論文概要 キルギス共和国における鍼療法の実態に関する研究 キルギスで視覚障害者が鍼療法を行える可能性について 指導教員 技術科学研究科 保健科学専攻 近藤 宏 講師 副指導教員 技術科学研究科 保健科学専攻 石崎 直人 教授 令和2年度 筑波技術大学大学院技術科学研究科 保健科学専攻 Dzhorobekova Shirinoi 1.はじめに 日本において鍼灸マッサージは視覚障害者の職業的経済的自立の手段として用いられている。キルギス共和国では、医療機関において視覚障害者がマッサージ師として就労することができ、マッサージが視覚障害者の職業的経済的自立の手段として用いられている。一方で、鍼灸は、一部の医師によって行われているようだが、その実態について明らかにした報告は管見の限りみられない。キルギスにおいて鍼療法の実態を明らかにすることは、今後のキルギスにおける鍼療法の普及啓発や視覚障害者の就労を発展させるための基礎資料として役立つことが期待できる。 そこで本研究では、キルギス共和国の鍼療法の教育や医療機関での実態を明らかにすることや視覚障害者がキルギス共和国において鍼療法を行える可能性やその課題についてに検討するため、2つの調査研究を行った。 2.キルギスにおける鍼療法の実態についての調査研究 目的:キルギス共和国の鍼療法の教育や医療機関での実態を明らかにすることとした。 方法:調査対象者は、キルギス共和国のビシュケク市内の医療機関で鍼療法を実施している医師 10 人(男性4人、女性6人、年齢49.7±10.3 歳、医師経験年数 24.4±10.8 年)とした。対象者は機縁法により募集した。調査方法は、構造化面接によるインタビューとした。聴取内容は、基本属性、鍼療法に関する質問(研修内容や現在の業務内容、業務上の課題、および日本の鍼灸療法の認知、視覚障害者が鍼療法を行うことに対する意識)とした。聴取内容はデータ化し、構造化された質問項目のうち数値で回答する項目については、単純集計を行った。また、キルギスで視覚障害者が鍼療法を行うことに関する意識について、テキストマイニングの手法により分析を行った。 結果:鍼療法の研修施設は、キルギス国立医療資格認定更新専門大学(70%)が最も多かった。研修期間は、5.2±3.9 ヶ月、鍼療法経験年数は、14.1±9.4 年であった。専門診療科は神経科(30%)が最も多かった。1 日あたりの鍼患者数は、9.6±6.6 人であった。診療に鍼療法を併用している医師と、鍼療法を専門としている医師の割合は 50%であった。キルギスで視覚障害者が鍼療法を行うことについては、クラスター分析から「患者を東洋医学により正しく診断することは医師であっても難しい。」、「視覚障害者は目が見えなくても、触覚や臭覚などの感覚器官が鋭いため、勉強すれば鍼治療が可能だと思う」と解釈できた。また、インタビューから、キルギス国外で大学又は大学院を卒業し、はり師の免許を有し、キルギスの文部科学省で認められれば、はり師の試験を受験することが可能であるが明らかとなった。 結語:キルギス共和国の医療機関で鍼療法を行っている医師を対象に鍼療法の教育や鍼療法の状況に関するインタービューを行い、その実態の一端を明らかにすることができた。 3.視覚障害を有するマッサージ師に対する調査研究 目的:視覚障害を有するマッサージ師の就労状況や意識について把握するとともに、鍼療法に対する意識について明らかにすることとした。 方法:調査対象者は、キルギス共和国のビシュケク市内の医療機関等でマッサージを実施している、視覚障害を有するマッサージ師 40 人(平均 34.8 歳)とした。研究調査は無記名式質問紙調査とした。対象者の募集は機縁法により行った。調査項目は基本属性および就労先およびマッサージの就業に関する意識の項目などとした。回答は多肢選択式(単一または複数)とした。集計は単純集計およびクロス集計を行い、統計解析はカイの2乗検定を行った。有意水準は 5%未満とした。 結果:勤務先は、国立家庭医療センター21 人(52.5%)が最も多かった。週当たりの労働日数は、平均 5.6±0.5 日であった。勤続年数は、平均 7.9±1.4 年であった。マッサージでの月収は、平均 12,225±5,374 ソム、中央値 10,000 ソムであった(1ソム=1.23 円2020 年 11 月現在)。障害等級1級の方が 2 級・3 級 よりも有意に低かった(P<0.05)。32.5%が仕事上の困難を感じており、障害等 級1級の人の方が働く上で困難を感じている割合が有意に高かった(P<0.05)。 一方で 87.5%が自身の仕事について満足していた。また、92.5%が鍼療法の存在の認知し、67.5%が鍼療法をやってみたいと回答し、57.5%がキルギスで視覚障害者が鍼療法ができるようにしてほしいと希望していることが示された。 考察・結語:キルギス共和国の視覚障害を有するマッサージ師の就労の状況や意識の一端を明らかにすることができた。重度視覚障害者の方が年収や仕事をする上で課題が多く、これらは、就業先での視覚補償に関する設備をはじめ、視覚障害者が働きやすい環境や支援体制が整備されていないことが影響しているものと考えた。 4.まとめ 本研究では、キルギスの鍼療法の教育機関や医療機関での医師への面接調査により、鍼療法の実態や視覚障害者がキルギスにおいて鍼療法を行える可能性について言及するとともに、視覚障害を有するマッサージ師に対する質問紙調査から視覚障害を有するマッサージ師の鍼療法に対する意識や視覚障害者が鍼療法を行うための課題を見出すことができた。本研究の成果は、キルギスの視覚障害者が鍼療法の免許取得を目指すために必要な礎となる資料となるだろう。将来、キルギスにおいて視覚障害を有するはり師が誕生することを期待したい。