教育施設における触察用立体教材の導入に関する研究─3Dプリンターを利用したモデル製作と運用について─ 守屋誠太郎 1),飯塚潤一 2) 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 1),障害者高等教育研究支援センター 2) キーワード:立体造形,学校教育,3Dプリンター,立体教材 1.はじめに  本研究は,触察用立体教材の作成を試み,盲学校をはじめとした教育施設における3Dプリンターの導入に関する教材イメージやコストデータの作成を目的としている。  本研究に先立ち,守屋(2019)*1)は3Dプリンターによる根付彫刻の触察用サンプルモデルの展示を行った。その際に盲学校の美術科教員から「鑑賞の授業で使えたら良いが,模型を作成するのも難しそうで,高額な機材を導入するのも現場では難しそうだ。」との感想があり,製作方法や導入する際のコストなどについて尋ねられたが,コストを詳細に把握していなかったため,具体的な回答ができなかった。  そのことから,3Dプリンターを用いた簡易的な方法かつ予算を抑えて観賞用教材を作成することで,学校教育現場に導入する際のシミュレーションデータを作成できるのではないかと考えた。本研究では 10 万円以下の予算で観賞用教材に適した模型作成が可能なのか検証する。 2.研究方法  まず,3D教材に関する先行研究を確認する。大内,金子,手嶋(2015)[1] は,2013〜2014年時期における3Dの造形方式で立体教材の作成を通して各造形方式による造形物に対しての評価や課題をまとめた。また,中村・北村・磯部(2017)[2]は,学校教育における3Dプリンタのニーズを調査し,模型や治具,装置などの利用目的としてニーズがあることを明らかにした。そして守屋・飯塚(2020)[3]は立体作品の触察鑑賞時の形態認識や味わいに関して,最適なサイズや素材についての調査を進めている。  それらの先行研究に学びながら, 初心者に適した3Dプリンターを用いてモデル製作を通して調査を進めた。(表1)  モデリングに用いる3Dデータは,データ共有サイトであるSketchfavに登録されている大英博物館提供の無償データおよび著作権フリーであるものを使用した。また,印刷データ作成のためのソフトウェアはハードウェア付属品のソフト(XYZmaker Suite)のみを使用した。  モデルのスケールサイズについては,教材に適切なサイズを検証するために,3段階のサイズ区分で印刷した上で,それらのメリット・デメリットについて検証し,それぞれのサイズ区分を評価していくことにした。 表1 導入機器一覧 *価格は2020年時点/Amazon 3.結果 3.1 サイズ別の検証  今回,大英博物館が公開しているデータを利用して8種のモデルを作成した。大中小の3区分に分けて製作し,それぞれの形のわかりやすさやコストの検証を行った。(表2)  大区分サイズ(No.1,7)は,本ハードウェアの印刷最大能力(175 mm3)を活用した大きめのサイズである。各部位の形状が際立って表現できるため,ディテールの形状把握には一番適していると考えられる。逆に全体的な形状の把握には表面積が大きい分,一番時間を要すると考えられた。また,表面積に対する積層痕の影響も大区分サイズは最も弱いため,それらの点から,大区分は正確に形状を把握するのに最も適していると言えるであろう。コスト面についてはフィラメントの消費量や制作時間が大きいことがデメリットとなる。また,交換材(フィラメント600g)で,大区分サイズを複数個製作しようとすると,サポート材の重量もあるため5〜7個程度になると考えられる。コスト的に高くなってしまうが,形状を正確に把握することを重視する場合に適したサイズであると考える。  また,No.1とNo.7で22gもの重量差があるにも関わらず,製作時間にそれほど差が無いのは,形状の違いによるサポート材の必要量の差によるものである。  中区分サイズ(No.2,3,6)は,70mm〜100mm高のモデルで手のひらに収まるくらいのサイズイメージであり,大区分と比較するとディテールの凹凸が小さく,形状の把握は精度的に劣る。コスト面については,製作時間が2.5時間以内であり,交換材600gで20〜30個程度の製造が可能である。あまりコストをかけずに多くの触察教材を製造するような場合には良いサイズであると考えた。  小区分サイズ(No.4,5,8)は,片手で全体を握り込めるサイズであるため,全体の形状を把握するのには時間要しないかもしれないが,サイズ的に形状のディテールを認識することが難しく,積層痕の凹凸感の影響を最も大きく受けるサイズ区分であると言える。メリットとして,1体を製作する時間が1時間程度で済み,短時間で量産することが可能である。学校教育現場においては,生徒への配布やコンパクトな保管を期待できるという点も考えられる。  以上,モデル作品の印刷結果から各サイズ区分の形のわかりやすさ,製造時間,交換材あたりの製造可能個数などを比較した。(表3) 表2 製作モデル一覧 *重量についてはサポート材を除いた画像の状態の重量を記載 表3 各サイズ区分のイメージ早見表 3.2 その他のコストに関する事項  サイズ区分の検証に加え,コストの面から運用上配慮することと,用途に応じて調整が可能な点やランニングコストについて考える。  印刷時に気をつけなければならないこととして,プリントの失敗によるリスクがある。今回, No.3を1 度失敗したため,再印刷した。原因は,土台サポートが製作台(プラットフォーム)への定着が甘く,剥離したことによる失敗が起きたことである。3Dプリンターの造形中は放置することになるため,プラットフォームへの定着が確認できる初期段階は,緊急停止できるよう時折確認することがリスク回避には有効である。また,印刷ノズルやプラットフォームのクリーニングという基本的なメンテナンスを心掛けることで失敗のリスクは減らせるだろう。  次に,調整が可能な点として積層ピッチがある。今回,積層ピッチは印刷時間を比較するために各サイズ共通で0.2mm(デフォルト値)で実施した。ハードウェアの機種性能的には0.02mm〜0.4mm間での設定が可能である。積層ピッチをさらに小さくすれば,その分,積層痕の凹凸レベルは弱くなるため,造形の精度感は増していくと考えられるが,その反面,印刷時間が増してしまうデメリットがある。大区分サイズの製造時間からわかるように,標準的なピッチ設定でも相当な時間がかかるため,印刷時間を考慮した上で,サイズや求める造形精度との関係で調整する必要があるだろう。  ランニングコストについては,消耗品に関して交換用フィラメントの価格と表3にある製造可能個数の目安からフィラメント消費コストを算出できる。また,ノズルやプラットフォームの交換などは,劣化や破損時に交換することで別途費用を要する場合もあるだろう。  電気代については,本機種では180wの消費電力コストがかかる。1kWhあたりの単価を27円とすると1時間あたり4.86円となる計算である。こまめに電源を落とすのも電気代の節約になるが,しばしば印刷後もヒートセンサーが働き,冷却ファンが作動する場合もあるため,印刷終了時に自分の判断でシャットダウンするとオーバーヒートを起こし故障の原因になる可能性があるため注意したい。 4.今後における教育研究上の活用  今回は予算を抑えるために無償データの利用という方法でモデル作成を行ったが,モデルデータの作成ができれば,より様々な用途に用いることができるだろう。3Dモデリングソフトによるゼロからのデータ作成はハードルが高いというイメージがあるかもしれないが,3Dスキャナーを活用することはどうだろうか。例えば,生徒の立体作品を取り込んで作品を立体データとして保存したり,小さい昆虫をスキャンして大きくスケールサイズを変えて触察用の模型を作成したりできる。  3Dスキャナーについても,低コストで教育利用に適した性能が標準化されれば,3Dプリンターと合わせて活用できるのではないだろうか。  以上,3Dプリンターでのモデル作成には,製造時間・消費コストとのバランスを踏まえた上で目的別に印刷サイズや積層ピッチの設定を決めることが大事であることを確認できた。最終的な教材作成には教員の授業目的に合わせて使用していく必要があり,その立体教材で児童・生徒に何を深く学ばせるかという,教員の考え方によって良い教材作成ができるのではないだろうか。  本研究における美術科教育を想定した鑑賞用立体教材の製作を通じて,導入予算や製造コストなどの目安を明らかにできた。教育施設への3Dプリンター導入を考える際に本研究が役立てられれば幸いである。 注 1)守屋誠太郎.根付彫刻の触察鑑賞のためのレプリカモデルの提案.国立民族学博物館主催シンポジウム「日本におけるユニバーサル・ミュージアムの現状と課題――2020オリパラを迎える前に」;2019-11-3(大阪). 参照文献 [1] 大内進,金子健,手嶋吉法.3D造形装置による視覚障害教育用立体教材の評価に関する実際的研究.特教研 G-17 共同研究 : 研究成果報告書.2015;17:p.4-83. [2] 中村冠太,北村一浩,磯部征尊.技術科教育における3Dプリンタを用いた教材開発に関する研究-教員への聞き取り調査を通じて-.日本科学教育学会研究会研究報告.2017;31(8):p.104-106 [3] 守屋誠太郎,飯塚潤一.触覚を用いた芸術鑑賞における形状理解と肯定感に関する調査研究.第46回感覚代行シンポジウム講演論文集.感覚代行研究会.2020;46:p.21-24.