サイエンスコミュニケーションを促す,五感に働きかける教材と学習プログラムの開発 生田目美紀1),若月大輔1),加藤伸子1),小林 真2),宮城愛美3) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科1)保健科学部 情報システム学科2)障害者高等教育研究支援センター3) キーワード:聴覚障害,視覚障害,海の生き物,学習プログラム,教材作成 1.概要 本研究の目的は,聴覚障害・視覚障害に関わらず,誰もが楽しめる科学学習プログラムの開発である。今年度は具体的なテーマとして,「海の生き物」を取り上げ,学習プログラムの開発と教材作成を行った。 2.これまでの研究活動 本研究チームでは,聴覚障害系と視覚障害系との融合研究として,聴覚・視覚障害者の情報アクセシビリティの向上を目指して研究を推進している。これまで,2014年から2016年にかけて科研費により全国の科学系博物館の実態調査を行ない,2017年には茨城県受託研究により,県内8つの文化施設を対象に,現状調査・当事者調査や文化施設の職員研修等に取り組んだ。調査結果を受け,2018年から3年間,科研費を使い「聴覚・視覚障害者を対象とした水族館・博物館・美術館の情報アクセシビリティ研究」に取り組んでいる。また,クラウドファンディングにより得た資金によって「聴覚障がい者が解説!博物館の手話ガイド育成支援プロジェクト」を実施し,聴覚障害者のサイエンスコミュニケーターを育成するための挑戦的取り組みを継続している。 3.本研究の目的 本研究は,サイエンスコミュニケーションを促進するために,インクルーシブデザイン手法(最初から当事者や学芸員等を巻き込み,多様な人々と共に,展示や学習プログラムを検討していくデザイン手法)によって,誰もが楽しく学べる「海の生き物」学習プログラムと教材を開発すること目的としている。 4.研究の背景 これまでの調査研究を通じて,文化施設では,聴覚や視覚に障害のある来館者への対応を推進するための努力を行っているものの,未だ十分でなく,その結果,聴覚や視覚に障害のある施設利用者の多くは,知りたいことを知ることができない,楽しめていない,という実態を把握することができた。なかでも,科学系博物館には,科学的基礎知識を要求される展示や解説が多く,専門用語も頻出するため,情報バリアが多い。このような現状を打破するために,感性科学の専門的知識から,五感に訴えることにより,聴覚障害・視覚障害を超え,あらゆる人々が共に学び,楽しめるような,学習プログラムとそれを支える補助教材が必要であると考えた。 5.学習プログラムと教材 今年度開発した「フンボルトペンギン」の学習プログラムと教材を報告する。 5.1 学習プログラムとテーマ リニアなシナリオではなく,必要な学習部分を選択して使用できるプログラム構成とした。それぞれ以下のようなテーマを持っている。 .ペンギンってどんな生き物? (何の仲間か?=生物分類学・鳥類).どんな暮らしをしているの? (泳ぎ方,食べ方=生態観察の事前学習).さわってみよう! (翼等を比較=比較形態学的学習・進化).生息地・水族館の役割 (自然界の個体数=地球環境・絶滅危惧種) 5.2 触れる教材 当初は剥製を 3Dスキャンしたデータを用いて,3Dプリント技術により模型を製作した。しかし,ワークショップで得た知見から,触り心地が良く安全であることを重視し,最終的には市販のぬいぐるみを使用することにした。市販品は,安価で誰もが手軽に入手でき,買い換え可能であるという利点があり,同時に複数名の児童・生徒が学ぶ教室形式の授業でも対応可能であった。本研究では,フンボルトペンギンの立ち姿と泳ぎ姿,ハト,ヤンバルクイナを購入し,一部を改造して教材とした。(図1) 5.3 手話解説つき,動画教材 教育現場で,教師が手軽に指導できるように,ブラウザだけで起動するWeb教材を制作した。この教材は水族館を訪問する前の事前授業の教材として制作した。教師は,触れる教材を児童・生徒に配布し,画面メニューをクリックして動画コンテンツを流し,その後,児童・生徒の気づきや考察を深める活動へと展開することが可能である。(図2) 6.評価実験 開発したシナリオと触る教材で,授業が展開できるのかを確認するために,アクアワールド大洗普及課と茨城県立盲学校高等部のみなさまにご協力いただき,「ペンギン学習」を授業形式で行った(図3)。 図1 左:市販品の改造の様子 /右: 3Dプリント模型 図2 手話解説つき動画教材 図3 さわれる教材で理解を深める 当日は水族館から,フンボルトペンギンの剥製,1匹分の羽毛,臭いが残っている朝採りの羽,卵や生後日数での成長(大きさと重さ)を示す模型などを持ってきていただいた。授業時間は約 40分,授業後に簡単なアンケートを実施し意見収集を行った。アンケートで得た意見は分析中である。聴覚障害対応については,茨城県立水戸聾学校との連携学習を 4月末に予定していたが,COVID-19の影響のため延期の状態である。 7.まとめと今後の展開 博物館や美術館が,より開かれたものになるための取り組みは,まだ新しく発展途中だといえる。しかも,それらの取り組みは,聴覚障害・視覚障害で分断されていることが多く,双方に対応できるという視点での研究は見受けられない。本研究は,聴覚障害・視覚障害にまたがり横断的に取り組むという点で独創的であったと考える。今後は,さらにワークショップを重ねながら,科学系博物館の情報バリアを無くし,サイエンスコミュニケーションを促進させ,聴覚や視覚に障害のある児童・生徒の学校外での教育活動をより充実したものにして行きたい。また,文化施設に関わる方々が,各々の施設において実現可能な工夫を提案できるよう,今後とも協力して研究を推進し,地域の共生社会実現につなげて行きたい。 8.謝辞 本研究は 2019年度筑波技術大学教育研究等高度化推進事業の支援を受けて実施した。教材コンテンツの開発にご協力くださったアクアワールド茨城県大洗水族館様,評価実験にご参加くださった茨城県立盲学校高等部のみなさま,手話解説をご担当くださった小林裕美様(筑波技術短期大学 12期生),触る教材の開発に力を貸してくれた保健科学部・産業技術学部の学生諸君に感謝します。