多種ラジカル消去活性測定を応用した自閉症早期診断マーカーの開発─ 先端スピン応用医学の東西医学への展開5 ─ 平山 暁1),松ア秀夫2),青柳一正1),藤森 憲1),片山幸一1) 筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター1)福井大学 子どものこころの発達研究センター 脳機能発達研究部門・教授2) キーワード:自閉症スペクトラム,酸化ストレス,多種ラジカル消去活性測定法,電子スピン共鳴法 1.研究背景 自閉症スペクトラム(Autistic Spectrum Disorder: ASD)とは発達障害の一種であり,コミュニケーション能力や社会性,想像性に特異が見られる。米国ではおよそ68人に1人がASDと報告されており,その発症頻度頻度は過去十年間で増加している[1]。また本学学生のような聴覚・視覚障碍学生との深い関連も報告されている。しかしその病態生理学的背景は依然未解明であり,なんらかの原因が特定される症例は10-12%に過ぎない[2]。 .ASDを含む発達障害に対する「療育」の開始時期は早いほど効果的とされており,ASDの症状が初めて現れる2歳前後に開始できることが望ましい{White, 2007 #2285}。現在,ASDの診断にはDSM-5における自閉症スペクトラム診断基準が用いられるが,ASDには客観的・生物学的な検査判定基準がない。このためASD診断は医師による主観的なコミュニケーション能力,社会性,想像性の評価のみで行わなければならず,これには児童精神医学の現場での豊富な経験を必要とする。したがって,その分野の専門家がまだ不足している今日ではASDの早期発見が非常に困難というのが現状である。このためコミュニケーションなどの精神科的診断法とは独立した診断法が求められ,その手段として血清などを用いたバイオマーカーの測定が重要視されている。しかしながらいずれの報告も現時点では現象の確認の域に留まり,診断法へは応用されていない。 .近年,ASDの原因として,乳幼児期の酸化ストレスや抗酸化能の異常が重要視されている[3]。最近のメタ解析では,ASD患児において血漿中の還元型グルタチオン(GSH)や glutathione peroxidase (GPx)活性の低下,酸化型グルタチオンの減少などGSH関連系の異常が確実視されている[3]。 .著者らはこれまで,電子スピン共鳴法を基盤にした多種ラジカル消去活性測定法(MULTIS)の臨床応用研究に従事し,これにより疾患における酸化ストレス変動を従来よりも詳細に解析できることを報告してきた[4]。本研究ではMULTIS法の応用により,血清中の複数の活性酸素(ROS)消去活性測定による,自閉症スペクトラムを主とする神経発達障害の早期診断法を開発するすることにより,酸化ストレス測定法を自閉症診断に応用した診断測定技術の確立することを目的とした。 2.研究方法 MULTIS法の測定はこれまで著者らが開発した法法により行った{Hirayama, 2016 #2241}。測定対象はヒドロキシルラジカル(.OH),スーパーオキサイド(O2.-),アルコキシラジカル(RO. (tert-BuO.)),アルキルペルオキシラジカル(ROO. (tert- BuOO.))の4種のフリーラジカル及び一重項酸素(1O2)とした。ESR装置はラジカルリサーチ社製RRX-1X ESR装置を用い,リン酸バッファーを溶媒としたフローインジェクション系にて施行した。スピントラップ剤はラジカル種についてはCYPMPOを用いた。一重項酸素の検出はTEMPを用いた。患者検体は共著者のグループにより収集されたものを使用した。検体提供においては患児及び保護者から文書によるインフォームドコンセントを取得し,共著者の所属施設における倫理委員会の承認のもと行われた。 3.結果 本研究成果の詳細は現在英文学術誌にて発表する予定であり,また現在特許出願中であるため以下に要旨のみを記す。ASD患児では,MULTIS法により測定された5種類のROS活性のうち,ヒドロキシラジカルに対する消去活性が定型発達群に比べ有意に減少していた。その反面,スーパーオキサイドおよびアルコキシラジカルに対する消去活性はASD患児において有意に増加していた。一重項酸素およびアルキルペルオキシラジカルに対する消去活性は両群間で差がなかった。提供されたコホートにおいて,上述の結果を診断法法として臨床応用することを前提に感度,特異度の検討を行った(表)。Youden Indexにより表に示すカットオフ値を定め感度・特異度を算出した場合,単一のROS消去活性毎では特異度が高いものの,臨床診断に耐えうる結果ではなかった.しかし,ヒドロキシラジカル,アルコキシラジカル,スーパーオキサイドの3種ROSに対する消去活性を組み合わせた場合,表に示す如く6-157の陽性尤度比が得られた。 表1 提供されたコホートにおける,MULTIS法により測定された各活性酸素消去活性の感度・特異度および陽性尤度比。 4.考察 これまでASDにおけるGSH系の異常は幅広く認知されており,本研究におけるヒドロキシラジカル消去活性の低下はこれと合致する。一方でスーパーオキサイド系の変動はこれまで一致した結論が得られていない。またアルコキシラジカル,ペルオキシラジカル,一重項酸素に対する報告は稀である。今回の我々の結果は,多種ラジカル消去活性を測定することにより,ASDにおける酸化ストレス動態が単純に亢進しているのではなく,抗酸化活性の減弱増強両面において複雑にシフトしていることを示している。本研究結果は,多種類の活性酸素種(ROS)に対する消去活性を測定し,その結果を総合することにより,ASDに対する優れた早期補助診断として有用であることを示している。ASDに対する診断は,社会的コミュニケーションや反復する様式の行動,興味,活動といった要素によりなされるため,患児が社会的能力を獲得する年齢に至る以前に自閉症を診断することは専門家をしても容易ではない。本法は血清によりASDを診断するものであり,社会的コミュニケーションや患児の社会的能力の成長発達に依存しない診断法であり,ASDに対する早期からの療養介入を可能とするものである。現在,本成果に関連し知的財産形成を行っており,今後キット化等により社会還元を行う予定である。 5.謝辞 本研究の遂行に関し,伊藤紘氏・松井裕史博士(筑波大学大学院人間総合科学研究科)の協力に深謝致します。本稿は研究成果報告書であり,詳細は今後論文発表予定である。 参照文献 [1] Dawson, S, Glasson, E. J, Dixon, G,Bower, C. Birth defects in children with autism spectrum disorders: a population-based, nested case-control study. Am J Epidemiol. 2009:169(11): p1296-1303. [2] Grether, J. K, Anderson, M. C, Croen, L. A, et al. Risk of autism and increasing maternal and paternal age in a large north American population.Am J Epidemiol. 2009:170(9): p1118-1126. [3] Frustaci, A, Neri, M, Cesario, A.et al. Oxidative stress-related biomarkers in autism: systematic review and meta-analyses. Free Radic Biol Med 2012:52(10):2128-2141 [4] Hirayama A, Okamoto T, Kimura S, et al Kangen-karyu raises surface body temperature through oxidative stress modification. Journal of Clinical Biochemistry and Nutrition, 2016: 58(3):167-173 成果特許出願 [1] 平山 暁,松ア 秀夫. 自閉症スペクトラム障害の判定方法と判定用キット  特願2016-170479 平成28年9月1日 関連学会発表 [1] Hirayama A, Matsuzaki H. Measurement of Multiple Radical Scavenging Activity as a diagnostic method for autism spectrum disorder in children. SfRBM/SFRRI 2016 - 23rd Annual Meeting of the Society for Redox Biology and Medicine, 2016.11.17-19 San Francisco, CA, USA [2] Matsuzaki H, Hirayama A. Measurement of Multiple Radical Scavenging Activity As a Diagnostic Method for Autism Spectrum Disorder in Children. International Meeting for Autism Research (IMFAR 2017): May 10-13, San Francisco, California, USA