現代社会における手技療法(あん摩・マッサージ)の有用性についての研究(2) 殿山希 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:肥満,自閉症スペクトラム障害(ASD),あん摩療法,オイルマッサージ 1.成果の概要 筆者は,現代社会が抱える心身健康の問題解決に手技療法(あん摩・マッサージ)が有用であると考えている。それを明らかにするために昨年度(2018年度)より2つの課題に取り組んだ。 1.1 課題 1.日本でよく行われる 2種類の手技療法が軽度肥満の中高年女性の心身健康と健康寿命の延伸に貢献できるかの臨床研究背景:筆者らの先行研究では,40分間のオイルマッサージを毎週 1回,8週間継続した群(n=9)はオイルマッサージを行わなかった群(n=9)に比較して血中アディポネクチン濃度の有意な増加を認めた[1]。そこで,次のステップとして,日本でよく行われる 2つの異なる技法による手技療法,あん摩施術とオイルマッサージを軽度肥満者に対して行い,心身に対する影響の違いを探り,予防医学としての貢献を考察することを目的とした。本研究は,筑波技術大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻の授業,保健科学特別研究 1(3年次 2学期科目)・保健科学特別研究 2(4年次 1・2学期科目)の履修者 2名の学生の卒業研究を兼ねて行った。また,履修者ではない同学年の学生2名に施術の協力を依頼した。本学倫理委員会の承認後(承認番号 H30-25),公的機関に臨床試験登録を行った(UMIN000035434)。 デザイン:2群並行ランダム化比較試験。 方法:地域情報誌により対象を公募した(予定数 24人)。あん摩群とオイルマッサージ群にランダム化ブロック法により割付た。2群とも,40分間の各々の施術を毎週 1回,8回継続した。あん摩療法は日本の伝統的手技療法で着衣の上から施術される。2名の学生が施術した。オイルマッサージは近年のリラクセーションブームの中で人気が出たスウェーデン式マッサージの技法で脱衣で施術される。あん摩施術を担当した学生とは別の学生 2名が施術した。測定項目は体重,血圧,血中アディポネクチン濃度,Visualanalogue scale(VAS)による身体愁訴の主観的評価,Profile of Mood States2(POMS)下位 8尺度による気分評価を行った。初回施術の前後の変化量(直後効果)と,初回施術前と8回施術終了後 1週間後の値の変化量(継続施術効果)について二群間(Mann-Whitney Utest)・群内前後(Wilcoxon rank sumtest)で比較した。結果:応募数 21人,適格基準外 6人,辞退 3人で対象数は 12人となり,各群 6人ずつ割り付けた。実験中にオイルマッサージ群に 2人の脱落が生じた。直後効果・継続効果ともにすべての測定項目で 2群間に統計学的有意差はなかった。あん摩群では直後効果として,VAS,収縮期血圧,POMS怒り-敵意,混乱 -当惑,疲労 -無気力,緊張 -不安,総合的気分状態が,また,継続効果としてVASが有意に改善した(p<0.05)。オイルマッサージ群では,直後効果として POMS怒り-敵意,抑うつ -落込みが,また,継続効果として VAS,収縮期血圧,POMS友好が改善傾向であった(p=0.068)。 考察:対象数が少ない(あん摩群 6人,オイルマッサージ群 4人)ため,統計解析が困難であり,2つの手技療法の違いを明確に示すことができなかった。マッサージにより怒りの抑制が示された欧米の研究と同様の結果が本研究ではスゥェーデン式マッサージを行ったオイルマッサージ群でも日本の手技療法であるあん摩群でも示された。また,オイルマッサージ群で友好を表す値が高くなったことは,脱衣で施術されるという技法ゆえに非術者と術者との関係がより近いものとして認識された結果かもしれない。 1.2課題 2.自閉症スペクトラム障害(autism spectrumdisorder,ASD)の若年者の身体・気分・社会的スキル向上にあん摩療法が貢献できるかの臨床研究 背景:ASDの人にオキシトシンを投与した結果,心を読み取る,目を見る,顔を認識するようになるなどの報告がある。オキシトシンは社会性行動や社会性記憶に関係があるという。また,マッサージによりオキシトシン分泌が高まるという研究がある。ASDの人にあん摩施術を行い,オキシトシン分泌が高まれば,彼らのコミュニケーションスキルや社会的問題行動の軽減にあん摩療法が有用である可能性が示唆される。また,感覚や運動の障害を生じる疾患に対して臨床の場であん摩療法が行われてよい成果を出してきた。これらの経験的知見からASDの人が抱える感覚や運動の障害に対してもあん摩療法が有効である可能性が考えられる。そこで,本学大学院生とともに本研究に挑んだ。 本学倫理委員会の承認後(承認番号 H30-51),公的機関に臨床試験登録を行った(UMIN000036272)。デザイン:ランダム割り付けによるクロスオーバー 2施設間共同研究。方法:ASDと診断されている10歳から25歳までの健康な男女を国内の 2地区で 10人ずつ公募した。対象をあん摩介入 2ヵ月とあん摩施術をしないコントロール2ヵ月をクロスオーバーさせてランダム化ブロック法で割り付けた。あん摩介入は毎週 1回,20分間のあん摩施術を 8週間継続した。特に,施術者は手掌を身体に密着させ,動きが変わるごとに声かけをし,身体を意識させた。測定項目は,唾液中オキシトシン濃度,身体的愁訴の主観的評価(VisualAnalogue Scale,VAS),発達性協調運動障害(発達性協調運動障害評価検査下位 3尺度)感情・気分(Profileof Mood States第 2版[POMS]下位,8尺度),感覚障害(感覚プロファイル短縮版下位 7尺度),社会的スキル(異常行動チェックリスト下位 5尺度)。統計解析は Wilcoxonrank sumtest。 結果:対象数は 13人。身体的愁訴の評価が可能だった2人はどちらもあん摩介入期間に vasが低下した。発達性協調運動評価検査の下位尺度である動作における身体統制(「上手に正確な仕方でボールを投げることができる」「公園にある障害物をジャンプして飛び越すことができる」等)についてあん摩介入群はコントロール群に比較して有意な改善がみられた(p<0.05)。POMSの下位尺度である混乱 -当惑,疲労 -無気力は,あん摩介入群とコントロール群の間に有意な差が見られ,あん摩施術による改善が明らかとなった(P<0.05)。その他の尺度や唾液中オキシトシン濃度については群間に有意差はなかった。考察:ASDの人もあん摩療法を受けることで身体的な愁訴が改善されることが示唆された。触れる,圧す,動かすというあん摩の技法と施術者の声かけを通して対象は身体の使い方・動かし方を学習し,不器用さが改善される可能性が示唆された。 2.期待される効果 これらの研究はどちらも対象数が少なく明確な結果を示すことができなかった。来年度,筆者がデータクリーニングと解析のやり直しを行い,何らかの結果を示せるよう努めたい。テーマ設定はマッサージ研究の領域にインパクトのあるものであったと考える。不完全な研究となったが,学生との研究として発信できることは,在学生の励みにつながると考える。教育的効果が期待される。課題 1・課題 2で行った研究は,2020年開催予定であった第 71回日本東洋医学会学術大会学生セッション,第 85回日本温泉気候物理医学会学術集会での発表がそれぞれアクセプトされていたが,新型コロナウィルス感染拡大により延期となった。 これらの研究は日本の視覚に障害のある人が国家資格を得て行い続けてきた治療法に科学的エビデンスを与えるために行ったものである。ASDの若者にとってあん摩療法が効果を発揮できるならば,視覚に障害のある施術者と発達障害を持つ被術者の双方の社会参加の実現をさらに開くことに貢献できると考える。 参照文献 [1] Donoyama N, Suoh S, Ohkoshi N, Adiponectin Increase in Mildly Obese Women After Massage Treatment. J Altern Complement Med. 2018;24(7):741-742.