自動運転の実用化に向けたCACC(協調型車間距離制御装置)による車両挙動モデルの構築と検証 服部有里子,中川悠樹 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 要旨:交通事故死者削減・渋滞低減のため,自動運転・高度運転支援技術の開発が進められている。短い車間距離での自動運転隊列走行を実現するには,近接車間距離走行のための精密な車間距離制御が重要である。CACC(Cooperative Adaptive Cruise Control)は車車間通信により得られた前方車情報と車間距離を用いることで,前方車の加減速度変動を減衰伝搬するシステムであるが,車間距離制御においては単に自車が前方車との車間距離を維持するだけでなく,車群として安定した挙動となるように制御を行う必要がある。本研究では,車群の挙動を高精度で再現可能な車両挙動モデルを構築し,高速域の車群に対する車間距離の変動と増幅について検証・評価した。シミュレーションにより検証した結果,車両10台の車群では一定の車間距離に収束しており,追突事故にならないことが分かった。ACCとCACCを比較すると,CACCの方が短い車間距離を維持しながら,安全な走行が可能である。CACC では車群安定性が満たされており,前方車の車間距離変動が後続車に増幅伝搬していないことが分かった。交通流入量が多くない場合,CACC の方が ACC より渋滞を緩和できると考えられ,CACCはサグ渋滞を改善できる可能性がある。 キーワード:車両制御システム,CACC,車間距離制御装置,自動運転制御,自動走行システム 1.はじめに 交通事故死者削減・渋滞低減のため,自動運転・高度運転支援技術の開発が進められている[1] [2]。短い車間距離での自動運転隊列走行を実現するには,近接車間距離走行のための精密な車間距離制御が重要である。CACC(通信利用協調型車間距離制御装置: Cooperative Adaptive Cruise Control)は車車間通信により得られた前方車情報と車間距離を用いることで,短い車間時間でも効果的に前方車の加減速度変動を減衰伝搬するシステムであるが,車間距離制御においては単に自車が前方車との車間距離を維持するだけでなく,車群として安定した挙動となるように制御を行う必要がある。 本研究では,車群の挙動を高精度で再現可能な車両挙動モデルを構築し,シミュレーションにより,高速域の車群に対する車間距離の変動と増幅[3] [6]について検証・評価する。本研究の課題は以下の3点である。 ●車群の車両挙動モデルを解析することにより,車群安定性を満たす制御パラメータ値を設定すること。   ●車両の相対速度を動的に計算し,車群の車間距離の増幅はどれくらいか,最短の車間距離を探索すること。 ●高速域の車群に対しても,CACCにより車間距離変動を最小限に抑え,追突を回避できる速度と車間距離との関係を探索すること。 2.関連研究 既存研究として,CACCを搭載したトラック4台を車間距離4mで隊列走行させる実証実験がエネルギー ITS推進事業で行われ,安全なCACC走行が実現できることが確認された[5]。 また,下り坂から上り坂に変わる道路上の地形の一つである「サグ部」での無意識な減速が原因で後続車両に速度の低下が伝わり発生する渋滞の対策として,CACCを活用したサグ部の交通流円滑化の可能性について研究が進められている[4][7]。 既存研究では実際のCACCを必ずしも模擬できておらず,高速域の車群に対して車間距離がどれくらいまでが安全であるかについての検証は行われていない。本研究では,車群の挙動を高精度で再現可能な車両挙動モデルを設計し,車両挙動モデルを解析することにより,制御パラメータ値を設定し,高速域の車群に対しても追突を回避できる速度と車間距離との関係を探索した。 3.問題設定と要求条件 3.1 車間時間 車間距離制御では,車載レーダ等で計測した同一車線上の前方車との車間距離や相対速度を用いて,目標加速度を決定することを考える。 ここで,目標車間距離Ldesは,以下の式のように, Ldes = hv0 + Lsafe 一定値+速度比例値とし,その比例定数hを「車間時間」という。車間時間は,自車の速度で前方車の位置に何秒後に到達するかを示す時間である[6]。 3.2 ストリングスタビリティ 車群走行における重要な概念として,車群安定性(ストリングスタビリティ)(図1)がある。車群安定性は,複数の車両が車間距離制御により走行している状況において,ある車両の車間距離の変動が減衰するか,少なくとも後続車に増幅伝搬しないことを示す性質である。 i番目の車両前方の車間距離をri,i+1番目の車両前方の車間距離をri+1とするとき,前方の車間距離と後方の車間距離の増幅率は,以下の式となる。 G=(ri+1)/ri 車間距離増幅率が1以下,G ≤ 1 となることが,車群安定性を満たすことと等価である。G ≤ 1 のとき,車間距離制御により走行している車群において,前方車の車間距離,速度,加速度の変動は後続車に増幅伝搬しない[3]。車群安定性が満たされていなければ,前方車の挙動の変化が後続車に増幅されて伝搬する。 図 1 車群安定性(ストリングスタビリティ) (図) 3.3 要求条件 本研究で構築する車群の CACCによる車両挙動モデルでは,CACC車両の車両挙動を高精度で再現するための車間距離制御アルゴリズムが要求される。ここで,システム が満たすべき要求条件を以下にまとめる。 1 車両速度の範囲は,25 ~ 120 km/hとする。 2 制御システムの目標加速度の指令に対する遅れは,0.2秒程度とする。 3 車間時間は,0.3 ~ 1.2 秒の範囲を推移する。4車群の車両台数は,10台とする。 4 車群の車両台数は,10台とする。 4.CACCによる車両挙動モデル 4.1 目標加速度の算出 CACC の i番目の車両の目標加速度は,前方車の加速度,目標車間距離との誤差,前方車との速度の誤差からフィードバック制御により算出する。 CACC の i番目の車両の目標加速度の式は, aides=K3ai-1 + K1(r – Ldes) + K2(vi-1 – vi )/K4 – K5gsinθ r:前方車との車間距離,Ldes:目標車間距離,vi-1:車車間通信で得られた前方車の速度,vi:i 番目の車両の速度, ai-1:車車間通信で得られた前方車の加速度,K1:車間距離誤差のフィードバックゲイン,K2:速度の誤差に対するフィードバックゲイン,K3:前方車の加速度に対する遅れ係数,K4:前方車の速度に対する遅れ係数,K5は勾配への影響度合い,g:重力加速度 4.2 車間距離の算出 i番目の車両の車間距離は,目標車間距離に前方車とi番目の車両が加減速したときの走行距離を加算することにより求める。 i番目の車両の車間距離riを求める式は以下のとおり。 前方車が加速の場合(ai-1des > 0), Ldes+Li-1ad[k]–Liad[k]=Ldes+(Li-1ad[k-1]+(ai-1adTT2乗)/2) –(Liad[k-1]+aidesTT2乗/2) Ldes:目標車間距離,Li-1ad[k]:前方車の加速距離,Li-1ad[k-1]:前方車の加速距離[1個遅れ],ai-1des:前方車の加速度,Liad[k]:i番目の車両の加速距離,Liad[k-1]: i番目の車両の加速距離[1個遅れ],aides:i番目の車両の目標加速度,TT:遅れ時間 前方車が減速の場合(ai-1des < 0), Ldes+Li-1ds[k]–Lids[k]=Ldes+(Li-1ds[k-1]+ ai-1desTT2乗/2) –(Lids[k-1]+aidesTT2乗/2) Ldes:目標車間距離,Li-1ds[k]:前方車の減速距離, Li-1ds[k-1]:前方車の減速距離[1個遅れ],ai-1des:前方車の加速度,Lids[k]:i番目の車両の減速距離,Lids[k-1]:i番目の車両の減速距離[1個遅れ],aides:i 番目の車両の目標加速度,TT:遅れ時間 4.3 車群の車両挙動モデル CACCによる車間距離制御アルゴリズム[3][6]を提案し,4つの制御パラメータの値(K1=0.27, K2=0.50, K3=19.3, K4=0.56)を設定した。これらのパラメータ値を用いて i番目の車両の目標加速度を求めるものとする。 i番目の車両の車間距離と目標加速度を用いて,CACC車両の車群の挙動を高精度で再現可能な車両制御モデルを設計した[7][8]。CACCの車両制御モデルを一般の車両制御モデルに加えることで,CACCによる車両挙動モデル(図2)を構築し,CACC車両において高速域の車群に対する車間距離の変動と増幅について検証・評価した。 表 2 CACCによる車両挙動モデル (図) 5.シミュレーションによる検証・評価 車群の車両速度をいずれも80km/hに設定し,車群の先頭車両が急ブレーキを踏み,-0.5[G]の減速度で50km/hまで減速した場合を事故に見立ててシミュレーションを実行した。車両台数は10台とする。i番目の車両が前方車と衝突することなく,加減速度の値が-0.5[G] ~ 0.5[G] の間で推移したとして,車間距離の値が負の場合は追突事故が起こる可能性があるとみなす。勾配は 5°,車両重量とタイヤ半径は普通車のもの(車両重量:1200kg,タイヤ半径:0.3m)とする。 CACCによる車群の車両制御モデルで制御パラメータ値K1=0.27, K2=0.50, K3=19.3, K4=0.56としてシミュレーションを行った結果,速度 80km/h において 50km/hまで減速時に車間距離 10.1m(車間時間0.7秒)に収束しており,追突事故にならないことが分かった。最大の車間距離 増幅率は G = 1.00 ≤ 1 である。図3 に CACCによる車群の車間距離変動を示す。同じ条件で ACC による車群の車両制御モデルでシミュレーションを行った結果,車群の車間距離は一旦短くなり,その後,車間距離14.5m(車間 時間 1.0 秒)に収束している。最大の車間距離増幅率は G = 1.02 > 1 である。図4にACCによる車群の車間距離変動を示す。 ACCとCACCによる高速域の車群に対する車間距離を比較すると,CACCの方が車群の先頭車両が急ブレーキをかけたときの車間距離変動が少なく,短い車間距離でも車間距離制御性を改善することができる。また,CACCでは最大の車間距離増幅率は G ≤ 1となり,車群安定性が満たされており,前方車の車間距離変動が後続車に増幅伝搬していないことが分かった。 図 3 CACC による車群の車間距離変動 (図) 図 4 ACC による車群の車間距離変動 (図) 6.あとがき 本研究では,自動車の縦方向の自動運転制御(アクセル,ブレーキ)である車間距離制御装置(ACC,CACC)による車群の車両挙動モデルを構築し,高速域の車群に対する車間距離の変動と増幅について検証・評価した。シミュレーションにより検証した結果,車両10台の車群では,速度80km/hにおいて50km/hまで減速時に一定の車間距離に収束しており,追突事故にならないことが分かった。また,ACCとCACCの車間距離制御性の差異が明らかになった。CACCの方が高速域で短い車間距離を維持しながら,安全な走行が可能である。CACCでは車間距離増幅率はG ≤ 1となり,車群安定性が満たされており,前方車の車間距離変動が後続車に増幅伝搬していないことが分かった。交通流入量が多くない場合,CACCの方がACCより渋滞を緩和できると考えられ,CACCはサグ渋滞を改善できる可能性がある。今後は,安全に加え,交通の効率化という恩恵を受けられるよう,高度な協調制御技術を開発していくことが重要であると考える。さらにその後は,安全化・交通効率化を実現するために,自動運転車(レベル3以上)の普及を目指していきたい。 参照文献 [1] 須田義大 他.自動運転技術の開発動向と技術課題.情報管理.2015; 57(11): p.809-817. [2] 吉野仁.5Gで実現する自動運転.電子情報通信学会誌.2018;101(11): p.1078-1084. [3] 大前学 他.大型トラックの協調型ACCにおける車間距離制御アルゴリズムの開発.自動車技術会論文集. 2013; 44(6): p.1509-1515. [4] 日高健 他.ACCを活用した高速道路サグ部の交通流円滑化.自動車技術会論文集.2013; 44(2): p.765-770. [5] 慶応義塾大学SFC研究所.エネルギーITS推進事業「協調走行(自動運転)に向けた研究開発. 2013. [6] 大前学.ACC(車間距離制御装置)とCACC(通信利用協調型車間距離制御装置)のアルゴリズム. 電気学会誌.2015; 135(7): p.433-436. [7] 今枝勇太 他.渋滞削減のためのCACCの有用性に関する研究.情報処理学会講演論文集.2016. [8] 伊佐治和美 他.実用燃費向上を目的とする車車間通信を利用したACC制御.デンソーテクニカルレビュー. 2012; 17(5): p.95-102. [9] 森田和元 他.ドライバのブレーキ踏力アルゴリズムの提案.自動車技術会論文集.2011; 42(5): p.1229-1234. [10]鈴木一史 他.ACCを活用した高速道路サグ部渋滞対策サービスの実証的評価.第12回ITSシンポジウム論文集.2014. Development and Evaluation of a Vehicle Behavior Model Using Cooperative Adaptive Cruise Control Toward Automated Vehicles HATTORI Yuriko, NAKAGAWA Yuuki Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: With the aim of reducing the number of deaths in traffic accidents as well as reducing traffic congestion, an automated driving system as well as advanced driver assistance technology are being developed. A precise longitudinal control for approach running is an important technology in realizing automated platooning with a short inter-vehicle distance. The Cooperative Adaptive Cruise Control system (CACC) using information of the preceding car obtained by V2V (Vehicle-to-Vehicle) communication and an inter-vehicle distance is a system that propagates vibration of the preceding car’s accelerations/decelerations effectively attenuated with a short headway time. However, in inter- vehicle distance control, it is necessary for members of a vehicle group to be controlled to ensure stable behavior. In this study, a vehicle behavior model that can reproduce vehicle group behavior with high accuracy was designed, and vibration and amplification of the inter-vehicle distance in the vehicle group with a high speed range were evaluated. As a result of a simulation verification, it was proven that rear-end collisions do not occur and the inter-vehicle distance in the 10-vehicle group converged to the fixed value. This shows that using CACC can ensure safe driving while maintaining a short inter-vehicle distance with a high speed range, and CACC can reduce traffic congestion. Keywords: Vehicle control model, Cooperative Adaptive Cruise Control system (CACC), Automated vehicles