また会話がききとれなかった時に繰り返してくれるよう頼んだり筆談をしてくれるようお願いをしたりしていることや、会話をする時、相手の表情を見ながら会話をしている傾向にあるという特徴が示された(問21、23)。これらの結果から、軽・中等度難聴者&中途失聴者群の行動の特徴を示す質問として、問20、問21 、問22、問23 が有用ではないかと考えた。 第Ⅲ部 結論 第 7 章 総合的考察 7.1 従来のきこえの自己評価との比較 今回、軽度・中等度難聴者と中途失聴者を対象として作成したきこえについての質問紙をデンバースケール原案と(Alpiner:1975)、鈴木らが考案したきこえについての質問紙(鈴木ら:2002)と比較し、本研究のきこえについての質問紙の有用性について考察を行う。 7.1.1 デンバースケール原案 デンバースケール原案は若年層および中年の中途失聴者を対象に、彼らのコミュニケーション機能を図るために開発されたものである。 7.1.1.1 対象者 本研究では軽度・中等度難聴者と中途失聴者を対象に加え、先行研究から明らかになった軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を反映した質問を作成し、質問紙 調査を行った。デンバースケール原案は若年層及び中年の中途失聴者のみ対応した質問紙であるため、軽度・中等度難聴者の実態には対応していないことが課題として挙げられる。 7.1.1.2 本研究での質問紙との比較 今回作成したきこえについての質問紙では、先天性の軽度・中等度難聴者と中途失聴者が質問紙に答えることで、答える過程において自分の障害について整理し理解し、自らのきこえについて説明ができるように繋げることが目的である。一方でデンバースケール原案は、聴覚リハビリテーションの現場で、患者の聴覚リハビリテーションを受ける前と後での 回答結果を比較することで、患者のコミュニケーション機能を主観的に評価し、リハビリテーションがどの程度成功したのかデータを得ることを目的としている。そのため、デンバースケール原案の使用目的は本研究の質問紙の使用目的とは大きく異なっている。またデンバースケール原案はコミュニケーション機能の把握に特化した「家族」、「自分自身」、「社会的および職業的状況」「コミュニケーション」の 4 つのカテゴリーで構成されているため、軽度・中等度難聴者&中途失聴者が自らのきこえについて整理し理解を促進するに は内容が不十分であると考える。 7.1.1.3 回答の選択肢 デンバースケール原案では、7 箇所から自分が当てはまると感じる部分に一つ記入をする形式を取っている。またそれぞれの質問の反応項は同意・不同意で全て統一されている。デンバースケール原案の選択肢が 7 つであるのに対し、本質問紙では選択肢を 5 つに絞っているため、回答者が選択時に感じる迷いを減らすことができるのではないかと考える。 一方で、本研究の質問紙では 7 種類ある 2 単語の反応項を使用しており、質問内容によって反応項が異なる。そして選択肢は 5 つのうちから 1 つ選択する形となっている。本研究の質問紙は反応項が 7 種類と多く、また使用した 2 単語に関しても頻度と程度の単語が入り混じっていたことから、回答者が混乱する可能性も示唆される。 今回の選択肢では、等間隔の目盛の表を用い、それぞれ両端の 1 と 5 の数字に 2 単語を振り分け、選択をする形式を用いていた。数値の大小によって、回答項目の単語のイメージが回答者によって異なる可能性も考えられる。回答の選択肢に記入されている単語の意味を確認せず、数値のイメージのみで直感的に選択した場合、回答に誤りが生じる場合も想定されるため、デンバースケール原案のように、両端に単語を配置し、数値は設定しない回答方法を用いることも有用ではないかと考える。 7.1.1.4 質問内容 デンバースケール原案では、聴覚リハビリテーションにおいて患者のコミュニケーション機能を主観的に評価することを目的としているため、質問がコミュニケーションに関わる内容のみで構成されている。そのため自分のきこえの特徴やきこえに伴う行動などを把握することができない。本研究で作成した質問紙では、回答することによって自らのきこえの特徴や困難と障壁の所在を把握することができ、きこえにくさによってどのような心理的・社会的影響が自分に及ぼされているのか理解することができる。またコミュニケーションを図る際に自分がどのような姿勢にあるのか客観的に振り返ることができる。 デンバースケール原案は、軽度・中等度難聴者&中途失聴者が自らのきこえの特徴を整理し理解を促進するには質問内容の種類が足りないのではないかと考える。 7.1.2 きこえについての質問紙(鈴木ら:2002) 鈴木らのきこえについての質問紙は、成人の難聴者の自己評価に基づいて聴覚障害の実態を数量化することを目指して開発された。質問紙による調査は 20 歳以上の難聴者に対して実施されている。 7.1.2.1 対象者 鈴木らが対象とした難聴者は、補聴器を装用する前の難聴者(以下、未補聴群)で良聴耳の平均聴力レベルが 48.0±13.8dBHL、すでに補聴器を装用している難聴者(以下、補聴群) では 52.0±15.3dBHL と中等度難聴のレベルであることが示されている。一方で、本研究では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者や高度・重度難聴者だけでなく健聴者も対象とし、3群間で結果を比較することができた。しかし本研究において、分析結果を検討したところ、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の群分けの妥当性において課題が見られる結果となった。 また鈴木らの対象者数が 394 名であるのに対し、本研究では 44 名と少ない結果となっているため、正規性と等分散性が認められず、検定においてノンパラメトリックな検定法を用いる結果となった。鈴木らの研究では、対象者の属性についても深く掘り下げられており、有職者の割合や難聴からの自覚歴などが明らかになっている。本研究において群分けの妥当性や対象者の属性は今後の大きな課題となった。 また未補聴群の平均年齢は 65.7±14.5 歳で、補聴群の平均年齢は 65.4±16.0 歳と比較的高齢であることが示されている。本研究で対象とした軽度・中等度難聴者&中途失聴者は平均年齢が 22.10±1.60 歳と若年層を対象としていることから、鈴木のきこえの質問紙では回答者の年齢層に差があるのではないかと考える。 7.1.2.2 本研究での質問紙との比較 鈴木らのきこえについての質問紙は、23 問の質問項目で作成されている。鈴木らは補聴効果のための質問紙の作成(2002)で質問項目に対して、項目分析として 46 の質問項目に因子分析およびクロンバックの a 係数による信頼性の分析を行い、さらに項目相互の相関係数を求めていることから、6 つの下位尺度を検出している。質問項目は「比較的条件のよい場面での語音聴取」、「環境音の聴取」、「比較的条件の悪い場面での語音聴取」、「きこえにくさに直接関連した行動」、「きこえにくさに由来する情緒反応」、「コミュニケーションストラテジー」の 6 つの下位尺度に分類されている。 一方、本研究で作成したきこえについての質問紙では、標本数が足りず、項目分析を行っていないことから、今回設定した「ききとり」、「困難と障壁の所在」、「心理的影響」、「社会的影響」、「行動」のカテゴリーが質問の分類に合致しているかどうか判断ができていない。よって、今後は標本数を増やし、因子分析を行うことにより、カテゴリーの分類の整合性を見極める必要がある。 7.1.2.3 回答の選択肢 鈴木らの質問紙では、頻度による 5 段階評価である選択肢を 6 種類採択している。また 「経験がない」の項を設け、質問の事態を経験しない、あるいはその場面では補聴器を装用しない被験者のための選択肢として、集計時に対象から除外するようにしている。 本質問紙では、回答項目に「経験がない」「当てはまらない」といった項目は設けていないが、代わりに当てはまらないと感じた場合は、質問を飛ばし、無回答とするよう説明をおこなった。しかし、行動のカテゴリーで、聴者には当てはまらないとされた質問でも回答が多かった。そのことから、「当てはまらない」という選択肢を付け加えるべきであったと考える。 7.1.2.4 質問内容 本質問紙では、鈴木らの質問項目を参考に、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を反映した質問項目を作成した。しかし、鈴木らの質問項目では、比較的短い文章で質問内容が伝わるよう表現がされているが、今回作成した 29 問の質問では、ききとりと読話の二つのコミュニケーション手段について質問内で言及したことで長い文章となった。また回答者からのコメントの中に、質問によって、補聴機を装用したことを想定したものと、補聴器を付けない状態を想定して答えたものがあるとの記述があった。そのことから、回答者の補聴器の装用状態によって変える必要があるのではないかと考える。 鈴木らの質問紙では未補聴群と補聴群の回答結果を比較することで、補聴器の有用性を示す質問を作成していた。本研究では、補聴器の有用性ではなく、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を明らかにし、彼らが自分のきこえの特徴について把握することを目的とした質問を作成している。そのためききとりに関する質問項目は少なく、きこえにくさによって彼らが感じている困難や影響を明らかにし、それに対してどのような行動をとっているのかを彼ら自身が把握できるような質問を作成した。そのことから、鈴木らの質問紙は難聴者本人ではなく言語聴覚士や医者などが用いるものであるが、本質問紙は難聴者本人のセルフアドボカシーを促す自己評価として有用であると考える。 7.2 本研究のきこえの質問紙の有用性 本研究で明らかになった結果及び考察と従来の自己評価との比較から質問紙の有用性を論述する。 7.2.1 ききとり 先行研究で明らかになった軽度・中等度難聴者と中途失聴者の「静かな場所での 1 対1 での会話が良好であるが騒音下での聴取に困難がある」という特徴(鈴木:2002)を質問紙調査の結果から示すことができた(表25:問1、問2)。またその他の 4 つの項目の平均スコアからも、N 群と有意差がみられたことやそれぞれの質問で平均値が低い傾向にあったことから、軽度・中等度難聴者と中途失聴者の潜在的なきこえの特徴を示すことができた(質問3、問4、問5、問6)。またこれらの特徴から、先行研究で論述されていた軽度・中等度難聴者と中途失聴者に対する適切な診断や介入の必要性(守本:2010,Walker:2013)が示されたと考える。 7.2.2 困難と障壁の所在 軽度・中等度難聴者と中途失聴者が健聴社会の中で周囲に同化をしようと試みた際、きこえにくさだけでなく、きこえにくさによって会話の内容が把握できないことによりずれが生じ、様々なトラブルが起こることが文献調査から明らかになった(山口:2003)。また事前検討 1 では、難聴者が健聴者とコミュニケーションを図る際に感じるストレスやインテグレーションで経験した困難の所在が明らかになっている。本調査の質問紙調査では、聴取時の集中力の必要性やききとりは容易ではないことなど、軽度・中等度難聴者&中途失聴者が感じている困難や障壁の所在が示された(問7、問10、問17、問19、問29)。またきこえにくいことで必ずしも日常生活で楽しむことが困難になるというわけではないことが明らかになったことから、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の新たな特徴を示すことができた (問18)。特に中途失聴者の場合、聴力損失後は強いショックを受けることによって日常生活を楽しむことが困難である傾向にあると考える。しかし周囲に同じ障害がある仲間が存在し、悩みを分かち合える環境にある場合や、失聴経過後に長い年月を経て障害を受け入れることができた場合は日常生活を楽しむことができる傾向にあるのではないかと考える。 7.2.3 心理的影響 半構造化面接調査によって、インテグレーションを経験した難聴者が健聴者とのききとりの際にストレスを感じていたことや自責の念を感じていたことが明らかになり、これらを反映した質問を作成した。質問紙調査による結果では、きき返しの際にストレスを感じていることが示されたが(問8)、ききとれなかったことに対して自分の集中力や努力が足りないというようにきこえにくいことで自責の念を感じているといった結果とは真逆の結果が示されたこと(問12)や、きこえにくいことで日々ネガティブな考え方をしてしまうわけではないという結果から(問26)、軽度・中等度難聴者群は自分の障害を受容できていることが考えられる。これらの結果から軽度・中等度難聴者&中途失聴者が自分の障害受容がどれぐらいなされているか整理し、理解するために有用な質問を作成することができたのではないかと考える。(質問8、問9、問11、問12)。 7.2.4 社会的影響 社会的影響の質問は、家族間でのコミュニケーションの状況(質問13)や周囲の障害に対する理解の欠如(問14、問15、問16)などの問題を問う質問であった。しかし本調査の結果、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の社会的影響の特徴が示される質問はみられなかった。回答結果のばらつきが多く、きこえにくさによって周囲から受ける影響は個人の環境によって大きく変わるのではないかと考える。しかしながら今回の質問紙調査で、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が必ずしも理解のない環境にいる(藤田:2008, 山口:2003)わけではない(問13)ことや、きこえにくさによって孤立する(質問15)など、不利な状況下にいるわけではないことが結果から明らかになった。軽度・中等度難聴者&中途失聴者が周囲に自分の障害や必要なニーズについて伝えていた場合、周囲の理解が促され、またそれに伴って理解も促進するのではないかと考えられる。また今回の結果では A 群は他の2 群と回答に有意差がみられなかったことから、軽度。中等度難聴者&中途失聴者の社会的影響の特徴を示す質問はなかったと判断したが、社会的影響の 4 つの質問から、自分がどのような社会的影響を受けているのか客観的に理解する質問として使用できる可能性もあるのではないかと考える。 7.2.5 行動 行動の質問では、軽度・中等度難聴者&中途失聴者は N 群と比較して初対面の人の話の内容がききとれなかった時、もう一度尋ねることをためらってしまう傾向にあることが明らかになった(質問20)。また軽度・中等度難聴者&中途失聴者では、静かな場所での一対一での会話が良好であるが騒音下でのききとりは困難があるという特徴が示され、会話の際には口元だけでなく表情も合わせて見ながら会話をしていることが示された。よって軽度・中等度難聴者&中途失聴者がコミュニケーションを図る際の行動の特徴を示す上で有用な質問であると判断した(問22、問23)。また軽度・中等度難聴者&中途失聴者は、他の 2 群と比較して、会話がききとれなかった時、もう一度繰り返してくれるよう頼んだり筆談をしてくれるようお願いしたりしているという特徴が示された(問21)ことから、A 群が自身の障害を理解し、どのような手段でコミュニケーションを補っていくか考案する材料として、これらの質問が有用ではないかと考える。 第 8 章 総 括 8.1 本研究で明らかになったこと 先行研究や文献調査の結果から、軽度・中等度難聴者群は静かな場所での一対一での会話が良好であるのに対し、騒音下での会話では困難があることが明らかになった(鈴木:2002)。また軽度・中等度難聴者は聴力損失の程度が高度・重度難聴者よりも軽いことから、早期からの適切な介入がされていなかったことや介入の必要性がないという 仮定があり、学業上の問題や行動上の問題を抱えるリスクがあることが示されていた(Walker:2020)。そのようなリスクが明らかになった一方で、軽度・中等度難聴児は補聴器の装用効果がみとめられつつも(山岸:2008)補聴器の装用が安定しない例も多い(守本:2010,姫野:2010)。難聴を放置することで聴取能だけでなく、言語発達や学力、社会参加などの多岐にわたる影響を引き起こしていることが明らかになった(Walker:2013) このような結果から、軽度・中等度難聴者はききとりの面で困難があるだけでなく、ききとりにくさによって及ぼされる心理・社会的影響やコミュニケーション上の困難などが生じる可能性が示唆された。また中途失聴者の場合、失聴直後は喪失感やショックを受け (Cohn:1961)、精神的に不安定な状態になることが考えられ、適切な介入の必要性が示唆される。また失聴直後は読話や筆談などによってコミュニケーション上の障害を補うこととなる。しかし、失聴前のコミュニケーション方法とは異なり、情報量が不十分で伝達スピードも遅くなることから次第に周囲の者と話すことを避け、孤立感を募らせる(藤田: 2008)など、きこえの変化によって様々な困難が生じているのではないかと考えた。 これらのきこえにくさによる困難を解決するためには社会が彼らの特徴を理解する必要があるが、まずそのためには彼ら自身が自分の障害について理解し、自分のきこえの特徴やコミュニケーション方法を周囲に伝えていく必要がある。またきこえ把握する手段として純音聴力検査や語音明瞭度検査といった数値による客観的な評価方法と、患者自身から主観的な情報を得るためにきこえについての自己評価を用いる主観的な評価方法の 2 つがある。本研究では、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が自らの障害について整理し理解を促進し、効果的に説明ができるようにするための、彼らのきこえの特徴や感じる困難で構成された質問紙を開発し、提案することを目的とした。 より具体性のある質問項目を作成するために聴覚障害のある学生 3 名に対して半構造化面接調査をおこなったところ、口話でのコミュニケーション方法を用いていることで生じる誤解やある程度のききとりが可能であるがゆえに生じる苦悩について聴取することができた。学生 3 人に共通する部分として、コミュニケーションを図る際に集中力が必要となることや、健聴者に同化することで生じるストレスや、葛藤を感じていることが明らかになり、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の状況と近い部分がみられたことから、これらの特徴を質問に取り入れることを検討した。 きこえについての質問紙の作成にあたり、軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を取り入れた質問項目を作成し、既存のデンバースケール原案(Alpiner:1975)や鈴木案のきこえについての質問紙(鈴木:2002)の質問項目を参考に質問項目の修正および採択を行った。質問文試案Ⅴを用いて 7 名の学生に対し質問紙調査を実施し、質問紙について意見を求めた結果、回答者の属性や環境によって回答が左右される質問項目を修正する必要性が明らかになり、また回答項については中間より少し上の頻度を示す「時々」という表現と中間を示す「半々」の表現の違いについて言及があり、反応項の表現や回答方法を工夫する必要性が示唆された。29 の質問で構成された質問紙を用い、健聴者、軽度・中等度難聴者と中途失聴者、高度・重度難聴者の計 44 名を対象に質問紙調査を実施した。軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴や困難について、先行研究で明らかになった静かな場所での一対一での会話が良好であるが、騒音下での会話のききとりが困難である特徴と一致する結果が示された。また軽度・中等度難聴者&中途失聴者はききとりに集中 する必要性があることが明らかになった。またきこえにくさがあるからといって日常生活を楽しむことができないという結果につながるような結果がみられなかった。また事前検討 1 によって明らかになった、きこえにくさによって自責の念を感じるといった傾向は示されなかった他、きこえにくさによって家族間での会話の輪から外れることや、障害について理解をされていないという特徴はみられなかった。また初対面の相手に対して、きき返す時にためらいがあることや、他の 2 群と比較して、会話がききとれなかった時にもう一度繰り返してくれるよう頼んだり筆談をお願いしたりしているという特徴が示された他、会話の際に相手の表情や口元を見ていることが明らかになった。分析で明らかになった結果から、3 群間で有意差があった質問項目や、軽度・中等度難聴者と中途失聴者の平均値が他の 2 群よりも差があったものを取り上げ、他の 2 群と比較して軽度・中等度難聴者&中途失聴者の 特徴がみられた質問を、軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示す質問として有用であると判断した。これらの軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴 を示す質問の結果から軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示し、自ら のきこえの説明が可能なきこえの自己評価として有用であると考えられる質問を列記し( 表)、有用であると考えられる質問で作成された質問紙を提案する。 表42:軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえの特徴を示す質問 カテゴリー No. 質問 ききとり 1 静かな教室で一対一(健聴者と自分)で会話をする時,相手が話している内容をききとること(または口形の読み取り)ができ,話の内容を理解することができる 2 騒がしい場所で一対一の対話をする時,話の内容をききとること(または口形の読み取り)ができ,話の内容を理解することができる 3 車や人通りが少ない場所で後ろから声をかけられた時,気づくことができる 4 静かな教室で複数人と会話をする時,話の内容をききとること(または口形の読み取り)ができる 5 救急車のサイレン音がした時,前後左右どの方向から救急車が来ているのか音で判断することができる 6 体温計を使用した際,体温の測定終了を告げる音(ピピッといった音)に気づくことができる 困難と障壁の所在 7 人と会話をする時,ききとり(または口形の読み取り)に集中する必要がある 10 自分にとって会話をききとること(口形の読み取りによる理解も含む)は簡単である 17 きこえにくい(またはきこえない)ために得られる情報量が少ないので,話の内容を冷静に判断することができない時がある 18 きこえにくい(またはきこえない)ことで日常生活を楽しむことができていないように思う 19 自分がきこえにくい(またはきこえない)ことによって,コミュニケーションを図る時に 様々な困難が生じていると感じる 29 コミュニケーションを図る状況ではききとり(または読み取り)に集中する必要があるため,リラックスした状態で会話をすることができていないように感じる 心理的影響 8 会話がききとれなかった(または口形が読み取れなかった)時,もう一度尋ねることがストレスに感じる 9 会話がききとれなかった(または口形が読み取れなかった)時,ききとれなかった(または口形が読み取れなかった)自分が悪いのだと思う 11 きこえにくい(またはきこえない)ために,人とコミュニケーションをとることが面倒に思う 12 会話がききとれない(または読み取れない)ことは,自分のききとる(または読み取る)努力や集中力が足りないせいだと思う 行動20 初対面の人の話の内容がききとれなかった(または口形が読み取れなかった)時,もう一度尋ねることをためらってしまう 21 会話がききとれなかった(または口形が読み取れなかった)時,もう一度繰り返してくれるよう頼んだり,筆談をしてくれるようお願いしたりしている 22 会話をする時,相手の口元を見ながら会話をしている 23 会話をする時,相手の表情を見ながら会話をしている 有用であると考えられた質問で作成された質問紙 きこえについての質問紙 以下の 30 の質問に対して,5 段階の尺度から当てはまると感じた部分を 1 つ選択して数 字に〇をつけてください。ききとり(口形読み取り)に関する質問文が提示されますが,★ がついている質問の対話相手は,健聴者もしくは健聴社会下を想定した質問とします。また補聴器・人工内耳利用者は,補聴器・人工内耳を装用した状況下を想定してご回答ください。 1. ★静かな教室で一対一(健聴者と自分)で会話をする時,相手が話している内容をききとること(または口形の読み取り)ができ,話の内容を理解することができる。 2. ★騒がしい場所で一対一の対話をする時,話の内容をききとること(口形の読み取り)ができ,話の内容を理解することができる。 3. ★車や人通りが少ない場所で後ろから声をかけられた時,気づくことができる。 4. ★静かな教室で複数人で会話をする時,話の内容をききとること(口形の読み取り)ができる。 5. 救急車のサイレン音がした時,前後左右どの方向から救急車が来ているのか音で 判断することができる。 6. 体温計を使用した際、体温の測定終了を告げる音(ピピッといった音)に気づくことができる。 7. ★人と会話をする時,ききとり(口形の読み取り)に集中する必要がある。 8. ★会話がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,もう一度尋ねることがストレスに感じる。 9. ★会話がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,ききとれなかった(口形が 読み取れなかった)自分が悪いのだと思う。 10. ★自分にとって会話をききとること(口形の読み取りによる理解も含む)は簡単である。 11. ★きこえにくい(きこえない)ために,人とコミュニケーションをとることが面倒に思う。 12. ★会話がききとれない(読み取れない)ことは,自分のききとる(読み取る)努力や集中力が足りないせいだと思う。 17. きこえにくい(きこえない)ために得られる情報量が少ないので,話の内容を冷静に判断することができない時がある。 18. きこえにくい(きこえない)ことで日常生活を楽しむことができていないように思う。 19. ★自分がきこえにくい(きこえない)ことによって,コミュニケーションを図る時に様々な困難が生じていると感じる。 20. ★初対面の人の話の内容がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,もう一度尋ねることをためらってしまう。 21. ★会話がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,もう一度繰り返してくれるよう頼んだり,筆談をしてくれるようお願いしたりしている。 22. ★会話をする時,相手の口元を見ながら会話をしている。 23. ★会話をする時,相手の表情を見ながら会話をしている。 29. ★コミュニケーションを図る状況ではききとり(読み取り)に集中する必要があるため,リラックスした気分で会話をすることができていないように感じる。 8.3 今後の課題 本研究で軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの自己評価を提案するにあたって、事前検討を通して軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴を示す質問紙の作成にあたった。しかし事前検討 1 では、軽度・中等度難聴者&中途失聴者から意見を聴取することが困難であったことや、事前検討 3 で軽度・中等度難聴者&中途失聴者から回答を集めることが困難であった。よって事前検討 1 から軽度・中等度難聴者&中途失聴者から意見を聴取し、軽度・中等度難聴者&中途失聴者の意見を反映した質問で構成された質問紙を作成し、事前検討 3 の質問紙調査を行う必要あることが課題として示された。また本研究を進めていく中で、作成した質問紙の有用性を確かめるために、軽度・中等度難聴者と 中途失聴者に質問紙の回答を依頼する際、軽度・中等度難聴、もしくは中途失聴に該 当する研究協力者が見つかりにくい現状があった。そのため今後、研究協力者を増やし、再度質問紙の有用性を調査する必要がある。 また本調査では、回答者からのコメントを反映して質問を見直すことができなかった。コメントの中には「『耳がきこえないこと』に不便を感じるものの、自分で思うよりマイナスに捉えていないことを再確認することができて嬉しかった。自己理解が深まった」というコメントや「本質問紙に回答したことで、きこえについて自分や周りの環境について再確認することができた」、「きこえに対する新たな自分の考え方に気づくことができた」というコメントがあったことから、本質問紙に答えたことで、自分のきこえや、聞こえに対しての捉え方、考え方などを確認できた回答者もいることが明らかになっている。また「質問数がちょうどよかった」、「質問内容が詳しく書かれていて答えやすかった」というコメントもあった。一方で、「質問内容が否定的なものばかりであると感じた」というコメントや、「社会人になると学生時とはまた違った回答になったと実感した」、「質問内で家庭内コミュニケーション での問題に、デフファミリーか健聴家族かによって回答が変わるのでわけたほうがいいと 思った」、「会社では手話やメールや筆談でコミュニケーションを取っているが趣味ではスマホのメモ機能やラインを利用してのやり取りが多い」などのコメントから、質問方法や質問内容を改修する必要があることが明らかになった。 本調査の回答結果で、軽度・中等度難聴者&中途失聴者群と高度・重度難聴者群で有意差のみられる質問が結果から示されなかった。また軽度・中等度難聴者&中途失聴者群と高度・重度難聴者群は回答結果の標準偏差が大きい傾向がみられた。そのことから、軽度・中等度難聴者&中途失聴者と高度・重度難聴者の群分けの妥当性を再度検討する必要があることが大きな課題となった。軽度・中等度難聴者と中途失聴者群は成育環境やコミュニケーション方法など共通している部分があるが、きこえ方は異なっているため、今後はそれぞれの調査人数を増やし、別の群として分ける必要がある。また高度・重度難聴者群に関しても、近年は補聴器や人工内耳の技術が向上し、純音聴力が高度・重度難聴にふりわけ たとしても、きこえが良好である高度・重度難聴者の回答によって平均値の標準偏差が大きくなる可能性が示唆される。軽度・中等度難聴者&中途失聴者のきこえの特徴をより明らかにするために、群分けの妥当性を慎重に行う必要がある。 また最終的に本質問紙を用いて自身のきこえや困難について他者に説明ができるよう繋げる方法として、軽度・中等度難聴者と中途失聴者から自身のきこえについて説明をしてもらい、回答前と回答後で比較をし、検討をする必要があることが課題として残された。 8.4 今後の展望 再度、群分けの妥当性を検討し、軽度・中等度難聴者と中途失聴者群のきこえの特徴を示す質問で構成された質問紙を作成して質問紙調査を行う。また質問紙の回答前後で自らのきこえや困難について説明をした結果を比較し、自己理解の深まりや説明に違いがみられたかを検討する。作成した質問紙が軽度・中等度難聴者&中途失聴者群が自らの聞 こえや困難について整理し理解を促進し、周囲への説明へ繋がる自己評価として有用であると判断された場合、全国の軽度・中等度難聴者と中途失聴者が在籍する高等教育機 関や職場に対して、本質問紙を提供し、軽度・中等度難聴者と中途失聴者が自らのき こえや困難を理解し、周囲へ必要とするニーズを伝えていけるよう繋げていく。 文献 Alpiner, Jerome:The Denver Scale of Communication Function : Hearing Aid Selection for Adult 176-183, 1975 Cohn, N: Understanding the process of adjustment to disability: Journal of Rehabilitation: 27, 16-18, 1961 David R. 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本論文を作成するにあたって、指導教員の佐藤正幸教授には筆者の学部時代から教職課程でのご指導、本研究におけるご指導など、長年にわたってご指導ご支援を賜りました。心より感謝申し上げます。副指導教員であり、副査を引き受けてくださいました安啓一講師には、筆者が研究を進める中で度々躓いていた際に、その都度、懇切丁寧にご指導ご助言を賜りました。心より感謝申し上げます。 また本論文の作成にあたり主査を引き受けてくださいました三好茂樹先先生、副査を引き受けてくださいました脇中起余子先生には、お忙しいところ多くのご教示とご助言を賜りました。深く感謝申し上げます。 また本研究を進めるにあたって、面接調査や質問紙調査に快く協力してくださった皆様に厚く感謝申し上げます。 2 年間、情報アクセシビリティ専攻、障害者高等教育研究支援センターの先生方には様々な機会でご指導やご助言をいただきました。厚く御礼申し上げます。また在籍中、心が挫けそうになった時にご助言や温かくご声援をいただきました白澤麻弓先生、河野純大先生、磯田恭子先生、中島亜紀子先生、萩原彩子先生、PEPNet-Japan 事務局のスタッフの方々に、心より感謝申し上げます。 そして情報アクセシビリティ専攻に修学するにあたって、学部在籍中に多大なるご指導とご支援を賜りました西岡仁也先生、井上征矢先生、鈴木拓弥先生、伊藤三千代先生、守屋誠太郎先生、総合デザイン学科の先生方に厚く御礼申し上げます。 最後になりましたが、これまで自由奔放に行動する筆者を温かく応援してくれた家族、辛い時にいつも支えてくれた友人、応援してくださった先輩・同期・後輩の皆様に心より感謝申し上げます。 2022 年2月 松谷 朋美 資料 事前検討 3 で使用 質問文試案Ⅴ -きこえについての質問紙- 軽度・中等度難聴者と中途失聴者のきこえについての質問紙 問1. あなたの年齢をお答えください 。 歳 問2. あなたの性別をお答えください。 問3. 聴力レベルについてお答えください。 右耳: dB 左耳: dB 問4. 失聴年齢についてお答えください 。 歳 ※生まれつきの場合は「先天性」、失聴年齢が不明な場合は「不明」とご記入ください。 問5. 補聴器の装用経験について当てはまるものに〇をつけてください。 有・無 ◎問5 で「有」に〇をつけた方は問6,問7 の質問にお答えください。 問6. 補聴器の装用場面について当てはまるものに〇をつけてください。 1. ほぼ一日中装用している 2. 必要な場面のみ装用している 3. ほぼ装用していない 問7. 1. 補聴器の装用についての満足度で当てはまるものに〇をつけてください。 非常に満足している 2. まあまあ満足している 3. どちらでもない 4. あまり満足していない 5. 全く満足していない 軽度・中等度難聴者の方へのきこえについての質問 以下の 30 の質問に対して 5 つの選択肢の内、当てはまるものに〇をつけてください。 1. 静かな教室で向き合って一対一の会話をする時、話の内容をききとることができる。 a. いつもききとれる b. ききとれることが多い c. 半々ぐらい d. ききとれないことが多い e. いつもききとれない 2. 騒がしいところで一対一の会話をする時、話の内容をききとることができる。 a. いつもききとれる b. ききとれることが多い c. 半々ぐらい d. ききとれないことが多い e. いつもききとれない 3. 後ろから声をかけられた時、気づくことができる。 a. いつも気づくことができる b. 時々気づくことができる c. 半々ぐらいd. 気づけないことが多い e. いつも気づくことができない 4. 複数人で会話をする時、話の内容をききとることができる。 a. いつもききとれる b. ききとれることが多い c. 半々ぐらいd. ききとれないことが多い e. いつもききとれない 5. 救急車のサイレンの音がした時、どの方向から音がしているのかが分かる。 a. いつも分かる b. 分かることが多い c. 半々ぐらい d. 分からないことが多い e. いつも分からない 6. 電子レンジの「チン」という音に気づくことができる。 a. いつも気づくことができる b. 時々気づくことができる c. 半々ぐらいd. 気づけないことが多い e. いつも気づくことができない 7. 人と会話する時、ききとりに集中する必要がある。 a. いつもその必要がある b. 時々その必要がある c. 半々ぐらいd. あまりその必要はない e. いつもその必要がない 8. 会話がききとれなかった時、きき返すことがストレスに感じる。 a. いつもそう感じる b. 時々そう感じる c. 半々ぐらい d. あまりそう感じない e. いつもそう感じない 9. 会話がききとれなかった時、ききとれなかった自分が悪いのだと思う。 a. いつもそう思う b. 時々そう思う c. 半々ぐらい d. あまりそう思わない e. いつもそう思わない 10. 自分にとって会話をききとることは簡単である。 a. 非常にそう思う b. まあまあそう思う c. 半々ぐらいd. あまりそう思わない e. 全くそう思わない 11. 会話がききとりにくいことで、周囲とコミュニケーションをとることが面倒に思う。 a. 非常にそう思う b. まあまあそう思う c. 半々ぐらい d. あまりそう思わない e. 全くそう思わない 12. 会話がききとれないことは自分のききとる努力や集中力が足りないせいだと思う。 a. 非常にそう思う b. まあまあそう思う c. 半々ぐらい d. あまりそう思わない e. 全くそう思わない 13. 私の家族は、私に難聴があることで私に対して苛立ちを感じている。 a. 非常にそう思う b. まあまあそう思う c. 半々ぐらい d. あまりそう思わない e. 全くそう思わない 14. 言っていることが分からなかった時に、もう一度きき返すとムッとされることがある。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらいd. あまりない e. 全くない 15. 難聴があることを理由に、周囲の人間に避けられたことがある。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらい d. あまりない e. 全くない 16. 難聴があることによって感じる困難や悩みを、周囲の人に分かってもらえない。 a. 非常にそう思う b. まあまあそう思う c. 半々ぐらい d. あまりそう思わない e. 全くそう思わない 17. 聴覚障害があるため、得ることのできる情報が少ないので冷静に判断することが できない時がある。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらいd. あまりない e. 全くない 18. 聴覚障害があることで学校生活を楽しむことができていないように感じる。 a. そう感じる b. ややそう感じる c. 半々ぐらい d. あまりそう感じない e. 全くそう感じない 19. 難聴があることによってコミュニケーションを図る時に様々な困難が生じる。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらい d. あまりない e. 全くない 20. 初めて会話をする人の話の内容がききとれなかった時、ききかえすことをためらってしまう。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらいd. あまりない e. 全くない 21. 会話がききとれなかった時、もう一度繰り返してくれるよう頼んでいる。 a. いつもしている b. ときどきしている c. 半々ぐらい d. あまりしていない e. 全くしていない 22. 会話をする時に、相手の口元を見ている。 a. いつもしている b. ときどきしている c. 半々ぐらいd. あまりしていない e. 全くしていない 23. 会話をする時、相手の表情を見ながら会話をしている。 a. いつもしている b. ときどきしている c. 半々ぐらい d. あまりしていない e. 全くしていない 24. 自分の耳がきこえにくいことを友人や知り合いに伝えている。 a. 伝えている b. まあまあ伝えている c. 半々ぐらい d. あまり伝えていない e. 全く伝えていない 25. うるさくて会話が良くききとれない時は、場所を移動したり大きい声で話してもらえるよう伝えたりしている。 a. いつも伝えている b. 時々伝えている c. 半々ぐらいd. あまり伝えていない e. 全く伝えていない 26. 聴覚障害があるため、コミュニケーションの場では消極的な態度をとってしまう。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらい d. あまりない e. 全くない 27. 難聴があることによって日々の生活を送るうえでネガティブな考え方をしてしまう 傾向がある。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらいd. あまりない e. 全くない 28. 会話がききとれなかった時、周りの誰かに尋ねている。 a. いつもしている b. ときどきしている c. 半々ぐらい d. あまりしていない e. 全くしていない 29. 相手が何を言っているかが分からなかった時、きき返せずに間違った答えを返して しまうことがある。 a. いつもある b. ときどきある c. 半々ぐらいd. あまりない e. 全くない 30. コミュニケーションを図る状況ではききとりに集中する必要があるため、リラックス した気分で会話をすることができない。 a. そう感じる b. ややそう感じる c. 半々ぐらいd. あまりそう感じない e. 全くそう感じない ご回答ありがとうございました! ご回答いただいたデータは厳重に保管し、第三者の目に晒されるようなことはいたしません。 <対応先> 国立大学法人筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター佐藤正幸 〒305-8520 茨城県つくば市天久保 4-3-15 TEL/FAX 029-858-9406 E-mail: msato[@]a.tsukuba-tech.ac.jp 本調査で使用 きこえについての質問紙 令和 3 年 月 日 きこえについての質問紙 本研究では,軽・中等度難聴者及び中途障害者のきこえの実態を把握するとともに, 軽・中等度難聴者及び中途失聴者のきこえの自己理解を深めるツールとして「きこえについての質問紙」を開発する研究を行っています。本研究の一環として,軽・中等度難聴者及,中途失聴者の方だけでなく,回答結果の比較のために健聴者と聴覚障害者の方々に対して,現在開発中の質問紙への回答の協力をお願いしています。 質問紙によってお答えいただいた内容は本研究以外で使用することはありません。また本質問紙は身体面・精神面等で過度な負担を与えるものではありませんが,回答中,極度の疲労や体調不良を感じた場合は回答を中止してくださって構いません。 なお質問紙の回答にかかる時間は,約 10 分です。 筑波技術大学大学院技術科学研究科情報アクセシビリティ専攻 2 年 松谷朋美 問1. あなたの年齢をお答えください。(必須) 歳 問2. 聴覚障害について次の内,当てはまるものに〇をつけてください。(必須) 1. 伝音性難聴 2. 感音性難聴 3. 混合性難聴 4. 健聴 問3. 両耳それぞれの聴力レベルについてお答えください。(必須) 右 耳 : dB 左 耳 : dB 問4. 失聴年齢についてお答えください。(必須) ※生まれつき失聴の場合は「先天性」、失聴年齢が不明な場合は「不明」とご記入ください。( 歳 ) 問5. 補聴器の装用経験について当てはまるものに〇をつけてください。(必須) 「有」に〇をつけた方は問6,問7,問8 の質問にお答えください。 有・無 問6. あなたの現在の補聴器・人工内耳の装用場面について,当てはまるものに〇をつけてください。3に〇をつけた方は問7,8 は飛ばしてください。 1. ほぼ一日中装用している 2. 必要な場面のみ装用している 3. ほとんど装用していない 問7. どのような場面で補聴器・人工内耳を装用していますか。 例:健聴者と話をする時のみ装用している、外出する時に使用している、お風呂と寝る時以外の時間はつけている など ( ) 問8. 補聴器の装用についての満足度で当てはまるものに〇をつけてください。 1. 非常に満足している 2. まあまあ満足している 3. 半々ぐらい 4. あまり満足していない 5. 全く満足していない 問9. あなたが育ってきた環境について,それぞれ当てはまるもの全てに〇をつけてください。またその他を選んだ場合は詳細をご記入ください。(必須) 幼児期 1. 幼稚園や保育園 2. ろう学校・特別支援学校の幼稚部や幼稚園 3. その他 ( ) 小学校 1. 小学校 2.ろう学校・特別支援学校の小学部 3. 特別支援学級 4. 通級指導教室 5. その他( ) 中学校 1. 中学校 2. ろう学校・特別支援学校の中学部 3. 特別支援学級 4. 通級指導教室 5. その他 ( ) 高校 1. 高 等 学 校 2. ろう学校・特別支援学校の高等部 3. 特別支援学級 4. 通級指導教室 3. そ の 他 ( ) 問10. あなたが普段使用するコミュニケーション方法について,あてはまるもの全てに〇をつけてください。(必須) a. 手話 b. 音声 c. 口話(口形読み取り) d. 筆談 問11. 4 つのコミュニケーションの内,最も使用する方法を 1 つ選択してください。(必須) a. 手話 b. 音声 c. 口話(口形読み取り) d. 筆談 ここまでのご回答いただきありがとうございます。 少しお休みをはさんでの回答でも問題ございませんので,次のページの質問へのご回答もよろしくお願いいたします。 以下の 30 の質問に対して,5 段階の尺度から当てはまると感じた部分を 1 つ選択して数字に〇をつけてください。ききとり(口形読み取り)に関する質問文が提示されますが,★ がついている質問の対話相手は,健聴者もしくは健聴社会下を想定した質問とします。また補聴器・人工内耳利用者は,補聴器・人工内耳を装用した状況下を想定してご回答ください。 質問の意味が不明なものや,質問内容が自分に該当しないと思ったものは,飛ばしていただいて大丈夫です。また質問に対して不明な点や追記等ありましたら,最後のページのコメント欄にご自由にご入力ください。 1. ★静かな教室で一対一(健聴者と自分)で会話をする時,相手が話している内容をき きとること(または口形の読み取り)ができ,話の内容を理解することができる。 2. ★騒がしい場所で一対一の対話をする時,話の内容をききとること(口形の読み取り)ができ,話の内容を理解することができる。 3. ★車や人通りが少ない場所で後ろから声をかけられた時,気づくことができる。 4. ★静かな教室で複数人で会話をする時,話の内容をききとること(口形の読み取り) ができる。 5. 救急車のサイレン音がした時,前後左右どの方向から救急車が来ているのか音で 判断することができる。 6. 体温計を使用した際、体温の測定終了を告げる音(ピピッといった音)に気づくことができる。 7. ★人と会話をする時,ききとり(口形の読み取り)に集中する必要がある。 8. ★会話がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,もう一度尋ねることがストレスに感じる。 9. ★会話がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,ききとれなかった(口形が読み取れなかった)自分が悪いのだと思う。 10. ★自分にとって会話をききとること(口形の読み取りによる理解も含む)は簡単である。 11. ★きこえにくい(きこえない)ために,人とコミュニケーションをとることが面倒に思う。 12. ★会話がききとれない(読み取れない)ことは,自分のききとる(読み取る)努力や集中力が足りないせいだと思う。 13. 家族と会話をしていると,きこえにくい(きこえない)ために,家族の会話の輪からはずれてしまうことがある。 14. 相手の言っていることがききとれなかった(分からなかった)時に,もう一度尋ねる とムッとされることがある。 15. ★きこえにくい(きこえない)ことを理由に,人に避けられたことがある。 16. きこえにくい(きこえない)ことによって生じる困難や悩みを家族や先生・上司などに 理解をしてもらえていないと感じる。 17. きこえにくい(きこえない)ために得られる情報量が少ないので,話の内容を冷静に 判断することができない時がある。 18. きこえにくい(きこえない)ことで日常生活を楽しむことができていないように思う。 19. ★自分がきこえにくい(きこえない)ことによって,コミュニケーションを図る時に様々な困難が生じていると感じる。 20. ★初対面の人の話の内容がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,もう一 度尋ねることをためらってしまう。 21. ★会話がききとれなかった(口形が読み取れなかった)時,もう一度繰り返してくれるよう頼んだり,筆談をしてくれるようお願いしたりしている。 22. ★会話をする時,相手の口元を見ながら会話をしている。 23. ★会話をする時,相手の表情を見ながら会話をしている。 24. ★自分の耳がきこえにくい(きこえない)ことを,店の店員や初めて会った相手に伝えている。 25. ★きこえにくい(きこえない)ために,コミュニケーションの場では消極的な態度を取ってしまう。 26. きこえにくい(きこえない)ことによって日々ネガティブな考え方をしてしまう傾向 がある。 27. 会話がききとれなかった(読み取れなかった)時,自分にとってききとりやすい声の人や,手話・筆談をしてくれる人が周りにいた場合,その人に尋ねるようにしている。 28. ★相手が何を言っているか分からなかった時,もう一度確認せず間違った答えを返し てしまうことがある。 29. ★コミュニケーションを図る状況ではききとり(読み取り)に集中する必要があるた め,リラックスした気分で会話をすることができていないように感じる。 ここまでご回答いただき誠にありがとうございました! 質問は以上で終了です。 質問の中で何か不明な点や追記,コメント等ございましたらご自由にご記入ください。 ご回答いただいたデータは厳重に保管し、第三者の目に晒されるようなことはいたしません。何か質問や不明な点等ございましたら、下記の問い合わせ先にご連絡ください。 <実施責任者・問い合わせ先> 国立大学法人筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター佐藤正幸 〒305-8520 茨城県つくば市天久保 4-3-15 TEL/FAX 029-858-9406 E-mail: msato[@]a.tsukuba-tech.ac.jp