授業における 視覚障害学生への配慮 石田久之・著 (筑波技術大学) 藤本早紀・画 (京都精華大学) はじめに  平成28年4月より「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法」,いわゆる“障害者差別解消法”が施行されます。各大学では,対応要領の策定などが進められていると思います。しかし,より重要なことは,その内容を実際の授業や学生対応において,どのように具体化するのかということではないでしょうか。 本冊子は,筆者が担当している視覚障害学生への授業から,必要と思われる配慮について,いくつかの場面を想定してまとめてみました。 皆様の授業の展開に少しでもお役に立てば幸いです。 平成28年3月31日 筑波技術大学 石田久之 目次 はじめに 1.異なる点字と墨字のページ   1 2.触読速度 < 目で読む速度   2 3.図表には時間をかけて丁寧な説明を   3 4.指示語は控えて   5 5.同音異義語は詳しく説明   6 6.注意を喚起する時は   8 7.触れるものなら触らせて   9 8.メールを活用   10 9.席を固定する   11 10.拡大読書器による読み   12 11.読みやすい文字の大きさ   14 12.帽子やサングラスの使用   15 13.コントラストをはっきりと  17 14.板書は丁寧に  18 15.語尾は明瞭に  19 16.寝ているの?  20 17.携帯・スマホは“辞書”   21 あとがきにかえて 項目1から9は主に盲学生への,10から17は主に弱視学生への配慮をあげたものですが,両者に共通する内容もあります。固定的に考えず,場面に応じた対応をお願いいたします。 1.異なる点字と墨字のページ  点字は仮名だけの文字です。このため,晴眼者が使う漢字仮名まじり文(墨字※)を点訳すると,文字数が大幅に増加し,ページ数も多くなります。結果として,点字資料と墨字資料のページ数が異なる,図や表の位置が変わる,などの違いが出てきます。 あらかじめ点字資料と墨字資料のページの対応,表や図の位置の違いを確認しておきます。 ※:点字に対して,通常の活字を墨字といいます。墨で書いた字のことではありません。 2.触読速度 < 目で読む速度 (図) 平成28年4月よりいわゆる [目で読む速度] へいせい28ねん[触読速度] 指で点字を触って読むことを触読といいます。この触読の速度は,目で読む速度よりかなり遅くなります。 授業のやり方が,主に教科書や資料などを読み進める場合は,ゆっくり読んだり,間を長くとったりします。 3.図表には時間をかけて丁寧な説明を (図) 図は縦軸が○○で横軸は… [教員]  スライドなどで図表を説明する場合は,見えない学生がいることを意識し,丁寧に説明することが必要です。「見てわかるように」という言葉は厳禁です。 盲学生は経験の中から,色の情報もある程度は理解できます。必要であるなら説明に加えてください。  また,触図※※を配布した場合でも,図全体の把握には時間がかかるので,少し時間をかけて説明します。 ※※:触ってわかるように,線や面を浮き上がらせた図。 4.指示語は控えて (図) この図は,あれとそれの合計で… あれ?それ? [盲学生]  「この」,「その」,「あれ」,「それ」などの指示語は,その対象が見えていることを前提にした語です。見えない学生には,「どこに」,「どのように」あるのかを詳しく説明します。  「教室の窓側2列と廊下側2列」,「時計で○時の方向(12時を正面として)」などの言い方があります。 5.同音異義語は詳しく説明 (図) 修了の修は「修める」です。「終わり」ではありません。 しゅうりょう? 終了? 修了? [盲学生] 点字使用者もパソコンを用いて,墨字を書くことができます。しかし,この時大きな問題となるのが,同音異義語です。 音が同じでも文字を見れば正確に意味を理解することができ,また,この経験によって,自分でも正しく文字を使うことができます。 しかし,見ることができなければ,どのような文字が使われているのかを知る機会がなく,正確な文字を書けません。 教科書などで,同音異義語が出てきた時,どのような文字が使われているのか,わかりやすい例を示しながら説明します。 6.注意を喚起する時は (図) こちらに注目。[教員]  通常,教室内では教員が声を出していますから,学生はそちらへ集中しています。しかし,例えば,グループで議論をしている時や少しうるさい時に,教員や発言者は,手や机を軽く叩いて注意を喚起することができます。  音情報や音による合図は効果的です。 7.触れるものなら触らせて (図)  百聞は一見に如かず,と言いますが,それほどに見るという行為によって,情報を短時間に大量に得ることができ,逆に見えないことは大きなハンデとなります。これを補うためには,聴覚や触覚情報などを,それらの安全性や特性を十分に理解した上で,効果的に提供する必要があります。 8.メールを活用 (図) 〈メールでレポートを提出〉  授業に盲学生が出席していると,点字資料の作成や点字で提出されたレポートなどを読むのが大変と思われる先生もいらっしゃいます。しかし,ワープロソフトを用いて文章を書き,メールで送ることができる盲学生は少なくありません。 何ができるのか,各学生に聞いて最も効率的な方法を考えます。 9.席を固定する (図) 盲学生にとって,教室内のどこに何があるのか,どの席が空いているのかを知ることはとても難しいことです。着席している学生の膝の上に座りかけた,ということもあります。 場所を教えてあげたり誘導したりという周囲のサポートが必要です。また,学生と相談の上,席を固定するなどの対応も考えられます。 10.拡大読書器による読み (図)  弱視学生の中には,拡大読書器※※※やコンピュータの文字拡大アプリケーションを利用している学生がいます。 弱視学生の学修にとても効果的な機器ですが,これを用いて文字を大きくすると,一画面に入る文字数は少なくなります。また,機器の操作にも時間がかかります。 結果として,拡大読書器を用いた読みの速度は,目で読む速度よりもかなり遅くなります(触読と同じです)。この時間を保障すること が必要です。 ※※※:教科書や印刷資料を,カメラを介し大きくして画面に表示する弱視者用補償機器。 11.読みやすい文字の大きさ (図)  多くの方々は,弱視学生には大きな文字(拡大文字)を提供すればよいと考えているのではないでしょうか。しかし,視野が非常に狭く,文字を大きくすると文字が視野からはみ出てしまい,かえって読みにくさを感じる弱視学生もいます。 学生に,読みやすい文字の大きさやフォントを確認してください。30ポイントの文字がよいという学生もいれば,9ポイントがよいという学生もいます 12.帽子やサングラスの使用 (図) 前項に示した“大きい文字の方が読みやすい”と同様の晴眼者の思い込みは他にもあります。 弱視学生にはより明るい環境を,と考える方は多いと思います。 勿論間違いではありません。しかし,明るすぎると,目の中で光が散乱して見えにくくなったり,ひどい場合には,頭痛がすることもあります。帽子の庇で陰を作ったり,ディスプレイの背景を黒にして光の強さや反射を低減している学生もいます。  教室内での庇のついた帽子やサングラスの使用を認めてください。 13.コントラストをはっきりと (図)  薄いグレーの地に,少しだけ濃いグレーの文字や図ではよく見えません(弱視学生だけでなく晴眼学生でも同じです)。コントラストをはっきりさせて資料を作ります。 なお,晴眼者が通常使っている白い紙や白いコンピュータ画面だと光の反射が強く,見にくいという弱視学生もいます。できれば,黒地に白文字,黒字に黄文字などがよいのですが,まずは学生と相談してください。   14.板書は丁寧に (図)  殴り書きや崩し文字では,弱視学生でなくとも読めません。更に文字がかすれたり,完全に消していないホワイトボードに上書きしたりでは,学生に勉強するなと言っているのと変わりがありません。 文字や図表の板書は,はっきりわかるようにしてください。 15.語尾は明瞭に (図) …の…を,し…。 したの? しないの? [盲学生/弱視学生]  日本語は文末あるいは話の最後で,“する”か“しない”か,“有る”か“無い”かが明確になります。音を重要な情報源とする視覚障害学生には,発音・発声,特に終わり部分の発声を明瞭にする必要があります。 16.寝ているの? (図)  弱視学生の中には,見よう・読もうとしている対象に極端に目(顔)を近づける学生がいます。 机上にある教科書や資料を読んでいる場合,机に突っ伏して寝ているようにも見えます。弱視学生の読みの姿勢への理解が必要です。 17.携帯・スマホは“辞書” (図) 〈自分でカスタマイズ〉  授業中のスマートフォンや携帯電話の持ち込みについては,厳しく制限している先生もいらっしゃると思います。勿論,ゲームやメールのやり取りなどはもってのほかですが,付属する辞書機能は盲や弱視の学生には非常に便利なものです。文字の大きさも自分でカスタマイズできます。 きちっとしたルールの下で,それらの利用を許可することは,学修上極めて有効だと思います。 あとがきにかえて たった17の項目ですが,これだけでも視覚障害学生の学修環境はかなり改善されると思います。是非,ご参考になさってください。 さて,本冊子,読み物というよりも,直感的に見てご理解いただこうとイラストを多用しましたが,私にそのような才能はありません。 この冊子のイラストを描いてくれたのは,京都精華大学マンガ学部三回生の藤本早紀さんです。 藤本さんはノートテイカーとして同大の聴覚障害学生支援に携わっています。更に当然のことですが,授業などで作品を制作しています。そのようなお忙しい中で,本冊子のイラストを描いていただきたいという無理なお願いでしたが,快く引き受けて下さいました。この場をかりて,改めてお礼を述べさせていただきます。ありがとうございました。 『授業における視覚障害学生への配慮』 石田久之(筑波技術大学)・著 E-Mail:ishida@k.tsukuba-tech.ac.jp 藤本早紀(京都精華大学)・画 平成28年3月31日 発行